第108話 彼女と騎士隊長はベルモントで再会する
第108話 彼女と騎士隊長はベルモントで再会する
二頭の馬に鞍をのせ、一頭を引いて監視所まで戻ると、既に相当量の薬草を採取して一息入れている青目蒼髪の姿がそこにはあった。
「先生、その馬は……」
「この先の小屋の傍にいたの。恐らくはあの連中の待機場所であったようね。いくらかの武器とルーンの街のチラシなどがあったわ」
「やはり、ルーンに黒幕がいると?」
「それを戻ってから調べるつもりなのよ。薬草採取お疲れ様ね」
「いえ、学院の近辺よりもずっと沢山生えていましたから。簡単でした」
彼女は魔法袋に薬草を収めつつ、ゴブリンや狼の気配がなかったかどうか確認をすると、やはり偽装兵の存在があったために避けられていたようで痕跡は見つからなかったという。
「では、帰りは馬で戻りましょう。久しぶりだけど大丈夫かしら?」
「最初はゆっくりでお願いします」
「承知したわ」
二人は轡を並べベルモントへの街道を進んでいった。
街に戻ると、数人の騎士姿の男たちが冒険者ギルド出張所や漁師ギルド、領主館に出入りしている姿が見て取れた。
「おおアリー、今回もお手柄だったな」
騎士団にいる知り合いの中でも頻出の騎士隊長がそこにはいた。
「今回は隊長さんが捜査の指揮を?」
「ああ、お前さんがいるってことで、旧知の人間を充てる事になってな。レヴナント事件からルーンを捜査しているのも俺だから、丁度いいってことになったんだよ」
1年と少し前、王都郊外の村と運送ギルドに加盟する商会を巻き込んだ王都民誘拐事件。最終的に、その取引業者がルーンにいたことまでは辿れたのだが、実際ルーンの商業ギルドには該当する取引先に当たる商会は存在しなかった。つまり、架空の商会であったことになっている。
「まあ、本当かどうか非常に怪しかったしな。今回、これで堂々と捜査に入ることができる。外患誘致だから、それなりに調査をしっかりできると思うぞ」
「それで、ご相談なんですが……」
彼女の中にはいくつかの腹案があり、ニース商会の出店の件と上手く組み会わせることでルーンの溝掃除ができると考えていることを説明する。
「なんだ、お前さんたちも同じつもりで乗り込んでるってわけだ」
「はい。正直、あの街の上層部は相当王国にとっての害悪だと認識しておりますので」
「それでも、貴族だから正攻法ではせめらんねぇんだよな」
「ええ、貴族ですから、貴族としての責任を追及する形で……」
「おお、そりゃ面白そうだ。話に乗らせてもらおうか」
あはは、うふふと二人は笑い合う。明らかに悪だくみをする笑いである。
「野盗どもの討伐状況、書面で確認したが口頭でも教えてもらいたい。晩飯を喰いながら話を聞いてもいいか」
「四人揃ってなら構いません」
「ああ、勿論だ。こっちも捜査情報で共有できるものは共有するぞ。それに、あの子爵令嬢を巻き込めるのはでかい」
姉は王都でも有名人、最近ニース辺境伯の子息と婚約し近々式を挙げる。既に立場は妻なのだが、彼女が男爵に叙せられるのを待っていてくれたのだ。
「いいとこあるよな、あの悪女も」
「いえ、貴族の参列が一人増えるのが嬉しかったのでしょう」
「まあ、そういうことにしておこう。一筋縄ではいかない姉妹だろうからな」
めんどくさい者同士の姉妹はお互い素直ではないが、それなりに慮る事が多いのだ。
領主館となっている建物は、現在のところ王都の騎士団の駐留に使用されている。1個小隊の調査隊が先発で来ているのだが、巡回とルーン周辺での拠点づくりの為に追加で2個小隊がこちらに向かっているのだという。
女将に料理の仕出しを依頼し、領主館の食堂で夕食を取ることになった。騎士隊長に先発隊の小隊長の騎士に『チーム・アリー』の四人が同席する。小隊長は男爵と同席するという事で、少々緊張気味である。
「まあ、こんな可愛い顔していても容赦ねぇからな。あんまり、見た目に騙されるとえらいことになるぞ」
騎士隊長が小隊長をからかいつつ、彼女をいじる。
「先生は可愛いのではなく、美しいのです」
「容赦がないのではなく、是々非々をしっかりとなされているのです」
「……冗談でも言っていいことと悪いことがある……」
院生三人から冷たい視線を浴びる騎士隊長……おじさんの冗談は冗談に聞こえなかったようである。
「確かに、男爵に言うべきことではなかったな。すまん」
「二人きりの時は構いませんが、そうではない時は御遠慮くださいね」
ということで、ちょっと空気が悪くなったので、慌てて話を進め始める隊長なのである。ルーンの都市の理事か議員の中に連合王国との協力関係にあるものが複数いて、その中で単独にならないように上手く取引の中に混ぜて処理しているので、レンヌの時のように遡れないというのがあるということなのだ。
「今回、アジトらしき場所から、こんなものしか出ていません」
先ほど入手した食堂のチラシ。恐らくは、頻繁に買い出しをしているグループが存在したはずなのである。
「私たちはここを当たろうかと思っています」
「なるほど。ルーンの街中で隠されると、騎士団では立ち入れない場所も多いから、任せた方が良いか」
「それと……」
冒険者ギルドの中で相当の中堅冒険者が失踪していること、それが問題にならない環境がおかしいことを指摘する。
「ゴブリン討伐を冒険者や騎士団ではなく、連合王国の偽装兵が担っているってのは異常だな」
「ええ。それでも、この近辺の街もルーンも回っているので、誰もおかしいと思っていないのです。半ば……」
「連合王国に取り込まれている」
「いえ、戻りつつあるという感じではないでしょうか。王国ではなく連合王国と繋がった方が目先の利益になりますから」
連合王国では枯黒病の影響で農村人口が激減し、穀物の自給が難しくなっており、人手のかからない畜産、特に羊毛の生産に力を入れている。羊毛を生産し、帝国内の自由都市で織物に加工し、それを販売して穀物を購入するという経済に切り替わりつつある。
「売るものは穀物だけでなく、足らない人手もってことだな」
「その貿易の拠点がここにあるわけです」
「……なるほど。持ち帰って検討する内容だ。宮中伯は当然……」
「その為の裏取りの派遣ですので。正面から潰すのではなく、できなくする方向のようです」
「ははぁ、じゃあ得意の活劇は今回は無しなのかな」
「さあ? あまりそういう場は喜ばしくないのですけれどね」
今回の連合王国の偽装兵問題で、王都から堂々と戦力をルーン周辺に駐留することができるようになったのは成果であるという。
「騎士団の拠点探しも今回兼ねてるからな……」
「その件はお手伝いの依頼を出していただければ、協力できると思います。騎士団・王都の冒険者ギルド経由で指名依頼をいただければですね」
「しばらくこっちにいるのか?」
「ええ。商会の立ち上げに護衛でついてきていることになっていますので。一月二月はこちらにいる事になると思います」
「なら、依頼を出せばそれで頼めるか」
彼女は騎士団の駐屯地の候補地探しを請け負いつつ、ルーン周辺の村落の調査を行うつもりなのである。
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騎士隊長は捕縛した連合王国兵を尋問するため、一旦王都に戻ることになった。その間に、騎士団の小隊長と盗賊と接敵した場所、拠点などを案内し、学院生はポーション・薬作りに専念した。
行商の期間が終了し、商人と彼らはルーンの街に戻ることになった。
「ポーションと傷薬ありがとね。これ、お昼にみんなで食べな」
女将が別れ際にお弁当を持たせてくれた。彼女たちは礼を言うと、「またおいで」と笑顔で手を振り挨拶をされた。
「では参りましょうか」
商人は声を掛け、荷馬車には赤目蒼髪と赤目銀髪が乗り、彼女と青目蒼髪は馬で移動することになる。帰りも周辺の調査にも馬がある方が便利であるので、王都に戻るまでは鹵獲した馬をそのまま使用することにしたのである。
商人はホクホク顔で「今頃ルーンの街では色んなクラーケン料理が並んでいるでしょうね」と、ルーンの街の様子を想像し伝えてくる。馬に乗り前を見つつ、イカ味のタコをどんな料理にするのか少々考えてしまうのだ。
『肉に味があんまりないから、タレつけて串焼きか、干物も悪くねえな』
「大味で水っぽい肉なのではないかしら。イカですものね」
馬でポクポクと馬車と並び歩を進める彼女たちなのである。
予想外に売れてしまったため、他の行商先に立ち寄ることなく、その日の夕方にはルーンに到着することになった。馬を預け、伯姪たちが宿泊する宿へと向かう。通りには『焼きたてクラーケンあります』とか、『クラーケン焼き二本で銅貨10枚』と絵が描かれている。
「商魂たくましいわね」
「久しぶりだって聞いてますから、ちょっとしたお祭り騒ぎですね」
青目蒼髪が声を掛けてくる。二人で並んでいると「お似合い」と言われなくもないナイスなガイに成長しつつある少年だ。茶目栗毛が線の細い印象を受ける優し気な少年であるのに対し、青目蒼髪はクールでやや怜悧な印象を与える少年だ。体つきも筋肉質なのは、鍛えているからでもある。
茶目栗毛は様々な仕事に擬態する必要性から、筋肉を必要以上に付けないようにしている面もある。恐らく、一期生でパーティーを組むなら盾役になるのは彼だろう。
「そろそろ宿ですけど……あ、なんか前でやってますね」
宿でも屋台を出しているようで、道行く人に串焼きを勧め、中で食事でもさせようというのだろうか。
「ねえねえ、もう一本買わない?」
「何本買わせる気なんだ。うー じゃあもう一本」
「まいどありー」
どう見ても赤毛娘です、本当にありがとございます。横で伯姪も一緒に売り子をしている。何やってんの!!
「あ、お帰り~」
「……随分楽しそうじゃない」
「おかげさまでね。討伐、上手くいったみたいね」
ニコニコと笑顔でテンションが高い返事が聞こえてくる。一旦、チーム・アリーはチェックインをして落ち着くことにする。夕食時には伯姪たちが呼びに来て、久しぶりに全員で食事をとることになっているのだ。
「……なにか申し訳ないわね」
「私たちの労働に対する報酬ですもの、遠慮する方が失礼よ」
「それに、私たち討伐に対する報酬みたいなものですから、どんどん食べましょう!!」
赤毛娘、君は参加してないよねと思うのである。
宿が出してくれた夕食は……クラーケンの満漢全席とでも言えばいいのだろうか……何から何までクラーケン尽くしであった。スープからサラダから、イネから採れる『ライ』を使った粥のような『リゾト』なる料理も出てきたのだが……
「全部同じ味ね」
「まあ、クラーケン自体の味がほとんどないからね」
「飽きるわー ほんとに飽きるわー」
クラーケン、大して美味しいわけではない。馬鹿でかいイカタコというだけであって、珍しさ、ご祝儀的な買われ方に過ぎないということが良く理解できた。
「そういえば、クラーケン討伐の前に、山賊を退治したのだけれど」
「また……まあ、治安がいいわけではないから当然なのかもね」
「それが、連合王国の偽装兵だったの。それで、王都の騎士団に連絡したところ、護衛隊長さんが派遣されて来たのよ。今回の件で、ルーンにも騎士団の駐屯地を建設することになるようね」
伯姪に、掻い摘んで騎士隊長であるところの元護衛隊長と話した件について説明する。
「なるほどね。まあ、ちょっと王都とは空気が違うわよね。なにか、他人事めいているというのかな」
伯姪の指摘はもっともだ。人が攫われたりゴブリンが討伐されていなかったり、冒険者が失踪したり連合王国の陰がチラチラしていたとしても、基本的には我関せずの雰囲気なのだ。
「気分はいまだに連合王国人ってところなのかもね。ここの上の方はさ」
「連合王国と繋がっても意味ないのに……商才がないのかしらね」
「そういえば、連合王国と帝国領の北ランドルとの結びつきが強くなっている関係で、ルーンの取引量は右肩下がりなんだそうよ」
それはそうであろう。それまでは、同じ国の中ということで、大陸と連合王国の両方で商売ができたものが、別の国になり、尚且つ取引先としては優先されるのは帝国領の同じ原神子教徒の多い北ランドルの商人となっているのだから。
「王国の中で商売する気がないのかしらね」
「中継貿易で稼げる時代じゃないのにね。ニースはまだ法国ってトレンドの先進地域と接しているから、王国・王都と商売になるけれど、原神子教徒の連合王国じゃあね……」
「帝国内の商人に勝てないというわけね」
勝てないから、人攫いをはじめ外患誘致としか思われない後ろ暗いことも手掛けるという事なのであろうか。であれば、商売人としては先はないのではないかと彼女は思うのである。
王国・王都の表玄関として王都の経済力が高まればルーンの経済力にも影響があるのだろうが、王国と強く結びつく意思がないことがこの場合問題なのだろう。連合王国は戻ってくることは考えにくいのだから、王国の一部として共に繁栄していく意思が必要なのだろう。
「それで、騎士団はどうするつもりなのかしらね」
「それは、少し私に考えがあるの。その前に、常時受付の害獣討伐をしながら、ルーン周辺の地理を把握しようかと思うのだけれど、どうかしら?」
伯姪は何となく理解できたようで、さっそく明日から行動に移ろうと提案する。
「ニースにはお爺様の城塞があるわよね。つまり、そういう事なのでしょ?」
「ふふ、そうね。何も、この街の中に王都の騎士団が常駐する必要はないのだから、そういう考え方もありなのよね」
ルーンを守りつつ、その内部を監視する場所というものを外部に建設するというのは、悪くない考えなのではないかと彼女は考えるのである。