第118話 彼女は騎士団にアンデッドオーガを引き渡す
第118話 彼女は騎士団にアンデッドオーガを引き渡す
「……なんだこれは……」
「ガイア城に潜んでいた魔物のアンデッドに、その監視に当たっていたものをお引渡し致します」
「そ、そうか。オーガだな」
「アンデッドのオーガ、オーク二体、ゴブリンにいたっては五十体ほどがガイア城に潜んでおりました。報告書にて後程詳しく説明いたしますが、王宮の魔導士と魔術師に騎士団の調査隊を至急ガイア城に派遣依頼をしてください。回収した書類もお引渡ししますね」
いまだ廃村にいた騎士隊長にそう告げると、騎士隊長は慌てて伝令を王都に走らせる事になった。アンデッドの本体はこの場所に一時保管することになった。ルーンに持ち込んでも保管場所に困るからだろう。
「既に、この廃村には二個分隊を貼り付けることにした。こことベルモントの二箇所を中心に活動をする。宮廷伯次第で、新街区の拠点が確保できしだいそっちに本部は移すが、ここが仮設の本部になるな」
「では、隊長はこちらで……」
「いや、俺と直属の部下はルーン市内でまだ調査を続ける。副官がここに常駐して、事務仕事をしてもらう」
それは災難だなと思いつつ、恐らく事務向きの人材でこの場所から動かない方がその人にとって効果があると判断したと思う事にした。
「魔法剣士か。回収できなかったのかその死体」
「残念ならがら、燃やし叩き潰すしかありませんでした。『炎壁』などを使う戦士ですので、討伐優先しました」
「そ、そうか。騎士団が直接単独で遭遇していたら、危険だったろうな」
「その代わり、剣と鎧は回収してあります。捜査にお役立てください」
「そりゃ助かる。印や紋章はなくとも、製造の癖があるからな。まあ、王国製ではないんだろうな」
押収した証拠品を引き渡すため、彼女は廃屋の一つに案内された。
一通り押収品を引き渡し、先に返した姉たちを追いかけてルーンに戻ると既にかなり遅い時間であったが、市街にはいる事は出来た。一日討伐しとても疲れていた彼女は、風呂に入りたかったのだが、彼女の借りた宿には風呂は備わっておらず、明日の朝でないと入ることはできなさそうであった。
「昨日今日とかなり頑張ったので、明日はお休みにしましょう」
「「やったー!!」」
「ギルドに行こうかなー」
「えー折角のお休みなんだから、ギルドはやめようよー」
今日は侍女として出かけた二人もこちらに戻ってきており、明日は休みでいいと姉にも言われたようだ。恐らくは……
「冒険者の皆さんと飲みに行かれるようですね」
「すっごく盛り上がってたから、間違いないね」
黒目黒髪と赤目蒼髪にさり気に報告される姉である。珍しく、血まみれ泥まみれになったから、厄落としを兼ねてというところなのだろうか。たまには羽目を外して……いつも外している気もする。
「さて、明日は武具屋に行って、冒険者ギルドにもいきましょうか」
「オフじゃないのあなたは」
「ギルドで何か反応がないかどうか確認したいのと、グレートアックスを鑑定してもらいたいから顔を出すつもりなのよ。その後はお買い物でも行こうかと思うの」
「じゃあ、それ、付き合おうかな。単独行動は危険でしょ?」
伯姪の言う通りなので、ありがたく話を受けることにした。
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焼却したゴブリンからは魔石が出てきただけであったが、二体のオークからは魔石とそれとは異なる水晶の塊が発見されていた。一つはリリアルに、残りの一つは騎士団に提出した。恐らく、似たようなものがオーガからも発見される事になるのだろう。
「これが魔核……かしらね」
『多分な。伯爵に聞けば、もう少し詳しくわかるだろうな』
彼女は自分と伯姪の宿の部屋で寛いでいる最中だ。伯姪は「情報収集に行ってくる!!」とばかりに、ルーンで知り合った受付嬢たちと食事に行っているようなのだ。彼女なら、上手く打ち解けて話を聞くこともできるだろう。
「あなたも、こんな感じで水晶を使って魔剣に封印したのね」
『いや、俺はもう少し簡単だな。普通に魔法陣と触媒を使って封印しているぞ。そもそも、ミスリルは水晶同様魔力を貯める性質があるしな。ミスリルでも水晶でも良かったんだろうけど、入手し易さと使い捨てするつもりで水晶を使ってるんだろうな』
「ミスリルを使ったモノも現れる可能性があると思うの」
『魔剣』は、しばらく考えて否定した。
『そこまで自分の魂を残す意欲のある魔術師はいねぇよ。俺にしろ伯爵にしろ生き永らえる理由があるだろ? 只の研究熱心なアンデッド製作者が、そこまでやるとは思えないな』
彼女はそれもそうかと思うのである。水晶の結晶からどこのものかがある程度分析できれば、連合王国の関与も裏付けられるだろう。
「それにしても、ゴブリンの繁殖は連合王国の意図したものなのかしらね」
ゴブリンのスタンピードで王都近郊が荒らされ、未だゴブリンキングは討伐できていない。今回のゴブリンを利用したアンデッドは同じものの延長戦上にある問題なのかと思考する。
『どうだろうな。位置関係的には少々違う気がする。王都の南西側で発生しているのがゴブリンキングの騒動。その先にはヌーベがある。こっちのアンデッドはソレハ-連合王国-帝国領の原神子側の商業都市の連携じゃねえかな』
「魔物を使って直接的に攻撃させるか、アンデッドを使い都市ごと占有して行くかという事の差かしら」
『そんなところだ。連合王国側は将来的に王国の北部を再占領したいのだろうさ。ヌーベはその助攻と、ロマン人としての血統のなせる業じゃねえかな』
他人の物を奪う、盗むことに喜びを感じているのか、その為に、傭兵や魔物を利用して王国を荒らしまわるということなのだろう。言語を介するゴブリンを配下にして、傭兵代わりに略奪と襲撃を繰り返す。ここしばらく静かなのは、王都とレンヌ周辺での活動拠点を潰されて再編成中なのだろう。
『一度、ヌーベは潜入してみた方が良いだろうな。行商人か巡礼者かは分からないけどな』
ヌーベは修道院などもほぼないので、巡礼するべき場所もない。経路として古都から旧古の帝国の街道を歩いてオラン経由で抜ける道を歩けば可能だろうか。
『また、攫われてみればいいんじゃねえか』
「今回は山賊ではなく、ゴブリンかもしれないじゃない。それはそれで嫌なのよね。ヌーベには冒険者ギルドがないから、依頼も受けられないし」
『商業か薬師ならあるんじゃねえの。商業ギルドが無きゃ困るだろ?』
『魔剣』の思い付きに「それはありね」と彼女は考えるのである。
翌朝、少しゆっくり起きた彼女は、伯姪と軽く朝食を食べるとルーンの市街へと足を運んだ。最初に出かけるのは武具屋だ。
「武具屋で今度は何を買うのよ」
「買うのではなく、買取査定をさせるのよ。オークのバトルアックスをね」
バトルアックスは両手遣いの斧であり、工具としての片手斧を戦闘用に使いやすくしたもので、ある意味ロマン人を象徴する武具でもあるのだ。
「船の補修をするのに、木材を斬り倒し加工する斧は必須ですもの」
「剣より随分とコストが安かったみたいね。三分の一くらいでできて、日常生活にも戦闘にも使えるなら、移動する武装商人が好む武器ね」
「雑な扱いでも問題なく使えて、柵や門を破壊するのにも有用。これ一つで何でもござれな装備。飾り立てた斧はあの民族の権威の象徴にもなるわ」
王国の場合、三又の槍・ウイングドスピアあたりがそれにあたるだろうか。斧は……ロマン人国家である国や、ロマン人傭兵の親衛隊が好んで装備する伝統的な装備と言える。ハルバードは戦斧の系譜であるので子孫と言えようか。
フレイルを購入した武具屋に入店すると、美少女二人の来店に「いらっしゃい」の掛け声もトーンが高くなる。
「今日は何をお求めで」
「いえ、この武器の買取査定をお願いしたいのですが」
彼女が魔法袋からバトルアックスを取り出すと、店員は「買取はできません」
と即座に反応した。
「武器として価値がないのでしょうか」
「……いいえ、そういうわけではないのですが、一般的に王国内では不人気な商材なので、買い取ったとしても売れるめどが立たないので買取できないという事なんです」
「お店での販売在庫は……」
「ありません。冒険者には重くて使いまわしが限られているのでお勧めできませんし、衛兵の場合支給品のハルバードに短剣が基本です。戦闘用の斧は好みによりますが、遠征をおこなう兵士、中でも工兵や歩兵でも築城を行う場合に用いますから。その場合、うちでは購入されず、大手の出入りの商人にゆだねられます。うちは、冒険者に行商人などの一般人向けのお店ですから」
店員は買い取れない理由、扱わない理由を丁寧に教えてくれた。そして、一つの情報を与えてもくれた。
「冒険者ギルドのマスターの家がその手の商品を扱う武器商人ですよ」
冒険者ギルドを運営するにあたって、武器の供給業者がそれに当たっているのがルーンというわけである。つまり……
「斧も、その店なら容易に買えます。この柄の部分の焼き印が……お店の紋章になります。あの家の紋章でもあるんですけどね」
武器商人上がりの貴族という事なのだろうか。有力な情報を聞かせてもらい、彼女と伯姪は丁寧にお礼を言うと、店を出たのである。
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武具屋を出て一旦昼食を取るために例の仕出しのできる店に入る。
「ランチね。お奨めはなにかしら?」
「それならクラーケンの……『それ以外でお願い』……鶏の香草焼きがお奨めです」
「ではそれを二つお願いするわね」
クラーケンはもういいかと思うのだ。
「この後ギルドで何をするつもり?」
「依頼票の内容確認。それと、ギルドでバトルアックスを買い取ってもらおうかしら」
「あはは、慌てるでしょうね。でも、随分と脇が甘いのね」
「隠す気もないのでしょうね。王国を甘く見ているのでしょう。知られても何もできないと高を括っているとでもいうのでしょうね」
二人はゆっくりと食事をとり、デザートを頼みお茶を楽しんでから冒険者ギルドへと向かった。
ギルドは元々閑散としていたのだが、王都の騎士団がルーンに現れ独自に捜査を始めた頃からさらに浮足立つような空気に包まれていた。顔見知りの受付嬢も仕事に集中できていない……集中するほど仕事がないのだが。
率直に言えば、仕事はあるのだが仕事を担う冒険者がいない。人材派遣企業が冒険者ギルドだと言い換えれば、派遣先はあるが派遣する登録者が払底していている状況だ。仕事を受ける者がいなければ、社員であるギルド職員が仕事を熟せばいいと思うのだが何故仕事もないのにここにいるのかと疑問に思う。
「い、いらっしゃいませ。依頼でしょうか?」
「いえ、今日はこのバトルアックスの査定をお願いしたくて伺いました」
「はあ……えーと武器の買取は……『その斧、見せてもらえるか』……しゅ、主任……」
奥から出てきたのはどうやら受付嬢の上司のようだ。薄赤戦士より少し年上で固太りの如何にも戦士といった風貌の男性だ。事務職には見えないので、冒険者として引退した者でルーンの中では有名な者なのだろうか。
「ええ、どうぞ」
「拝見する」
手に取り、あれこれと見た後、バトルアックスに刻まれている紋章を凝視しする。
「このバトルアックスはどこで手に入れた」
「昨日、とある場所で倒した魔物が装備していたものです。あまり見かけない装備なので、高価に買い取っていただけないかと思いまして」
「……ちょっと待て。買取の査定をさせる……」
「承知しました」
伯姪と顔を見合わせると、ギルドの待合の席に座ることにした。
「すっごく反応していたね」
「ええ。でも、斧の紋章に反応したのか、それを手にしていたことで背景まで知られたと考えないのかは判断できかねるわね」
「単純に元戦士として見覚えのある装備だった……ってところじゃない? どう考えても、ここの衛兵の装備でしょ? そして、ギルマスの商会か工房の紋章付きだもの」
ギルマスの反応が楽しみだと、伯姪は悪い笑顔である。
しばらくすると戻ってきた主任が「ギルマスが会いたいと言っている」と伝えるのだが、彼女は即座にお断りした。
「査定していただけるならカウンターでお願いします。それと、斧はどこへ持っていかれたのでしょうか?」
「……ギルマスの手元にある」
「なるほど。お返しいただけますか?」
「マスターの所で話を聞いてもらえるか」
「お断わりです。斧を返すか、買取の査定価格を伝えるか。冒険者ギルドのマスター如きが、男爵であり薄青等級の冒険者である私を呼びつけるなど、勘違いも甚だしいですわね。マスターをここに呼びなさい。話はそれからです」
ギルド受付に朗々と声が響き渡る。しばらく躊躇していた主任は、急ぎ奥へと消えていく。
「らしくないじゃない?」
「ふふ、姉さんと騎士団への援護射撃よ。おかしな動きをし始める者たちが出てくるでしょう? いつまでもここでクラーケンを食べていても仕方ないじゃない」
彼女はもういい加減、クラーケン料理は嫌なのだ。
「一夜干しを焼いて食べると意外といけるわよ」
「……それ、料理ではないわね。ワインの肴でしょ」
そうかなー と伯姪は笑っているが、お酒は程々にしてほしい。とはいえ、伯姪は飲める体質のようで、果実水のようにどんどん飲めるのだ。
しばらくすると、ギルドマスターが現れる。当然、バトルアックスは持っていない。
「どうしたのかね。話なら奥でお願いしたいのだが」
「斧はどうされたのですか」
「斧? 何のことかね。主任、私がお会いしたいという事を伝えてくれたのだろう。斧とは一体何のことだね」
「……先ほどの……」
「ん? 君が斧を預かって紛失したという事かな。それは如何ね。責任ある地位にあるものがそれでは」
どうやら、持ち込んだ斧を主任が紛失したという事で誤魔化したいようなのだ。
『おお、魚が釣り針に引っかかったな』
『魔剣』の呟きに、彼女は静かに頷いた。