第112話 彼女は本当のレヴナントと出会う
第112話 彼女は本当のレヴナントと出会う
様子を観察すると、近づけば腕を振り回し襲い掛かろうとするのだが、容易に回避することができる。動きは人間のそれではなく、どことなく昆虫を思わせる突発的な動きと停止の繰り返し。意識は無いだろう。
「あれ何なの? あの使用人の子たちと全然違うし。死んでるよね明らかに」
伯姪もその壊れた機械仕掛けの人形のような動きを不気味に感じている。彼女は結界を展開し、目の前の異常行動する老人を封じ込める。移動できなくなった老人が暴れ始めるが言葉を出すこともなく、目に見えない壁を両手でドスドスと叩いている。
「明らかにおかしいでしょうし、腕力も相当あるわね。そこは……あの方たちと同じかもしれないわね」
エルダーリッチは人間の肉体を魔道具化しているので、腕力は身体強化を行ったものと同様の能力を持つといえる。結界を破壊するほどの事はないのだが、家の扉くらいは破壊できる。
「これが本当のレヴナントなのかもしれないわね」
伯姪が呟く。生前の行動を繰り返す死に還りした存在。生前の行動を繰り返すものの、徐々にその記憶を喪失していき只の動く死体のようになっていく。
「つまり、時間が経過して生前の記憶をほとんど失っているという見立てね」
「そう。元々老人で寝たきりであったとかじゃない? 藁のベッドがそこにあるじゃない……」
随分と長い間藁を交換していなかったであろう木でできた囲いの中には黒く腐敗した藁が敷かれている。死んでもしばらくは、この藁の上で寝ていたのだろうか。
レヴナントに関して、王都を離れる前に『伯爵』とかわした話を彼女は思い出していた。
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アンデッド故に、触られればドレインタッチとなり、生命力・魔力を奪われることになることを考えると、彼女の判断は簡単だった。
「焼きましょうか」
「……この場で?」
彼女は首を横に振り、結界を移動させつつ老人のレヴナントを屋外に引き出すことにした。
「先生! 村人が……こっちに集まってきます!!」
外に出ると、老人と同じように生気のない動く死体が数体こちらに向かって来るのが見て取れる。
「油球で攻撃、焼却してちょうだい」
「「はい」」
動き回るレヴナントの足を斬り落とす茶目栗毛、そして油球を飛ばし着火する青目蒼髪。動いている死体より、倒れている死体の方がずっといい。火だるまで動き回られて建物に燃え広がるのは避けたいからだ。
十分と掛からずにレヴナントは燃え尽き灰となった。普通の死体であればも少し長く焼き続けなければならないのだろうが、実体が希薄となっていたからかもしれないが、燃え始めると早かった。
彼女と伯姪は村を見分しながら、この場所ならと駐屯地の調査依頼の適地として候補に挙げる事を考えるのである。少なくとも、あの村長だけの村よりは立地が良い。
「これなら、村を立て直すのも難しくないわね」
「ここも、リリアル村になるのかしらね……」
心当たりがなくはないが、何でもリリアルにするのはご容赦願いたい。
村の場所はローレ川にほど近く、ルーンとガイア城の中間にある。街道もそれほど離れていないのであるから、ここの近くに騎士団の駐屯地の適地を探すのが合理的なのではないかと彼女は考える。
「それなら、この村を作業小屋として活用できるし、使用人の住む場所にもできるから悪くないんじゃない?」
建築中は職人の住居、そして、完成後は騎士団で働く使用人の住まいとして整備することも悪くないだろう。井戸も整備された住居や作業小屋もあるのだから。
「この場所は拠点でも何でもないから、捜索してもなにか出てくるとも思えないから、ここまででいいわよね」
「引き上げましょうか」
四人は本日の探索を終了し、ルーンに戻ることにした。
ルーンに戻ると、騎士団の連絡員に「騎士隊長と面会したい」という伝言を伝える。アンデッドと廃村の件、そして駐屯地の候補地が見つかったとこを伝える。幸い、三番目の村とローレ川の間には比較的水はけのよい平地があり、地盤も悪くなさそうなのだ。石積みの重さで地面が不均等に沈めば壁が崩れる事になり事故の原因となる。
とはいえ、築城は彼女にとって門外漢であり専門家の調査が必要となるだろう。
先に冒険者ギルドに報告を済ませ、その後、皆で夕食を取りに行く約束になっている。残念ながら、侍女となっている二人は参加できないのだが。
ギルドの受付でゴブリンの討伐依頼を完了した旨報告し、報奨を受け取る。その際、廃村にはアンデッドがいたことを報告すると、受付嬢はかなり驚き「少々お待ちください」と言うと、奥の上司らしき職員に話をしている。
その職員が一言二言受付嬢に伝えると、上司らしき職員が奥の扉へと入っていった。戻ってきた受付嬢が「ギルドマスターがお会いしたいと申しております」と彼女に伝えてきた。
『お、悪役登場か!』
『魔剣』のつぶやきが聞こえる。どの段階で冒険者ギルドが協力しているのか考えると、ルーンの有力者の家系であるギルマスも連合王国の協力者である可能性が高いというのが、彼女たちの認識なのだ。
受付に二人を残し、彼女と伯姪だけが奥へと案内される。パーティーのリーダーは伯姪なので当然なのだが、女一人というのはあまり好ましくないので彼女が同行することのなったのだ。
扉の奥は通路となっており、一番奥の扉に案内される。ノックをし、入室の許可をする声が聞こえる。受付嬢が先に中に入り、二人が続いて中へと進む。大ぶりの袖付き机に座った小太りの男がそこにはいた。
自分自身をルーンの冒険者ギルドのマスターだと名乗り、男爵だという。都市貴族で高額納税をしているともらえる爵位なので、実体は裕福な都市住民といったところなのだろう。冒険者としての活動はどう見てもしていたとは思えない肥えっぷりだ。
「冒険者のメイ。こちらは、パートナーのアリー。同席しても構わないかしら」
「ああ、構わない」
受付嬢が退席すると、冒険者として初めてルーンに来た印象などを世間話風に振られる。あまり込み入った話をするつもりがないので、あたり障りのないことを話して要件を手短に済ませたい旨を告げる。
「そうだな、まず、アンデッドの件はこちらで調査をするので、しばらくは内密にしてもらいたい」
「……無理ね」
「なんでだ」
「既に、王都から派遣されている騎士団の隊長当てに報告しているから……かしらね」
「な、なっ…… その、どのような内容でだね」
「概ね、冒険者ギルドで報告した内容と同じですね。王都所属の冒険者ですから、王都のギルドと騎士団に報告する義務がありますので。今回は盗賊の捕縛に出向いているようですので、ついでに報告したまでです」
表情を隠すこともなく、小デブギルマスは感情を高ぶらせている。二人は、「こいつも内通者か」と思う。つまり、職員のだれかではなく、ギルマス自身が冒険者に対する様々な仕掛けを主導しており、気が付いている職員たちも共犯・従犯ということなのだろう。同じ街に住む故、長い物には巻かれろの精神を発揮した結果、中堅冒険者がほぼいなくなるまで連合王国に貢いだのだろうか。
「そ、それは少々早計であったのではないかね」
「何故です? 討伐依頼が放置されるほど中堅冒険者が不足していて、尚且つ、近隣に連合王国の偽装兵が出没しているのに衛兵はこの街以外を守るつもりがないのでしょう。であれば、王都の騎士団に討伐なり調査なりすることになるのでは?」
彼女が切り返し、さらに伯姪が「誰が調査するのよ、アンデッド放置の冒険者ギルドや衛兵がさ」と聞こえよがしに呟く。ギルマスの表情が益々険しくなる。
「お話は以上でしょうか? ゴブリンとアンデッドの討伐で少々疲労していますので、お暇したいのですが」
「いや、儂の話は終わっておらん。それに、儂は男爵だぞ。平民が……『二人とも平民ではありませんわ男爵』……な、なにを言う」
メイはニース男爵令嬢、そして……
「私も男爵ですのよ。男爵令嬢ではなくね。私に命令できるのは、国王陛下だけです。要件がそれだけなら、退出します。予定がありますので」
二人はお茶も出さないギルマスに憤りつつ、礼には礼を欠礼には欠礼をと席を後にした。
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「へー 二人でギルマスに喧嘩売ったんだー お姉ちゃんもまーぜて!」
「……なぜここにいるのかしら」
「そ、その、今日私たち以外はここの食堂で夕食を食べるって聞いていたので……」
「お姉様に同行して、ご相伴にあずかることにいたしました。何やらご報告
すべきこともあるようですので」
姉・黒目黒髪そして赤目蒼髪がそれぞれ答える。あの、仕出しのあった食堂に集まり、食事会をしている最中だ。特に、赤毛娘と赤目銀髪はポーション作りを延々したので、明日は変わってほしいという嘆願が為されている。
「そうね、明日は私と一人交代して採取をしましょう」
「それなら俺が護衛します」
「……採取なら僕の方が向いているので、同行を」
「……先生の素材採取……勉強したい」
「あ、あたしも、先生と一緒に素材採取なら行きたいけど……」
「なにそれ、私と一緒なら嫌だって言うの」
「あー お姉ちゃんも一緒に行こうかな。天気もいいみたいだしね。ほら、このお店、仕出ししてくれるみたいだからお弁当持って出かけようよ」
「姉さん……珍しくナイスだわ……」
明日は、薄赤パーティーと姉、リリアル軍団で馬車二台で今回まだ足を運んでいない、川の対岸に向かう事になったのである。橋の反対側にも小さな街ができており、ルーンの城塞内に入れない商人や住人が生活をしている。運送業者の人足や行商人などが泊まる宿がある。
仕出しの件、お店のお姉さんに聞くと、今日注文してもらえれば明日の朝、作り立てを渡せるという事。大体前日であれば対応できるのだという。
「へぇ、対応良いんですねー」
赤毛娘が話を聞き出すために話しかける。
「どのくらいの量まで対応できます? 王都の騎士団に知り合いがいて、いまこっちに仕事で来ていて、探しているみたいなんですよ」
「そうだねー 二十人、いや三十人くらいまでなら対応できるかな」
「凄いですね。今までそういう注文受けたことあるんですか」
「うん、定期的に注文いただいているお家もあってさ。何でも街の外で仕事している人に配達するんだってさ」
もしかして、紹介先が重なるかもしれないから念のためにその大口の注文をする家の家名を確認すると……姉が接触している子爵家の名前が出てくるのだった。
「ルーンでは有名なお家じゃないですか。頻繁に注文してくれるんですか」
「支払いがまとまると大金になるから、結構困るんだけどね。週に半分くらい注文してくれるかな。馬車でとりに来て、そのまま町の外に出て行くから、近くじゃないね。アベルとかの仕事なのかもね」
お店のお姉さんから欲しい情報が聞き出せたので、彼女たちは明日の注文と騎士団に差し入れする分を注文することにした。お姉さんだけでなく、店主も挨拶に来てくれたので、姉はさっそく「ニース商会の会頭夫人でーす。これからとよろしくねー」と挨拶を返していた。本当に止めてもらいたい。
翌日、ルーンの対岸に橋を利用して渡る。その場所は、王都の城壁外にできている新街区と似た活気のある場所であった。ルーンの城壁内が古くからのロマン人系商人が支配する空間であるとすると、この場所は外から商機を見つけて集まってきた商人職人の集う場所になっている。
「大きな都市の外周って、似ているわね」
「ニースはその辺、新市街って城壁の外で計画的に開発してるのよね」
「そうね。元々、係争地だから籠城できる城郭と旧市街は堅固に、その外側に自由な交流のできる商業地をって感じじゃないかな」
王都も人口の増加と城壁内の有効空間に限界が来ているため、南側を中心に新市街を開発し、そのさらに南に騎士団の駐屯地を移設する予定なのだ。そのさらに南にリリアル学院があるのだが。
「うーん、商館ならこっちでもいい気がするんだよねー 私の場合」
「……どういうこと姉さん」
「まあほら、用事があればこっちから出向けばいいことだし、下手に関わる必要がない場所に拠点を置く方が干渉されずに済むかなってね」
むしろ、ニース商会と王都の商会の支店をこのエリアに新規に街区を設けて移ってしまう方が効率が良いかもしれないと彼女も思う。連合王国との間のパイプを重視する城壁内のロマン人系商会と、王国内の物流を重視する王都系の商会で場所を隔てることも有効だろう。
「それと、騎士団とも交渉中なの」
「どの道、ルーン方面の騎士団の補給はニース商会が担当するから、新築する駐屯地内に補給倉庫を置かせろとかなのでしょ?」
「その方がお互い楽じゃない? 帳簿上の移動だけで済むんだもん。騎士団は使う分だけ倉庫から搬出、うちは倉庫の管理費が安く上がるし略奪とか補給の失敗のペナルティも考えないで済む」
「ついでに、川から駐屯地周りに水を引き込めば、船で輸送も簡単ね。防御と補給力向上を両立できるわよ」
彼女の見立てでは、昨日のレヴナントのいた村の西側に適地がある。川から水を引き込み、堀を作り、掘った残土を土塁に当てその上にさらに石塁を積む。石はガイア城の城壁から転用すればコストと治安良い改善につながるだろう。ガイア城を敵に利用されるのも困りものなのだ。
「うーん、王都やニースの商品は、新しい場所で売りたいよね」
「新しい酒は新しき皮袋に……という事かしら」
「そうそう、ルーンの自由商業都市の外側に、新商業都市を建設してさ。連合王国の紐付きと関係ない商人を育てるってことが、あの中にいる裏切り者どもに対する制裁にも牽制にもなると思うわ」
「わかってるねー 正面から殴り合うんじゃなくって、こっそり削っていくのが面白いんだよ。はっはー!!」
ニコニコと笑顔を振りまきながら、相変わらずえぐいことを考えている我が姉なのだが、伯姪曰く「義兄も同じだよ」ということなので、誠に似たもの夫婦と言えるだろうという事だ。
「この話、うちの旦那も宮中伯も宰相様もみんな賛成してるからね。このままGoサイン出してもらうつもり。手紙書いちゃおー」
さらっと国家の大事を決めてしまう姉なのである。いや、決定しているのはもっと上の方達であるのだが。姉の手紙が決定打となるだろう。