第101話 彼女は『リッチ』と対話する
第一幕『ルーン』
王都の外港都市ともいえる『ルーン』近郊で不審な事件が発生。王都のギルドから冒険者を派遣することになり彼女が指名される。ニース商会はルーンに支店を出すため、商会頭夫人である彼女の姉を向かわせることになり、姉妹はともにルーンに向かう。
第101話 彼女は『リッチ』と対話する
リッチとはRich=裕福という意味ではなく、死体を意味するLichの事を示すのだが、派生して不老不滅のためアンデッドとなった強大な魔法使い。また、その多くは長い年月を生きた知恵と高度な知識を兼ね備えた偉大なる賢者であり、畏れるべき存在であるとされる。
「伯爵、あなたレヴナントではなくて『リッチ』……それも、生前の魔術をそのまま使えて、生者にとても近い『エルダーリッチ』と呼ばれる存在のようね」
『ほお、エルダーと付けられるのは悪くないね。実は、私自身も自分がただの死に戻りではないとは思っていたのだけどね』
リッチとは、高位の魔術師もしくは聖職者が魔術で生前の肉体の残滓、単純化すれば『ミイラ』化した肉体に魔術で魂を封印したものを示す。伝説級の『賢者』と呼ばれる魔術の研究家などがさらなる知識の探求の為、自らを『リッチ』へと転生させることがあるのだという。
「普通は骨と皮ばかりの姿となるようなの。食を断ち、水だけを飲んで体内の不要なものを亡くした後に餓死することで肉体を残すようにするのね。死んだ後、自身の魂を魔力を秘めた道具に封じ込める方法が一般的だというので、あなたのそれに等しいですね」
『ふーん、なーるほどね。とはいえ、私は元々賢者でも魔術師でもないからー長生きして研究したいってわけでもないのだよー』
「おしごとちょっぴり、あとはワイン飲んで夜会に顔を出して、娼婦にちょっかいだすくらいしかされておりませんものね」
『伯爵』は百年ほど前の人物であるが、生前は君主としてサラセンと戦い続け、敗れて自らの地位を失った者なのだ。
「もう、気が済んでいるのかしら」
『まあね。あの時の皇帝の家系はすぐに断絶しちゃって、今の帝国の皇帝とは関係ないからね。帝国で貴族の爵位手に入れて仕事もあって、それなりの生活していると、過去の事はわりとどうでもいいかなー』
「アンデッドの癖に人生前向きよね……死んでるのに」
伯姪は言いたいことを言う。『伯爵』はほぼ生前と変わらぬ容姿の『エルダー』なので、アンデッド感はかなり薄い。また、『伯爵』の作り出す『リッチ』たちも同様、生前の姿の中でも最良の時点に回復されて維持されているので、見た目は『エルダー』と言えるのだが、自分自身で『子』を作り出すことはできない。
アンデッドは通常、偶発的、あるいは他人の手によって発生する。吸血鬼やルガルーなどがそれに当たる。リッチは自らの意思でアンデッド化した存在であるため、生前の自我や記憶や経験をほぼ完全に引き継いでいる。 生前から強力な魔法使いであったリッチは、死後も更に研鑽を重ね、より強力になっていくとされ、必然的に、リッチはアンデッドの中でも際立って強大な存在となる。
『私は、魔術師ではないしね。使うと腹が減るから、子を成す時以外は使う必要性もない。それに、元々騎士としては優秀だったから、武器で戦うほうがめんどくさくないよ』
容赦ない戦いで有名な君主であった生前の『伯爵』からすれば、自らの命の心配をせずに済む今の肉体は望むところなのかもしれない。
『その話が出たというのは、君の所にも、あの話が伝わったってことだね』
「正確には……依頼を受けたということになります」
王都にほど近い王国北部のとある廃城に『レヴナント』の姿が見られるという噂。そして、その城のある場所が……少々問題なのだという。
『ちょっと、面倒くさい場所にあるよね。「ガイア城」って連合王国が百年戦争で使っていた城だよね』
「歴史的には、王都の最初の城壁が築かれた時代に遡ることになりますけれど、百年戦争後は監獄と使用され、その後は石材として相当が運び出された廃墟ですね」
『ガイア城』は、第三次聖征で名を馳せた連合王国の武人王が王国内のロマン人領であった王国北部を確保するために築いた城で、北部最大の都市ルーンと王都をつなぐローレ川を眼下に望む台地の上に建てられている重厚な要塞だ。
「何か御存知なのでしょうか?」
『あれは、似て非なる者とだけ言っておこうかな』
「つまり……本来の意味でのレヴナントが集まっているという事でしょうか」
『細かくは調べていないから何とも言えないけれど、生前の記憶とかはどうかなと思うよ。それに、不自然に集まっているわけじゃない。元々は古戦場だからね』
連合王国の武人王が王国で戦死すると、後を継いだジャン忘地王は大いに戦争に負け続け、王国内の連合王国王家が所有していたロマン人領を失った。当時、ルーンを守る前線であったガイア城も籠城するものの連合王国軍の応援に失敗、半年の攻囲の後、城兵は降伏し開城された。
また、百年戦争において連合王国の拠点として再び活用されている。その際、王国軍との間に何度か攻略戦が発生しており、城の主は何度も移り変わっている。
『肉体がある程度残っている時点で、その当時のものじゃないね』
「……新たに作られたものという事でしょうか」
『うん、そう。多分、冒険者たちが狙われているんじゃないかな。王都のギルドからの依頼って、ルーンの冒険者が誰も依頼を受けないか、指名依頼できる高位の冒険者が誰も引き受けないってことだろうね』
『伯爵』も、ここしばらく王都で生活しているため、ある程度の世間事情に関して知っているのだろう。彼女たちもそれは弁えている。
「討伐自体はともかく、実行犯とそれを依頼している人間を押さえたいということが最終的な目的でしょうか……」
『難しいかもしれないね。どのくらいの数を作り出しているのかわからないけれど、かなりの術者……死霊術師だろうから、それなりに護衛もつけているよね。依頼主の差し金かもしれないけれど』
死霊術師と護衛の騎士ないし兵士・冒険者を個別に考えればよいということだろうか。自分の事情でレヴナントを作るなら、『伯爵』のように街中に住み問題を起こさないようにするだろう。
そうでなく、目立つ古城・元城塞に集めるというのは、術師の意思ではなく依頼人の意思だ。そこには、術師を守りまた、管理する依頼人の差し向けた指揮官がいると思われる。それを捕らえることで、ある程度、辿ることができるということになるだろうか。
「でも、護衛含めて雇われということもあるんじゃない?」
「執事的な存在はいるはずね。代理人とでも言えばいいのでしょうけれど、その場合、ヌーベの山賊程度、いいかえれば傭兵では細かい指図ができないでしょうから、騎士に相当する立場の人間を送り込んでいると思うわ」
「ガイア城にいるのかしらね」
『そりゃ、ルーンの街中だろうさ。レヴナントの素材だって人がいない場所じゃ集められないだろ?』
そう考えると、ルーンの街に出向き、誘い受けする必要もあるかもしれないと彼女は思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
依頼を受けることにするのだが、その場合、学院生ではとても囮になるとは思えないのが現実だ。子供ばかりの冒険者をレヴナントにして戦力化すると考える騎士はいない。
「さて、どうしましょうか」
「あの方たちに依頼する方が良いかもしれないわね」
彼女の大人の知り合いの中で、適切な人はごく限られている。今回は『薄赤』メンバーにお願いすることになる。因みに、剣士以外全員『薄赤』となり、剣士は『濃黄』に少し前なったばかりである。相変わらず、差がついていたりする。
学院生も薄黄レベルに達している者が数人いるので、ベテランと中堅のパーティーが『貴族の令嬢の護衛を引き受けてルーンに訪れる』というシナリオが適切だろうと思われる。
「相手は……ルーンの商業ギルドかしらね」
「ニース商会の支店を置くための交渉に、商会長の義妹が訪問する……とかかしらね」
「あなたも私もそれほど役割からは外れていないから、問題ないわね」
伯姪も彼女もニース商会とはかなり近い血縁者ではある。今回は……彼女ではなく、伯姪が出る方が適切だろうが。
「私の名前は……子爵家の令嬢として知られているから、難しいわね」
「その点、ニースの貴族のことはそれほど知られていないでしょうから、また従妹の男爵令嬢あたりが代理人でも問題ないでしょうね」
『妖精騎士』の義兄がニース辺境伯の三男であるニース商会会頭ということは商業関係者であれば知られている可能性が高い。故に、警戒させないためにも彼女が前に出るのはよろしくないだろう。
「では、その段取りで。明日から準備を始めましょう」
「商会としての活動にはおかしなところはないでしょうから、商業ギルド経由で紹介状を出してもらえるでしょうね。じゃあ、明日からという事で!!」
伯姪も彼女もルーンに行くのは初めての事で、それもとても楽しみなのである。
ところがである……
「その話、お姉ちゃんもまーぜてー」
「……姉さん……」
会頭夫人である彼女の姉が名乗りを上げた。つまり、子爵令嬢であり次期当主である姉が商業ギルドに顔を出す方が上手くいくだろうというのである。
「でも……」
「あなたは、リリアルの用事に専念した方が良いわよ。まあ、夜会とかには一緒に三人で出た方が良いわよねー。楽しみだー」
確かに、商会の支店を開くのに夫人とその縁者では扱いも相当異なるだろう。とは言うものの、彼女は引っかかるところがある。
「姉さん……今回の依頼内容、ご存じなのかしら」
「商会の支店を開設するので前のりしている子たちからの情報? なんでも、中堅クラスの冒険者パーティーが何組も依頼失敗で姿消してるんだってさ。あからさまに怪しいよね!」
ルーンの冒険者ギルドが機能停止に近いという情報が既に商会では把握しているという事なのだろう。そうでなければ、わざわざ王都のギルドに指名依頼が来るわけがない。ルーンは王家の直轄領なので、王家からの依頼と言ってもおかしくはない。
「連合王国や帝国と貿易するには王都の玄関口である、ルーンの港に支店を置くのは必要だから、そろそろいいかなって事なんだよね。だから、準備は進めて来ているので、今回は会頭の代理の夫人が顔見せに行くってことで問題ないし、何か起こっても問題ないじゃない。あなたたちが行くんだからさ」
最近、すっかり余所行きの顔しかしていない姉は、ここいらでドカンと何かやらかしたいようなのである。魔術師として、また、貴族の娘としても優秀な姉であるから、注意と関心を引き付けてくれるのはありがたくもある。
「護衛をちゃんとつけるから、言う事をきちんと聞いてちょうだい。それが条件よ」
「もっちろんだよ!! 男爵様のご下命には絶対服従だよ」
といい笑顔で姉が答えるのを見て、こめかみに指をあてる彼女である。
「それなら、護衛の指名もおかしくないから、問題ないんじゃない」
「調査の依頼だけで、複数パーティがルーンに行くのもおかしいものね。
姉さんと私たちは商会の関係者とその護衛という態でルーンに入りましょうか」
「交通手段も別にすればいいじゃん。お姉ちゃん、船がいーなー」
「……水馬は持っていかないわよ……」
「えー 依頼内容に含めちゃおー」
彼女がリリアルに不在の際、姉が水馬を持ち出し、堀で練習しているのをここにいる皆が知っていることなのだ。そして、今一つは『妖精騎士の姉でございます』と商会夫人として挨拶するときに付け加えることも薄々知っている。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今回の依頼、それなりの危険と冒険者らしくない従者・使用人としての装いを要求されることから、『魔装鎧』の装備を同行者全員に用意することにしている。姉もコルセットかビスチェのタイプと、ショールのようなものを両方装備することを考えている。
「……間に合いそうだな」
「俺、糸巻き巻きもうするの嫌だ……」
「手伝ってるじゃない!! 魔力の操作が下手だからたいして紡げないのよあんた」
「でも、随分早くなったと思うから、頑張って」
魔装糸に関しては、当初より糸巻を増やしたので、ポーションと並行して、魔力量中以上の子が手伝っている。赤毛娘と黒目黒髪も紡いでいるのだ。癖毛も、多少気を使われるようになっているのは、仲間意識の表れかもしれない。
「お、おう。当り前だろ、装備は俺に任せとけってんだ」
「いやいや、あんたじゃないでしょ」
「ジジイじゃねえよ。最近、結構量産品は任されてるんだぜ」
「でも、縫製したりするの仕立て屋さんで、あんたじゃないじゃない。糸巻職人さん」
とはいえ、いじられるのは変わっていないかもしれない。鍛冶に関しても老土夫は魔力の無い孤児院の少年を二人育てている。武具ではなく、一人は釘や金具鍛冶、一人は農具の鍛冶でそれぞれ役割が異なる。農具の鍛冶は最終的に東の村で鍛冶屋となる予定だ。
なので、癖毛だけが武具を扱う鍛冶師、いわゆるブラックスミスというやつになるのかもしれないが、本人はいたって二人と仲良くやれている。最初の頃と比べると、周りから頼りにされたり役に立っていることから、自己評価が改善されて、妬み嫉みがなくなってきたことも影響しているだろう。
何より、魔物の大猪の使い魔がいるということが、周りから一目置かれる。また、鍛冶に農作業にと体を使い続けていることもあり、随分とこの二年足らずの間にたくましくなっている。ひょろがりであった時とは違うのだ。
「ふははは、まあ、糸巻する鍛冶はあまりおらんからの。というか、前代未聞だろうな。だが、そこが良い」
「俺もそう思ってます師匠。魔装鎧作れるのは、この糸があるからだし」
魔装鎧は、魔力を込めれば板金鎧並の硬度をだす、見た目普通の胴衣やマントなのだ。リリアルのメンバーを守る盾の役割を果たしている重要な装備を、自分が作っているという自負は、例え依頼を受けた冒険者としての実績が少なくても、癖毛の自尊心を大いに育てている。
「それと、今回はガントレットも装備できるようにする」
肘までを覆う長手袋の魔装鎧。手のひら部分はスエード革で滑り止めを兼ねた仕様にしている。革の部分は汚れたら張り替えることも可能だ。
「女性用には普通の手袋も作成したし、インナー用の手袋も作成したぞ」
「女性用は全体が魔装鎧の素材で作られているのよね」
「硬化させたとき、握り込みにくいのだがしかたないじゃろ」
「普段使いなら内側革でも問題ないけど、ドレス用は無理だもんね」
「いや、そこは魔装布でなくて、似た色の普通の布でもいいよね」
耐久性は大幅に落ちるだろうが、そこは張り替えればよい事だろう。武具なのだから、メンテナンスは大切だ。
「それを、今回の依頼に参加する女性分お願いできるかしら」
「あー お姉ちゃんの分もお願いね!! 魔力を通せば盾代わりになるんだったら、一番狙われる会頭夫人も必要だよね☆」
「……お願いできるかしら」
「もちろんだ。大事なスポンサー様だから、その程度の事は何とかする」
ということで、姉の分のビスチェとショール、手袋まで使いの装備として準備させる事になった。
「お姉ちゃんもバンバン魔法で協力するよ~♡」
「いいえ、囮としてあまり目立たないでちょうだい。それに、何を調べるべきか御存知なのかしら」
「しょ、しょんなこと当然じゃない。あ、あれでしょ、人攫いアンデッドの事じゃない。王都で起こっていることが、玄関口のルーンが関わっていないはずないでしょ」
恐らく姉の言い分は当てずっぽうなのだが、彼女もその関係者もルーンにこそ連合王国の工作員の本拠地があると考えている。
「さて、あの時のやり残しを片付けに行きましょうか」
あの時の東の村の作戦に参加したメンバーは、そのまま今回の主要な構成員であることは決して偶然ではないのである。