第111話 彼女は廃墟の村と不穏な噂を耳にする
第二幕『ガイア城』
ルーン近郊に不審な廃村が増えていることを知った彼女は、騎士団の駐屯地の調査と並行し村に立ち寄ることにする。廃村の近くにはその昔に連合王国の英雄王が築城した『ガイア城』が存在していることに気が付く。
第111話 彼女は廃墟の村と不穏な噂を耳にする
「お姉ちゃん、助かっちゃったよ。二人とも優秀なんだもん」
「ええ、とても優秀で才能のある二人よ。姉さんにはあげませんから念のため」
「そりゃそうか。使用人の教育受けた子たちも優秀だから、リリアル出身の子たちはまじめで優秀って思われてて、お姉ちゃんも鼻が高いよ!」
侍女二人、すなわち黒目黒髪と赤目蒼髪の二人をつれてルーンのお茶会に招かれ参加したのだそうだが、魔術師の卵で美少女ということからとても人気があったのだという。息子の嫁に……という話はなかったが、愛人にするのも吝かでないと夫人たちに言われたのだそうだ。ふざけるなと言いたい。
「なんか、やっぱここの貴族ども、自分たちが世界の中心くらいの感覚なんだろうね。舐めてるわー」
「今日は酷かったのよ。村一つ乗っ取られていてね……」
ゴブリン洞窟のこと、村長が家族大事ゆえにだまして冒険者たちを村に呼び込み偽装兵に与えていたこと、偽装兵が隠す気もないようで露骨に武器が連合王国製であったことなどである。
「ああ、そんな感じなんだね。王国になじむ気ないんだろうね」
「レンヌも、ソレハ伯というのがそういう感じね。本家に対抗している分家が連合王国に取り込まれている感じで」
「それって、ここの西側で接してる領土でしょ? まあ、そういう事だろうね」
ルーンの親連合王国人脈を潰すことができれば、間接的にレンヌの安定につながるだろうというのが姉の見解であり、彼女もそう思えるのだ。
「王女様の為にも、ルーンの連合王国との関係性を途絶させる必要があるわけね」
「ふふふ、王妃様におねだりしちゃおうかなー」
王国の為、娘の幸せの為にもルーンの大掃除は必要だと王妃様、ひいては国王陛下にも納得していただけることであろう。
「いまは、その乗っ取られた村が派遣された騎士団の仮の駐屯地になっているのだけれど……」
「場所が良くないってことなんでしょ。まあ、それはほら、リリアル村になるんじゃないかな?」
「屯田兵扱いは喜べないのだけれど、悪くない立地なのよね。自衛能力さえあれば、問題ないのよね」
東の村は元村人中心に帰還事業が行われるので、農業を目指す孤児の受け皿としては小さいのだ。船で下れば一日。徒歩でも三日もあれば王都に出て来られる場所であり、ルーンを監視するうえでも悪くない立地である。
「素材も集めやすいのよね。冒険者が過疎気味だし」
「いいじゃん。ロマン人の街の傍に王家の剣が煌めいちゃうのってさ」
いつからリリアル学院が王家の剣呼ばわりされているのかは知らないが、いまさらいなくなった村人が戻ってくるとは思えないし、放置すれば村が荒れてしまうだろう。孤児の中で農業経験者・希望者を募集し、孤児院を出た来年以降、この村で農業をするのも選択肢の一つとなるだろうか。
「小さく産んで大きく育つと良いよね」
「それはそうね。薬師も何人かここに定住してもらって、現金収入をルーンから得るのも必要でしょうね」
一人では難しいだろうが、三、四人程度のグループで移ってもらい、素材の採取と魔物の情報を上げて貰えれば、リリアル組で討伐をすることが可能だろうし、それで村の周辺が安全になれば問題ない。
定期的に、彼女か伯姪をパーティーリーダーとした集団で討伐を行うのも悪くない選択だろうか。基本的な武器の扱いを駐屯する騎士団の巡回の際に教授してもらう事も騎士団と打ち合わせると、お互いメリットがあるだろう。
「ルーンの外側で活動するってところからだね。まあ、私はボチボチ突き崩していくよ。今日の反応からすると、悪くないね。彼女たちの存在、偽装兵の討伐、騎士団の派遣、危機意識を持ち始めてると思う。どっぷり漬かっていない王国寄りの商人から取り込んでいこうかなってね」
最初の一週間で、ルーンの大商人・貴族の中で王国寄りの存在の裏取りを行い、お茶会に招かれるところまで進めているのが姉の行動。それを支援する形で、彼女たちの依頼達成が続いているという事になるのだろう。
「まあ、しばらく活動を続けて、ルーンの周辺の問題を浮き彫りにしちゃってあげなよね」
「それが私たちの役割ですもの。任せておきなさい」
二人は笑顔を互いにかわすと「おやすみ」と声を掛け別れるのであった。
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翌日、姉の侍女をしている二人を除き、一日休日とすることにした。とはいえ、夕食を取る場所は決めてある。あのチラシの店だ。村から移動する際に仕出しを持たせたとは考えにくい。恐らく、待機場所に直接運んだのだろう。その運ばせた人間がルーンの市内に存在する。
「姉さんの情報から、目安はついているのだけれど。恐らく、そこの使用人が依頼しているのでしょうね」
「村の感じからすると、隠すつもりなさそうだから支払いはずばり貴族の屋敷にまとめて取りに来いにしているんじゃない?」
あいだに人を噛ませることなく、使用人に堂々と注文に行かせ支払いも後払いでまとめて屋敷で払う……
「受け取りとか渡してそうじゃない?」
「ありえるわね。公務扱いにしていたり……可能性的に否定できないわ」
兵士に対する食事の提供……『連合王国の偽装兵』であるが、兵士には違いないと認識しているかもしれない。
「なんだか、近隣の村も心配だね」
「あまり活気のある郊外ではない気がするの。ルーンとべノンの間に関してはね」
西側は王都からルーンにいたる街道も川に並行して敷設されており、べノンの街もそちら側にある。東側はガイア城が存在するくらいで、大きな集落がみられない。
「ガイア城に死霊が出るって噂があるの。知ってる?」
「いいえ。噂に詳しくなるほど市街に居ないもの。その話、有名なのかしら」
川の東側を重点的に確認するつもりで、四人は移動している。魔法袋がある分、何かあっても馬車無しである程度対応できるだろう。物的証拠の回収なのである。
「廃村が増えているのよ、東側。忽然と住人が姿を消しているんだって」
「……それって、人攫いの影響?」
「それが、ガイア城に住むロマン人の騎士たちの亡霊に……」
「明らかに嘘くさいわね」
「でしょ?」
ガイア城はルーンとべノンの中間にあるローレ川の屈曲部にある城塞で、今は使われていないはずなのだが、そこに出入りする何かが存在するというのだろうか。攫った人間を収容する場所とは思えない。『聖征』時代の石の要塞は居住性はあまり考慮されていないし、少数で多数の戦力を吸収する為の拠点に過ぎない。
その使い勝手の悪い環境から、しばしば政治犯を収容することがあるのだが、多数の人間を収容するには向いていない。そもそも、連合王国に連れ去るには逆方向である。
「近づけたくない理由がある……とかかしら」
「近寄りたい場所でもないから、それは違うんじゃない? 何がそこにいるのか調査する必要があるかもね」
伯姪の話を頭の片隅に置きつつ、冒険者ギルドの依頼、騎士団の調査以来、そしてニース商会の件が一通り片付いてから、王都に向かう帰りに立ち寄るくらいで丁度良いのではないかと思うのだ。
「一つ一つ片付けましょう。今日は……」
「ゴブリン討伐ですね」
「あの受付嬢……上手よね」
伯姪は今朝のやり取りを思い出してそう述べる。
「ふふ、気が付いたかしら」
「……」
「ええ、上手く誘導してましたねあの受付の職員」
伯姪が依頼を受けそうな雰囲気を漂わせると、すかさずゴブリンの依頼を良い場所に張り出していた。つまり、依頼が来たばかりの態をしているのだが、目当てのパーティが来たら張り出して注意を引くのだろう。
「冒険者が不足しているのは事実だから、そういう工夫も必要なのでしょうね」
「理由を知っているのかいないのかは分からないけどね」
「知っていても知らぬふりをしないと命がいくらあっても足りませんよ、ルーンで暮らすにはですね」
茶目栗毛が話に入ってきた。
「王都の冒険者ギルドとはかなり違う印象を受けます」
「……具体的には何だよ」
青目蒼髪が話を促す。
「ギルドが冒険者を育てようって感じじゃないよな。こっちと向こうの間に壁があって依頼人以上に依頼人の立場に徹している。中立じゃないっていうのかな。王都の場合、依頼を達成しやすいようにアドバイスする職員さんも多いけど、ルーンでは事務的なやり取り以外聞かないな」
ギルドと冒険者が元請と下請みたいな関係になっているように感じるのだという。
「その辺り含めて、ルーンは王国側ではないのかもしれないわね」
「だから、内からも外からも変えていかないとね!!」
さらに依頼を熟しつつ、ルーンの現状を理解していく必要があるのだ。
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いくつかの村を回り、ゴブリンの出現状況を調査してその日一日は終わって行った。村々では『冒険者としてゴブリンや狼がいれば討伐する』と告げると、大変喜ばれると同時に、様々な情報を得ることができた。
一つは、ここ一年ほどの間冒険者ギルドに討伐依頼を出しても、中々受けてもらえなかったり、受けたとしても冒険者が村に来ることが減ってしまったという事。
一つは、村には近づかないものの、ローレ川沿いを覆面を付けた正体のわからない武装した騎兵が頻繁に移動していることを見かける事。特に、夜に鎧の音、馬のいななきや蹄の音が聞こえるという。
一つは、いくつかの村で若い女性が失踪している。駆け落ちというわけでもなく、都会にあこがれてというわけでもなく畑仕事に向かったり、ルーンの街に行った帰りに行方不明になっているという。
また、いくつかの小さな村が廃村になっているのだという。いつの間にかに。何かが起こっていることは確実で、誰が何を行っているのかも薄々見当はつく。
代官であるルーンの貴族の家令や執事が村を訪れた際に、同じ話をするのだが、『調べる』とだけ言われ、その後何の音さたの無いこともお約束だ。同じ王国であるはずなのに、何かおかしなことがこの一年少々の間に起こっている。
彼女は王都の人攫い村を潰した結果、ルーン周辺で無理やり帳尻を合わせた結果なのではないかと考えている。王都の数十分の一の人口しかいない城塞都市のルーンで人を攫うのは無理がある。それに、人攫いに協力する商人の追及もあるので、今までのように協力を表だってすることはできない。
それ故、直接的に連合王国の兵士が野盗の振りをし、ルーン近郊の村をターゲットにして活動することになったのではないかと考えるのだ。
「人がいなくなって、ゴブリン村になっているとか……ありえないわよね」
「まあ、油断しているから簡単討伐ですけどね」
村々で聞いたように、小さな集落が無人化し、ゴブリンの小集団が住みついている場合もあり、既に、二つの無人集落でゴブリン討伐を行っている。
ゴブリンは村の家屋や倉庫の中に潜んでいて、周囲に人の気配が近づくと襲いかかってきたり、家の中で待ち構えていたりした。討伐した後、家の中を一通り確認すると、ゴブリンどもに多少荒らされているが生活用品は手つかずであり、引き払って移住したようには思われなかった。
ゴブリンの存在は『猫』の偵察に、『結界』を応用した索敵法で魔力を有している存在を察知しているため、特に危険はなかった。勿論、屋内に侵入する際には前面に結界を展開し、ゴブリンの不意打ちを防いでいることは言うまでもない。
ただし、狼などの魔力を有さない獣に関しては判らないため、気配隠蔽しつつ、村の中を確認して回ったのは言うまでもない。
「食料と馬に馬車の類はまるでないね」
「連れ去る際に利用したのかしらね」
生活用具はそのままで、人と移動手段だけがなくなっているという事はそういう事なのだろう。
「新しく村を築くなら、ある程度の規模で自衛できる形にしなければならないわね」
「大昔のロマン人襲撃時代の村ってことよね」
現実問題としてロマン人という移動する略奪民族は建国し、海の向こうで好き勝手王国にちょっかいを出しているのだから、何も変わっていないと言ってもいいだろう。
問題が発生したのは三つ目の無人の村を調査したときの事である。前の二つと同じように住民と移動手段がなくなっており、同じことが行われた可能性があった。
異なっていたのは、ゴブリンも狼もおらず別のものが存在したことだろうか。最初、屋内に入った時見かけた老人は、初めての生き残りかと思われた。
「大丈夫ですか。生きてますか」
『大丈夫ですか、生きているなら答えなさい』
その老人からは魔力が感じられている。魔術師か魔力保有者の一般人かは判らないが普通の人間ではない。
話しかけても反応がなく、死んで間もない遺体なのかと考え始めていた時、不意に老人の体が立ち上がった。こちらを向いた老人の顔を見て彼女たちは絶句した。
「ねえ、あの顔色の悪さと目の感じ……」
「わからないわ。眼病を患って白濁しているだけかもしれないじゃない」
顔色は土気色、そして目は白濁。正直、生者のように感じることはできない容姿をしている。再び、声を掛け反応を探るが帰ってきた返答は……
『Gwoooo……Gwo!!』
明らかに人間の声とは思えない咆哮。一旦、全員屋外に退避し様子を確認することにした。今までとは異なる存在を簡単に討伐するだけで終わらせることはできないと感じていたからだ。
『同じような魔力の反応が何箇所か確認できています主』
『死んでるのか生きてるのかはっきりしねぇな。まるで、伯爵たちみたいだぞ』
『魔剣』の告げる『伯爵』とは、レヴナントもとい、エルダーリッチである帝国貴族の『伯爵』のことを意味している。とはいえ、彼女の知る王都のそれらとはかなりの違いを感じる。
「先ずは、向き合ってみましょうか。気乗りはしないけれどね」
伯姪と彼女は再び建物の中に入り、茶目栗毛と青目蒼髪は背後を警戒するのである。




