第91話 彼女は闇の公子と話をする
第91話 彼女は闇の公子と話をする
『アリーも知り合いにいるんだろうけれど、私はこれでも二百年ほど生きているんだよ。まあ、以前は魔術をたしなんでいたこともあってね……』
亡国の公子であり、君主であったこともあるのだという。そんな公子が、何故今の状態になったのかというと、国を再興するために命をつなぐ必要があったからなのだという。
『一応、サラセンとの戦に負けて、逃亡したんだよ。弟がいてね、サラセンの王から、公王に任ぜられて私はそうではなくなった。弟と戦うために味方を募ったんだが最後は裏切られて処刑されることになったんだ』
そこで、自ら研究していた死に戻りの魔術を行使して復活することにしたのだという。
「不死の体を手に入れたのですか」
『うーん、一寸違うかな。アリーの傍に、人の魂を宿した道具がいるだろ?それを進めたものだね』
『魔剣』の存在に気が付いている公子は、さりげなくそのことを絡めながら、彼女に説明をする。
『まあ、自分の魂を別の器に一時的に移すんだよ。その後、体自身を魔道具として加工する。そして、再生とか身体強化の術式を施した元の肉体に自分を魂を戻す。アンデッドというよりはフレッシュ・ゴーレムに近いかな』
フレッシュ・ゴーレムとは生物の肉体を利用した人造の同人形のことだ。
「つまり、あなたは自らの肉体をゴーレムの素材として加工しなおし、その体に自分の魂を定着させた……ということですか」
『そうだね、その通りだよ。魔剣が剣に魂を込め、騎士が妖精化した猫に魂を移したようにね』
随分と手の内がばれているものだと、彼女は公子のことを認めるのである。
「それで、あなたの王都にいる目的を教えていただけますか」
『動機って大事だもんね。そうだな……時代を理解する為……かな』
「時代……ですか……」
『そうそう。私たちはある意味永遠の命を持ってしまっているからね。時代の変化に対してとても鈍感だ。何しろ、生きるか死ぬかの戦ばかりしてきたからね。まあ、庶民の暮らしなんてのはさして変わらないだろうから、こうして大国の都で宗教的な闘争も、国の権力争いも少ないこの王都で生活しているんだよ』
「国を取り戻すために、今の体を手に入れたのではないのですか」
『まあ、そうなんだけどさ……今更この私を奉ってくれる民はいないからね。そう言う意味では、王都で恵まれない女性を助けたのがきっかけでね……まあ、街娼の元締めのような事をしていると言えばいいのかな』
街娼の元締め……というと、いわゆる町の顔役が一定の売り上げを上納させる代わりに、何か揉めた時、街娼を護ってくれるという関係があったりする。公子はそういう真似をしているのだろうか。
「彼女たちを保護していると?」
『うーん、私も含めここにいる子たちは便宜上『レヴナント』で構わないんだけど、その、魔力を消費してゴーレムを稼働させている。なので、定期的に魔力ないし人間の生命力で魔力を補充する必要があるんだよ。彼女たちは当然、人間の肉体を越えた能力を有しているから、自力で危険を回避することができる。だから、私の仕事はそういう事ではないかな』
街娼のレヴナントたちは、お客と交わることで魔力・生命力を吸収し自分の体を稼働させているのだという。そして、その売上に関しては……
『まあ、お金はあって困らないからね。衣装代とか化粧品代とか、娯楽にも使うんだけど、飲食費が掛からないしまあほら、そういう事だよ』
お金は定期的に、彼女たちのいた『孤児院』に彼女たちが届けているのだという。病気や暴力で死にかけていた彼女たちを助け、レヴナントとして蘇らせここで活動することにしたのは数年前の事なのだそうだ。
「あなた自身は……どうしているのですか?」『商会があるんだよ。私は外国に住むオーナーで帝国の貴族ということになっているのさ。まあ、貴族の株を買ったんだけどね。だから、夜会に参加して……そこで魔力をいただいているんだよ』
「なるほど。まあ、そういう事もあるでしょうね」
『君には心当たりはなさそうだね』
「デビュタント前ですので経験がありません」
『あはは、なるほど。まあ、そうだろうね、君にはその形跡はないもの。いや、穢された形跡がない……と言った方が適切かな』
彼女はまともな貴族の娘なので、当然男性経験などないのだ。話したことも……ほぼないに等しい。最近仕事ではよく会話するが。
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公子が事件を起こしている可能性は低い。襲う動機がないからだ。とはいえ、レヴナントに関して、何らかの情報を持っているのではないかと彼女は思うのである。
「プリンス、ここに、私の魔力を込めたポーションがあります。飲んでみたくはありませんか?」
おおっと驚いたような顔を一瞬すると、満面の笑みで「欲しい。飲みたい」と公子は答える。
『何か望みのものでもあるのかな。条件を聞こうじゃないか』
「一つは、あなたが作り出したレヴナントでこの屋敷に居つかなかったものがいるのではないかという事を教えてください」
公子は「予想していたよ」とばかりに意味深に微笑むと、彼女の問いに答えた。
『いるよ、男が一人いた。そいつは……』
最初、人数が少ないうちは慎重に街娼のレヴナントの娘も行動していたのだが、しばらくたったある日、1年ほど前だろうか、街の顔役の手下風の男に暴力を振るわれている娘を助けるために、うっかりその男を殺してしまったのだという。
『まあ、ほら、そういう事故もあって消しちゃうこともできたんだけどね。殴られていた子を助けてレヴナントにしたらさ、その男も助けてくれって……訳わからないよね』
男は女のヒモであり、女が体で稼いだ金を巻き上げていたのだが、それとは別に他の男に抱かれて金を稼ぐことに嫉妬していたというのである。つまり、殴られている方も殴っている方も……そういう歪んだ愛情の確認行為であった
というのである。
「……男女の関係は奥深いですね……」
『まあほら、過酷な環境で生きていると、精神的に倒錯することもあるからね。二人はそういう関係だったって事なんだろうね。とはいえ、男のレヴナントなんて初めてだし、今まで通り顔役のところで仕事をしていたんだけどさ、そこでヘッドハンティングされたみたいで顔を見なくなったんだよね』
「……え……」
『多分、もっとエグイ組織でエグイ仕事してるんだろうさ』
「それなら、女の人の方は……」
『んー 死んじゃったよ』
レヴナント……ゴーレムが死ぬというのはどういう意味なんだろうか。
『ああ、正確には自殺に近いね。ゴーレムを動かす魔力を外部から摂取しない場合どうなるかというとだね、封印した魂を分解して動力にしてしまうんだよ。だから、レヴナントが死のうと思えば、魔力を外部から摂取しなければ魂が消滅するので……死ねるね』
肉体は滅びずとも、魂が滅びるという事なのだろうか。アンデッドとは永遠に生き続けなければならないのだと思っていた彼女にとって、それはとても意外なのであった。
「では、その男が……事件を起こしているということですね」
『うーん、男が雇われた組織じゃないのかな。多分、事件にならずに済んでいる件もあるんじゃないかな』
「それは、そうですね」
公子の言うところのそれは、人攫いの組織であるのだろう。王都に潜む人攫いの組織のポイントマンがその男だと推測される。
『じゃあ、ポーション貰えるかな』
「……あなたの起こした問題の後始末なわけですよね……」
『そう? 逃げたのは本人の問題じゃないかな』
「製造物責任というものをご存知でしょうか」
『私の生きた時代には、社会にはなかった言葉だね。言わんとすることは理解できるが。では、こうしようじゃないか』
ポーションは貰う。今後、公子の手下のレヴナントたちが知りえた情報を彼女に提供する契約を結ぶ。
「あなたの持つ情報網を定期的に利用する契約、顧問料のような形で魔力のポーションを提供するというのはいかがですか」
『そうだね……買うとどのくらいするものなの』
「金貨二枚程度です。それでも、かなり割安だと言われています」
『味を確認させてもらおうかな』
彼女はポーションを取り出し、公子の差し出すグラスに注ぐ。どうやら銀の道具は問題がないらしい。
『意外かい? ゴーレムだから問題ないんだよ。味は……凄いね。こんなおいしい魔力を味わうのは初めてだ。質も高いし量も豊富だ……流石は妖精騎士の魔力だね』
「御存知だったのですか」
『推理だよ。冒険者で高度な魔力を持つ少女……君以外王都に存在しないよ』
言われてみればその通りなのだ。名乗らずとも、名乗ったことと変わりないのだった。公子は舌で魔力を味わいながら続ける。
『うーん、金貨二枚の情報に値するものを出せるかどうかわからないけど、そちらが良ければそれでいいかな』
「できれば、これ以上レヴナントを増やさないでもらえると助かります」
『野郎は今後は絶対作らない。それに、彼女たちは第二の人生に満足すれば自然に魂を消していくから、それほど増える事はないんだ。やっぱり、死なないことは良きこととは違うみたいでね。ある程度納得すると……旅立つ子が多いから。むやみやたらと増やしているわけじゃないからね』
彼女が孤児を育てて魔術師や薬師にするのと同様、死ぬに死ねない街娼の娘に仮初の肉体を与え生きながらえさせ、満足のある死を迎えさせるのは立場や方法が異なっていたとしても同じ救済の意味を持つのかもしれないと彼女は思う。
『それから、私は対外的には帝国の伯爵ということになっているのでね。これからは外で会う時も含めて『バラード伯爵』と呼んでもらえるかな。本名はヴァラドだが……聞く人が聞くとわかってしまうからね』
私の一族は特徴的な顔立ちなのだよと伯爵である公子は述べた。
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伯爵曰く、今後の情報伝達は伝書鳩ならぬ『伝書蝙蝠』で伝えるのだという。また、冒険者ギルドに立ち寄ったついでに、この館に顔を出してくれてもいいという。
『たまになら、昼間でも大歓迎さ。勿論、ポーションは必要ないよ。アリーが納得する情報の対価としてだけで構わない。まあ、お茶くらいはいれるよ』
「では、なにか茶菓子を用意して伺います。その時は、従者を連れてきてもよろしいでしょうか」
『そうだね。君も貴族の娘なら、それは必要だろうからね。問題ないよ』
彼女は伯爵との関係を今後も継続することを考え、様々なことをこの場で確認することにする。
「伯爵様は、今後も王都のこの館で今の暮らしを続けるおつもりなのでしょうか」
『そうできればと思っているよ。事件を起こさず、迷惑を極力かけずにね』
「であれば、最低限、今回の事件の関係者ではあるが、首謀者ではないという事を関係各所に説明して、何人かお会いいただかねばならないかもしれません」
『必要であれば構わないよ。そちらに都合も合わせる』
「……日中でも特に問題はないという事でしょうか」
伯爵は『諾』と言い、私は吸血鬼ではなく、どちらかというと魔法生物だからねと続ける。
『魔力を補わないと消失してしまうから困るし、今行動を共にしている子たちも夜が活動時期だから夜起きているだけ。というか、本質的に君の元にいる『それ』と変わらないよ。剣は安定した存在だし、ある程度持ち主や契約した主人から魔力を補えばいいんだけど、私はそうはいかないから、人と交流して……少しずつ魔力をいただいているって違いだからね』
吸血鬼の弱点である、水に入れないであるとか、日光や聖水がダメージになるということもないのだろう。内蔵する蓄えた魔力の枯渇=魂の消失による死ということになるのか。
「確実ではありませんが、今回の依頼主である王都の監督責任者の宮中伯と騎士団長との面談をお願いすることになると思います。場所は……騎士団本部になるでしょうか」
『なんなら、大聖堂でも構わないよ。私は特に支障がないからね』
あははと伯爵は笑う。大聖堂や教会の主催するミサや寄付の集いにも参加することがあるので、別段いやではないという。
『母から生まれた体か、その体をひと手間かけて魂の器として再構成したかどうかの違いだね。だから、神様的にはダメなのかもしれないけれど、そんなこと、魔術が当たり前のこの世界ではどうでもいいことじゃない。線引きは技術の進歩で変わる。それに、幸せになる為に努力した結果を神様は否定されたりしないんじゃないかな』
魔術師、錬金術師として自分もふと疑問に思う事がある。この行いは正しいのであろうかと。伯爵は「幸せになるための努力は是である」と示していた。なら、自分の行いに恥じることも悔いることも必要ないのだろう。
『自分の幸せの為に、他人を不幸にするってのはナシだけどね。そういう奴は彼女たちが放っておかないし、それなりに対処しているから、その辺りは許容してほしいかな』
女子供を虐げる存在を……という事だろうか。殺戮しているわけではないだろうし、そもそも、人攫いや強盗は死刑なので……問題ないとしておこう。
「承知しました。事前に内諾をいただく……というよりも、人攫いの手下は処分していただけると助かります」
『それはありがたいね。それと友好の印として、一つ情報を差し上げようかな』
伯爵の故国の猟師が槍や鏃に塗って使っていた薬があるのだという。
「珍しい素材なのでしょうか」
『いや、わりとこの辺りの山野にも自生しているね』
その植物は『アコナ』と呼ばれる、百合に似た紫や白、薄い黄色などの花をつける。その花の形が修道士の被るフードや騎士の兜に似ていることから、『修道士の被り物』『騎士の兜』と通称される花だ。
『この葉には毒があり、根にある根塊にはさらに強い毒がある』
「……毒草であるというのは知っていましたが……どのようにして使うのでしょうか」
『毒のポーションにする感じだね。液体だと自身に付着したり飛び散る危険もあるから、塗り薬のように半固形になるようにする方が良いかな。それを鏃や槍の穂先に溝を施して塗り付ける』
「どうなるのでしょうか」
『かすっただけでその場所がしびれてしまうかな。深く胴体に刺されば……しばらくして心臓が止まってしまうね』
少しでも体内に入ればその箇所が麻痺し、まとまった量が入れば心臓が止まるとは……凄い威力ではないだろうか。
『簡単に育てられるから、庭に植えるなと言われている花だね。葉っぱも手のひらほども食べると確実に死ぬし、指先ほどでもかなりの危険性がある。管理は……しっかりしてほしいんだ』
「その毒は、倒した動物の中にも残るのでしょうか」
猪辺りは、使えば肉が食べられなくなるのでは問題だ。
『熱を加えると毒性が大きく下がるんだ。だから、傷口の周りを少し大きめに切り捨てて、後は良く焼いて食べれば問題ないかな』
食べる必要のない魔物……魔狼やゴブリン、その他単純に討伐すれば良い魔物には使えるだろう。仕込みの投げナイフの穂先に、当たると毒が出る仕組みを付けて、ダーツのように飛ばす武器もありだろうか。
『吹き矢なんかでも良く効くから、隠し武器に使うのもあり。つまり……暗殺に使いやすいんだ。だから、広めることはお勧めしない』
それを聞き、管理は彼女だけが行おうと思うのであった。