第107話 彼女と『チーム・アリー』は薬草を採取する
第107話 彼女と『チーム・アリー』は薬草を採取する
翌日、財布の緩くなった街の人たちが隊商の商人が開いている店でやたら買い物をしてくれるようで、商人も想定外の売り上げに大喜びだ。
「『妖精騎士』様様でございますよ」
終始笑顔がこぼれる商人に、今日は少々街を離れる旨を伝え了承してもらい、『チーム・アリー』の四人は街の外に素材採取に出かけるのである。
というのには訳がある。
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彼女たち四人が宿泊している宿屋兼酒場は、この街の冒険者ギルドの出張所を兼ねている。実は、ここの女将が受付嬢を兼ねているのである。嬢というにはいささか……なんでもない。
冒険者ギルドでポーションや傷薬なども扱っているのは、冒険者に対する必需品であるからだ。この街はそこそこの規模で、見たところ施療院はあるが薬師は店を構えてはいないので、ここで購入することになるのだろう。
「ポーションや傷薬は必要でしょうか」
「……なんだい、そりゃいつでも必要さ。なにせ見ての通りルーンから持ってこなければならないからね。いつも品薄さ」
冒険者より、漁師たちが使うことが多いのだという。魔物も海の上に現れることもあるし、冒険者があまりいない場所ではゴブリンや狼も自分たちで駆除する必要がある。山賊・野盗と争う事もあるし、猪に襲われることもある。
「いくつかお譲りしますよ」
「はぁ? ふっかけられても困るよ」
「いいえ。元々、私はギルドにポーションを卸している薬師でしたから。王都のギルドでは依頼受付より買取カウンターでのほうが有名でしたよ」
女将は、王都のギルドに入荷する効果の高い謎の薬師の噂をしばらく前に聞いたことを思い出した。
「もともと、家を出て嫁ぐつもりで薬師の勉強や商取引の勉強をしていたので、冒険者よりそちらの方がよほど経験が長いんです」
「へぇ、意外だね。若くして美貌の一流冒険者である女男爵様が、一介の薬師だったって……ああ、すまないね、嫌味な言い方して。ほら、あんたはちょっとすましてるっていうか、気取ってる……お高く止ま……」
どう考えても罵倒語なのだが、女将は見た目よりずっと親切でいい人だと言いたいらしい。それでも十分罵倒の類だと思うのだが。
「それで、剣も山刀みたいな片刃剣なんだね。ロングソードやレイピアじゃなくってさ。納得したよ」
女将はガハハと誤魔化すように笑った。
手持ちのポーションが減ったこと、この辺りでは素材採取もあまり行われていないので、薬草の素材が豊富に残されていることを考えると、この街に滞在している時間を有効に使うために、四人で素材集めをすることにした。
二人一組なのは安全対策上当然といえようか。問題は……
「先生とは俺が」
「いいえ、先生はお強いし、猟師の娘は素材集めも得意なのだから苦手な私が同行させていただいて勉強をするの」
「……先生の隠蔽を間近で勉強する機会……譲れない……」
全員同行を希望……いやいや、そういうの要らないからと思わないでもないが最近、個人的に教育する機会が少ないのでそれはそれで意味がある。
「隠蔽は護衛の間に教えるから、今回の採取は遠慮してもらえるかしら」
「……ならいい……」
問題の二人には、それなりに対策がある。
「午前と午後に分かれて、交代で採取をしましょうか。それに、猟師の採取術も学んで損はないのだから、組み合わせを変えてということにしてはどうかと思うの」
二人はオールオアナッシングではなく、半分でも確実な方を選ぶのは当然だと言えるだろう。
『人気者は大変だな』
「できる限り公平にしたいのよ。平等ではないかもしれないけれどね」
公平と平等は彼女の中では異なるのだ。彼女の両親は娘二人を平等には扱わなかった。家を継ぐ者と、その継ぐ者を支える者では役割が異なるからだ。しかしながら、それぞれの役割の中で公平な扱いをしてくれていたのだと彼女は理解している。でなければ、幼い貴族の令嬢が冒険者ギルドや薬師ギルドに出入りすることを許すわけがないからだ。
姉はそんな彼女のことを実は羨ましがっていた側面もある。そのことを理解しているからこそ、ニース辺境伯の令息が王都で商会を開くことを前提に子爵家の跡取りの夫となることを望んだときに、姉の婚約者としてとても良いと考えたのだ。
その結果が、今回のルーン行きとなっている。冒険者にはなれないが、夫人として夫を支える冒険をすることはできるからだ。そして、王都の社交界で磨いた能力も活かすことができる。姉も満足している理由はその辺りにもある。ただの高位貴族の非嫡子ではなく、生かしてくれる存在であるという事を。
海岸線を離れると、小さな丘が重なり合うような地形となる。木々の繁殖にはとても良い環境なのだろうが、畑を作るには難渋しそうだ。良好な漁場を抱えるベルモントには専業で農業をするものはほぼおらず、漁師を引退した者や街で働く者が片手間で行っている野菜畑程度が多い。小麦を買い魚を売るという自由貿易論的経済が成り立っている。
「……すごく薬草が見つかりますね」
「そうでしょうね。あの街には薬師がいないようだし、施療院も小さなものだから、商人にルーンから購入させているのでしょうね」
「漁師のおじさん達が少々のケガで薬を頼るとも思えませんし」
同行者の赤目蒼髪が相槌を打つ。今日の午前中のバディだ。魔力中位班で槍も短剣も魔術もバランスよく使えるオールラウンダーで、見た目も良い。また、性格的には少々きつい面もあったが、学院での共同生活の中、多少優しくなってきてる。将来的に学院では責任あるポジションを考えている者の一人である。
とはいえ、今回同行した六人は一期の中でも幹部となりうるメンバーなので、その辺りの差はあまりない。討伐に薬師・魔術師の仕事に冒険者としての依頼、貴族の護衛……中核に育成している過程なのだ。
ほいほいとばかりに、ポーションの材料、傷薬に毒消し、魔力回復などの材料になる素材を集める。隠蔽を展開しているので魔物が近寄ってくることもない。
「随分と集まりましたね」
「午後は、宿でポーション作りをお願いするわね」
「はい。しっかりたっぷり作ります!」
彼女は自分と同等以上の相手に対してはとても謙虚で素直だ。下の人間、自分を見下す人間にはかなり手厳しく対応するところは……彼女の姉に似ているような気がする。たぶん、二人を組ませるととんでもないことを平気な顔でしでかすだろうと思ったりする。
「……先生。ゴブリンの足跡だと思います……」
「やはりいるのね。もしかすると、あの盗賊たちを討伐した影響でゴブリンが街に近づきやすくなっているのかもしれないわね」
彼女はゴブリンに関して昼に宿に戻った際に女将に確認しようと考えた。
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昼食と担当交代の為、宿に戻った彼女は赤目銀髪に街周辺の丘にゴブリンの群れがいないかどうか確認させることにした。赤目蒼髪はポーション作り、青目蒼髪は午後のバディだ。
「ゴブリンね。最近見かけないね。というより、あいつらここに近づかないし、あたしらも森には近づかないから関係がないんだよね」
「ゴブリンの集団に街が襲われたことはありますか?」
「多少の群れが食べ物欲しさに街の外周に現れたりすることはあるけど、ほら、漁師は気が短いから、普通に銛で突いて追い払ったり殺したりするからね」
日常的に生き物を殺すことを生業としている漁師の集団は、農民ばかりの村よりも圧倒的に気が荒く冒険者もその辺りで必要とされていないのだろう。冒険者はなにも討伐だけに必要なのではない。斥候・情報収集能力が秀でているということも忘れてはならない。
「ゴブリン討伐、常時依頼では存在しないのでしょうか」
「ルーンのギルドなら受けると思うよ。ここじゃ、処理できないね」
ゴブリンの討伐は治安維持活動なのでその地域を管理する領主の出す報酬となるので、ルーンでの清算となるのだという。この街はルーンの都市理事会の管理下にあるという事なのだろうか。
「今回の盗賊討伐も、本来ならルーンの衛士団の管轄なんだけどさ、連合王国が関わってるって証拠出ちゃってるから、王都の騎士団を呼ぶことになったんだよ。だから、衛士団はピリピリムードさ」
どうやら、今までの盗賊被害はルーンの衛士が対応していたようで、被害者が出た場合でも、なかなか捜査が進まなかったという。衛士は都市を守るのが仕事であるから、街道の警備は専門外だからであろうか。
「騎士団がこっちにも来てくれると良いんだけどね。王都じゃ、巡回とかしてるんだろ?」
「ええ。何年か前から増員を進めているみたいですけど、ルーンは自由都市なので手が出ないみたいですね」
彼女は今回の件で、恐らく手が伸びる事になるだろうと考える。連合王国の偽装兵士が盗賊の振りをして周辺を荒らしていることに対し、騎士団の駐屯地をルーン近郊に建設するという話を理事会にねじ込むのだろう。当然、費用もルーンに負担させることになる。おそらくはだが。
『主、私も捜索に加わりましょか』
「お願いするわ。彼女の範囲の外側をお願い。狼や魔狼も存在すれば報告をしてもらえるかしら」
『討伐ではなく』
「そうね。回収してルーンのギルドに常時依頼として確認させたいのよ」
彼女の想像だが、常時依頼を冒険者の絶対数不足+連合王国の偽装兵が自分たちの安全を確保する範囲で討伐していた結果、被害も依頼達成も発生しないため、「危険なものは存在しない」と判断しているのではないかと。
『流石ロマン人、発想がめでたいな』
脳筋というか、想像力が欠如しているというか……古の帝国の遺産をことごとく破壊した民族故の発想だろうか。彼女も『魔剣』の発想に同意したい。
午前中と別の場所、少々街から離れるが、海沿いにアベルの方向に戻った場所、言い換えれば、賊を討伐した場所に戻る。身体強化を使い、疾走する。
「先生……なぜこちらに……」
「アジトが処分される前に確認しておきたかったのよ。あなたは、薬草の採取に専念してもらって構わないわ。応援が必要なら、お願いするつもりよ」
「は、はい。初めての共同作業ですね……」
いや、そうでもないんじゃないかと彼女は思うが、無視しておくことにする。
討伐した賊の死骸はベルモントの街の役人が回収しているので、特に問題はない。争いがあった場所から森に侵入する。起伏のある丘の連なりであることは街周辺と変わらぬ地形だ。
恐らくは、街道をみはらせる場所に監視所があり、街道から完全に見えない場所にアジトがあると思われる。当然、頻繁に行き来しているはずなので、街道から監視所の走破跡は残りにくいだろうが、監視所からアジトまでは獣道ができていることが想像できる。
丘の上に、周囲に溶け込むように偽装された小屋があり、中には簡易な椅子とテーブルが並んでいる。
「やはりありましたね」
「ここからは一人で行くわ。あなたは隠蔽を使いながら周囲で採取をして待機」
「承知しました。先生、お気をつけて」
彼女も隠蔽を行うと、獣道に沿って小屋を後にした。
丘を回り込んだ比較的南向きの日当たりのいい開けた場所に、アジトは建てられていた。一見、樵の休憩所か炭焼きの為の仮の住居のように見えるが、窓の位置や入口の配置が周囲から見張りにくいように配置されている。
『お、馬がいるじゃねえか』
馬が二頭、小屋の周囲で草を食んでいる。どうやら、偽装盗賊団の飼い馬であったもののようだ。
「小屋の中を改めましょうか。人の気配はなさそうね」
『いたとしても、とっくに逃げ出してるだろうぜ』
監視所にいたかこの場所にいたかはわからないが、その通りだと思うのだが、馬がそのままなのは馬に乗れない兵士であったのかもしれない。騎乗はある程度訓練が必要であるから、指揮官らでないと置いていかざるをえなかったのかもしれない。
小屋には簡素な布が入口にかけてあり、窓も同様だ。手にした棒で布を押しあげ中に入ると、そこは荒れ果てた酒場のようなテーブルの上に乱雑にものがのせられ、椅子に敷物が適当に置かれた場所である。待機所兼仮眠室とでもいった雰囲気で、ここが拠点であったとは考えにくい。
『他に居場所がある感じだな。ここで長い時間生活をしていたようには思えねぇ』
「同感ね。ルーンの都城の中にでも拠点があって、獲物の見当を付けて襲撃している可能性が高いのではないかしら」
『ここに運び込んで、別の場所に何食わぬ顔で載せ替えて運ぶって事か』
「それは、ベルモントに協力者でもいて、アベルではない港町に持ち込むのかも知れないわね」
アベルで荷受けした商品をそのまま盗んでアベルに持ち込めば、明らかに怪しまれるだろう。ベルモントよりさらに東の『カルレ』辺りが濃厚だ。カルレは最後まで連合王国領であった港町、連合王国の影響をルーン以上に強く残しているのだから、協力者ならそこが間違いない受け渡し場所となるだろう。
「一先ず、書類関係は収納していきましょう」
『あとは、武器なんかもだな。これって、冒険者の財産だろたしか?』
討伐対象となった盗賊の残した財産は、冒険者の所得になる。奪われた商人が返還を求めた場合も、一定金額で払い下げることになる。落とし物ではないので当然だ。
「大したものはなさそうね」
『だが……これとか、いいんじゃねえか』
恐らくは、ルーン市街にある飲食店のチラシ。ここは頼めば容器に入れてテイクアウトもできるようだ。依頼した人間を店が知っていれば、そこからたどれる可能性もある。
「この手の仕事は私向きではないわね」
『あのお姉ちゃんとか、姪っ子の仕事だろうな。みんなで飯でも食いに行けば知ってることが聞けるかもな』
そのチラシには『食堂・酒場:踊る仔馬亭』と書かれており、『10人前以上から
仕出し承ります』と記されている。帰ったら、そこで皆で食事をしようかと思うの
だ。
「味はどうなのかしらね」
『あいつら、味より量だから。たくさん頼めば問題ないんじゃねえか?』
自分を基準に考えるのはどうなのだろうかと、『魔剣』の意見にはいささか納得いかないのだが、確かにリリアルの食堂を思い出すとそうかもしれないと思い返すのであった。




