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第96話 彼女はレヴナントの人攫いと対峙する

第96話 彼女はレヴナントの人攫いと対峙する


 彼女が挑発し、男が怒鳴るように言葉を返す。


「それで、街娼の娘たちに暴力を振るっていたわけね」

『俺が金払って買ったもの、どう扱おうと関係ねぇだろう。うるせえんだよ』

「あなた、見た目も愚か者だけれども中身も愚か者なのね」

『なんだと!!』

「あなたを殺した『伯爵』がよろしく言っていたわ。捻ってあげるからかかってきなさい」


 レヴナント、意外と大声である。『伯爵』の名前を出しさらに挑発する。


「あなたが買ったのは、そのひと時女性を抱く権利であって、生殺与奪の権を与えられたわけじゃないのよ。つまり、あなたの相手をするならお金を払って貰わなければ嫌だという意思表示なのよ。ね、馬鹿でしょあなた」


 街娼や娼婦はお金を払ってその対価としてひと時身をゆだねる。仮初の妻であるが、奴隷ではないのだ。それに、奴隷であったとしてもその健康を保つために主人は最善を尽くす。奴隷は資産であり、十全に管理されていなければならない。


「よほど惨めな人生であったのね。だから、自分より弱いものを虐げて、それで自分より下の存在を必要としていたわけなのよ」

『う、うるせぇ!! てめぇみてぇなガキに何がわかるってんだ!!!』

「わかるわよ。これでも王都を守る貴族の娘ですもの。それに、今では孤児の面倒も見てるの。それは多少歪んでいる子もいるけれど、あなたのように自分を惨めだと思っている子はいないわね」


 レヴナントの男は立ち上がり、目の前の机を殴りつける。机は音を立てて割れたようだ。


『は、知ったような口きいてんじゃねえよ。お貴族様の娘が。そんな舐めた口きけるのも今のうちだ。女は男にはかなわねぇんだよ』

「そんな素晴らしい男性であるあなたは、何故、不死者になったのかしら?まさか、女の子のレヴナントに暴力振るって返り討ちにあったりしたのではないでしょうね」


 沈黙が訪れる。彼女は『伯爵』から経緯を聞いているので、当然この男が生前何をして不死者になったのかは重々承知している。


『今の俺は無敵なんだよ。騎士団だって目じゃねえ』

「あなた、うちの飼い『猫』にだって勝てないわよ。騎士団も……そうね、平騎士なら勝てるかもしれないけれど、魔力持ちの騎士には全然かなわないと思うわよ」

『なら、ここでお前を八つ裂きにして、猫もひねりつぶしてやるから覚悟しな』


 この口げんかめいたことがいつまで続くのかと少々うんざりしているのであるが、そろそろ本題に入るとしようか。


「私を八つ裂きにすると、お金にならないのではないかしら。人攫いなのでしょう」

『商品として帳簿に乗ってなきゃノーカンだ。お前をどうしようが俺の勝手。だから、安心して死ね』

「そうね、そうできると良いわね。いつもお留守番で寂しいものね。そうやって頭の中で女くらいには勝てないと、傷ついてしまうもの、仕方がないわね」

『は、そうかよ。まあ、お前の目的は攫われた女たちの回収だろうが、そいつらここにはいねえぞ』


 勝ち誇ってそう告げるレヴナントの男に彼女は言い返す。


「そうね、王都の東にある村の倉庫に隠してあるんでしょ? その倉庫から樽に詰めて王都に持ち込む。ここで棺桶に積み替えて墓地に運び、地下墳墓で再び樽に乗せ換えて地下水道から川で待機する仲間に攫った女性たちを渡す。船で河口まで行き、そこから別の船に乗せ換えて外国に売る。そうでしょう」

『……てめぇ、どうして知ってるんだ』

「知ったのは今よ。集めた証拠からの推測をあなたに聞かせて確認したのよ」


 レヴナントの顔がゆがむ。死んでも表情は変えられるようだ。


「この運送業者、昼間から馬車が動いていないのに、不自然なものの動きをさせているから、騎士団や王都の商会からおかしいって目を付けられているのよ。それで、内偵が入って今日私が確認しに来たというわけね」

『でも、お前がここで消えれば……振出しに戻るだろ』

「消える? あなたの脳内ではイリュージョンでも発生しているのかしら」

『はっ、いいだろう、その細い首、胴体から引き抜いてやるよ』


 立ち上がるレヴナントに向かい、彼女の横を大きな何かが通り抜ける。


『Grwooooo!!!』


 その灰色がかった『猫』は、レヴナントの男の倍以上はある大きさであった。


『なんだこいつ、どこから出てきた!!』


 前足を振り払うと、背後の壁に叩きつけられる。そして、おもむろに二本の足が食いちぎられるものの、レヴナント故に怒号を上げるばかりなのである。


『ふざけるな!! なんで部屋の中に虎がいるんだ』

「虎ではないわ、私の僕である『猫』の妖精よ」

『初めましてゴミ屑。我が主に、随分と不敬を働きましたね。好きに嬲って良いと言われているので、少々遊ばせてもらいますよ』


 膝から下を両足食いちぎられたそれは、腕を振り回しながら、なんとか『猫』に反撃しようとするが、虎ほどもある妖精猫に太刀打ちできるはずもないのだ。


 爪を出した前足で両手と顔を引っかれるたびに、指や髪や皮膚が削り取られる。もうすでに、口の形も歪んでしまい、まともに言葉を返せる状態ではないようだ。


 すっかりズタボロとなったレヴナントを見て、一旦『猫』に待ての指示を出す。顔もズタズタに引き裂かれて、すっかり名実ともに人間離れしてしまったようだ。


「気分はどう?」

『ブッコロス!!』

「ふふ、あなたには無理よ。私の飼い猫にも手も足も出ないじゃない。もしかして飼い主の方が弱いとでも思っているのかしら……本当に愚かな男ね」

『フザケンナ! チャント勝負シロ』

「あなた、か弱い女性や子供に一方的に暴力振るってきたのでしょう。違うのかしら」


 彼女の言葉に沈黙で返すレヴナント。


「自分が不利なら文句を言い、有利なときは調子に乗るってどれだけ程度が低いのかしらね。幼児並みね」

『ウルセェ!!』

「煩いのはあなたよ。用事は済んだから、後は証拠を探して持ち帰りましょうか」


 レヴナントの男に聞こえるように告げると、男の視線がとある壁に向かうのを確認する。


「教えてくれてありがとう。そうね、お礼に良い事を考えたわ」


 そういうと、彼女は『魔剣』を取り出し、肩と脚の付け根から四股の残りを斬り落とす。


『ナニシヤガル』

「これからするのよ。黙っていなさい」

『よお、随分とカッコよくなったなお前。死にぞこないが本格的に死ぬ……いや、殺されるんだよ』

『ドウイウイミダ』

「この後あなたは『伯爵』の元に返されるの。そこで多分、魂が消えるまで街娼の女の子たちのサンドバッグになるのよ。どう、素敵でしょ」

『……ヤメロ』

「何か言った。何も聞こえないわ。あなた、泣いて許しを請う女の子に暴力を振るうの辞めたことなんてないのではないかしら。だから、辞める理由が無いわ」

『ヤメテクレ』

「魂が消える前に、一人でも多くの子があなたに仕返しすることを願うわ。そうすれば、魂がちゃんと消えるかもしれない。伯爵には私の魔力のこもったポーションを渡すから、あなた、なかなか消えられないかもしれないわね」

『アアアアアアアア!!!!!』


 さて仕事をしましょうとばかりに、彼女は隠し扉のあると思われる壁に向かった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その部屋は、二つの部屋の間に作られた1mほどの壁と壁に挟まれた空間であり、隠し部屋であった。木箱や棚に様々な書類が綴じられて保管されている。


『いろいろありそうだな』

「片端から魔法袋に入れてしまいましょうか」


 レヴナント男略してレヴオが静かなのは、口に布を噛ませているからだ。手足をもがれても何ら問題ないのは死体を使ったゴーレムだからだろうか。


『しっかし、随分とたくさん契約書みたいなものがあるな。あとは……』

「会頭の机の中身もみないただいていきましょうか」

『わからなくなると困るから、この箱にまとめるか。何だか強盗みたいだな』

「強盗? 強制捜査よ、許可はないから無許可強制調査になるのかしら」


 身体強化した上で魔法袋にどんどん中身を放り込み、最終的にはレヴオをどうするかだけになる。


『燃やす……とか?』

『咥えて参りましょうか主』

 

『猫』の提案が無難だと判断し、彼女は商会を後にする。大きくなった『猫』に少々驚く伯姪だが、半妖精であることは伝えてあるので、大きく騒ぐことはない。


「証拠は見つかった?」

「ある書類全部持ってきたわ。商会の会頭の部屋とその隠し部屋の書類を全部持ち出したの。あとは、騎士団に調査はお任せすることにするわ」

「相変わらず、大雑把だね。でも、選ぶ時間もないから、それでいいか。で、その咥えられてるのは例のアンデッド?」


 虎髭の中年の男の胴体とかなりズタズタを横目に、伯姪がきく。


「殺すのは簡単なのだけれど、反省と後悔が不足しているのその男」

「まあ、こういうのはそうだよね。死んでも馬鹿は治らないからね」


 ウーウー煩いので、『猫』が地面にたたきつけ踏みつける。とはいえ、痛みは余り感じない存在なので顔が地面を向いているというだけではある。


「どうしようかしら」

「『伯爵』に返したら? それと、聞き出せることは何でも聞き出したいじゃない」

「レヴナントの子たちの憂さ晴らしになるなら、サンドバックにするのもいいかとは思っているのよ」

「学院の生徒の稽古用にどうかな。鎧を着せて木人代わりにさ」

「……いいわね。悪人の顔になれる必要もあるのだから。容赦なく叩きのめす練習になるわね」

「叫んだりするしね。いいと思うわ。死人だから殺人にはならないからね」


 度胸を付けるために死人を使った試し斬りをしたりすることもある。ゴブリンや猪は散々殺しているが、人間に類するものは経験がない者が大半だ。しばらく魔力を与えて、学院の備品として活用するのもありだろう。


「あなたは子爵邸にそれを持って帰ってちょうだい。『猫』に運ばせるわ」

「あなたはどうするの?」

「先に騎士団本部に証拠を提出して、馬を借りる相談だけ済ませておきたいの。明日には気が付かれるから、奴隷用の人を倉庫から移動させるのは明日の晩でしょう? 明日ある程度、決着をつけたいのよ」

「……わかったわ」


 彼女と伯姪は別れ、彼女は騎士団本部へと向かう。


 騎士団本部は不夜城であり、夜番の騎士たちも詰めている。正門に詰めている騎士は、彼女と面識がある者であった。


「こんばんはアリー。急ぎの用事みたいだね」

「騎士団から冒険者ギルド経由で受けていた通り魔の件、証拠の書類を回収してまいりました。どこか、その書類を並べる会議室のような場所をお願いしたいのですが」

「……わかった。小隊長を呼んでくるのでちょっと待っててもらえるか」


 数分ほど正門前の詰め所で待機していると、レンヌに同行した際の護衛隊の小隊長と、隊長が姿を現した。


「早速、証拠を押さえたか」

「レンヌと同じ手口ですが、今回は王都外の村に攫った人を置いているようです。活動拠点の商会に侵入し、実行犯の一味のレヴナントを捕縛、隠し部屋にあった人身売買の取引書類と思わしきもの一式を回収しております」

「そうか。内偵を進めていたが……魔力でレヴナントを追跡できる分、お前には負けたってことだな」

「そのようです」

「では、大き目の会議室に案内する。騎士団長には先触れを俺から出しておく。これからの予定はどうするんだ」


 一旦、明日の日中リリアルに戻り、明日の夜、人攫いの倉庫のある村を強襲する予定であることを告げる。


「騎士団で人を出す必要はあるか?」

「朝に、馬車と治療士と護送する為の騎士の小隊を派遣していただけますでしょうか。村の責任者、組織の人間、助け出した人を王都に運ぶ必要がありますので」

「ああ、では、侵入自体は依頼の範疇で受けるわけだな」

「そのつもりです。一応、事件を起こしていたであろう犯人であるレヴナントは無力化しているのですが、少々話せる状態ではないので、こちらである程度回復させてからお渡しするつもりです」

「いや、騎士団ではアンデッドは扱えないし、魔術師も門外漢だから、そちらでいいように情報を聞き出してくれる方が良いな」

「承知しました」


 会議室への案内の道すがら、簡単に話を進めておく。会議室は五十人は座れそうな広さの場所であり、実際、それだけのテーブルと椅子が食堂のように並んでいる。


「ここでいいか」

「では、机の上に順に並べていきますので、手分けして内容を確認していただけますでしょうか」

「おい、夜番で仮眠中の騎士を全員起こしてくれ。それと、筆記具だ。内容を仕分けしながら、大事なものは付箋を付けていくぞ」

「「「はい!!」」


 隊長の命令一下、数人の騎士がその場を離れていく。彼女は次から次へと書類の入った木箱を並べていく。その数は約二十といったところだ。


「この箱は会頭の机の引き出しの中身全てです」

「……お前がいると、がさ入れ楽でいいな……」

「冒険者ギルドに依頼をいただければ、応援を出しますのでよろしくお願いします」


 魔法袋を持っている騎士が少ないのは、容量的に大きなものを扱えるほど、魔力を持っていないからでもある。近衛や魔導騎士には身体強化以上の魔力を使えるものがいて、魔法袋はある程度使われているのだが、騎士団の場合、必要な時は王宮魔術師に頼んでいるのだという。


「それでも、この数分の一だな。一人でこれだけというのはあまりいない」


 魔力量だけなら癖毛や黒目黒髪も大きいので、そういう場所に連れて行くのもありだろうし、大型の魔法袋を学院で用意することも検討していいだろう。


「では、この時間では明日の朝になるでしょうが、東の村への騎士団派遣の件お願いします」

「間違いなく。俺が指揮するから、安心してくれ」

「……ありがとうございます」


 真夜中過ぎでも元気のよい元護衛隊長……騎士団って大変だと彼女は思いつつ、子爵家への帰路を急ぐのであった。





『さて、明日も夜更かしだな』

「実質今日ね。少し遅く起きて、午後に移動して準備して明るい間に、東の村まで移動して周囲を確認しておきたいわね」


 数時間は寝ないと、二日徹夜になりかねないので朝寝をしようと考える。明日は馬車でリリアルに戻り、茶目栗毛と伯姪の三人で再び、夕方暗くなる前に、目的の場所まで移動しなければならないだろう。


『夜逃げの準備で大わらわだろうぜ』

「いえ、村にいるのは使い捨ての下っ端でしょうから、実際は商会にいる幹部を捕捉してくれるかどうかの方が心配ね」

『さっきの話で、密偵は屋敷に張り付くだろうし、拠点さえ潰せばしばらくは人攫いもできねぇだろうから……一息つけるだろうさ』


 王国の敵と通じている王都の民は、果たして彼女が守るべき対象なのかどうかということを少々考えたりすることはない。


「明日は、村の責任者以外捕虜はとらなくていいわよね」

『ヌーベの山賊が村に潜んでいると思えばいいんじゃねえの。撫で斬りで問題ないだろうさ。村人含めてな』

「……そこは騎士団の判断に委ねましょう。皆が密告し合うでしょうけど……仕方ないわね」


 村人がまるっと入れ替わるかもしれないと彼女は考えるのであった。





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