第109話 彼女と姉はルーンの外で考える
第109話 彼女と姉はルーンの外で考える
「まあ、この街も微妙なのよね」
「商会の支店でいい場所がないと言いたいのかしら姉さん」
食事を終えて宿で寛いでいると、姉の泊まる宿から顔を見せるようにと連絡が入ったので、彼女は姉の泊まる高級宿へと顔を出したのである。
部屋はスイートのようで、来客用の応接スペースと主寝室に従者用の寝室に小さなキッチンのある広い部屋であった。護衛は同じフロアの並びに別の小部屋があり、そこで交代で睡眠を取るようになっている。
とはいえ、姉はそれなりに対応できる魔術師であり使用人はレヴナントで強力な存在なので、薄赤パーティーは既に自室に引き上げている。彼女は掻い摘んで、依頼の関係で知りえた情報で話せる範囲でルーンの置かれている状況を話してみたのである。
「やっぱそうだよね。ほら、なんか斜に構えているっていうか、王国とか王都の事を舐めてる感じがするんだよね」
「悪戯がばれているのに、注意されないから気付かれていないと思って調子に乗っている子供のようね」
「そうそう、まさにそんな感じなんだよ。ほんと、腹立つんだよね!!」
連絡所としてしか使えそうもない狭い店舗しか案内されず、倉庫なども手配が難しいと商会の進出を暗に否定するような対応をされているのだという。
「聞けば、『すでにそこは売約済みです』とか、空きがございません見たいな対応されるんだよね。事前に調べておいたよさげな場所は全部断られたよ」
「なるほど。排他的なところなのは当然なのね」
商圏や商売相手はシュリンクしているというのに、王都の商会で尚且つ法国とのパイプを持つニース商会のオーナー夫人に一切協力する者が出てこないとは……時代が百年単位で狂っているのだろう。
「救国の聖女様を処刑した場所でしょ? 呪われてるんじゃない」
「何度か戦火で焼け落ちた街ですもの。その辺、緩いのでしょうね」
王都も何度か戦火にあい、その都度防備を固めている。何度か城壁を作り直したり、街割りを変えたり、門を守る城塞や王都周辺に防御施設を備えた拠点も建設している。ルーンにはそれがない。積極的に守る意思もないのだろう。
「衛士たちもやる気がないじゃない?」
騎士と異なり、ルーンの街中の治安維持を都市の運営側から委託されているに過ぎない衛士隊は、公に認められた破落戸に過ぎない。つまり、街に住む住人にとっては脅威だが、外部からくる盗賊や軍に対しては何の抑止力にもならない。冒険者ギルドの護衛依頼のようなものだ。
「騎士隊長さんには、ルーンの外に駐屯地を設けるのが良いのではと提案しているの。明日から、ギルドの常時依頼の討伐をこなしつつ、候補地を探す依頼をこなすつもりなのよ」
「あー お姉ちゃん、良いこと考えた☆」
姉曰く、商会の倉庫を騎士団の駐屯地内に建設してしまおうというのだ。
「食料とかも王都から運ぶにしてもうちの倉庫を使うわけじゃない? 騎士団の食料を騎士団の駐屯地で守るのは悪くないわよね」
「連合王国が攻め寄せてきた場合も、兵站の拠点として機能できるかも知れないわね。そうすると、海から離れてルーンよりも王都に近い場所で、川の水運がある程度機能する場所……かしら」
勿論、王家と騎士団の承諾が必要だが、資金はルーンが負担し、その上ルーンを監視する施設に商会の倉庫まで建設して活用するとすれば、これほど良い事は無いだろう。
「じゃさ、宅の主人に交渉するように手紙を書くわね」
「そうね、アプローチは早い方が良いと思うわ。倉庫に必要な面積を教えていただけるかしら。その上で、リリアルの駐屯地を参考に場所を選定するわ」
リリアル学院に併設される騎士団駐屯地は拡張され、現在は中隊規模の戦力が配置されている。騎士で百名ほど、補助の人員を加えると三百人ほどの戦力になる。それなりに大きな敷地を有しているのだ。小さな村ほどの大きさであろうか。
「それと、別件なんだけどね、リリアルの黒髪の子二人、借りられないかな」
「……侍女役でもさせるつもり」
「そうそう。黒髪つながりでいいと思うんだよね。あの子たち二人とも美少女じゃない? 魔力もそれなりだし、オジサンばっかの護衛だと受けが悪いからさ。ちょっと、舐めているおばさんたちの鼻を明かしたくってさ」
黒目黒髪に赤目蒼髪は彼女と雰囲気が似た面もあり、姉と並んでも遜色ないほどの美少女ではある。リリアルで行儀作法も彼女の祖母に指導され、それなりに対応することができる。レヴ娘ではそのあたり、使用人はできいても侍女役は難しいのだろう。
「勉強させていただけるとありがたいわ。明日の朝にこちらに向かわせればいいのかしら」
「そだね、朝食を済ませてから来てもらおうかな。午後から早速お茶会だから、ちょっとおめかししてもらって……」
「衣装はそちらで用意してちょうだいね」
「大丈夫だよー 」
姉は妹が珍しく協力的なので少々拍子抜けのようだ。様子を伺うように聞いてくるので、彼女は端的に答える。
「王国で利を得ていながら、王国に寄与せず寄生するロマン人根性が許せないとでも言えばいいのかしら。都合のいい時は王国民の振り、そして、王国を害する輩と手を組み民を蔑ろにする傲慢さ。連合王国に取り入り、原神子教徒の振りをして利を貪る。そろそろ、旗幟を鮮明にするときであると知らしめるべきではないかしら」
「あはは、イソポ物語に出てくる蝙蝠ちゃんみたいにね!!」
イソポ物語とは、古の帝国の時代から語り継がれているとされる動物を登場人物とする寓話の類である。どことなく、人を戒める内容が含まれており、蝙蝠ちゃんの話とは御存知、どっちつかずで最後行き場がなくなり洞窟や暗い場所でしか生活できなくなった理由を説明したものだ。
「連合王国と王国は相容れない関係だけれど、戦ってそれなりに立場を明確にしたわけでしょう。都合のいい時だけ寄りかかるのは、いい加減にしてほしいわね」
「陛下もその辺り宰相様と詰めてるからね。今回、思ったよりハードランディングせずに済みそうだから、上手く行くよ多分」
連合王国と通じた都市貴族・大商人を粛正するのは簡単だが、その後の様々な処理が面倒なのだという。故に……
「騎士団をニース商会とセットでルーンの郊外に駐屯地を設けて監視する役割を与える。王国に対する裏切り行為の証拠を押さえつつ、それを切り札にいつでも処刑できると匂わせつつ……」
「上手に使い潰す……かしら」
「ご名答。だから、今回の偽装兵の事件で騎士団を呼んでもらってお姉ちゃん正直助かったよ。これで、私が匂わせていることに信ぴょう性が増すじゃない?」
その示威行動として黒目黒髪と赤目蒼髪を連れて社交をするつもりらしい。
「男爵様をお呼びするのは、もう少し先だね。具体的にいろんなことが決まって最後に出てきてもらおうかな。お芝居でもそうだし」
「……そういうことを考えるから、かえって誤解されるんじゃない」
「うふふ、『妖精騎士』がクラーケンをたった四人で討伐したって、庶民は凄く盛り上がっているし、貴族や後ろ暗い商人どもはプルっちゃってるよ。いやー ルーンが混乱するのは楽しみだなー」
姉の本性は、敵を容赦なく引っ掻き回し混乱させ叩きのめすことにある。笑顔で楽し気に話しかけながら、地獄の底に叩き込むことが大好きなのだ。そして最後に、姉はこの後もよろしくーと言いつつこんなことを言っていた。
「私、蝙蝠って大嫌いなんだよね。空飛ぶドブネズミって感じでさ。臭いし、顔も気持ち悪いじゃない?」
その勢いだと、生かさず殺さずではなくバキッと心をへし折るつもりなのかと彼女は思うのだった。
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翌朝、姉の所へ二人をさし向けると、赤毛娘と赤目銀髪には素材採取の依頼を受けるように指示を出す。商会経由でルーン出張組の騎士団に卸す傷薬・ポーションの補充を行わせたいためだ。
「えー でも、あたしも討伐行けますよ!!」
「馬に乗れないから無理……私も騎乗では上手く射れないから妥当な人選」
「ううう……もう少し大きくなったら乗馬も習います!!」
今回、彼女と伯姪、茶目栗毛と青目蒼髪の四人が馬でルーン周辺の村の討伐依頼を受けながら、騎士団の駐屯地の拠点を当たることになる。なにより、村も連合王国の影響下にあるかどうかも確認しなければならないし、影響のある村の傍に駐屯地を築くのも問題だろう。
「ゴブリンの調査依頼ね……これは緊急なのかしら?」
冒険者ギルドの依頼ボードの前で職員に声を掛ける若い女性冒険者。
「……いえ、その、何度か失敗しているので金貨一枚の依頼になっているんです」
「討伐するわけでもないのに?」
「え、ええ。場所が少々難しいところなので……」
職員は詳しい依頼の場所の説明を始める。この女性冒険者は十五歳にして既に薄赤等級の冒険者で、他にも薄黄等級の冒険者と濃黒等級の冒険者数人をメンバーとしているパーティのメンバーのようだ。
「お見掛けしない顔ですけど……」
「私たち、いつもは王都で活動しているの。今回はそこのご令嬢の護衛でここまで来ているという事なのよ」
「なるほど。その若さで薄赤等級とはずいぶん活躍されているようですね」
「ああ、特例で数えで昇格させてもらったから、もう二年は中級で活動しているんだけどね」
「それは素晴らしい評価ですね。今はパーティーを率いて?」
「そうそう、後輩が増えてね、その引率みたいなものなんだ」
「皆さん実力がありそうな若手って感じですね。平均すると薄黄でしょうか。黄色の依頼なので問題ないですね」
「じゃあ、これ受けるわね」
さて、このパーティーリーダーは……御存知、伯姪である。今回、明らかに彼女がリーダーとして引き受けると『妖精騎士が来た』とばれてしまうので、伯姪をリーダーとして依頼を受けているのである。
ちなみに、茶目栗毛・青目蒼髪が既に『薄黄』、赤毛娘は『濃白』なのは、今年冒険者登録したばかりであるからだ。赤目銀髪・黒目黒髪・赤目蒼髪が揃って『濃黒』等級である。彼女は既に男爵叙爵前に『薄青』となっているのは当然のことで、『濃青』に関してはいくつかの重要依頼を果たしてからの昇格となりそうなのである。
ちなみに、茶目栗毛は冒険者としては「シン」と呼ばれている。これは……暗殺者=アサシンから採ったものである。赤毛娘は「アンナ」と呼ばれている。青目蒼髪は「アンディ」、黒目黒髪は「ノワレ」赤目銀髪は「マルグリット」赤目蒼髪は「ヴィヌ」……令嬢としての『彼女』の仮の名は「アリア」である。
今回、彼女は王都でも行った男装で参加中である。妖精騎士がルーンに滞在しているという噂は既に広まっており、ギルドに姿を見せれば警戒されることが当然だからだ。彼女は小柄な少年としてなんら違和感のない装いをしている。なんら違和感がない……
馬に乗り、ルーンから徒歩で半日ほど離れた東の村へと向かう。冒険者不足と海岸近くには偽装兵がいるため内陸側の農村にゴブリンの小集団が現れ家畜を奪い、畑を荒らしたり村に入りこみ物を盗むという。
気が付けば追い払うのであるが、夜に忍び込むことが多く村人だけでは対処ができなくなりつつあるため、依頼を出すことになっていた。とはいえ、数か月は放置されている依頼なのだが。
ギルドの受付には四人で大丈夫かと聞かれたのだが、問題ないと答えると何か思わせぶりな笑顔で「お気を付けて」と返されたのが少々気になるところであった。
昼前に村に到着。依頼主である村長宅へと向かう。
「なんか陰気な村ね」
伯姪が独り言のように呟く。この時間、男衆は畑仕事で出かけているとはいえ、年寄りも子供も姿を見せないのは違和感を感じるのだ。人の気配はあるものの、生活感がないとでも言えばいいのだろうか。
「とにかく、注意しましょうか。あまり、まともな村ではないかもしれないわね」
「「はい……」」
男子院生二人が返事をする。茶目栗毛はあまり変わらないが、青目蒼髪は握る槍に力に力が籠ったように見える。村の規模は子爵家が代官をしていた村程度だが、簡素な柵を巡らせてある程度で、堀も見張り台もない村である。但し、入口の門番に気になることがあったのはあとで皆に伝えようと考えている。
村長宅は他の家とあまり変わらぬ大きさで、村長の家らしくない。この村には水車小屋も見られないし、鍛冶屋も存在しないようだ。領主が滞在する為の「マナーハウス」と呼ばれる公民館的な建物もない。宿屋も当然ない。小屋のような住居しかないのだ。
「ようこそ、冒険者ギルドから派遣していただいた冒険者の方ですかな」
「ルーンの冒険者ギルドから派遣されて参りましたメイといいます。この三人はパーティーのメンバーです。これが、ギルドからの紹介状です」
「拝見いたします」
ギルドの受付嬢からもらった村長への紹介状を渡すと、文面を確認し、さっそく依頼を熟すことになった。
「ゴブリンの巣の場所はお判りでしょうか」
「はい。村のものを案内でつけますので、その者が存じております」
「ゴブリンの数は?」
「二十匹ほどでしょうか。もしかすると、大型種か上位種がいるかもしれませんが、村には現れたことがありません。足跡からそう判断しています」
「魔狼は連れているか?」
「いえ、狼の群れは森に存在しますが、ゴブリンとはかかわりがないようです。家畜の被害がないわけではないですが、ゴブリンよりはずっと対処できるので、今回はゴブリン狩りをお願いしたいのです」
パーティーメンバーから次々と為される質問に、戸惑うことなく返事をする村長を見て、疑惑が半々ほどとなる。つまり、あまりにも慣れているのでスラスラと言葉が並ぶのか、真実を伝えているのかが今一つ判断できない。
彼女の頭の中には、これはあの盗賊に偽装した連合王国兵の駐屯地ではないかという疑問だ。生活臭が皆無な村で、子供も年寄りの姿も見えないような村が存在するわけがない。ギルドを出る前に、村についてもう少し詳しく調べるべきであったかと思うのだが、もしかすると、知らぬ間に住民が入れ替わっているだけなのかもしれない。
村長は使いのものを出すと、しばらくしてかなり体格のいい中年の男性がやってきた。村長曰く、村の自警団の団長を務めている者で、ゴブリンの討伐中に森の中で巣を見つけたのだという。村の男衆では討伐が難しいということで、村に近づくゴブリンを自警団が討伐し、巣の駆除は冒険者に任せたいという事なのであった。
「よろしく。では行こうか」
言葉少なに挨拶すると、先頭に立って村長宅を出て行く。村長に挨拶をして急いで後追う。
「なんか怪しいわね」
「……あなたも気が付いたのね」
「門番もそうだし、村長の家に飾ってあった武器も同じものだったわ」
彼女が違和感を感じた理由、そしてそれが確信に変わったわけは……
「なぜ、王国の農村でこんなにも『ビル』が揃っているのかしらね。それも、どう見ても同一規格のもので、手入れも十分じゃない」
『ビル』というのは連合王国で歩兵が装備する『矛』の名称。隠すつもりもないのかと彼女は思うのである。