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第12話 彼女は王妃と王子と王女に気に入られる

第二幕『アリー』


 村を救い騎士爵となった『彼女』は、子爵家の為に姉を支える人生の軌跡が変わり始める。それは、人間関係であり、呼名であり、役割であったりする。その中で、新しい出会いが生まれる。

第12話 彼女は王妃と王子と王女に気に入られる


 あの日以来、すっかり彼女の取り巻く世界は変わってしまった。それがいいのか悪いのかは今はわからない。とはいうものの……


「お嬢様、もう一度最初からでございます」

「……はい……」


 貴族令嬢としては社交に重きを置かずとも良いと、茶会や夜会での振る舞いに関してはそれほど教育を受けていなかった彼女である。


 国王陛下の拝謁を賜り、言葉を掛けられ……という一連の流れから、彼女は夜会はともかく茶会への参加は必須となる。さらに、2年後のデビュタントは王子のエスコート確定であり、王の前で恐らくファーストダンスを踊る栄誉を与えられてしまう可能性がとても高い。


 問題は、それだけではない。子爵令嬢でかつ、次女という本来であれば裕福な商人の妻か高位貴族の侍女くらいしか行き先がない身分の女が、王子とファーストダンスを踊る場合、同年代のデビュタント待ちの高位貴族の令嬢から良く思われるはずがないのである。


「今からとても憂鬱だわ……」

『身体能力強化の訓練だと思えば問題ないだろ? 今が成長期なのだから、体を使わねえと、この先しんどいぞ』

「それもそうね……」


 彼女は自分の慎ましやかなある部位を思いつつ、同意する。魔剣は思うのは騎士の娘であれば家事労働もそれなりにするから日常の生活で筋力はある程度つくのだが、子爵令嬢あたりだと家事をしないので何らかの形でからだを動かさねば冒険者として先々問題になると危惧しているのである。


 魔術師であった自分も、若い頃から部屋に籠り体を使わなかった結果、討伐への同行などではきつい思いをしたのを覚えているからゆえのアドバイスでもある。採取のために王都近郊の森や野原を移動することもなく、いまはほとぼりが冷めるまで屋敷にいる彼女は常に運動不足なのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 いま彼女は王宮に来ている。理由は……王妃様の私的な茶会にお呼ばれしていることによるのだ。どうやら、先日お忍びで見に行った『代官の娘』のお芝居の内容が、実際のお話とどの程度違うのか気になったということらしい。ひどく迷惑である。


「そうなのか。あなたのお屋敷の使用人たちがその村の人たちという事。ならば、そう思うのも納得です。ねえ、母上」


 自分と同じ年の王子と四つほど年下の王女殿下はキラキラした目で彼女のことを見ている半面、同席した王子の婚約者である公爵令嬢はどこかで見たような貴族の笑顔である。目が笑っていない。


『お前が王子とどうこうなんて考えられねえのにな』

「ミーハーならわからないわよ。どこぞの公爵の養女にでもして嫁がせることもあるかもしれないのだし」


 既に婚約者として王妃教育も受けている公爵令嬢に、市井の商人の妻を目指していた彼女では比較するべきではない対象なのである。王子はどう思っているのかは分からないけれど。


「その時は怖ろしくなかったのですか?」


 金髪碧眼の絵にかいたような美少女である王女がそう問いかける。怖いかどうかでいえば全然怖くない。気配を消して逃げ出すことなどいつでも出来たからだ。とはいうものの……


「自分の命を失うかもしれないということは怖くありませんでした。私が挫けたり迷う事で、村人がケガをしたり死ぬことの方がよほど恐ろしかったのです。彼らと彼らの家族は、私の家族同然なのですから」


 これはその通りである。守るべきものを守れなかったなんていうのは、自分だけ生き残ったとしたら貴族としては恥以外の何物でもないのだ。皆とともに生き残るか、皆を守って死ぬかのどちらかしか選べないのが彼女の生まれなのである。


「御立派な覚悟ですわね」

「はい、シャルもそう思いますわお姉さま!」


 公爵令嬢はやや嫌味を含めた言い回しで、王女殿下は素直に称賛してもらえるのである。王女様可愛い……


 こうして『最初』のお茶会は1時間ほどで終わったのである。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 最近、3日と開けずに王宮に参内する彼女である。今日は許可を取って本物のモフモフ魔剣を持参した。王子と王女の希望である。


「これが、ゴブリンや魔狼に止めを刺した短剣ですか。触ってもよろしいでしょうか」

「もちろんでございます」


 王子は王妃の客である彼女にとても丁寧な話し方をしてくれる。巷で溢れる噂の俺様王子は物語の中だけなのか、この国の王子はとても育ちが良いのである。


「これは見た目より……軽いのですね」

「はい。鋼とミスリルを折り重ねて曲げながら鍛えたものですので、軽く、鋼の強さとミスリルの持つ軽さと魔力との相性の良さを兼ね備えたものだと聞いております」

「魔剣なのですか?」


 巷では「魔法剣」と噂されているのだが、事実は少々異なるのはお分かりのことであろう。王女様には今日持ってきたのはダミーの剣であることは伏せ、印象からくるものであることを伝える。


「この刃の持つ文様が少々禍禍しく見えるための噂でございます。魔力を通しやすい素材ではありますけれど、それは剣自体の魔力ではなく、用いるものの魔力を通すのでございます。おそらく、騎士団の中にもこのような文様の魔力を通しやすい剣を使われている騎士もおられるでしょう」


 近衛はともかく、実戦で先頭に立つ隊長クラスであれば、それ程高価ではない、積層鍛造剣は自腹でも購入できるし、需要があるから王都のちょっとした武具屋でも普通に買えるのだと思われる。


「これを譲っていただくわけにはいかないでしょうか」


 王子は真剣である。まあ、王子クラスであれば魔力は相当のレベルであろうし、この短剣を使いこなすのに不足はない。特に思い入れのあるものではないダミーの短剣なので、譲るのはいささかも問題はない。


「王子、たとえ臣下とは言え、持ち物を強請るような物言いは感心しませんよ」


 王妃様が窘めるので、言葉を翻そうとするのであるが、ここは言わねばなるまいて。


「恐れ多いことではございますが、民を守るために振るった短剣を、王家の男児がもたれるのは良いことであると存じます。よろしければ、この短剣をお持ちになって下さい」


 さし頂くように彼女は剣をモフモフ鞘に納めると王子へと捧げた。王子は感激し「必ず王族として民を守ると約束する!」と宣言し、その兄を同じように紅潮した頬で見つめる王女殿下と、やれやれまだまだ子供なのねと言った貌でみる王妃様がいたのである。


 彼女は王妃様と王子様に貸しを作ったようであるが、本人にとっては大きな問題となって帰ってくるとは思いもしなかったのである。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ふふふ、そうなのねー」


 彼女はいま王妃様のお茶会に再び参加している。その場には王女様と王子様も同席されているのである。今日は他に、ご学友もである。


 この世界では王国が存在し、公国領も存在する。歴史ある都市には教会付属の研究機関である大学や、王国が差配する魔術師の研究機関としての大学が存在するのだが、これは一般の人間にはかかわりのない存在なのだ。


 貴族学校というものは、行儀見習いに高位貴族に伝手のない庶子や下位貴族の子弟が1年ほど通うマナー教室のようなもので、教育機関というより社交の場の延長に過ぎない。


 では、高位貴族の子弟の教育方法とはどのようなものなのか。


 それは「グランドツアー」と呼ばれる数年を掛けて行われる成人の儀式的一大旅行なのである。特に、王族とその側近集団は、将来の外交を担うカウンターパートナーと接触するために各国に数週間から数か月滞在し、王宮主催の晩さん会や舞踏会で紹介されたのち、個人的な友誼を結んで行くことになる。


 本来、帝国が健在な時期であれば帝都で行われた人的交流を復活させるために、若手支配層の交流を行うとともに、他国の文化や人間関係を学ぶ機会を与えられるものでもある。


 日本でいうところの、明治維新初期の岩倉使節団に似た性格だろうか。高位貴族の子弟でも跡継ぎではなく専門の研究を目指すものなども同行し、その国で数年間留学をして知識を得て戻る者もいる。


 彼女は恐らく……そのツアーの警護役として連れていかれるのであろう。そして、王国の誇る生きる伝説として顔見世興行的に連れまわされること確定な気がするのである。本気で勘弁してほしいと彼女は思っている。


「でも、すごいわね、馬術に護身術、薬師のお仕事もできて、経理もできるのでしょう?」

「とんでもございません。子爵家の次女として市井のものと交流するためのものでございます。姉が跡を取りますので、それを支えるため学んだのでございます」


 王都の都市計画を差配する子爵家としては、妹を王都を代表するような富豪の妻にすることで、市井への影響力を持ちたかった(資金のためとは王妃様の前で口にはできないので)というだけのことなのだ。


「母上、女性は社交をするのが仕事であると思っておりましたが、令嬢のような方もいるのですね」

「兄さま、わたくしもお馬さんに乗ってみたいですわ~!」


 いまだ10歳にならない王女様はお転婆らしく、馬に乗りたいとか、剣を学びたいとか……どこへ向かっているのかわからないのである。多分、最近はやりの物語の影響なのは間違いない。教育に良くないので王家で取り締まるべきではないかと彼女は思っている。


「令嬢と一度、くだんの村まで遠乗りしてみたいものだな」

「……恐れ多い事でございます……」


 たぶん、村長以下村人全員が困るだろう。一日王子様のゴブリン討伐名所めぐりに付き合わされるだろうし、全員で接待だろう。事前に騎士団が護衛の為に数日掛けて村に入り込むし、お金が落ちるわけでも仕事がもらえるわけでもないだろうからだ。絶対やめて欲しい。


『おいおい、なんだかどこに行こうとしてるんだろうな』


 魔剣に言われるまでもない。市井に紛れて子爵家を逃げ出すつもりが、王族にも知己ができてしまい、話し相手にされ、大旅行の随員までやらされそうなのである。魔剣は今は守り刀に変形している。


 とはいえ、姉の婚約者選びには追い風なのである。最初は妹を所望する空気があったのだが、国王の後見でデビュタントするとなった時点で空気が変わり、まず、年齢的に離れている子息たちは姉狙いにスイッチした。簡単に婚約者にはできないと悟ったからである。


 王子の側近候補の公爵・侯爵令息の中にも彼女の姉と婚姻を結ぶのもありと考えるものもいるようだ。嫡子であれば、自分の子供の次男以下に子爵位を継がせる、本人が継ぐべき爵位を持たなければ、王都に強い権限を持つ子爵を継ぎ、宮廷伯辺りを目指すつもりなのであろう。これなら、母と姉の希望も満たせるかもしれない。自分の産んだ子を夫の実家の侯爵あたりを継がせるという夢である。


『まあ、王様と近い夫人というのも痛しかゆしだな』

「そうでしょうね。おかげで、結婚に関しては避けられないかもしれないけれど、相手選びは国王様次第になったのだから、煩わしくないわね」


 と内心思いつつ、この王妃様とのお茶会はいつまで続くのだろうと彼女は毎回思うのである。お茶会に参加するたびに王妃様がドレスを仕立てて下さるのも心苦しいのであるが、褒美らしい褒美も与えていない(騎士爵は褒美ではないらしい)ということで、陛下からもどんどん呼んで、どんどんドレスも渡しなさいと、むしろ推奨気味なのだそうである。


「いつも素敵なドレスを贈っていただきありがとうございます」


 と彼女は礼を言うのだが、王妃は礼を言いたいのは自分だという。


「年の変わらぬあなたが、民の為に働いていることを知り、王子も熱心に学ぶようになったのです。お礼を言いたいのはこちらの方なのよ」


 因みに、王女様はそれまでは王子の婚約者の公爵令嬢の真似をしていたのであるが、最近は彼女の真似をして……怒られることがあるらしい。とりあえず、王宮でモフモフポーチはダメだと思う。


 



 そして、最近、王都で話題となっているのは『代官の娘』改め……『妖精騎士の物語』なのである。最初はかなり、現実に即した話であったのが、キャラクターの設定だけ残して、完全に水戸黄門路線へと進化してしまっているのだそうだ。絶対に勘弁してほしい。これも茶会で頻繁に出る話題である。


「民がそれだけ正義を求めているということなのか……」


 王子殿下はそう感じるようだが、少々見方を変えた方がいい気がする。


「そうとは限りません。ある意味、『妖精』ですから幸運を願うささやかな思いなのではないでしょうか」


 ウサギの足が幸運のお守りとか、どうかと思うこともある。確かに、ウサギは放置しておくと畑や牧草地を荒らす害獣であり、それを狩ることで収穫が増えて幸運となると言えばそうかもしれない。カラスの足とかは何が幸運なのかはわからないけれども。





『妖精騎士の物語』 王都において大人気の舞台の演目である。王都近郊の村に現れた巨大な魔物の群を、代官の娘と少数の冒険者が村人と協力し打ち倒す物語。最後、代官の娘が国王に騎士爵に任ぜられ世直しの旅に出るまでがセットである。


 因みに、このお話は吟遊詩人にも謡われ、絵本の題材となり、風刺小説の主人公や冒険小説の主人公へと抜擢されている。冒険者ギルドもイメージ改善になると応援しているし、薬師ギルドや最後助けに現れる騎士団と王室も……出番があるので文句はない。


 そして文句があるのは……


「私も……物語のように旅立ちたいのだけれど……」

『無理だな。デビュタントまでは国内にいないと子爵家潰されるな!』

「うう……なぜなのかしら……」


 主人公のモデルとなった彼女だけが不幸なのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の書き方がしっかりしていて良い。今後の展開も楽しみだし、話自体も結構長そうなので期待値が高い。楽しく読まさせていただきます。 [気になる点] 全然無いのですが1つだけあります。しかもそ…
[気になる点] この王子は公爵令嬢という婚約者がいるけど、100話に出てくる王太子と同じ人?婚約解消されちゃったかしら。 寝る間際に読んでるのでおぼろなのですが、 すみません。
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