第102話 彼女は宮中伯と打ち合わせする
第102話 彼女は宮中伯と打ち合わせする
「……アヴェルへの侵攻ですか……」
「そう。こちらの協力者からの有力な情報だ。国内の原神子教徒派の貴族と連合王国の行かず後家女王の取引材料みたいだね」
アヴェルとは、ローレ川の河口より海に突き出た半島の先に新しく作られた港町であり、大規模な開発を行うルーンの外港とも言える新港で五十年ほどの歴史を持つ新しい街だ。
「カルレが最も連合王国に近い港町だが、王都の喉元に刃を突き立てるならそちらを占領する方が効果が高いという事だろう」
「原神子教徒は、王国の事より宗教を取るという事でしょうか」
「いや、両側の国の貿易で稼ぎたいのだろうな。いまのままでは帝国内の自治都市の商人に美味しいところを持っていかれる者も存在するだろうからな」
ロマン人が王国北部を占領していた時代、連合王国と王国北部は一つの経済圏であった。故に、大きく商品を動かし利益を得ることができたのがルーンの原神子教徒となっている商人たちの先祖なのだろう。
「連合王国に親族を移住させ、国をまたいだ取引から、同じ経済圏の取引へ替えたい……と考えている者たちが首謀者だな」
「それが、ルーンの都市を動かしている支配者層と考えてよろしいでしょうか」
「そうだ。元々、王国に対して独立していた都市が枯黒病と百年戦争の結果、連合王国が手を引いた為に王国にすり寄ってきただけの話だからな。また、連合王国が強力になれば、そっちに寝返るのだろう」
ロマン人の支配層の国であった歴史は、その王家が大陸からいなくなっても人間関係が残っていることから、そうした連合王国にすり寄る勢力が力を持ち続けていることになる。
「ニース商会は明らかに王国王家の紐付きだと知られているから、あまり深く入り込めないだろうが、それでも、撃ち込める楔は打ち込んでおきたいものだな」
「その為のリリアルの使用人というわけですね」
「ああその通りだ。そして、『伯爵』にも協力してもらう」
王都・王国の安定が『伯爵』のハッピーライフにつながることから、協力する事に対しては積極的でもある。
「今回のニース商会ルーン支店にもレヴナントの使用人が配属されるのだろ?」
「はい。リリアルである程度行儀作法、仕事を学ばせましたので、それなりに活躍してくれると思っています」
今回同行するのは、その昔、彼女が薬を与えたあの少女である。伯爵からリリアルで教育することを承諾してもらい、東の村討伐の後から、一年ほどかけてリリアルで使用人教育を施している。
読み書き計算の部分が弱かったので、そこをかなり徹底して教えたのだが、同じ孤児院出身の使用人に混ざり、第二の人生をそれなりに楽しんでいるようであった。
「意外と、馴染むものなのだな」
「魔力さえ補充し続ければ、生きている人間とほとんど変わりません。生身の人間との違いは排泄や睡眠がほぼなくなることと、怪我をしても出血しないなどですね」
「レヴナントの兵士がいたら……どうなるだろうな」
伯爵自身考えたこともあるのだが、それはかなり難しいようだ。
「本人が守りたいというものが強固になければレヴナントになること自体拒否されるでしょうし、なったとしても魔力を吸収することを拒否すれば容易に死を迎えます。ですので、死なないからと戦争で最前線に投入し続ければ、恐らく、早々に死を選ぶでしょう」
「正気を保てなければレヴナントを維持できないし、戦場で正気を保つことは難しいから……ということか」
『伯爵』曰く、死人を兵士にすることは容易だが、魂をそこに縛り付けることはとても困難なのだそうだ。魂は自由でなければ、彼の作るレヴナントは成り立たない。
「仮に行うとすれば、魂を別のもの……下級の精霊を仮の魂として封印してある期間使役することくらいだそうです」
本来、レヴナントは本人の記憶を持った別の魂なのである。実際、『伯爵』の作るそれらは『エルダーリッチ』なのであるのだから。
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ルーンへの出発を数日後に控え、彼女と伯姪は宮中伯の話に出た連合王国の介入についての仮説を擦り合わせることにした。
連合王国も王国同様、王家の継承で内乱の時代が存在する。連合王国は百年戦争終了後、二つの派閥に分かれ約三十年にわたり争った。その過程で多くの由緒ある貴族の家系が断絶、王家の力が高まることになる。
ところがその結果、先々代の王は国内で様々な強権的な政策と度重なる結婚無効の手続きを繰り返す過程で、御神子教皇と対立する。ロマン人の王家が周辺の先住民の王家を排除して連合王国とすることも国内の民衆の不満を高める事になる。
一人の財務官僚の提案から、御神子教から独立した『帝国』であると連合王国を法的に位置づけることで、事態を改善しようとしたことが、現在の連合王国の在り方を規定してしまった。
確かに、御神子教で認められない離婚を、結婚する条件に関して女性側に不備があったと連合王国教会の司教に認めさせることで、実質離婚を成立させる。『帝国』=複数の王国の統治者であるから、法国教皇庁の影響を受けないと法で規定。そのついでに、連合王国内の修道院を全て廃止し、王家の領地とすることにした。ウハウハである。
結果何が起こったかというと、御神子教の影響下にある神国・法国・王国と一部の帝国領との対立である。味方を作る為に、帝国・王国内の原神子教徒に支援をし始めた。常に、己が攻め込まれるという妄想に取りつかれ、王の晩年は王国に攻め込んだこともある。一蹴されたが。
結果、現在の王はその先代王の娘である女王なのだが、父親がやらかし過ぎた結果、求心力を高めるために『未婚』を貫いている。というより、国内の有力貴族・諸外国の王家と紐付きになれば、一気にその影響下に置かれる可能性が高いため、身動きが取れない。
王国も、王の従弟との婚姻をアプローチしたりしているのだが、暗躍する連合王国の工作員を考えると、あくまでも王国内の原神子教徒に対するポーズに過ぎないと思われる。
「あの行かず後家のせいで、いろいろ大変なんじゃない!!」
伯姪は、その女王陛下が嫌いらしい……彼女も好きではないのだが。
「未婚の女性は少なくないわ。ある程度の年齢までに結婚できない場合、跡継ぐ者がない女性は修道院にいかなければですもの。あの女王陛下も幽閉されたり、養い親の家を追い出されたり、あまり幸せな人生ではなかったようですもの」
「実の母親は父親に因縁つけられて処刑されているし、庶子に落とされて王女でなくなったり、養い親の父親の最後の王妃様の再婚相手の男に迫られて家追い出されたり……大変な人生よね……」
周りの都合で人生を二転三転させられた女性は、周りの都合で二十代半ばで女王に即位……完全な行き遅れである。
「普通は幽閉されたままだったか、不慮の事故死コースだったんでしょうけど、腹違いの姉が神国の王弟の言いなりになってしまったから、しかたなく交代させられたのよ。御神子の熱心な信徒なのも駄目だったみたいだし」
『帝国』となり、御神子教皇と対立することを選択した連合王国にとって、熱心な御神子信徒の女王でなおかつ、敵対する神国の王家の人間に従う女を王として戴くわけにもいかないだろうというのは理解できる。
「だから、なんでも王国を乱す工作を繰り返すわけなのよね」
「……仇敵という関係からすると、安易に手を取るわけにもいかないでしょう。少なくとも、帝国・神国・法国に王国を攻めさせる大義名分を与えることになるのですもの。下手をすると『聖征』宣言されてしまいかねないわ」
多くの聖征が実はサラセンではなく、御神子教皇に従順でない信徒・その国に対し行われていることもまた明らかな事実なのである。
「あっちが海があるから、簡単に占領できないじゃない。ロマン人は石の城を山ほど作っているしね」
「国内での戦争も多数経験しているから、侵攻する側はとても不利よね」
船で上陸し、補給もままならない可能性がある。神国が前女王の廃位と幽閉、度重なる神国船への海賊行為を繰り返す連合王国の私掠船に対し『神の敵』として遠征を計画しているという情報もある。船を一朝一夕に建造することはできないから、準備の時点で話は伝わってくる。
「でも、ロマン人って凄いわよね。あの国、連合王国にロマン人が渡った五百年前にそれ以前の上位貴族は二家系以外すべて言いがかりをつけて取り潰したのだから、今残っている貴族のほとんどが最初からロマン人ばかりなわけじゃない。しょっちゅう王国に攻め込んでくるし、何かあれば後継者争いで殺し合ってどんどん貴族が減っちゃって……どうやって戦争するつもりなのかしらね」
本来、貴族=騎士=戦士=戦争をする人なのである。貴族がある程度数がいないとならないのは、職業軍人でもあるからなのだ。それが、数を減らしているということは……
「正面から戦うのではなくって、裏で工作するしかないでしょう。それぞれの国の中にいるロマン人に協力することで利益を得る者たちを上手く乗せていくのよ」
「確かにそうね。先々代の王が王国に遠征したときの戦力がたった三千で、それも全部が歩兵か弓兵って……どうしろっていうのかしらね」
歩兵だけで都市を落とすことは難しい。それこそ、内部協力者がいて街に引き込んでくれでもしなければだ。
「大変だけれど、芽を摘んでいくしかないわ。失敗すれば、また後継者争いが起こって手一杯になるのだから」
「私たちが上手く工作員を処分できれば、王家を潰すこともできると思えば、やる気が出るわね!!」
「その話、お姉ちゃんも乗ったよ!!!」
「……姉さん、盗み聞きは感心しないわね」
二人の話をこっそり聞いていたのだろうか偶然だろうか、その場に彼女の姉が現れた。
「それに、警戒させることも大事じゃない」
姉曰く、動きを躊躇させることも抑止力になるという。協力者もできないようにして今まで通り機能させることもあって良いのではというのだ。
「そりゃ、片っ端から処罰したら、いろんなところに弊害が出るしリリアルだって恨みを買うじゃない。それは、得策じゃないよね」
「損得で動くなら、神国の道に対抗できる流通経路を提供するとかね」
「……どういうこと」
神国は帝国と同君であった時代に、法国から帝国経由で内海を通じた交易路を策定しているのだという。その効果が帝国内に経済的な効果を与えている。
「王国はさ、古の帝国時代の街道もボロボロじゃない? 運河を内海から外海まで通す工事も始まるみたいだけど、時間かかりそうだしね。だから、陸路で同じような街道をニースから王都を通ってルーンまで結んじゃえばいいんだよ」
「ニース商会と王家の主導でですわね」
「そうそう。その為にも、無暗に相手を仕留めないで、上手く泳がしつつこちらに味方するようにするんだよ」
彼女はなるほどと思いつつ、姉に向かい自分の考えを告げる。
「それはニース商会と姉さんの仕事ね。私の仕事は残りの半分、実行犯の処分になりそうではないかしら」
「まあそうだね。手足をもいでくれると、説得しやすいもんね!!」
「すぐ出兵する脳筋連合王国にはちょうどいいじゃない。こっちもやり返すわよってアピールするのはね」
ということで、やはりやるべきことは、魔物討伐と変わらなかったりするのだ。
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「今回もよろしくお願いします」
「任せておけ。護衛は得意だからな」
「むしろ、護衛しかやらないまであるよな俺たち」
「俺に対する嫌味か?」
「体大事にしないといけませんからね。冒険者は体が資本です」
『薄赤』もう少しで『濃赤』になるパーティーと本日は打ち合わせだ。
「アリー、私も装備させてもらっていいのかな?」
「現物支給になりますけど、よろしいでしょうか」
「あはは、まあ、全部だと困るけど、私の分はこれでもありがたいかな」
女僧は魔力を有するので、魔装鎧のうち、ビスチェとガントレット風手袋を貸与し依頼終了後は現物にて依頼料の一部に充当することを提案している。
「マジ、魔力があれば色々できるんだよなー」
濃黄剣士が毎度のボヤキを繰り返す。とはいえ、剣士で魔力を有してもそれほど効果的でもない気がするのである。
「戦士は盾役だから、フルプレート着ないで済んで体への負担が少なくなるし、御者の最中もうまく使えるだろうけれどな……」
「ないもんは仕方ない。それに、今までもそれでここまで来ているのだから、自信持っている。問題ない」
膝のダメージがここに来て重くなりつつある薄赤戦士の答えに、なんとなくしんみりと仲間が頷く。
「魔力持ちも油断したり、過信したりすれば簡単に死ぬ。とはいえ、あれば便利だよな」
「今回は私も前に出て盾の二枚看板で頑張りますよ」
「おう、楽させてもらえるとありがたい」
魔力を通すことでガントレットや胸鎧分の重量を軽減させられるのであれば、より大きな盾を構えることができる。非力な面をカバーできると良いのだが。
さて、今回の依頼内容は、いたって毎度おなじみの護衛なのであるが、少々趣が異なるのは、姉の身辺警護がメインであり、討伐はリリアルメンバーで行う予定であることなのだ。
「ルーンのギルドには何度も中堅冒険者にガイア城の調査依頼が出ているのですが、未達のまま冒険者が失踪することが続いています」
「俺たちでそれを受けるのは難しいってことか」
「……恐らく。それに、姉の訪問にある程度信用できる方達をお願いしないと、こちらの調査が手薄になるので、その点もあります」
「危険度は、王女殿下並?」
「可能性的にはあります。ですが、姉は殿下よりはるかに実戦経験も度胸もありますし、商会の従業員として連れて行く女性も腕が立ちます」
「あ、ああ、例の『伯爵』様の紹介の……か」
彼女は頷いて同意する。不死者である『リッチ』が使用人として同行することが少々心に引っかかるところがあるというところだろうか。
「会頭夫人と会頭の実家の縁者とその使用人の三人を皆さんが護衛するという形です」
「いつもの通りだな。俺が御者、三人がそれぞれの護衛といったところか」
「流石にそれだけつけば、並の破落戸では太刀打ちできないでしょうから問題が発生する確率はかなり低いでしょうね。私がいれば、女性だけの場所でも護衛可能ですし」
女僧も『薄赤』に昇格しているので、伯姪と彼女の姉、レヴナントの『アンヌ』と呼ばれる彼女の知り合いであった街娼の能力を考えると、かなり高度な待伏せでも受けなければ問題なさそうである。というより、このメンバーでダメならだれが出てもだめだろう。
「あなたのお姉さんって、社交界ではかなり有名な女性よね」
「ええ、大虎被りですから。私よりも圧倒的に容赦がないので、先を読んで抑え込んでください。調子に乗せると危険です」
「……アリーより危険ってどういう事なんだよ」
薄黄改め濃黄剣士が相変わらずの失礼発言なのだが、相手に先に手を出させてからの反撃がえげつないのも、あの祖母仕込みの姉の得意技なのだ。女当主として苦労した祖母が、社交に関してはしっかりとノウハウを姉に伝授している。
そういう意味で社交でえげつなかったり、しっかり三倍返しを狙うのは姉としては「祖母に教わったことをきちんと実践している」という大義名分に沿った行動なのだ。年配の夫人は祖母の事をよく覚えていたり、母親の世代から聞いているので姉のことを警戒しているのだが、成り上がりの母親を持つ高位貴族の子女は面白いくらいに姉にはめられて泣きを見るのである。
「ルーンの夜会……心配ではあるわね……」
考えるだけ無駄だと思いつつ、彼女は溜息をつくのである。