第100話 彼女は男爵位を叙爵する
第二部 プロローグ 十五歳 開始です☆
第一部冒頭から二年後になります
また、評価していただき、誠にありがとうございました☆
第100話 彼女は男爵位を叙爵する
「……汝を男爵とし、リリアル領を与える。これからは、リリアル女男爵と名乗る事を許す。併せて、リリアル学院の学院長に任ずる」
「謹んでお受けいたします」
彼女は淑女の最敬礼で王にこたえるのである。
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彼女が十五歳の成人を迎え、様々なことが新しい段階に進み始めることになった。とはいえ、今までの積み重ねが一つ一つ結実していくことになるわけなのだが。
薬師として育成した孤児たちは既に二十人近くとなっている。施療院では元々シスターや司祭たちが薬草を育て薬として与えていたのであるが、薬師の本業を持つ者と比べると効果は今一つなのであった。
不足する薬草は学院から取り寄せ、また、定期的に魔力を有する生徒たちが魔力を薬草に与える事で、薬草の効能も高まっている。結果、施療院に滞在する期間が短縮され、施療院の負担の軽減と職業への復帰が速くなり、貧困に陥ることを防ぐことになっている。
長期の失職はそのまま貧困へと繋がり、経験ある働き手の損失となり、社会に取って様々な害悪となる。単純に王都もそこに住む人にも、施療院にとっても薬効の改善による回復の短期化は有意なのである。
学院の魔術師一期生の全員が学院付きの魔術師としてそのまま籍を残し、二期生の面倒を見る予定だ。薬師は半年の就学期間で一人前となる予定であるのだが、魔術師は二年の就学期間を設けている。薬師は年二回の入校、魔術師は年一回の入校となっていることも異なる。
とはいえ、魔力の大きなものは一期生であらかた取り込んでいることもあり、二期以降は中から小の子を中心に育成することになりそうなのだ。魔力を有するか否かに関わらず、入校の条件は基本的な読み書きと加減の計算ができる事となっているので、魔力があってもあほの子は入校をさせない。リリアルの名前を名乗るのに不適切な行為を行う可能性があるからである。
人数が増えたため、薬師寮を施療院を設ける予定地の傍に建てており、こちらは学院の館と異なり、普通の木造の建物である。また、使用人とその見習いの者も下位の者は別棟に移ってもらっている。魔術師を守るための館でもあるので、敷地内の者はある程度制限しなければならないこともある。
男爵領となれば、大工や木材加工の職人も呼び寄せることになるだろうか。施療院に教会も建てなければならない。
一期生に関しては、ポーション職人となっているものが半分、冒険者として様々な依頼を受ける者が半分、そして、魔武具職人となっているものが約一名の内訳となっている。冒険者には魔装鎧が装備されており、また、リリアルの職員で魔力持ちに関しては、魔装のローブが貸与されている。
これに関しては、衣装の上に重ねて着るもので、防具としてだけではなく、正規のリリアルの構成員であることを示すものである。彼女や伯姪、歩人に祖母、勿論……王妃様や宮中伯に王女殿下も名誉理事・理事長としてローブをお渡ししている。
その素材は、王家の青地にリリアルの紋章である『アコナ』の花をあしらったものであり、イメージは王家の百合の紋章と似ているのである。王妃様・王女様に関してはその組み合わせでローブをデザインしている。宮中伯も伯の紋章との組み合わせとなる。
――― 彼女はリリアルの紋章=アコナなので特に追加はない。はずである。
紋章の大きさや数で学院での位置づけを表しているので、数が多く、また、紋章の大きいものほど高位の存在だと認められることになるのだろうか。
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学院の育成と並行し、ゴブリンの集団や人攫い組織、諸外国からの工作員の排除など……依頼としていくつか受けてきたのであるが、枝葉の処理でしかなく、レヴナント事件以来、大きな組織的な排除は行われていないのである。
「とうとう、男爵になったわね。おめでとう……と言ってもいいかしら」
「この後のデビュタント含めて……色々憂鬱なのだけれども……」
「まあほら、最初は王太子殿下とのダンスでしょ?」
「……あなたはあの方だから気が楽よね」
「あなたの義兄様ね。ふふふ、まあ丁度いいわね」
彼女の姉と伯爵の三男は昨年、正式に婚姻を結ぶこととなった。今後、男子が生まれた場合、子爵家の継承権を与えるという事で、現子爵が生きている間は、子爵家に入ることなく辺境伯の三男として王都で活動することになるのだという。
「リリアルも商会も……王家の『影』の仕事があるから、子爵家の当主との兼務は無理があるものね」
「義兄は法国にも連合王国にも帝国にもある程度知己がいるから、早めに姉と後継者を作ってもらって、その後は海外で活動することも増えそうね」
「そうすると、子爵家で孫の面倒を見る事になるのかしらね」
「そうね。下手をすると、リリアルで預かる可能性があるわね。護身に魔術、商人としての基本的な知識に、貴族としての教育……全部できるじゃない?」
担当は彼女と祖母、茶目栗毛に学院の魔術師と教わる機会はたくさんある。
「……可愛い甥っ子の面倒を見るのも叔母の仕事だから仕方ないよね!!」
「それで、私の婚約とか後回しになるのが最高ね」
「いまのうちに相手を見つけておかないと、変なのしか残らなくならないかな」
「可能性はあるのだけれど、王太子様も婚約者が決まっていないのだから、問題ないんじゃないかしら」
「あの方は、複数の王家から打診があって調整中なのでしょう。まあ、選べるのも問題あるわよね」
法国の中の大公家や神国の王女あたりが妥当なのだろうが、祖国の影響を受ける王妃というのも王家にはマイナスと考えている節がある。国内の同世代の高位貴族には年齢的に釣り合う子女がいないのも選択肢が狭まる理由の一つだ。
「あなたなら、丁度いい年齢なのだろうけどね」
「それはあなたもでしょう」
「年齢だけならね。私は傍流の娘だから……辺境伯家の養女か何かにすれば問題ないんだと思うけどね」
伯姪の実家は男爵家なのであるが、それでは彼女も同じ程度なのだから、差があるとは考えにくい。
「正妃は無理でも、側妃は可能……とかかしらね」
「王家の嫁は無理だよね私たち。魔物も盗賊も殺し過ぎているしね」
アハハと笑う伯姪だが、そういう意味でも冗談でしかありえない嫁入り話なのだと彼女も思う。
「学院の運営だけで手一杯なのはお互い様じゃない」
「そうだね。腕の立つ騎士か魔導士でも婿にもらって学院の教授にでもなってもらうのが良いかもしれないわね」
侯爵伯爵あたりの次男以下で跡を継がない優秀な人がいれば……男爵でも婿入りしてくれるかもしれない。リリアルの場合、最終的に伯爵まで昇爵させて騎士団を自前で保有させるという計画もあるので、間に王家か宮中伯が入れば、十分高位貴族の子弟でも婿にできるだろうと彼女は思う。
「あなたが好みの男性がいればいいけどね」
「好き嫌いはするなと教えられているので、そういうものは無いわね」
「まあ、それはそうかもね。貴族ってそういうものだものね」
結婚は利害で、恋愛は自由にというのが貴族の世界だろう。相手も、彼女にそう言うものを求める事は無い……だろう。たぶん。王家の命令、家同士の関係などで、釣り合う相手がいれば結婚せざるを得ないのがこの世界なのだから。
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男爵となった彼女が最初にしなければならないのは……王妃様へのお礼をつたえることである。式の後、時間をいただき、王妃様にご挨拶へと伺っている。その場には王女殿下と宮中伯が同席していた。
「いよいよ、女男爵ねー 長いようで短い期間だったけど、これで王宮にもどんどん顔を出せるわねー」
「王妃様、お言葉ではございますがリリアル男爵には山のように仕事を与えて居りますので、ご自重ください」
「ふふ、冗談です。でも、王女もあの大きな猪のことが気に入っているのです。顔を出す機会を増やせるといいですね」
「はいお母さま。リリアル男爵にも、いろいろ教えていただきたいこともありますし、わたくしも乗馬がかなり上手くなりましたので、通う事も考えておりますのよ」
姫も十二歳となられ、魔力の操作も高度となっている。誕生日にワンピース型の魔装鎧をねだられているので……応相談中なのだ。どこへ向かっているのだ王女様!
「あのローブは素敵ねー。学院の皆と同じものを身に着けているというのは、うれしいものだわー」
「……それは私たち学院の者も同じ気持ちでございます。王家の庇護の下、王国の平和と発展の為の礎となるものが巣立つ場所として、これからも衷心から務めるつもりでございます」
「いいのよー 一人の孤児が巣立てば、いろんな人が幸せになれるのだから。弱き者こそ、強く育たねばねー」
孤児とは、しがらみのない人間。これが貴族であれば、地縁血縁や貸し借りで身動きが取れないことも多い。また、敵国の貴族とも縁戚がある。孤児にあるのは、自分を必要とする居場所だけだ。それを王妃が用意した。ならば、その居場所を守るために王家を守るのは自然なことだろう。
孤児院の囲い込みは、御神子教の国内での融和政策でもあり、また、教会で発生する宗派対立を緩和する為の行為でもある。これも、国外の勢力……連合王国・帝国に多い原神子信徒と、神国・法国の御神子教徒の対立を王国内に持ち込ませない為の措置でもある。
遠くの親戚より近くの他人戦略とでも言えようか。利害対立に宗教を絡めることで、妥協することが難しい関係性を作らないようすることも王家の役割なのだ。つまるところ、全てにおいて中立・仲裁を行うことができる立場とは、独自に強い戦力を有する王家でなければならない。騎士団とそれに指揮される常備軍、それとは別系統の捜査や情報収集をする組織……リリアルに与えられる裏の意味は、その育成にある。
そこには、騎士団、王都の管理を委ねられる子爵家、ニース辺境伯家のニース商会に彼女のリリアル学院が絡んだ組織となっていく。
王妃様だけでなく、現在、法国・帝国でのグランドツアー中の王太子殿下もそのことを留意し、期待している。とされている。
「王太子も、たまには帰ってきてほしいものねー」
「お兄様にお会いしたら、沢山お話うかがいたいですわー」
王女殿下は連合王国に短期の遊学を考えているという。時期的には数年後、という事になるだろう。レンヌは連合王国とも歴史的に深い関係にあり、縁戚も少なくない。その場合、彼女たちもその護衛として同行する可能性が高い。
「学院の子たちともまた会いたいわー」
「東の村にもまた行きたいですわー」
今はリリアル領となった、あの人攫いの村。南の拠点となるリリアル同様、東の外郭防衛線として機能するように、大規模に拡張がなされつつある。勿論、働いているのは元村人とリリアル関係の孤児院出身者達である。
とはいえ、最終的には元の村の関係者とリリアルの農業訓練施設に、騎士団の駐屯所が組み合わされたものになる予定なのだ。しばらく先になると思われるのだが。
「あなたも、両方見なければならないから大変ねー」
「学院はある程度、教えるというより鍛錬の場となってきておりますので、そこまでではございません。東の村とリリアル学院の街も双方が同じような街づくりを進めていますので、リリアルでの試行錯誤を東の村で生かすことができております」
リリアル-東の村から、今後、リリアル関係者が入植する元廃村の復興計画への拡大が望まれている。村に必要なパン焼き窯や水車小屋、酒場兼宿屋それに、『ニース商会』の支店。この支店網をリリアル関係の村を中心に王都近辺に張り巡らせることも計画の一つだ。
商会の行商人が支店の間を定期的に移動しながら村々を回る。商人も商会の支店の使用人もリリアルの息のかかったもので、情報員を兼ねているとすれば、その効用が理解できるだろうか。ニース商会はニース辺境伯領の為の組織であるが、その背後には王国・王家の安定が不可欠と考えているので当然とも言える。
「まじめに勉強して、身に着けた技術で村を守ったり、商売を通じて王国に貢献してくれるなら、こんなに嬉しいことはないわー」
世襲の使用人が、その仕える貴族を頂点とする王国内王国の民であるとすれば、王家と直接つながる村々が存在することは国内の治安を良くすることも理解できるだろう。
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この一年ほどの間、王都周辺での大きな事件は鳴りを潜めている。王国内で立て続けに人攫いの組織を潰してきた結果、再編中という事もあるだろう。
とはいえ、消えたゴブリンキングの集団は、杳として行方が分からない。
『君と会うと、いつもそんな事ばかりだね。まあ、でも、それが貴族としては当たり前なんだろうね』
「……君主ではないので、この程度で済んでることを喜ぶべきでしょうか」
『まあね。国家の存亡とか裏切りの心配とか、そういうの無くていいんだから喜んでよね』
ポーションを渡しに来たついでに、『伯爵』と情報交換することは今では当り前のことなのである。あの後、騎士団長と宮中伯、彼女の父親である子爵とも何度か『伯爵』は会食したり情報交換の為に顔合わせをしている。
今ではその存在をすっかり隠さなくなっていると言ってもいいだろうか。非公式ではあるものの、とある夜会で王妃様とも顔合わせをしている。王妃様的には是非、『伯爵』の住んでいる屋敷も訪れてみたいという事なのだそうだが……スラムの廃屋に王妃を迎えるわけにもいかないので当然絶賛お断り中だ。
『彼女、上手くやってる?』
「リリアルの子たちと上手くやれています。元々同じ孤児院出身同士ですから。それに……」
彼女がその昔、薬を与えた街娼の娘は、現在、リリアルの使用人に混ざり、使用人教育を受けている最中だ。将来的には……ニース商会の行商人の中に混ざり、活動することも検討している。
リリアル出身の生身の孤児たちは、それなりに「魔力」なり「学力」「技術力」が必要なのだが、街娼になってしまった娘たちにはその枠に入ることができなかった孤児たちなのだ。
『生まれ育ちというのはどうしても仕方ない部分あるから……君たちも孤児院の子全員を救えるわけではないしね。娼婦をする子も必要だってのもわかる。娼婦の子も足を洗って、普通に妻や母をしている子もいるしね。だけど、途中で運悪く死んじゃう子もいる』
「そのまま死ねる子はいいけど、違う人生ってのも経験させてあげるのに、レヴナントになってみるというのも一つの選択肢ではあるのよね」
伯姪も今日は同席している。それほど多くはないが、『伯爵』は今でもレヴナントとなる娘を育てている。最初は『街娼』のまま、そして、本人の意思があり問題がない子であれば。彼女に紹介し何らかの仕事を斡旋してもらっている。それが、使用人としてであったり、商会の下働きであったり、村の酒場の酌婦であったりするのであるが。
「それはそうと、『伯爵』……あなたの存在に関してのお話です。もしかすると『伯爵』はレヴナントというよりは、『リッチ』であるかもしれません」
『……何それ、初耳だね。詳しく説明してもらう事は可能かな?』
死して蘇った者の事を『レヴナント』と王国では古くから呼んでいるのであるが、魔法により自らの肉体を改変し、そこに魂を定着させたものを『リッチ』と称するらしいと最近知ったのである。