表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/983

第10話 彼女は肩の荷を下ろす……はずだった

第10話 彼女は肩の荷を下ろす……はずだった


 彼女にはささやかな夢があった。それは、実現可能であり、年相応なロマンティックな少女趣味と言えるものであった。


 彼女とて夢を見ないわけではない。例えば、大商会の跡取りとは言え都の本店でふんぞり返っているようでは先のない商会だろう。祖父の代でなりあがった彼の家は、若い頃夫婦二人で数年行商を行うことが通過儀礼となっていたりする。


『なんだかロマンチックなこと考えてるんだな』

「そのくらいの夢を持っても罰は当たらないでしょう」


 彼女たちが訪れる小さな町や村は年に1度訪れる彼女たちを楽しみにしているのだ。


「採取した素材で薬を作ってそこで売るか物々交換するのよ」


 錬金術師はおろか、薬師もいない辺境の寒村で彼女がもたらす薬は命を救うものなのだろう。どの村でも歓迎されるのだ。


「そこで珍しい素材を集めて王都で卸すの。勿論、冒険者ギルドに持ち込むわ」


 商業ギルドでは鞘をたっぷり抜かれるが、冒険者ギルドは消費するものに近いのでそこまでではないのだ。ポーション一つとってもわかるだろう。


「王都で流行りの服や質の良い刃物なんかを買って……また訪れるのよ」


 時には魔物や野盗に襲われることもあるだろうが、彼女の冒険者・魔術師としての本領が生かされることになるだろう。いざとなれば旦那と貴重品くらいは守り抜いて見せる。魔法の袋もあるのだから。


『ダンナも駆け出し冒険者くらいはなってほしいもんだな』

「まあ、護衛ができるくらいの腕であれば言うことなしね」


 多少剣が使え、時間稼ぎか自衛はして欲しい。その間に、彼女が始末するからだ。数年して王都に戻り、そして子供が生まれ、若夫婦として本店を切り盛りする。子供が大きくなれば、また夫婦で行商に行くのも……良いかもしれない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『おい、現実に戻ってこいよ』


 魔剣の声にふと我に返ると、ここは王宮の控室であった。





 彼女は村から戻った後泥のように眠り、翌日も昼食まで眠っていたのである。流石に魔力も体力も限界となった彼女は、そうせざるを得なかったのだ。


 昼食を部屋に運んでもらい済ませると、午後は冒険者ギルドに報告へ向かうことにしていた。昨日、野伏と女僧とは馬車の中で寝落ちする前にそう約束していたのである。


 ワンピース姿でギルドを訪れた彼女を目ざとく見つけた顔なじみの受付嬢が、周りに気が付かれないうちに2階のマスタールームへといざなう。日頃の冒険者の装いではないので、依頼人かと思われて、数少ない冒険者たちには気が付かれなかったようなのではあるのだが。


 マスターの執務室では、彼女を出迎えるマスターの姿が見られた。それは冒険者とマスターという関係ではなく、子爵令嬢に対するそれである。


「よく御無事で戻られました。報告を聞いた時には、胆が冷えましたが」


 おそらく、この最初の一言が、彼の言いたかったことの大半であろう。


「ご心配をおかけしましたが、無事帰ることが出来ました。また、代官の娘として王に対する責を果たすことが出来ましたこと、嬉しく思っています」


 令嬢の返礼に、マスターも珍しく笑顔で答える。受付嬢が淹れてくれた紅茶を飲みながら、今後についての報告を行う。


「……キングの率いる群れが騎士団の先発隊を襲って行方不明……か。その話は聞こえてこないな」

「そうですか……」


 騎士団のメンツがある。ゴブリンに殲滅され影も形も見えないなどと、口が裂けても言えないだろう。とはいうものの、生き残ったゴブリンを吸収し50匹以上のキングが率いる群れが王都周辺に潜伏しているはずなのである。


「商業ギルドに薬師ギルドには話を伝える。騎士団からは出てこないだろうな」

「ええ、そう思います。生き残りのゴブリンを掃討はしたようですが、数が少ないので。おそらく、脅威の元はそのままだと思われます」


 少数とはいえ罠にはめて騎士団を殲滅する相手が、そうそう尻尾をつかませるとは思えない。考えるに、今回は威力偵察を兼ねた村への襲撃であったのだろう。大規模な防御施設を備えた村落を襲うことが可能かどうか。キングの子飼いを使うことなく、言葉巧みに二つの群れを誘導し彼女たちにぶつけたのだろう。


「複数の上位種率いる群れを吸収した可能性か……」

「キングに協力もしくは賛同するが、別々の群れが共同で襲撃に参加したように見えました。連携も不十分でしたし、それぞれの上位種が好きに攻め立ててきたようです」

「それと……やはりゴブリンは魔術師を食べることで魔術を使えるようになる……か」


 確定ではないがそう見て取れる現象はあった。おそらく、冒険者や騎士団に参加する魔術師は優先的に狙われ、おいしく頂かれることになるだろう。消えた先遣隊には1名の宮廷魔法士が含まれていたようである。


 とはいえ、詠唱を伴う魔法は発声ができないゴブリンには難しいので、宮廷魔法士らしい魔法は使用できないと思われる。とはいえ、通常の魔術はゴブリンの能力で減退したとしても冒険者からすれば脅威だろうし、襲われる村からすれば考えられないことだといえる。


「魔狼の群れはどうしたのか、話せる範囲で頼む」


 彼女は騎士団に説明した内容より、事実に近い内容で話をすることにした。


「なるほどな。熊除けの油か……」

「熊であれば動きが緩慢なのでうまく命中させられるのですが、魔狼は素早さも危険度も高いので、工夫が必要となるでしょう」


 魔力で身体能力を強化したり、魔術で油球を形成して鼻面にぶつけるというのはなかなかに難しい。柵越しに叩きつけるくらいはできるかもしれないので、何も手がないよりはましだろうけれども。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ギルドに報告を終え家に戻ると、王宮からの使者を迎えると先触れがきており、彼女も母も姉も着替えて使者の到着を待つことになったのである。まさかそんな大事になるとは思っていなかった彼女は、少々面喰らってしまっていた。


 母と姉は「なにかしら?」とか「名誉なことですわねお母様」などと話しているのであるが、恐らく当事者であろう彼女は憂鬱であった。


 その後、父は珍しく早くに戻ってきた。先触れは父の職場にも訪れたのだそうで、使者を迎えるために戻ってきたのである。顔を合わせるとそうそうに父の書斎に呼ばれることになった。


「お前がなにをしたのか、簡単に説明してくれるか」

「はい、お父様」


 彼女は騎士団に説明した内容をかいつまんで説明した。なぜなら、王宮から使者が来るとすれば、その内容に対してのことに相違ないからである。


「そうか。子爵家として代官の娘としてよくやった。譴責であれば先触れはない。おそらく、今回の件に関してお褒めの言葉を賜るのだろう」


 使者にあって返事をするだけでいいだろうとは思ったものの、彼女には王宮に呼ばれた際に着るドレスがないことに気が付いたのである。姉なら社交に出ているので問題ないのだが、彼女は成人前であり、ドレスもさほどもっておらず、まして、王の御前に罷りでるためのそれなりのものなどもっていないのである。普段着や街着はたくさんあるのだが。


 と、なにを着ていけばいいかと悩んでいると、使者の到着を告げる声が聞こえてくる。すでに二人以外は入口で使者の到来を待ち受けている。


 使者に挨拶をし、応接間にお通しする。王の代理であるので当然上座に案内する。子爵家が揃い使者の言葉を待つ。


「陛下からのお言葉を伝える……」


 使者曰く、王家の代官としての務めを果たした子爵家とその娘に対し、国王自ら謁見し、直接お褒めの言葉をくださるというのである。


『お!王様に会うのか。大変だな』


 魔剣が呟くものの、とりあえず会えばいいのかとだけ彼女は思ったのだが、どうやら家族の様子が奇怪しいのでそれとなく後で話を聞いてみることにしようかと思うのである。





 使者が立ち去り、家族4人で少々遅いが夕食の時間となる。


「国王陛下との謁見か。相応しいドレスを仕立てなければならないな」

「そうですわね。デビュタントもまだですもの、用意がございませんわ」

「陛下のお言葉を直接賜るのであれば、叙爵もありえるよね」

「……えっ……」


 少々異なるのであるが、本来部屋住みである次女が国王と謁見する機会などないのである。故に、身分的に次期子爵(姉の場合、婿を取ることで夫人となるかもしれないが)である長女はともかく、妹が国王陛下とあう場合、騎士爵程度にはしなければならないのである。


「一家を立てさせることになるのか」

「とはいえ、未成年ですもの。子爵家預かりなのではないかな」


 父の言葉に姉が答える。13歳の彼女は成人までは子爵の庇護下にあるわけで、騎士爵家を持たせてもらうとしても、まだ先の話である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 それから数日は、ドレスの仮縫いだ身につけるアクセサリーだ、美容に髪の毛のカットやらアレンジ、マナーの復習に謁見の際の儀礼的な練習を何度も繰り返させられ、村で過ごしたあの日同様、いやそれ以上に彼女は疲れ果てていた。


「なんで私がこんな目に……」

『しかたねぇだろ。簡単に王様に会わせちゃもらえねえんだよ。お前の扱いが子爵の家でも変わるから、それは覚悟しておいた方がいいぞ』

「そうなのね……」


 国王陛下が子爵家の成り立ちを思い出してしまうかもしれないのだ。国と民を守るため亡くなった騎士と妻の家柄であることを。そのことを大切にするのであれば、伝説を再現した彼女の存在を放っておくことはできないからだ。


『今は良いが、デビュタントの後は大変だと思うぞ』

「商家は無理かしらね……」

『国王陛下のお目見えである騎士様を妻に迎えるには家格が低すぎるな。最低でも伯爵だろうな』

「……それは姉さんが望んでいることじゃない……」


 彼女の母と姉の願いは、辺境伯か侯爵の正妻である。それが、姉を支える資金源づくりに活躍するはずであった妹が収まってしまうのは面白くないと思われるかもしれない。


「なるようにしかならないわね……」

『そうだな。とは言え、冒険者は続けられるだろうな』

「何故かしら。騎士爵になるのよね?」


 騎士爵と騎士は異なる立場である。騎士でも爵位を持たない者はいるし、その逆も大いにある。騎士爵というのは、王の家臣として目覚ましい活躍をした平民を叙するものであり、一代限りなのが基本だ。親子で騎士爵だとしても、個人が叙されているのだ。


『騎士爵には少ないが年金がつく。まあ、その為の叙勲だな。それと、一応王の家臣となるので、簡単に他国の臣下になることができなくなるな』

「なら、冒険者として他国に行く分には問題ないわね」

『ああ。むしろ、粗略に扱うと国際問題になるから、騎士爵の身分はわりと扱いやすいな。男爵以上だとそれなりに王国に貢献しなきゃいけねえ。家督が相続できるし、騎士爵とは桁違いに人数も少ないしな』


 実際、宮廷魔導士・魔法士辺りは全員騎士爵以上となる。王に忠誠を誓うことになるからだ。まあ、優秀な人材が他の国に流出させないための一つの方法論だろう。


『今だとどのくらいだろうな、年間』


 およそ1か月あたり小金貨五枚程度のようだ。本職の騎士の場合、自分の装備・馬・馬番までが自腹である。それを管理するための費用と言える。それに、騎士団に所属すると同程度の給与が支給され、その分が生活費となる。従士は、騎士見習いの中から選ぶこともできるが、自分の子供や知り合いの子供を従士とすることが多い。槍持ちのようなものだ。


「成人すればかしら」

『いや、12歳以上になれば子爵家と別管理しなければだろうから、お前の財産だな。騎士爵だが騎士の装備をする必要はないから、単純にお前の生活費だ』


 ポーションの販売だけで子爵家の基礎収入額を確保している彼女だが、表立って堂々と使える騎士爵の年金は大変ありがたい。


『とはいえ、お前みたいな少女が騎士爵持ちは珍しいから……色々呼び出されることは増えるだろうな』

「そうよね……」


 考えるだけでも、王女や王妃様の護衛に私服での警備活動、潜入捜査に外国からの来賓の護衛など、少女であるからできる騎士爵の仕事がたくさんある気がする。


『なにより、話題になっちまってるだろ……あの話』

「ええ。残念ながらその通りね……」


 とはいうものの、馬術も護身術も薬師としての仕事も役に立つ。それに、自分の財産が別となれば、事業を始めることもできると思われる。だから、これはチャンスなのだと……思いたい。


『村に迫るゴブリンの群。立ち向かう一人の少女の物語!』

「止めて頂戴。荒唐無稽な話なのだけれど、実際はその通りなのよね……」


 騎士団の調査とは別に、吟遊詩人やら演劇の脚本家、作家が大挙してあの村を訪れ、村人たちに話を聞いているのである。騎士団の報告と実際の村人の話を組み合わせ、そこにエンターテイメントな話を加えると……


「私、飛び回りながら妖精のようにキラキラしてたみたいなのだけれど」

『そりゃ、魔力が溢れ出てるからな、夜なら見えることもある』

「ますます、ギルドでフェアリー呼ばわりされちゃうじゃない」


 彼女はこの時点で知らされていないのだが、チャンピオン・ジェネラルの討伐達成で、薄黒から濃黒、さらに特別運用で薄黄の冒険者となっているのである。


――― 満で13歳、数えで15歳。冒険者ギルドは数えでもOKなのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後の一文、「満で13歳、数えで15歳。冒険者は数えでもOKなのだ」に笑いました。 融通が効いて何よりです。実力あっての事ですし、誰からも文句は出ないはず? 読み始めたばかりです。少女の相…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ