第99話 彼女は一先ず王都の人攫いを駆逐する
第99話 彼女は一先ず王都の人攫いを駆逐する
彼女と伯姪は村内を一通り確認し、様子を見に出てきた住人には「賊の討伐中。危険なので家に入り鍵をかけるように。窓も開けないように」と言い、家の中に待機させるようにしていた。
それでも、強引に村を出ようとする者には、賊の死体や捕らえられた賊を見せ、「同じようになりたくなければ家に戻れ」と、優しく説得した。流石に、武器を持った人間が死体を前に促すと、村人は大人しく家へと戻っていった。
空が明るくなり、騎士団の先触れの分隊が村に到着。状況報告と、村長にはある程度事情を説明した旨を伝える。
「……お疲れさまでしたねアリー」
「騎士隊長自ら先触れとは恐れ入ります」
「いや、さっさと仕事を始めたいからね。村の住人を集合させて、後片付けをさせるとしようか」
騎士が村長宅へ行き、しばらくすると、教会の鐘が鳴り始める。広場に村人たちが集まり騎士の姿を見て動揺する者多数。
「皆さん、これから騎士様からお話がありますので、謹んで聞いていただきます」
「村長も前へ、それと、アリーもだ」
『うう、何故私もなのかしら』と内心思いつつ、すました顔で村長を真ん中に三人が並んで立つ。村長に村人が大方揃っているかどうか確認すると、騎士隊長は改めて話を始める。
「今日、我々がこの村を訪れたのは、この村に王国民を拉致し、敵国に奴隷として売り渡している賊が潜伏しているとの情報を得たからだ。その賊と協力者は今の時点ですべて捕らえられるか、討伐されている。そして、三十六人もの被害者を救出することができた。今回は、騎士団から依頼を受けた彼女のパーティーがほぼすべてを担っている。彼女から説明を」
え……と思わなくもなかったのだが、これまでの経緯を簡単に説明する。王都で発生していた暴行事件の犯人が人攫いの一味であったこと。その一味がこの村を潜伏先として利用していたこと。
前日にその組織の本拠地を捜索し、証拠を回収した結果、その翌晩にさらった被害者たちを移動させるだろうと想定し、この村を見張っていたこと。そして……
「残念ながら、門番と盗賊のやり取り、三十六人もの人間を攫って村で秘匿していたこと、何より……村長の屋敷の家具・装飾品が非常に華美であり、上位貴族の屋敷のようであったことから……村ぐるみの犯行であったと判断しています」
不安げな表情から一気に悲鳴と怒号に変わる村人たち。口々に誰とはなく言い訳を始める。誤解だ、俺は私は関係ないと言い始める。彼女に向かい「妖精騎士様」と話しかける者がいる。
「……む、村人を助けてくださるのでは……」
「村人? どこに村人がいるのかしら。私の目には、盗賊とその協力者である敵しか見えないのだけれど」
「い、いえ、あなたは……『妖精騎士』様でしょう。困っている者を助けてくださるという……」
そう、彼女は王家と、王都と王国の民を守ることを是とする家の娘であり、それ故に様々なことを為してきた。
「その通りです。ですので、盗賊である人攫いにより、奴隷にされかけた人たちを助け、その盗賊一味を罰します。あなた方は盗賊一味ですから、当然、討伐の対象となります。それが何か?」
押し黙る村人の中で、勇気ある若者が声を上げる。
「わ、私たちは村長の指示で仕方なく協力していたのです!!」
「そうでしょうね。村長は取り調べの後、公開処刑でしょう。それでも実際、あなた方は黙って協力し、分け前を受け取ったのでしょう。違いますか」
大きな声を上げて反論した若者が黙り込む。
「あなた方は、王都の騎士団に知らせることも、代官に訴えることもできたはずですが、実際には分け前を受け取ったのです。逆らえなかった? いいえ、違います。あなた方は、誰かが不幸になることで自分たちが幸せなることを是としたのです。同じ王国の民を虐げるのは、敵国以上の害悪です」
彼女は続ける。最初から敵であれば、捕虜になったとしても対価を払う事で自由になることもできるし、交換で返されることもある。だが、味方を裏切り敵に内通したものがどういう処罰を受けるか考えれば、それが村長の指示?自分たちは責任がない? ないのはせいぜい年端もいかない子供たちだけですよと続ける。
「同じ王国の、同じような民を売る手伝いをして利益を得て、幸せになっていること自体が罪なのですが、そう考えることができれば、誰かしら訴えるものがいたでしょうね。残念です」
彼女は、これ以上の問答は不要だとばかりに話を切り上げた。
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騎士団本体がまもなく到着すると、樽から出された被害者を治療師薬師たちが確認をし始める。多少体調の悪いものはいるものの、重篤な被害者がいないのは、若い女性ばかりであったことも理由の一つだろう。
最初の馬車で救出された被害者に、捕らえて手かせ足かせを付けられた賊が馬車につながれ王都へと去っていく。
次に、村の男たちが手かせをはめられ、馬車へと繋がれる。もはや、言い訳する者もおらず、数十人の騎士にそれぞれ縛り上げられ馬車へと繋がれる。一部の騎士は村長宅へ行き、商会同様、書類関係の押収を行っている。また、別の分隊は被害者が収容されていた小屋も捜索しているが、どちらかというと、被害者が乗せられていた馬車に必要な証拠が揃っていたようであり、小屋には
大したものがなかったのだが、酷い暴行を受けた末、亡くなったであろう女性の遺体が存在していた。
女性と子供に関しては、成人している者は騎士団で収容、それ以外は孤児院で一時的に保護することになる。親の刑が決まるまではそこで生活することになるだろうか。とはいえ、男親は全員有期奴隷以上の処罰となるだろうから、今の村での生活とは全く異なる人生が待っている。
「家族バラバラか……」
「仕方ないわよね。攫われた方達にも家族はあったでしょうし……無かったとしても、人生はこの村の人間以上に狂わされたのだから。この村びとに文句を言う資格はないでしょう」
「孤児も悪くないよ。早目の独り立ちだと思えばさ。むしろ、後を継ぐ者がない次男三男は孤児院で勉強した方が兄貴の農奴みたいな生活するよりよっぽどましじゃないかと俺は思います」
青目蒼髪が珍しく自己主張をしている。彼はそういう幼少時代を過ごしてきたのかどうかはわからないが、一理ある主張だとは思う。とはいえ、七歳に満たない子たちには可哀そうな思いを感じるが。
彼女たちは完了の認めを騎士隊長にもらい、馬車組はそのまま学院に帰ることに、彼女と伯姪は冒険者ギルドに依頼達成の報告に向かう事にした。
「今日は子爵邸で寝てもいいわよね」
「この二日間は疲れたわね。ゆっくり寝かせてもらいましょうか」
馬の背に乗りうつらうつらしつつ、二人は王都に向かうのであった。
冒険者ギルドでは、既に騎士団から先触れがあったようで二人が到着すると、ギルマス室にそのまま通された。疲れ切った顔の二人を見て、ギルマスはお茶を勧める。
「騎士団から連絡貰ってるんだが、一応完了報告書を出してもらえるか」
騎士隊長の署名入りの書類を机の上に出し、それを受け取ったギルマスが「確かに」と答える。
「しっかし、王都にも人身売買組織があって、堂々と活動しているとはな」
「いるでしょうね。いない理由がありませんから。今回はたまたま抑えられましたけれど、他にも別の手口で攫っているもの達もいるでしょう」
「孤児院出身の成人したての子とか……甘い誘いに乗って連れ去られていそうな気もするんだよね」
『街娼』にならざるをえない孤児もいれば、奴隷にされてしまう孤児もいるだろう。守ってくれるものがいないゆえに、起こりやすく狙われやすい。
「何とかしたいわね」
「何とかする為のリリアルでしょ」
「冒険者ギルドも……見習い制度とかで、なんとかしてやりてぇな。守ることのできるところはな」
只の孤児ではなく、冒険者見習の孤児であれば、社会とのつながりも多くなって行く。仕事で関わる人が多ければ、騙されにくく甘い誘いも断れるようになるだろうか。
「あー アリーよ」
「……なんでしょうか」
「このまま依頼を指名で受けると、すぐに薄青になっちまうけど構わないか?」
ギルマス曰く、本人は冒険者としての等級を上げたくないという意思表示を最初にしているので、考慮するかどうかの確認をしたいのだそうだ。
「メイも、まあ薄赤には今回の件で昇格するし、アリーはあと二、三度指名依頼を受ければ薄青になるんだが」
「……騎士団や王家の依頼を断るわけにはまいりませんので。今後は、できうる範囲で私以外のリリアルのメンバーで受けることも検討します」
「そうすると、あなたの昇格の査定にはかからないものね」
「指名の場合は査定に入っちまうけどな。とはいえ、紫等級の依頼なんてのは未曽有の国難みたいな依頼になるから、そこは考えないでいい気がするけどな」
「……考えたくないですね。命がいくつあっても……足らない気がします」
どのような対応が必要なのだろうか……
「参考までに、過去の事案を教えていただけますでしょうか」
「そうね、紫の指名依頼ってどんなものがあるのかしら」
「『吸血鬼もしくは狼男の討伐。族滅』とか、敵の貴族の首を取る……とかになるな。詳しくは何時誰がってのは教えられないけど、それなりだな」
暗殺者じゃないのかと思うのだが、戦場や反乱発生時に敵の指導者を冒険者が倒すというのは指名依頼としてはあり得るのだという。
「その場合、相手も同格以上の冒険者を配置していたりするから、そこで命を落とす場合もある」
「……断ってもいいんですよね……そういうの」
「相手次第だな。国家存亡の危機に断れるお前たちじゃないだろうから、その時は頼まれてもらうしかないだろう」
それはそうか……と彼女も思わないでもないのであった。
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その後、王家から東の村に関して……『リリアル男爵の代官地とする』という詔勅があったのは少々彼女にとって衝撃であった。
むろん、成人までは子爵家が代官をするのだが、住民がほぼいなくなった状態で、どのように対応するのかという問題があるだろう。これに関しては、村の住民を有期の奴隷身分とし、主犯格の村長ら幹部以外は村の奴隷として生活をそのまま保障することとなった。
また、周辺の森を新たに開墾することを命じ、リリアルに子供を『孤児』として収容し、農作業の技術習得を行わせることにした。今まで、王都の孤児が就農することが難しかったのだが、全員を奴隷とした『東リリアル村』で営農を経験させ、集団で廃村となった王都近郊の村の復興に当たらせる政策を立ち上げる事にしたのである。
つまり、孤児院からリリアル農学校、そして東の奴隷村で営農経験を積んだ者が、集団で廃村となった場所に移動する。そこで、孤児が自営農家として家も土地も持てる政策を行うという事なのだ。
その場合、新しい村は「リリアル男爵」の領地となり、経営を彼女がしなければならなくなるのである。うん、とても大変そうなのだ。
「孤児の優秀な子の中から、村の役人を育てないといけないわよね……」
「実際、リリアルのひも付きになるのだから、継続して関係が発生するからね。子供たちは目標ができるから良いかもしれないけれどね」
村には鍛冶屋や大工も必要であるし、教会もあるだろう。職人として仕事をする先も増えるという事だ。
「薬師に施療院もあれば、近隣のリリアル領以外の村とも交流するのに良い効果があるわよね」
「飛び地であるし、孤児の集団移住は抵抗あるかもしれないもの。何らかの取引手段があれば、それも緩和されるでしょうね」
「鍛冶屋はいるけど、次は大工に施療院に宿屋に酒場兼食堂も必要よね!!」
「この学院の周りの街から、株分けして村を立て直すということは、悪いことではないでしょう。孤児の受け皿がその子たちがいたかもしれない廃村というのは悪くないと思うわ」
まずは、今回の東の村の立て直しから始まるのだろう。王妃様も彼女たちがどの程度実際の村づくりができるのか、力を見てみたいというのはあると思われる。
リリアル学院の傍に、「東村寮」が完成。ここは当初、人攫い事件で全員奴隷とされた村人の子供が孤児として収容される寮である。そこで、リリアル学院の畑を耕し、リリアル出身の孤児として村に戻されるのである。勿論、その中には王都の孤児院出身の子供も加わっていくことになる。
今のところは十人を超える程度の人数だが、徐々に希望者を孤児院から募ることにしている。それでも、魔力の有無は必要ないのでそれなりの応募となるだろう。その場合、体力・読み書き計算の考査を行い、一定人数を受け入れる事になる。
鍛冶屋の弟子を何人かと、使用人見習いも同様に受け入れる事になっている。当面は老土夫と新たに設けられる宿屋兼食堂兼酒場の雑用を行う事になるのであるが、育てば東村の宿屋を任されるものも出てくるようになるし、王都での就職も『リリアル出身者』として口利きをすることになるだろう。
リリアル出身の互助組織も立ち上げたいと考えている。その中で、情報が集まる関係を築いていければと思うのだ。伯姪を共犯者にして。
「孤児であることがハンディにならないようにしたいわね」
「とはいえ既存のギルドとは利害対立することになるから、王都に食い込むのは難しいわね。王都や領都のような大きな街の職業ギルドに入らない、村落中心に活動していく方がいいんじゃないかな」
そういう意味では、都市から零れ落ちる孤児を救い上げ、王国内の復興に活躍してもらえるのは、悪いことではない。一度失った経験のある彼らは、自分たちの生活圏を守ることにどん欲になるだろう。
今の段階では、考えるだけで何一つ……とは言わないが様々なやりたいことが渦巻いているだけなのだが、やらないと……仕事がちっとも減らないので周りを巻き込みつつ、頑張らねばならない。
「未来の男爵様は、色々大変ね」
「……おかしいわ……商人の妻として帳簿とにらめっこして、子育てして、たまに取引契約なんか旦那の代わりにする……くらいの人生だったはずなのに。何故、こうなったのかしら……」
『主には、王都を守った者たちの血が流れておりますからな』
『しょうがねぇんだよ、あいつの血が流れてるんだから。後先考えるほど、賢くねぇんだよ。ま、それが魅力なんだけどな!』
伯姪は他人事のように笑い、『猫』も『魔剣』も通常運転だ。彼女は深く溜息をつくと、取り合えず受け入れる孤児たちの資料を手に取り、読み始める。その書類は……うずたかい山のようにいくつも綴られている。
「随分と沢山あるのよね……セバスにやらせようかしら」
ついつい、誰かに任せたくなるのだが、一人一人の人生の掛かった書類なので、あまりいい加減なことはしたくない。どうしようかと悩む。
「やめておいた方が良いわよ、あいついい加減だから。私も手伝うわよ、半分よこしなさい。その代わり……」
「ワインを差し入れるわ。一樽でいいかしら」
「……そんなに要らないけど……もらえるものは貰っておこうかしらね!!」
こうして、夜更けまで二人は学院長室で書類を読み続けるのであった。
これにて第十一幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第一部完結。第二部は数日後に投稿開始いたします。投稿間隔は隔日になる予定です。
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