第119話 彼女は冒険者ギルドのマスターと対峙する
第119話 彼女は冒険者ギルドのマスターと対峙する
預けた斧は主任が紛失した……誰が今の今、発生した事実を認めるというのだろうか。少なくとも、この場にいるギルド職員には不信感を持たれると共に、それが過失にならないとギルマスが思える程度に飼いならされているという事なのだろうか。
「さて、斧の件は調べさせよう。そこの君、主任から事情を聴いてもらえるか。男爵様が斧を預けたはずだとおっしゃっている」
「……わかりました……」
フンと鼻息を鳴らすと、主任を顎で促す。これで主任は責任を取らされて衛兵にでも捕らえられるのだろう。
「ところで、何故そのような斧を持ち込まれたのでしょうか?」
「ギルドに伺う前に、武具屋で買取をお願いしたところ、ギルドマスターの運営する商会の紋章があると伺い、査定を断られましたのでこちらにお持ちしたのです」
しまったというような顔をするギルマス。とは言え、証拠の品は自分がしまい込んでいるので問題ないと考えているのだろうか。
「それは確認してみたかったですな」
「ええ。まだ何本か王都の騎士団に渡したものがありますから。確認できますでしょう」
「なっ……」
紋章がギルマスの商会のものであり、ルーンの衛兵たちにも支給している武具の一つであると推測される。それが盗難・紛失しており、その武具がアンデッドに使用されていたという事実がどのようなことになるのか、この目の前の男は理解していないのだろう。
「主任さんにはお話ししておりませんでしたが、昨日の探索を行った場所で倒した魔物はアンデッド。それも、人間ではなくオークとオーガのアンデッドが装備していたものです。他にもゴブリンのアンデッドが五十体ほど発生しており、既に騎士団が捜査に入っています」
「そ、それは……」
「ルーンの街の中の出来事であれば衛兵の担当でしょうが、ここからかなり離れた廃城での討伐ですので……当然騎士団案件ですわよね」
ギルマスの顔がどす黒くなっていく。
「それに、預けた一本の斧、騎士団、武具屋、ここに入る前に立ち寄った食事処でも見られていますし、この場にいる全ギルド職員も見ておりますでしょ? 斧が紛失するわずかな時間、斧を手にしたのは主任と……ギルマスのあなたですわよね」
「し、知らん。儂は知らんぞ。それに……」
「ああ、ついでに申しあげておきますけれど、恐らくこのギルドのほかに新街区に冒険者ギルドが設立されます」
「新街区……なんだそれは」
「ふふ、できてからのお楽しみですわ。では、皆様ごきげんよう。預けた斧が見つかりましたら、お知らせくださいね」
失礼しますねと伝えると、彼女と伯姪はギルドを後にするのである。
宿に戻り、姉に先触れを出す。騎士隊長にもである。
「この後どうする気なの?」
「騎士団に普通に捜査してもらうわよ。盗難事件であり、武器の横流し、それも敵国に関係している可能性のあるアンデッドが何故武器を装備していたのかという調査をルーンの市内で行ってもらうの。堂々と、立ち入り調査ができるわ」
「……騎士隊長の権限で?」
「外患誘致でしょう。フライングでも問題ないわよ。どの道、証拠がなくても取り調べは行われるわ。そこで、暴れだした者たちが収監されるのでしょうね」
恐らく、実行部隊だけが切り捨てられることになるのだろうが、手足を斬り落とすことも大事なことだ。頭だけでは何もできないのだから。
武具の管理、もし、自分たちに過失や瑕疵がないというのであれば、当然、騎士団の調査を入れる事になる。金の出入り、どこと取引しているのか、管理状況。勿論、ギルマスの個人的な情報・私信の類も捜査の対象となる。斧一本でもう逃げることはできない。
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「あの斧パクられたんだー 結構良さげな武具だったのにー」
「……別に構わないわ。騎士の装備ではないのですもの」
「いいんだよ、お姉ちゃんは騎士じゃないんだから」
子爵令嬢だって当然装備するような武具ではない。ジジマッチョ辺りが装備すると異常に映えるだろうが。王国を代表する騎士なのにいいのか!
「アリーが考えるに、これで冒険者ギルドのマスターの商会・工房に捜査ができると」
「ええ。単なる窃盗ではなく、ルーンの代表的武具商会の紋章入りの装備がアンデッドに装備されていたわけですから。盗難であったとして、本数は最低で三本。それを持ち出し、恐らくは王国に敵対する勢力に渡したということになりますので、王命ででも調査ができるかと思います」
「そうだな。至急、王都に早馬を出す。捜査開始は明日早朝。冒険者ギルド、ギルマスの私邸、商会、工房のすべてか」
「それに、城塞を守備する衛兵の装備であれば、資産管理されているはずだから、その記録の調査で、衛兵の本部や各詰め所も捜査できるじゃない」
「あー それお姉ちゃんも協力しちゃおうか! 冒険者の皆さんもお手伝いお願いしてだね」
「リリアルも勿論協力いたします。帳簿を見るのは騎士の皆さんよりかなり上手ですから」
「こんなところで学院の成果が出るとはね~ 期待しちゃうよね!!」
騎士隊長は「おお、助かった。書類仕事は皆苦手なんだ」とのたまっている。捜査機関としてはやはり騎士団は未熟な組織なのだろうし、そこを改善することを考え、宮中伯を筆頭に組織を変えていこうとしているのだ。リリアル出身の騎士=捜査員というのはあり得る話だ。
「今日の時点で、既にギルマスには見張りを付けたぞ。それと……」
「頼まれていた分、まとめておいたよ。ほれ、ルーンの人間関係の相関図。ギルマス中心に書いてみたよ!!」
ギルマスとつながりの強いルーン内の貴族人脈。特に、連合王国寄り、原神子教徒寄りの貴族を書き出してもらっている。
「これは……助かります夫人」
「いえいえ、参加料みたいなものですわ隊長様」
おほほ、とワザとらしい笑いで答える姉。確かに、騎士団のメンバーで捜査を行うのは人数が足らない。中隊規模で応援が必要だろうし、その動員にも時間が掛かる。ここは、我々で先に動かざるを得ないだろう。
「では、今回の件は騎士団からリリアルの冒険者への調査助手の依頼ということでよろしいでしょうか」
「ああ。騎士隊長名であるけれど、身分証明書を出そう。明日朝には全員分支給する」
「承知いたしました」
簡単に打ち合わせを終え、明日の準備をするべく、その場は解散することになった。
「あー 益々冒険だねー。 やっぱ、リリアル持ってるよねー 楽しみだー」
「あくまでも助手よ。勝手なことをすると、子爵家にも辺境伯家にもご迷惑がかかるのだから、自重してちょうだい」
「大丈夫だよー 褒められちゃうよー」
羨ましいくらいの姉のポジティブさなのだが、心理的病気のような気もする。
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騎士隊長は昨日のうちに「すわ、ルーン貴族の連合王国内通の証拠か」という一報をアンデッド騒動で出しており、追加でルーンの冒険者ギルドのマスターである都市貴族の武器商人が関わる工房の武具であることを追加で夜半に連絡を入れさせた。
夜遅くまでルーンに関しての内偵に関して資料を作成していた宮中伯は、仮処分の命令書を発行してくれたのである。その後、午前中に国王陛下の前で宰相と関係者に報告を行い、「王命」による外患誘致の強制捜査を認める令状を発行してもらったのである。
「一時、自治権の停止ですって」
「街の住人には関係ないわよ。裁判権・徴税権・人事権などの停止。衛兵など治安機関は王都の騎士団の支配下に置かれるというだけですもの」
「それと、貴族・自治委員会の委員とその家族、それとその支配下の住人がルーン市街からの退出禁止だってさ。まあ、基本、用事がない人は入ることはできても出ることができなくなっちゃったね。あー困ったねー」
「問題ないわよ。新街区の住人は活動しているのだから、その人たちが物流を動かせばいい事ですもの」
「一度失った信用って戻すの大変なんですよね。直接、私もルーン入りして指揮を執ることにしました」
ルーンでの騒動の一報を聞いたニース商会会頭である令息は、自分の配下の使用人(という名前の諜報員)の一団を連れてルーン入りしている。現在は、ルーン城塞外の宿を借り切って活動を始めた。
「騎士団の駐屯所の件も相談受けているんです。騎士団より、辺境伯家の方がその辺りの野戦築城的なものは至近でノウハウがあるので」
丸太で築く簡易な砦でも、騎士団には即席で作り上げるノウハウがないのだという。遠征では支配下の街に駐留するケースが多いので、その辺りの経験は全くないのだろう。
「おかげで、ルーン支店はリリアル同様、駐屯地の横を確保できそうです。それに、物流倉庫は新城塞の内部に間借りして王国の食糧倉庫を任される形になるので、持ち出しにならずに済みそうなんです」
ルーンの問題に早急に対応するため、ニース商会=ニース辺境伯と全面的に王家は手を組み連合王国と対決することに決めたようなのである。ブルグント公とヌーベ公との水面下の対立の助攻の意味もある。
「オーガがヌーベに潜んでいるというのは聞いたことがあるでしょう? 王国内の混乱はヌーベに利するところ大ですから。ルーン単独で連合王国を手引きしているわけではないでしょう。オークは恐らくソレハ伯領からのものです」
「連合王国・ヌーベ・ソレハ・ルーンが手を結んでいる証拠が今回のアンデッド騒動であるとお考えなのでしょうか」
「ロマン人は隠すつもりなどないのですよ。文句があるなら殴りつけるという感覚なのでしょうね。古の帝国の王化が進まなかった場所に住んでいたものらしい発想です」
令息はバッサリである。帝国も連合王国も元々は古の帝国であった場所はごく一部であり、その中でもロマン人は全くの化外の民であったものの末裔だ。それが古の帝国の崩壊後、武力で占領して国を立ち上げた場所が多い。文化的にも宗教的な価値観的にも合わないのだ。
「仕方がないわよね。御神子の教皇様を中心にした緩やかな旧古の帝国領が御神子教徒、ロマン人とその影響下にある場所が原神子教徒であると考えると、わかりやすい対立の構図です」
「とはいえ、北との貿易には利があるから、完全に敵対するわけにもいかないし、今の帝国はその両者が対立している状態で内戦も発生するから、なんとも言えぬな」
王国の中にいる少数の原神子教徒が利の為に連合王国や帝国の貴族や大商人である都市貴族に内通している。本人たちは利の為だが、王国の安全を脅かして手に入れる利に何の意味があるのだろうか。
「だから、何度も焼かれるんじゃんね」
「いいえ、何度も焼かれた経験から長いものに巻かれ、目先の利益を追求するのでしょう。さて、それが自分たちを滅ぼすという事を教えてさしあげにまいりましょうか」
騎士隊長、彼女と伯姪、そして姉が連れだってルーンの城塞中心にある広場に向かうのであった。
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既に主だった街の市長・参事会議員を務める貴族たちの家には騎士団から迎えの者が出ており、広場に集まっている者たちは何がこれから始まるのかを興味深そうに見ているのである。
「衛兵は掌握してある。王都からの応援も含めて、各門には騎士を必ず配置してあるので問題ないだろう」
リリアルのメンバーは普通に冒険者の姿で広場の出入り口に固まり聴衆を監視している。貴族どもが仕込んだ、破落戸が騒ぎ出せば、即座に抑え込む手立てになっている。
騎士に連れられ、市長・参事会議員が広場の舞台の上に並ばされる。口々に不満や抗議の声を上げているが、騎士隊長は当然の如く無視をしている。主要貴族の当主が集まったことを確認し、騎士隊長は命令を伝える。
「ルーン自由商業都市に宣言する。市長・参事会の機能を一時停止し、王家の代官による統治を行うものとする。また、街に在住する市長・議員とその家族、使用人、関係する商会の従業員のルーンからの退出を禁止する。
これは、連合王国に内通するものがいるということに対する調査の為に為される王命である。順次、捜査を行うものであり、該当するものは自宅にて謹慎を申しつけるものである。
また、ルーン市内の治安を司る衛兵は、王都騎士団の旗下に属するものとし、衛兵隊長・市長の指揮権限を停止するものとする。本日、只今を持って王命を実施するものである!!」
魔力による拡声効果もあり、ルーン市街全域に騎士隊長の王命が響き渡る。
市長を筆頭に、議員全員が顔面蒼白か力が抜けたように座り込んでいるのは、明らかに後ろ暗いことがあると市民の前で認めているようなものだろうか。
「ではでは、冒険者ギルドの捜索、行きましょうか!」
「我々は市長の公舎に私邸、衛兵隊本部の調査に向かおう。リリアルのメンバーも同行してもらえるか?」
「お姉ちゃん、そっちに侍女ちゃんたちと向かうね。ギルドは妹ちゃんがメインで行けるかな?」
「騎士の方達が立ち会ってくだされば、あらいざらい書類を木箱に入れて持ち出すつもりよ。怪しい依頼書や、登録された冒険者の記録、実際所在が判明しない……被害者の確定も行えると思うわ」
「うんうん、どう考えても、参事会とギルドはグルだよね。ブッチめてやろうね!!」
いや、そういう事ではないのよねと彼女は内心思いつつ、リリアルのメンバーを連れて、冒険者ギルドに向かうのである。
少し前の騎士隊長の宣言を聞いたギルマスは、自失茫然の態で執務室で放心していた。ギルド内は既に業務停止の状態で、全員が一時、冒険者ギルドからの退出を命じられている。
ギルド職員は全員、個別に捜査協力の為任意での聞き取り調査を行う事になっており、そこにはこのギルマスも含まれているのだが、実際は男爵である彼女の斧を詐取したという罪で逮捕拘束されることになっている。
「ギルドマスター 昨日ぶりですね。斧は見つかりましたか?」
「……いや。見つかっておらぬ……」
「あったわよー」
斧の柄には彼女の魔力を込めた水晶をはめ込んであり、それが発する魔力をトラッキングして斧の隠し場所は発見できた。ついでに、内緒の書類たちもである。
「さすが冒険者ギルドのマスター、潔いふるまいですな」
木箱に書類を詰めるように部下の騎士に指示をした、彼女たちに同行した小隊長がギルマスに告げる。
「あなたには黙秘権があります。裁判で不利になることを証言する必要はありません。但し、痛い目を見たくないのなら、早目に話した方が良いと思います。さて、長い一日が始まりますね」
小隊長は傍らの騎士に合図すると、ギルマスを引き連れて執務室を後にした。
「さて、私たちも片っ端から木箱に詰めていきましょうか」
「証拠になりそうな重要なものはこの赤い印の箱に入れてちょうだい。その他のものはこっちの普通の箱ね。できるだけ、並びを崩さないようにしてね。後で探すの面倒だからね」
伯姪がちゃっちゃとばかりに指示を出し、執務室の書類の箱詰め大会が始まったのである。