第113話 彼女は姉の冒険につきあう
第113話 彼女は姉の冒険につきあう
彼女と彼女の姉、外見は流石姉妹と言える程度には似ている。幾分、妹はスレンダーではあるが、似た顔立ちではある。魔力の質も量も今となっては似ていると言えようか。
姉は小さなころから後継ぎとして様々な教育を施されており、貴族として、魔術師として育成されていた。彼女に関しては魔術師としての資質を自ら育て始めた数年前以前は、一切魔術どころか魔力があることさえ知らずに育ってきた。魔術師として育つにギリギリのスタートであったと言えよう。
彼女が薬師として、錬金術師として自らの魔力を高めその延長線上で冒険者として魔力を活動できるようになったのに対し、姉は宮廷魔術師として十分活躍できる魔力とその制御・魔術の術式を学ぶに至った。何がいいたいかと言えば……
「お姉ちゃんも冒険したい」
「……何を突然に。だめよ、遊びではないのよ冒険者の活動は」
護衛の薄赤メンバーはベテラン中堅冒険者だ。姉の言葉が、挑発的に受け止められても仕方がないとは言え、依頼主に正面から否定できないと考え、彼女が代弁したのだ。
「そんなことはわかってるわよ。でもね、これからいろんな場所で、王都から離れた敵中で行動することも増えるでしょ? 自分の身を守るためには冒険者のスキルってあった方が良いと思うんだよ」
彼女以上に護身に関しては魔術を核に姉は身に着けている。とはいえ、魔力を行使しないことを前提に身に着けた彼女と比べると、体を使う護身は心もとないのは確かだ。
今回、姉には彼女の身に着けている魔装鎧を簡易化したコルセット風の魔装衣を譲渡している。王妃様王女様にお渡しする前のパイロット版と言えば良いだろうか。
「この、魔装衣も有効活用しないとね!!」
「だからって、わざわざゴブリン退治に出る必要……無いわよね」
「いいじゃない。ゴブリン放置しているルーンの冒険者ギルドに問題あるんだから。ピクニックついでにゴブリン討伐してあげるのも、王国民の為になるんじゃない?」
「さっすがメイちゃん、話が分かるー 妹ちゃんもこのくらい柔軟にならないと」
「同じ意見なら二人でいる必要はないでしょう。何でも意見が揃えばよいということはないもの」
「えー そこはそうだねでいいんだよ。ほんと、誰に似たんだかね」
姉は「そういうところお祖母ちゃんそっくり」とでも言いたいのだろうが、学院生や薄赤メンバーの手前、ハッキリとは言わないのだが何時もの事なので言わずもがなで理解できる。
基本、フリーダムな姉は祖母と反りが合わないのだ。
「あれ、試してもらおうかと思ってるんだよ」
伯姪の言う「あれ」とは、リリアルの所属する冒険者として活動しない薬師組や魔術師の中でもポーション特化型のメンバーに自衛戦力となってもらうための工夫だ。
習熟に時間が掛からない装備の中で、いくつか候補を上げているうちの一つに「フレイル」がある。彼女は魔法袋から短めのフレイル、いわゆる「ホースマンズ・フレイル」を取り出し姉に説明する。
「これは、メイスよりも打撃力が高いフレイル。この長い方の棒を持って金具で接続されたスパイクのついている短い棒の方を相手に振り回してぶつけるのよ。棒で直接叩くより、遠心力が働くことと金具を支点に回転することで防ぎにくいわ」
「剣ではダメージが入りにくい鎧や兜にも打撃が入るので、扱いやすいわりに効果が高い武器です」
「護衛でも割と使うな。スタッフに似て、スタッフより攻撃力が高い。剣ほど鍛錬が不要だし、適当に振り回しても当たればそれなりのダメージが入る。騎士も剣ではなくフレイルを使うものもいるな」
槍での突撃のあと、接近戦となった場合、剣では鎧越しにダメージを与えにくいのでフレイルを装備するものもいるのだ。トゲトゲの部分を鉄球にしている場合もある。
「先ずはこれでお試ししてちょうだい」
「OK、あー このスパイクがミスリル合金製だったらもっと使い勝手がいいかもねー」
「フットマンズ・フレイルで試作中なのよ。そのうち、ニース商会でも自衛用に装備してもらおうかしらね。勿論、有料よ」
「そうだね。今回お試しして実感できれば吝かじゃないよ。新興商会は危険がいっぱいだからね!! みんな命大事にだよ!!」
姉はフレイルの先端をグルングルンと回しつつ、そう答えた。
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前日同様、近隣の村へと顔を出す。ゴブリンの被害があるというので、足跡を追跡し、いまゴブリンの巣の傍で隠蔽中なのだ。学院生は素材採取、戦士と剣士は馬車の番、野伏と女僧は少し離れた場所で待機中。いま彼女と姉と伯姪が隠蔽を発動している。
「姉さんも、隠蔽できるのよね」
「基本だよ基本。じゃないと、夜会とかでめんどくさいもの」
姉は子爵令嬢に過ぎないので、侯爵や伯爵の子息からアプローチされた場合、簡単にお断りすることができない時期があった。デビュタント直後から王都の社交界で名前が知れ渡る一年程の間だろうか。
「隠蔽して抜け出すんだよ。ほら、『二人きりで話をしたい』なんて、テラスとか庭の暗がりとかに連れ込もうとする馬鹿がたくさんいるからね。二人ともデビュタント直後は気を付けるんだぞ☆」
彼女は子爵令嬢ではなく女男爵であるし、伯姪は男爵令嬢ながら騎士爵を王家から賜った武闘派なのだ。姉の時とはかなり違うだろうし、王妃様との関係性を考えても迂闊なことをするバカ息子は……いないとも限らないなとは
思うのだ。
「ゴブリン並みのバカ息子もいるからね。ほんと、うちの旦那様とはえらい違いだよ。王都の夜会で女漁りするくらいしか能がない奴が結構いるからね」
王国が安定して王家・王都に富と権力が今後ますます集まることになれば、それぞれの領地で割拠していた高位貴族も領地経営に力入れなければ経済的にも政治的にも没落することになるだろう。それが理解できているなら、夜会で女漁りをしている暇などないはずなのだ。つまり……
「夜会は馬鹿発見機でもあるんだよね」
「そういう事で考えると、夜会に頻出の子息は除外対象ってことですね」
「その通りだよ☆ まあ、最初の年は顔と名前を覚えてもらう必要もあるし、領地を持たない王都住みの子爵・男爵の息子なら就職活動の意味もあるから、否定はしないけどね。伯爵以上ならそうなるかな」
ゴブリンの巣の前に立ち、そんなガールズトークに花を咲かせる三人なのだ。
「姉さん、そろそろいいかしら」
「心の準備万端だよ。どんと行ってくるよ」
「隠蔽と身体強化、頭狙って思い切りですよー」
「うん、頑張ってくるね。バックアップお願いね!!」
巣となっている古い小屋の前に姉とその背後を伯姪がついて行く。魔力の数からすると、小屋の中に六匹、見えている範囲に三匹の合計九匹が存在する。上位種はいないようだ。
姉は散歩にでも行くように軽やかな足取りで小屋の前に進んでいく。小屋の入口にはボケッと突っ立っている二匹のゴブリン。その小屋の陰にはさらに一匹が何やら拾ってきた狼の死骸をいじっている。恐らくは毛皮を剥がそうとしているのだろう。
姉が勢いよく振りかぶり自分の胸の高さ程のあるゴブリンの頭をフルスイングすると、ゴブリンが勢いよく吹き飛んだ。
『お前の姉、えげつねぇな。可愛くないぞ』
「昔から容赦のない性格なのよ姉さんは」
いたずらもマジギレされるような派手な仕掛けをするのが姉のデフォルトなのだ。ゴブリン相手に「これが私の全力だ!!」とばかりにフルスイングするのは当然だ。
吹き飛ぶ相棒を見たもう一匹のゴブリンが奇声を発する。様子を見るように顔を上げる皮剥ぎ中のゴブリン。奇声を上げるゴブリンに、フルスイングのフレイルが命中し、最初のゴブリンとは反対方向に吹き飛ばされる。
『頭の形変わるくらいって……どんだけ力入れてるんだよ……』
「本当に容赦ないわね。フレイル大丈夫かしら……」
パニックになる狼の皮剥ぎ中のゴブリンの叫び声に反応したのか、小屋から何匹かのゴブリンが出てくるのだが、倒れたゴブリンの頭を踏み潰した姉がその出会い頭にフルスイングを連発する。
「いいよこれ、何かスカッとする。ストレス解消にいいね!!!」
ストレスフルなルーンの社交で心がささくれ立っていた姉が良い笑顔で呟く。そろそろ隠蔽も限界だろうか。
彼女は魔法袋からいくつかの油球の元となる獣油の入った革袋を取り出し、球を形成すると、ゴブリンの潜む小屋に向て投擲する。バシャっとばかりに小屋の屋根に油が掛かるのを見た姉は「ナイスタイミングー!!」と声をかけ、形成していた巨大な火球を小屋の中に叩き込んだ!
絶叫と悲鳴が聞え、火だるまになったゴブリンが入口から飛び出してくる。
「うーん、スイングすると飛んでっちゃってダメージが入らないんだよねー」
先ほどまで水平に振り回していたフレイルを、姉はスリークウォーターで振り下ろした。バギッと枯れ木をへし折るような音が聞え、姉の足元にゴブリンが崩れ落ちる。
「これもいまいちー。叩き込めばいいか、小屋の中に……」
次々飛び出してくるゴブリンを小屋に向けフルスイングで叩き込み返す姉。既に、最初の打撃で昏倒したゴブリンたちが、体を焼かれる痛みで意識を取り戻し、再び火達磨となって飛び出してくるのを今度は地面に叩きつけるように打ち倒していく。
「あなたのお姉さんって……」
「姉はもともとああいう性格なの。王都の社交界では猫どころか大虎を被っているのだけれど、腕力ではなく頭脳戦で勝ちたいみたいなの。でも、基本は……」
「あなた以上の負けず嫌いで、容赦のない性格ね」
伯姪の物言いに、彼女は「容赦ないのは姉さんだけよ」と思うのである。
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無事全てのゴブリンを撲殺した姉が、満足そうに燃え上がる小屋を前に手を腰に添えて胸を張っている。砂浜でお城でも作り上げたかのようなドヤ顔である。
「姉さん……」
「あ、どう? お姉ちゃんのこと見直したでしょ!」
「いいえ、性格の悪さを再確認しただけよ。それで、その燃えている小屋なのだけれど、あともう少し燃えたら、延焼しないように魔法で水を生成して、消火してほしいのだけれど」
「OK!! 火だけじゃなく、水だってじゃんじゃん出せるってみせてあげるよ」
血まみれ肉片の付着したフレイルをクルクルとまわしながら姉が上機嫌で返事をする。あらかた仕事が終わったと察した野伏に女僧、そして、学院の生徒たちが燃え上がる小屋の周りに集まってくる。
「お、凄く燃え上がってるな」
「ええ、獣油をまいたようですね……臭いますから」
獣油は煙が独特の臭さを持っているので、屋内の照明用には使えない。燃やす分には何でもいいのだが。
「おー すごく燃えてるー」
「院長より派手……派手好きな姉だから……」
「……凄い勢いでゴブリンが潰れています……身体強化してるのでしょうけど」
「明らかにやりすぎだよね。まあ、あの貴族どもの相手しているのだから、気持ちは理解できるけど」
赤毛娘、赤目銀髪、黒目黒髪、そして最近侍女としてつき従っている赤目蒼髪、ルーンの貴族どもに対する姉のストレスが相当なのだと認識している彼女が納得する殲滅。
しばらく燃やした後、姉がこれでもかと調子に乗って大きな水球を形成……案の定、コントのように姉は水浸しになってた……大丈夫か子爵家。
「逃げて正解だったでしょ?」
「先生の結界で助かりました!」
「あなたのお姉さん、どこか抜けてるわね」
姉は自分自身に結界を形成するのを忘れていたか、規模を追求すると同時複数制御ができないかのどちらかなのだろう。水も滴る良い女となって帰ってきた姉の顔には一切の不満がなかった。
「いやー 最後の最後でドジっちゃったね。まあいいや」
姉は服の水を「風」で吹き飛ばし、更に温風で乾かし始めた。魔力の無駄遣いなのだが、姉にとっては些細なことなのだろう。
「ねえねえ、どうだった私の討伐は」
「そうね、八点くらいかしら」
「十点満点で?」
「百点満点でよ」
「……え……」
姉なら、結界を形成して内部に火球を投入し、小屋から出れないようにした上で焼き殺すくらい簡単にできたはずなのだ。最初から最後まで、魔術で小屋のゴブリンを討伐することができたと思われる。
「外の見張りをフレイルで倒すのは仕方がないとして、わざわざゴブリンを全て叩き殺す手間は不要ね」
「うーん。でもほら、お姉ちゃんはじめての冒険だから、テンション上がっちゃって……てへっ♡」
どうやら、姉の中ではゴブリンを見ているうちに、ルーンの貴族どもの顔が思い浮かんでしまい、思わず叩き殺したくなってきたのだという。
「……そうね。弱い者いじめが得意で、不潔で卑怯。ゴブリンとルーンの奴らは似てるんだよね。ほんと、ゴブリンみたいに殴って終わらせられればいいんだけど」
「ストレス溜まるのは判るけれど、証拠の積み上げ中なのでしょ? 少しの辛抱じゃない」
姉は様々な貴族の家にお呼ばれして情報収集をするとともに、連合王国との内通を示す書類関係を「隠蔽」を施した侍女に扮する二人に回収させている最中なのだ。
「あいつら、今まで自分たちの天下だったからって、隠すつもり全然ないから笑っちゃうくらい証拠が簡単に手に入るんだよ。ね、みんな」
王都で事前にレンヌやヌーベで回収した書類を見せて証拠の品になる契約書や伝票を勉強させておいた効果が表れているのだという。魔術師育成のメンバー、特に女性は侍女・商会頭になれるように教育を施しているため、黒目黒髪と赤毛蒼髪は特にその能力に秀でている。
――― 黒目黒髪は以前の彼女に、赤目蒼髪は姉によく似ている。
「私たち頑張りましたからね」
「そうだけど、まだまだいろんな奴らの証拠を集めて、一網打尽にしなきゃだからね。頑張ろうね!」
「う、うん。もちろんだよ」
侍女を二人で組んで活動している間に、二人は今まで以上に親密になってきているようだ。何はともあれ、二人にとっても学院にとっても良い傾向なのだろう。遠征した甲斐があったかと彼女は思うのだ。姉に染まらなければ良いのだろうけれどと心配しつつも。




