第87話 彼女は新たな不穏な噂を耳にする
第十一幕『レヴナント』
王都で発生する傷害事件、顔色の悪い不審な男が素手で襲い噛みつくという。彼女は『レヴナント』による犯行と考えられる一連の事件の調査依頼を受ける
第87話 彼女は新たな不穏な噂を耳にする
騎士団から冒険者ギルド経由で受けた依頼。特に宮中伯に報告する必要はないのだが、大猪を飼うことになったり、ゴブリンが脳を喰らう事で人間の能力をある程度吸収する可能性に関しての報告を行うことにしたのだ。
宮中伯は学院の院長であると同時に、彼女の父である子爵の上司でもある。つまり、王都圏の差配を行う役職者なのだ。その宮中伯から、人攫いの組織に関しての情報がもたらされる。
「御神子教の教皇領のあるビジョン……ですか」
王国内の南都の南に、御神子教皇領の飛び地としてビジョンという都市がある。一時期都市国家として独立していたのだが、周辺の王国に帰属しつつ王国から独立を継続し、いまでは御神子教皇の支配下に
収まっている紆余曲折のある都市である。
「ニースの人攫い商人、レンヌのご同類、遡っていくと、その場所に関係が深いという事が分かっている」
宮中伯からの情報。彼女たちでは手に入れることができない捜査情報も、王国の高級官僚、治安担当となればそれなりに集められるのだという。
「ヌーベとビジョンはそれほど近くないのですが」
「古帝国時代からの繋がりがあるみたいだね。王国以前からの付き合いという事で、王国と対立する、王国を混乱させる理由はあるね」
法国北部を帝国と争ったこともある王国からすると、法国も王国内で何らかの破壊工作を継続中という事なのだろう。
「浸透するとともに、王国の人間を売却して活動資金を得る。正直、やりたい放題にされていると言えるね」
「いまの騎士団や各領邦の領主では、阻止できない」
「うんそう。王都の騎士団は王家の直轄領以外にはいろいろ手続きが面倒で人攫い程度では立ち入れない。各領邦も同じだね。自分の領地の外では活動できないし、無条件で殺す処分もできない」
そこで、「正当防衛」にかこつけて組織に攫わせてから皆殺しを学院の戦力にやらせたいと……そんなところか。ヌーベの城塞での事件で味をしめたのかと思わないでもない。
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それとは別に、王都内で不審な事件が発生しているのだという。騎士団を中心に捜査を行っているようなのだが……
「『レヴナント』……ですか」
「ああ。騎士団では追跡しきれないのだよ。それに、魔術師なら近接戦闘で殺されかねない」
「高位の冒険者に依頼を出すのがよろしいかと思います」
「……だから、お前たちだろう」
彼女は自分が『濃赤』等級の冒険者であることを思い出した。一年足らずの間に高位冒険者とギリギリ見なされる『濃赤』等級まで昇格してしまったのは、学院設立と同程度に思いもよらないことなのであった。どうしてこうなった……
「これは、ギルドを通しての『指名依頼』扱いにするつもりなので、拒否するとペナルティがあるようだな。それに、解決すれば、『薄青』等級への昇格の条件を一つ満たすことになるのだそうだ」
冒険者として細々やっていくことなど既にできない等級まで昇格している彼女である。今さら赤でも青でも関係ないのだが、学院の評価を上げるためには冒険者としての階級を上げることは分かりやすい事なのかもしれない。
「どのような内容か、ご説明いただけますでしょうか」
「早速、本題だ」
宮中伯曰く、これは王都の治安のみならず都市計画にも関わる事なので、彼女の子爵家にも関係する問題なのだという。
「現在、王都の共同墓地となっている『サンイノス』の教会がある。人口増加に伴い死者を弔う数も増えて、墓地に埋めた死体から染み出る汚水で地下水が汚染され、井戸水の水質に問題のある場所も出ているのだ」
人口五十万の王都に加え、周辺村落の遺体も回収しているので、既に墓地の管理が行き届かなくなっているのだという。
「現在、王都の郊外、具体的には西の街道方面の森を切り開き墓地を移転させる工事が行われているのだが、墓地の移転は数年先の話となる」
宮中伯は頭脳が明晰故に、必要な情報をきちんと提示する話し方をする。つまり……話が長い。
「依頼の件というのは?」
「墓地に『死に戻り』が現れる。特に地下墳墓の中に潜んでいるという」
地下墳墓は、遺体の埋葬場所に困った数代前の司祭が埋葬してある古い白骨化した遺体を、王都建築に使用した石材を切り出した地下坑道に納めた場所を言う。古の帝国にも同様の埋葬した場所があると聞いたことがある。
「その噂は、どのような経緯でもたらされたのでしょうか」
「……墓守や墓地周辺に来たものが夜間襲われることがある」
「それが、『死に戻り』であると。強盗や辻斬りの類ではありませんか」
王都でも、深夜に出歩くものが強盗に襲われ金品を奪われたり、度胸試しとばかりに行きずりのものを剣で斬りつける者が現れる。それとは違うのだろうか。
「武器を用いず素手なのだ。また、噛みつきもする」
「……人ではありませんね」
墓地は城壁のような壁で囲まれており、夜間は門も閉じられるので、墓地の中に入ることもできず、また出ることもできないはずなのだ。
「襲われて助かった者の話によると、『死人のように顔色の悪い目の虚ろな者』に襲われたと言う。また、日が落ちた夕方以降か、日の出ない曇りもしくは雨の暗い日中に限られている」
「それで……ですか」
『レヴナント』とは、死体に魔術を用いて蘇生を施したものであり、禁忌とされる存在だ。死んだ者の意識を残しており、また、死体が朽ちるのでなければ、生前の力を用いる事が十分できる。本来の人体が崩壊しかねない限界を越えた力まで発揮することができるため、魔力による身体強化を行った者ほどの力を発揮する。
「レヴナントは、人の生命力もしくは魔力を吸収することで、自らを強化する事ができるとか……」
「初めて知りました。そのレヴナントの討伐が目的なのでしょうか」
「一義的にはだ。魔術を用いて使役する者の特定、その目的と背後関係の把握、そして当該魔術師の捕縛までが依頼の対象だ」
彼女は深く溜息をついた。
「溜息をつく暇もなくなるのだよ、未来の伯爵殿」
宮中伯から不穏な言葉が聞こえてくる。確かに彼女は叙爵する予定なのだが、成人後男爵であったはずだ。デビュタントは……王太子様がエスコートするということも王妃様から非公式に伝えられている。王女殿下のたっての願いだそうだ。
「男爵ではないのでしょうか」
「当面はだ。リリアルがある程度形になる数年後、遅くとも十年以内にお前は男爵から伯爵となる。理由はわかるな」
「……騎士団を自前で持てるのは領地を有する伯爵家以上であるからでしょうか」
「その通りだ。『リリアル騎士団』という仮称になるが、王都圏の治安維持活動専門の騎士団を保有してもらう。諜報組織と対魔物即応部隊を兼ねるだろう」
そこにニース商会の諜報部門を関係させ、王家と辺境伯家と子爵家の合同運用になると考えられるのだという。
「辺境伯家の騎士団との人事交流なども考えていると聞いているのだが……」
「……寡聞にして私は存じません」
「ああそうだろうな。前伯爵と国王陛下にブルグント公にレンヌ公が絡んでいるから、国家機密レベルだろうな」
今まで関係した高位貴族、それも連合王国や法国との直接間接に対抗している方達の肝入りということなのだろうか。
「今回のゴブリンの報告書も評価されているのだよ。うかつにゴブリン討伐を冒険者に依頼するのも問題のようだな」
「下位の冒険者であれば問題も少ないですが、魔術師や高位冒険者の場合、ゴブリンが強化される可能性もあります。また、上位種の頭部は討伐証明部位として必ず回収をするべきです」
「王国内の冒険者ギルドには通達を出している。とはいえ、ゴブリンを侮る騎士や冒険者の意識を変えるのは、中々に難しいだろう」
ゴブリン一匹は弱くとも、集団運用されれば徴兵された戦列歩兵のように効果を発揮する。ゴブリンを操るものがいるとすれば、その方向に舵を切っているのだ。
――― レヴナントもゴブリン同様じゃないといいのだけれど
ゴブリンだけでなく、人間の死体が集団で村や町を襲うなどという事態が起こるとは彼女は考えたくないのである。
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冒険者ギルドに顔を出し、依頼達成の書類を提出する。ギルマスに呼ばれ、彼女は指名依頼を受ける事になる。
「レヴナントの調査に関する指名依頼が来ている。受けてもらわんと困る」
「……内容を拝見します」
宮中伯に掻い摘んで説明された内容なのだが、発生し始めた時期が……おそらく、代官の村で彼女がゴブリンの集団と対峙したころに遡るようだ。
「半年から一年ほど前の間で、墓地周辺で不審なものに襲われる事件が増えていると……騎士団の警邏には引っ掛からないのですか」
「警邏を避ける知恵はあるようだ」
「ゆえに、レヴナントなのですね」
レヴナントは甦りし者というほどの意味であり、生前の記憶や思考を残している場合が多い。能力が維持されるのか、徐々に記憶が薄れていき死霊のようになるのかまでは判然としない。
「死体を火葬にしてしまえば、レヴナント化することはないんだが、それもな……」
火葬という文化がその昔はあったのだが、現在は土葬が主流なのである。枯黒病が流行した時代は、死体が溢れ死体から発生する毒を防ぐため火葬を行う事もあったのだが、できる限り死体を残したまま埋葬するのが望ましい。御神子教の教えの影響でもある。
「現状は、墓地周辺は夜間通行禁止としているんだが、それでも完全に守られているわけでもないんで、襲われたり行方不明の事件は発生している」
中には腕試し感覚で若者が数人で墓地を夜間訪れ、そのまま行方知れずになることもあるという。
「地下墳墓の捜索はなされたのでしょうか」
「いや。というよりも、見つけることができなかったというのが正しいだろうな」
一通り騎士団と墓地の管理責任者である教会の者が確認して回ったのだが、それらしきものが潜んでいる事は無かったそうだ。
「白骨化した遺体ばかりで、生きているかのような死体は見当たらなかったんだというな」
「レヴナントに関して……少々調べてから調査に取り掛かります」
「承知した。まずは、依頼の受領書にサインを頼む」
彼女に差し出された書面にあるのは、騎士団と宮中伯からの連名依頼であった。
「レヴナントね」
『俺が魔術師やってる頃にも、研究しているやつがいたな』
「……そこ、詳しくお願いしてもいいかしら」
『魔剣』曰く、召喚術師とか死霊術師と呼ばれる魔術師の類がいるのだそうだ。召喚術師は悪魔や魔法生物・精霊をこの世界に呼び寄せる術の研究。死霊術師は、死んだ人間の魂や肉体を操る研究であり、宮廷魔術師のような公職では禁呪扱いになっているものでもある。
『まあ、ほら、儀式の過程で生きた人間の生贄とか、心臓とか血液とか……要求し始めるしな。死霊術師なら、死にたてホヤホヤの死体なんて簡単に手に入らないから、生きている人間を殺してから始めたりする奴もいるから……不味いんだよなぁ』
死んだ人間を生き返らせたい、人知を超えた存在を呼び出して未知の知識を得たいといった欲は理解できるのだが、その方法が許容できない内容である事が多いのだという。
『悪魔辺りだと、人間の魂と交換でって話になるから、まあほら、自分のでなく勝手に他人の魂を対価にする奴もいてだな……』
「それって……」
『発想は人攫いする奴らと同じだな。学院の奴らとか、いい取引材料にされかねねぇな。魔力が高く、若い未通の女……だからな』
「下衆いわね」
自分を含め、学院の魔力持ちの者たちは、死霊術師にとっても召喚術師にとっても価値のある存在となることを彼女は認識したのである。
『それとだ、レヴナントを作り出す存在に……ヴァンパイアがいるのも忘れるな』
「あれって実在するのかしら。精神的な病ではなくって?」
百年戦争時の英雄の一人が後年、自分の領地で少年を攫って虐殺したとされ、『吸血鬼』『ヴァンパイア』と称されたこともある。因みに、ヌーベ公もそう称されることもあるのだが、好戦的であることから血を好む=吸血鬼という蔑称に近い呼び名だと考えていたのであるが……
『新大陸やカナンの地に死人を使役する術があり、それを持ち込んだ可能性もある。死人を動かすというカラクリが俺には分からねぇけど、あると思って行動した方が良いだろう。あと、お前らは美味しいターゲットになるってこともだ』
学院の生徒たちは魔術師の卵であって魔術師ではない。魔力はあるが使いこなすまで行かないので、捕らえられてレヴナントとなれば魔力を有さない者よりも強力な存在になりかねない。
「レヴナントに関しては……情報収集からね」
『文献だって限られてるだろうし、宮中伯やギルマスだって大したことは知らねえじゃねえか。一体、どうやって調べるんだよ』
彼女の祖母は子爵家直系の子孫、そして、老土夫は王都の人間が知らないか忘れている情報も持っている可能性がある。まずは、その二人に相談するのが良いだろうと彼女は判断した。
学院に戻り、まずは祖母に相談する。祖母は、子爵家の過去の記録の中に、蘇った死体に関しての記載があったという。
「レヴナントね。あれは、魔力で死体に悪霊を降ろしたものじゃなかったかい」
「……御存知なのですか?」
「動く死体人形のようなものだろ? 人間の魂をとどめることができないので、代わりにその辺にいる下級の精霊を人間の肉体に封じ込めるのさ」
『魔剣』は彼女の祖母の話を聞きながら「『猫』ってその逆だよな」などと考えてしまう。死んだ肉体に人間の魂をとどめることができないので、別の魂を魔術で封じ込め、死体が動くようになるという事なのだろうか。
「そうすると、精霊に命じて死体を動かしているだけなのですね」
「まあ、最初は死体の周りに元の魂が存在するので、その干渉で元の人格に似た行動をとるみたいだけど、時間が経つと元の魂が天に召されるから、残った下級・低級の精霊の感情で動くようになるのさ」
彼女は思う……それでは、ゴブリンのような行動をしかねないではないかと。下級・低級の精霊とは知能としては幼児並みであり、尚且つ自分の感情のままに振舞う。レヴナントが人を襲う理由は、自分の必要とする魔力を吸収する為なのかもしれない。
「魔物とは違うのでしょうか」
「人間の死体が魔術で動いているのが基本型で、その魂が動物に近い低級の精霊であることが多いのだから……死体自体を破壊するのが簡単だろうね」
この場合はたして、「汚物は消毒だ!!」的解決法で良いのだろうかと……彼女は思うのである。