第117話 彼女は姉と全力でアンデッドを退治する
第117話 彼女は姉と全力でアンデッドを退治する
都合六体のアンデッド魔法戦士を倒した彼女たちは、内郭の吊り橋を降ろし、メンバーを中に入れる。『薄赤』はそのまま先ほどの入口で待機。赤毛娘と黒目黒髪娘を内郭の吊り橋前を守備させる。
「姉さんもここに残ってもらえるかしら」
「もちろん、命令には従うよ!!」
「……命令したこと以外を行う事は当然禁止なのだけれど、理解できたかしら。この場所を守ること以外、行動してはいけないのよ」
「も、もちろんだよ。ねぇ、と、当然じゃない☆」
音の鳴らない口笛を吹く真似をするのがかなりウザい。
「ダンジョンに入るわけね」
「その前に、内郭にある住居スペースの探索ね。魔力の有無で大概は事前に存在が把握できるでしょう」
『こんなことを仕掛けるのは魔術師か魔導士だからな。いればわかる』
住居スペースに魔力の存在は感じるものの、ダンジョンには魔力のある存在は感じられない。つまり、アンデッドも魔術師もダンジョンにはいないと言える。
「はー お姉ちゃんの冒険もここで終わりかー」
「まだまだわからないですよ。どこかから現れるかもです」
「……そんなこと言わないでよ。縁起でもない」
姉の言葉に赤毛娘が答えると、黒目黒髪がやんわり反論する。
「アンデッドの装備品、回収ですね」
「いなくなった冒険者が特定できるかもだから、剣とかメイルは確保かな」
赤目蒼髪と青目蒼髪は冷静に自分の仕事をこなしている。いい生徒だ。姉も見習ってほしい。
彼女と伯姪は『薄赤』メンバーにゴブリンの遺体を焼却できるように教会堂から引きずり出すことを頼み、自分たちは魔力の反応のある場所を探索する事を告げる。
「アンデッドの魔法剣士ね。やばいな」
「よかったじゃない、剣士から魔法剣士にレベルアップできるかもしれないわよ」
「それ、死んじゃってるから。俺は生きている間になりたいんだよ」
「マジックアイテム使うしかないだろうな。お前、魔力ほぼないから、魔力内包型だと偉い高価だぞ」
「……いいっす。俺、一剣士として幸せになるっす」
剣士は護衛やその最中遭遇する魔物退治、盗賊相手にはマッチングが良い。都市型の冒険者とでもいうのだろうか。城攻めには向いていないのだから仕方がない。
戻ってくると、姉は赤毛娘とメイスについて話し込んでいるのが聞えた。
「このメイス、ヘッドの部分が金属の板を組み合わせたような形をしているよね。なんでだろう」
「剣ほどじゃないけど、これで魔力を通すと斬撃の効果が発生するからだってさ。あんまりヘッドの部分を重くすると、残身もできないし切り返すのも大変じゃない? 使い勝手と威力の両方を高めたものなんだよ」
「あ、あたしも使えるかな」
「身体強化も魔力量も十分だから、大丈夫じゃない。この旅が終わったらあなたにあげるよ」
「やった!! でもいいの?」
「良いよ別に、私にはフレイルもあるからね。それに、持ち歩けないよねそんな物騒なもの。フレイルだったらこっそりドレスの下とかに隠しておけるからそっちが便利だよね」
あんまりドレスの下にフレイルを隠している貴婦人はいないと思うよ。
赤毛娘は革紐を手首に通し、グルングルンとメイスを回転させている。メイスに限らず、剣や槍・鏃にミスリル鍍金ができれば数を作ることは容易になるのではないかと考えるのだが、戻ってから老土夫と話をしなければならないかもしれない。
「魔力のある人は良いわよね」
伯姪のように、少な目の人間にはあのメイスや鍍金された剣は使いにくいかもしれないとか彼女は思いなおす。持っている間、魔力をそれなりに消費してしまうからである。魔力付与による斬撃力向上より、メイスのヘッド全体に魔力付与する方が当然、魔力を多く消費する。魔力付与の脳筋仕様が可能なメンバーは限られているのだ。勿論、赤毛娘は問題がない。むしろ推奨。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
彼女と伯姪のツーマンセルで住居スペースに侵入する。かなり狭く、壁で区切られた空間、最悪は一瞬で離脱する必要性がある。
「魔力の数は三個ね。先ほどの魔法剣士より……大きいわ」
「それって、ヤバい案件よね」
「ええ。あの子たちを連れてこなくて正解よ」
結界を展開し、念のため手前から中を改めていく。確かに、人の生活している形跡がある。つまり、この場所で実験をしながらアンデッドを生み出していた集団が生活していた痕跡だ。
「さて、最後の部屋ね。ドアをけ飛ばすわよ」
「そうしたら、油球で着火するので、一旦表まで後退ね。タイミングは任せるわ」
狭い場所で戦うのは不利と判断し、油を撒いて焼くことにしたのだ。指でカウントダウンをし、ドアを蹴破り出口に向かい走り出す伯姪、彼女がすかさず中に向かって油球に小火球を付けて放り込む。
『Geaaaaaa!!!』
『Gyaooo!!』
何か、人間より大きな魔物が中にいるようだ。一瞬見えた大きな人影を考えつつ、彼女も出口を目指す。室内から破壊音が聞こえ、ドスドスという振動が伝わってくる。恐らく、外に出てくることになるだろう。
表に出ると、全員に声を掛け、迎え討つ体制を整える。
「人型の大型生物が三体出てくるはずよ」
「油球用意。弓も火矢で狙って!!」
「……了解……」
「さて、メイスがビュービューなるわね!!」
姉、前に出ないで欲しい。ダイヤモンド型のブレードを組み合わせたメイスなので、確かに風切り音はするけど。
中から出てきたのは、3m近いオーガらしきものと、2mを越えるオークが二体。オーガもオークもグレートアックスを装備している。当たれば確実に死ねそうな武器だ。ただし、胴の部分にメイルを装備しているだけで、腕や足には鎧は装備されていない。
「イケっ!!」
黒目黒髪、赤目蒼髪、青目蒼髪、そして彼女から油球+小火球が飛び出し火だるまになる三体の人型魔物。普通なら動けなくなり絶命してもおかしくないのだが、一瞬躊躇したものの、突進してくる。
「アンデッドだ!!」
「アンデッドジャン☆」
「アンデッドではないかしら」
姉が「いただきまーす」と叫ぶと、右端のオークに突撃をする。グレートアックスのフルスイングを魔装手袋に魔力を通していなし、その反動で体勢が崩れるオークの首元に魔力を貯め込んだミスリルヘッドのメイスを叩き込むと、頭が爆発する。
「うひー 返り血がぁぁぁー」
「だから、言ったでしょ。勝手なことをしないでと!!」
伯姪と赤毛娘がもう一体のオークを挟み込み、黒目黒髪が結界で援護。そして彼女はアンデッドオーガと対峙する。勿論、槍持ちの青目蒼髪、赤目蒼髪の二人も槍を構えて左右に陣取る。
「時間を稼ぐわ。オークを倒す間、牽制するのよ」
「「はい!」」
胸壁の上から赤目銀髪が何本もの火矢をオーガの手足に射込むものの、大したダメージにならず、ひと際巨大なグレートアックスを振り回す。
「あー ミノタウロスってこんな感じなんじゃないかなー」
「血まみれの姉さんは黙って!」
「そんなことを言わないでお姉ちゃんもまーぜて☆」
背後から膝裏にメイスを叩き付ける姉、バランスを崩したたらを踏むオーガ。背後を気にしたタイミングで、彼女が反対側の膝に『魔剣』の切っ先を叩き込むが……
『入らねえぞあんまり』
「アンデッドが身体強化。やるわね」
露出している部分は魔力を用いて硬化させているようだ。意思もあり、先ほどまでのアンデッドとは格が違う。
『伯爵のレヴナントに近いんじゃねぇか』
「不味いことに、その通りかもしれないわね。ひたすら燃やして距離をとりましょう」
立て直したオーガは傷ついた部分も身体強化で無理やり回復させたようで動きは元に戻っている。肌は赤く焼け爛れ、頭髪も残っていない。
「どう、そっちは」
オークの二体目を倒した伯姪が彼女に合流する。
「無理やりは難しいわね」
「ははぁー 攻め続ければ魔力が枯渇して……動けなくなるんじゃない」
「無理せずに一旦後退……かしら」
「いいえ、囲んで油球で燃やし続け、動かし続けるべきよ。攻撃は最大の防御でしょ!!」
「それそれ、お姉ちゃんもそうだと思ってたよ☆」
魔力で強化した槍先がメイルを貫き、鎧通しの鏃が何本も体につきささっているが、動きは健在。斧を振りまわし、近くに寄れるものがおらず、深手を負わせることができない。
『GYOOOOO!!!』
咆哮に、一瞬学院生の動きが止まる。
「不味い!!」
動きを止めた赤目蒼髪に向け斧が振り下ろされる瞬間、彼女が箱型結界を形成し、オーガを閉じ込める。
「おお、お姉ちゃん、張り切っちゃうよ!!」
動きを止めた一瞬を逃がさず、魔力を貯め込んだメイスで跳躍した姉がオーガの後頭部を両手持ちで叩きつける。爆発する後頭部!!
「がぁー また血まみれじゃん。アンデッドなのに、血流すな!!!」
肩を蹴り上げ、オーガの頭上に飛び上がり背面飛びから横殴りに片手持ちメイスで側頭部を殴打、衝撃でオーガが倒れる。姉はメイスを持たない片手をついて地面に着地する。
「十点、十点十点十点十点!!」
何故かガッツポーズをして胸壁の上に向かい両手を振る姉。しかし血まみれ。
「姉さん、盛り上がってるところ申し訳ないのだけれど、倒れてるそれの頭を完全に叩き潰してもらえるかしら?」
「うん、最後までお姉ちゃん、持って行っちゃっていいのかなー♡」
「ええ、その血まみれに免じて許可しましょう」
「う、うん。冷静になったらすごく気持ち悪い。は、早く帰ろうね☆」
姉はえいえいとばかりにオーガの半壊した頭部にメイスを何度も振り下ろした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
身体強化をした姉と黒目黒髪、そして赤毛娘にアンデッドオーガの死体を馬車に乗せるように頼み、姉には「川で体を洗っておいて」と伝える。姉は大喜びでオーガを持って去って行った。重たいだろうに。
遠くで「うひょー」とか「なんじゃこりゃー」という声が聞こえるが、恐らく剣士だろう。
「さて、ダンジョンに入りましょうか」
「入口、随分高いところのあるのよね」
「今回は、あの開口部から入るわ」
幸い、明り取り兼狭間として何箇所か上部に大きく空いた場所があり、彼女たちはそこから侵入することができそうなのだ。
「二人はこの場所で出口を警戒。弓手は、出口から出てくるものがいたら、射止めてかまわないわ」
「「はい!!」」
「了解……」
赤目蒼髪と青目蒼髪を守りに残し、伯姪と彼女は結界階段で直接ダンジョンの上部に向かう。開口部を見ると、慌てているフードを被った人間がみてとれる。
『魔術師じゃねえな。間者か』
「そうかもしれないわね。先ずは……」
階段を駆けくだる背後を追う彼女。そして二手に分かれて伯姪は上へと向かう。外に出たフードに二本の矢が突き刺さる。腹と腕に刺さった勢いで石の階段を転げ落ちるフード。コの字型に折れた階段の踊り場で止まる。
『死んでねぇよな』
「まだね。放っておけば死ぬわね」
矢を引き抜き、軽くポーションを掛け止血をする。後ろから伯姪が追い付いてきた。
「生きてるの?」
「ええ、しばらくは大丈夫だと思うわ。意識は無いのだけれど」
「上には何もなかったわ。観察していただけのようねこの男は」
野伏ほどの年齢だろうか、疲れきったような表情の茶色い髪に緑がかった灰色の目の男だ。
「魔術師でないとしたらなにかしらね」
「さあ? 斥候職や盗賊だと縄抜け位できそうだから、しっかり固定した金具のある拘束具で捕縛しましょうか。当然、馬車につないで帰ることにしましょう」
「その前に、居住スペースで使える物を回収してからよね」
「魔物の死体も燃やさなければでしょう。装備も回収するわね」
アックスは製造が特定できることがあれば証拠となるだろう。騎士団の仕事になるのだろうが、回収は必須だ。
「では、手分けして作業を進めましょう。あなたは、書類関係の回収をお願いしてもいいかしら」
「任せて。じゃあ、行ってくるわ」
青目蒼髪を連れて伯姪が住居スペースへ移動……石造りの建物の為、余り延焼せずに済んだようだが、一番奥の部屋は駄目なようだ。
オークの死体を油球と火球で念入りに焼き、その間に、『猫』がダンジョン内とその周辺を調べるが、不審な場所や物は見当たらなかったようである。
小一時間ほどしてオークのアンデッドも焼け、書類を回収し外郭に戻ると、ゴブリンも大方焼却処分を終えており、何とか夕方にはルーンの街に帰り着くことができそうだ。
「アリーの姉ちゃん、すげえな。次期子爵様なのに……血まみれ笑顔でオーガ引き摺って歩いて行ったぞ。メイス振り回しながらな」
近所のガキみたいな姿を見せて、「子爵令嬢です。夫人です」と言えるのかと少々気になるのだが、姉は本来そういう人なのだと思い出し「内緒でお願いします」と『薄赤』メンバーにお願いするのであった。