第110話 彼女はゴブリンの巣の前で『ビル』を構える
第110話 彼女はゴブリンの巣の前で『ビル』を構える
村からさらに東に向かい、丘と丘の間にできた獣道のような場所を移動する。馬は村に預けてる。帰りまでそこにいてほしいのだが。
案内の男は最初の挨拶を交わした後、話しかけても「ああ」とか「こっちだ」とか「急ごう」といった単語しか発していない。青目蒼髪が槍、他の三人は片手剣という装備だ。ゴブリン相手に巣穴まで入るとすると槍では対応しにくいと考えたからだ。
『まあ、魔法袋に入れてあるからどうとでもなるけどな』
『主、この男怪しいですね』
『猫』のセリフに内心同意する。農民とは思えない体躯と体の動き、「騎士」と言われた方がしっくりくる。ビルのほかにはロングソードに相当するだろう片手剣を装備しているのは偶然ではない。
一時間ほど丘の間を歩き続けると、少し開けた場所に出た。その先には……
「あそこだ」
「確かに、見張りのゴブリンらしきものがいるわね」
「入口はあそこだけかな?」
「確認できているのはだ。他にもあるかもしれない」
自然にできた洞窟であればわからないが、廃坑道であった場合は中も分岐が激しく、討伐の難易度は格段に上昇する。
「では、最初に見張りを倒してしまいましょうか」
「……どうやって?」
茶目栗毛が隠蔽をしたまま入口に接近し、二匹の眠たげなゴブリンに刺突を行うと、ゴブリンは倒れて痙攣しやがて動かなくなった。
「毒か……」
「その辺りは、お互い干渉しないようにしましょう。あなたたちも隠していることがあるようですもの」
彼女たちは洞窟の入口まで近づくと中の様子を伺う。
「燻り出そうか。油球とその辺の草を混ぜて燻せば出てくるんじゃないかしら」
「その前に、他に出入り口がないか確認してきます」
茶目栗毛と『猫』も周りを確認しに移動する。出入り口の足跡の数から、最初の情報に間違いがないこと、大きな足跡が複数ある事も確認できた。
「少々厄介ね」
「ホブくらいならなんとかなるでしょ?」
「槍と、ビルもあるから体格差はなんとかなりそうですけどね」
「……俺も協力する……」
目線を合わせないように案内の男が返事をする。とはいえ、ゴブリン討伐が始まる前に確認しておきたいことがある。
『ところで、連合王国の豚野郎がなんでそんな形してこんなところに潜んでるのよ』
『王国を舐めるのもたいがいにしなさい。先に逝った仲間の後をすぐに追わせてあげるから安心なさい』
剣を抜き、案内の男に連合王国語で話しかける伯姪と彼女。青目蒼髪は言葉はわからなかったようだが、剣を抜き相対したことで同じように槍を男に向け構える。
「な、なんのことだ」
『わからないようなら教えてあげる。そのビルって王国では使われていないの。随分前からね。それに、今の女王の父親が晩年この辺りに上陸したときの歩兵の主装備はそれだったのではないかしら』
『間抜けだね。自分たちの都合しか考えていないから、装備まで頭が回らないんだろうね。で、ここで何人待ち構えてるのさ。人攫いどもが』
ゴブリンが存在するのは事実、依頼も事実、だが、真の目的は冒険者を拉致することにある。おそらく、この周りには複数の連合王国兵が伏せているのだろう。
「動くな、お前たちを矢が狙っている」
「「「隠蔽」」」
「なっ!!」
三人が三人とも目の前から消え、大いに動揺する案内の男。そして、次の瞬間、洞窟の中に向けて油球が投入されその直後に炎が燃え上がる。
『Grooooo』
『GyaoGyao……』
中のゴブリンどもが洞窟の異変に気が付いたのか、洞窟の中が騒がしくなる。彼女と伯姪は洞窟周辺に存在する気配を察知し、その場所へとここに移動する。結界の応用である索敵効果を活用して。
思った通り、六人の農民の姿をし案内の男同様の装備の偽装兵が洞窟の見える木々の間に隠れているのを発見した。初撃で手足の一部を切り裂き、痛みで武器を手放した直後に昏倒する殴打を叩き付ける。魔装手袋の効果は打撃武器としても活用できるのである。
倒れた偽装兵を青目蒼髪が縛り上げていく。『猫』は洞窟の中に突入すると、ゴブリンどもの脛を切り裂き行動を妨げる。一段と洞窟内の喧騒が大きくなる。
六人の偽装兵を倒した後、隠蔽を解き案内の男を挟み込むように二人は囲む。
「さて、ゆっくりお話ししましょうか」
『あんたの仲間全滅。まだいるなら、早く呼んだ方が良いよ。じゃないと死ぬよあんた』
王国語と連合王国語で会話をする二人。ビルを構え洞窟を正面に据えて牽制する案内男。
『ま、まて、俺の仲間を倒したのはお前たちか』
『正確には私のパーティだけね。動きが明らかに盗賊のそれじゃなかったから分かりやすかったわ』
槍・剣・弓の組み合わせで半包囲する盗賊などいるわけがない。盗賊の武器は戦うためのものではなく、相手を黙らせ楽して無力化する脅しの道具だ。
『武器を捨てて投降するか、斬られるか十秒だけ待ってあげるわ」
「一、二、三、四……」
その答えは言葉ではなく、攻撃で返されることになった。ビルを上段から叩き付けるように伯姪に振り下ろす。伯姪はバックラーの表面でその切っ先をそらせると、懐に入り込み護拳で胴を思い切り殴りつける。バキッという枯れ木をへし折るような音が聞こえると口から血を流しながら崩れ落ちる男。
「ああ、あばら折れて肺に刺さっているかもしれないわね。動けないでしょ?」
呼吸をするたびに、ゴホゴホと咳き込み血がこみあげてくるのか口から何度も血を吐く。
「このままだと死にそうね」
「どうする? 村長だけでもいい気がするけど。こいつ、多分しゃべらないと思うわよ」
「いいえ。村長自体が本物の可能性もあるじゃない。指揮官がこいつなら、生かしておく方が良いと思うわ」
村長が脅されたか共犯かわからないが、協力している可能性が高いと彼女は考えている。流石に、村役人が見ず知らずの人間になっていれば代官が気が付くだろう。それ以外の人間は、言い訳をしていなくても問題は小さい。
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『主、中にはゴブリン以外生きた人間はおりませんでした』
『猫』の報告に少々暗い気持ちとなる。つまり「死んだ人間」は存在したと言う事である。死なない程度に回復させた男から、この場所の使われ方について教えられた事実。
冒険者をこの場所までおびき出し、若い者は捕まえる。使い道のない者、大けがして死にかけている者はゴブリンの巣に放り込む。村を占領した時も、老人や抵抗して死んだ人間をこの場所で処分したということを教えられた。
「なるほど、人の国で散々なことをしてくれているわね。流石に国全体が盗賊の国だけのことがあるわね」
「王族同士の殺し合いが趣味の国だもの。島から出てきてほしくないよね」
この村だけでなく、もしかするとほかにも連合王国に秘かに支配されたり、中身が入れ替わっている村が存在するのかもしれない。税金さえ支払えば代官のものは口を差しはさまない。資金は何とでもなるのだから、発覚が遅れたのはその辺りに理由があるのだろうか。
昏倒させた六人とあばらをへし折った案内の男を数珠つなぎにすると、ゴブリンの洞窟を離れ村に向かおうと考えていたその時、洞窟から二体のホブゴブリンが飛び出してきた。
「アリー!!」
「一体ずつ倒しましょう!!」
前面に結界の障壁を展開、不可視の壁にぶち当たり仰向けに倒れる騎士ほどの体格のゴブリン二体。そこに、身体強化と結界を形成した彼女たちが覆いかぶさるように上に乗る。そして、大声で喚くホブの口にスクラマサクスの切っ先を深く差し込む。
しばらく痙攣していたものの、ホブゴブリンはすぐに動かなくなった。
「先生、中のゴブリンは殺しておきましょうか」
茶目栗毛がいつの間にか戻ってきている。洞窟内の探索を青目蒼髪と念のため『猫』を護衛につけると任せることにする。
「魔石!! あるといいなー」
討伐部位である耳削ぎをしつつ、魔石を抉り出す二人。洞窟の外にいるゴブリンの討伐を行っていると、洞窟の中からゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。順調に討伐が進んでいるようである。
ニ十分ほどして、中から討伐部位を確保した二人と一匹が出てきた。
「出口はあの一箇所だけですね。どうやら、昔、村の避難場所であった洞窟をゴブリンに利用されてしまったようです。非常用の食料の樽や武具の類も奪われたようです」
『ロマン人対策が裏目に出たんだな』
川から遡ってくる異国の盗賊団から身を守るため、農村では村の守りを固めるより、盗めるもの自体を隠す方向で対策することもあった。人口の少ない防備する地形にもない村であれば、山野に隠れるという選択肢が妥当だったのだろう。
「では、盗賊の生き残りを探してもらおうかしら」
『先行して村に戻ります。村長以外の存在がいれば、場所を特定して知らせますので、村に入らず手前でお待ちください』
主である彼女にそう伝えると、『猫』は走って村の方向に去って行った。証拠の品であるビルと帯剣を回収し、魔法袋に収納する。装備品は明らかに連合王国のものである。普通は、帝国辺りで市販品を武具屋で購入して足がつか無いようにすると思うのだが、かなり王国を甘く見ているようで隠すつもりもないようだ。工廠の印くらい削り落とせばよいだろう。
「あなたたち、随分と堂々と武具を持ち込んでいるのね。偽装する気もないのかしら」
「真新しくてよく手入れされている装備の山賊とか村人って可笑しわよね?」
数珠繋がりの先頭で身体強化を用いてぐいぐい引っ張る伯姪に引きずられるように偽装兵たちが歩いていく。相当痛めつけられているので歩くのも苦しそうだが、特に問題はないだろう。正規兵はなく賊なのだ。
どうやら村には村長しかいないようだという。周囲を一通り確認、更に馬で外周を再度確認する。
『見れば見るほど怪しい村だぜここ』
「ええ、何を見て問題を感じていなかったのでしょうね。ここの代官は」
『馴れ合いもたれ合いじゃねえかな。感覚麻痺してんだろ』
まずは村長と会い、この村の事実について確認……そのまま騎士団に偽装兵共々連行だろうか。偽装兵を捕縛して戻った彼女たちを見て、村長は覚悟したかのように話し始める。
「……ご迷惑をおかけしました……」
「ほかの村人たちはどこへ行ったの?」
「わかりません。そいつらに村を占領されて、最初は男と若い女、そして次に年寄りが少しずつ連れ出され、最後に母親と子供が連れていかれました。私の妻も、息子夫婦も孫も……」
大人しく従えば、家族を返すと言われ協力してきたのだという。それが嘘であることは村長も気が付いているだろう。
「冒険者は何組くらい訪れてるのかしら」
伯姪の質問に数組が訪れており、案内の男に連れていかれたまま誰一人帰ってきていないという。つまり、村人と同じ運命をたどったのだろう。
「この二か月ほどは依頼を受ける冒険者もいなく……」
「当たり前じゃない。もうギルドに冒険者なんてほとんどいないわよ。あんたが散々嵌めたせいで、ここの冒険者ギルドは機能停止寸前よ。採取関係も全然足りていないし……自分たちの事、いいえ、自分の事しか考えていないのかな」
「とりあえず、馬車の用意できました。乗せますか?」
淡々と作業をする茶目栗毛と青目蒼髪の少年組。孤児たちは大人の薄汚いところを小さいころからよく見ているので、意外と動揺しない。彼女と伯姪のほうがよほど動揺している。
馬車に乗せ動けないように荷台に固定すると、馬にのる彼女と伯姪、馬車で御者をする茶目栗毛、荷台で監視をする青目蒼髪の役割となる。馬車は二頭立てにする。
村長の家にある書類関係をあらかた回収し、案内人の男が仮住まいしていた家の中にある品も凡そ回収する。やり取りした書面が残っているかどうかは不明だが、先日の待機所めいた拠点には何もなかったことから、ここでの証拠に期待なのである。
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騎士団が駐屯しているベルモントに移動すると、昨日の今日で早速、偽装兵の拠点を討伐したことを知った騎士隊長が「流石妖精騎士」とおだてるように称賛する。
「一先ず、この騎士らしき男に尋問していただければと思います。他は、兵士のようです」
彼女が思い切り叩きのめした案内役の男は、息苦しそうにしているが、尋問するくらいのことは問題ないだろう。あったとしても知ったことではない。
「アリー、その村使えそうだな」
「ええ。ルーンから馬で2時間ほど離れていますので、騎士団が仮に駐屯するには問題ないかと思います。ただ、川からかなり離れた内陸なので、駐屯地として城塞を築くにはむいていないでしょうか」
「では、我々はひとまずその偽装兵の村に行こうかな。空き家がたくさんあるのは正直ありがたい。井戸もあるだろうしな」
一部の騎士を残し、本体は捉えた偽装兵、協力者である御者と村長を伴い、再び依頼のあった偽装兵の村に向かうようなのだ。
「村人はどうなったのかな」
「そうね、売れる者は人攫い同様連合王国に連れ去られ、売れないものや反抗的で怪我をしたものは……ゴブリンの餌になっているのではないかしら」
生きている人間はおらず、恐らくは死骸となった者の中に多くの病人、老人、怪我をした村人がいたのであろう。とはいえ、捉えた冒険者たちは同じように攫われたのかどうかは、騎士団の取り調べ待ちなのであった。
これにて第一幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第二幕『ガイア城』は明日から投稿開始いたします。
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