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第86話 彼女は騎士とゴブリンの村塞を見分する

第86話 彼女は騎士とゴブリンの村塞を見分する


 ゴブリンの討伐が終了して一時間ほども経ったであろうか。大きな炎は水球を落としてある程度鎮火し、流石に見張櫓から歩人たちを降ろしてあげることにした。そして、今現在は、ジュウジュウプシュプシュと音を立てている焼けた木材の間を縫って戦後処理の最中である。


「討伐の証明部位を確保しないとね。それと、上位種の首を回収するわ。食べて応援されても困るのだから」

「……嫌な応援ですぅ……」


 伯姪と赤毛娘以外のメンバーは魔狼の毛皮、ゴブリンの左耳、上位種の頭部を回収している。赤毛娘はクールダウンのため戦場離脱中。


「装備はどうする?」

「一か所に集めて湯煎して魔法袋に回収します。武具の補修の練習材料にするつもりです」

「ま、流石にゴブリンから剥ぎ取った装備を身に着けるのは躊躇あるか」


 とはいえ、ナイトの装備は騎士から奪われたものなので、性能的には悪くないだろう。小鬼の装備はそのまま放置する。


 薄赤パーティーに周辺を確認してもらい、村塞の中は彼女と茶目栗毛に『猫』で捜索をする。魔力を有しているものの存在は既におらず、隠し穴や地下のスペースに捕らえられているような人間もいないようだ。


「ここにどうやって食料を供給していたのか……そして誰がかも疑問ね」

「自給自足していたのでは?」


 自給自足していたのであれば、ゴブリンが村までうろうろ現れたはずである。存在を秘匿するためにゴブリンの行動を制限するにしても、完璧はありえない。少なくとも、半年程度、もしかすると彼女が代官の村を護った時期より前からここは存在していたのかもしれないとすると一年以上、大規模と言える集団でゴブリンが定住していたのだ。


「もう少し、糞尿や食べ残しがあってもいいのだけれど、ある程度処理されているのもゴブリンらしくないわ」

「鎧もあまり汚れたり錆びたりしていませんでした。金属の部分は油を塗布しないと意外と早く錆びたり傷みますから……ゴブリンが手入れをしたか……」

「協力しているゴブリン以外の存在がいるのでしょうね」


 ゴブリンに協力する存在の痕跡を二人は見つけることが出来ずにいた。


『主、ゴブリンジェネラルが討伐された時点で、この砦は放棄されたのではありませんか?』


 と考えるとあまりに早い切捨てだ。救援要請をしたのか、監視している支援者が判断したのかは分からないが、ゴブリンジェネラルが討伐されたのは昨日のことなのだ。


『普通は、序列二位の指揮官が指揮を引き継ぐでしょう。三つのグループに分かれた時点でこの集団は機能しなくなっていますから、ジェネラルに一任された集団で、食料以外の供給がなかったのではないでしょうか』


『猫』曰く、ゴブリンの集団を王国内にある程度の規模で散布したとすれば、どの程度の被害規模と維持する期間が保てるのかの実験なのではないかと

いうのである。


「最初から捨て駒。実験対象であったという事ね」

『おそらく。それに、騎士団の分隊を殲滅した効果からすれば、中隊規模の騎士団を動員できたのではないでしょうか。複数個所、同時に展開すれば、騎士団の数分の一の数で戦力を吸収できます』


 彼女たちが初動で関わっているから四人の犠牲者で済んだと言えよう。他国の侵攻と連動して王都近郊で複数のゴブリンの集団が活動し始めたとすれば……


「ゴブリンを放置すれば王国の統治に不信感を持たれる。ゴブリンを討伐するために軍を動員すれば敵国の軍に対して後手に回るか、戦力を削がれる」

『夜目が利くゴブリンが昼間に攻められるとも思えねえしな』


 森の中、闇の中でこそゴブリンの能力は生きる。野営している軍に、魔狼とゴブリンの群れが襲い掛かったとすれば、かなりの被害と戦力が消失することになるだろう。


「兵士に魔力持ちはほぼいないから、魔狼には歯が立たないでしょうし、ゴブリンも一対複数ならかなり危険ね」

『百も二百も群れてこられたら、まして、上位種に率いられていればかなりの脅威だな。農民の兵士じゃ殺されるだけだろうな』


 ゴブリンの恐ろしさは殺すことに躊躇しないところでもある。バーサーカーに似た行動、目の前に人間がいれば自分の危険を顧みず、自分たちの数が多ければしゃにむに襲い掛かってくる。


『ゴブリンの群れを討伐しましたってだけじゃ済みそうもないな』

『王国の中にどれほどのゴブリンの集落があるのか、移動している群れがあるのか、はっきりとしませんから』


 王都圏内でも未発見の集団が存在する。これが、境目の辺りに潜伏しているとすれば、街道から離れた人跡少ない場所であれば先ずは目につかない。アデンの森やレンヌの森、勿論ヌーベにおいてもどの程度潜んでいるか不明だ。


 それぞれの地域には、王国に表面上従っていても敵対する勢力と繋がる支配階層が存在する。レンヌはソレハ伯率いる集団、ヌーベ公は連合王国とのつながりがあるだろう。それに、アデンの森は帝国との境目であり、王国と頻繁に小競り合いが続いている地域でもある。


『王家の力が及ぶところは王国の半分くらいだからな。表面的には王国に従っていても、境界を接する敵国とある程度なあなあなのもたくさんいる』


 そう考えると、ニース辺境伯領が王家と親密になるというのは、とても意味が深い事なのだろう。法国と王国の戦争に巻き込まれるのが嫌だということもあるだろうが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 騎士団の分隊長が到着し、彼女と薄赤野伏とで村塞内の状況とゴブリンの死骸の確認をする。


「……随分と体格のいいゴブリンがこれほどいるとは……」

「騎士の鎧に騎士の剣、騎士の剣術も使いましたので、正面から挑めばそれなりに損害が出たかもしれません」

「指揮官を前日に倒しておいたのが功を奏したみたいだな。数匹の集団で三々五々討伐できたのは幸いだった」


 ジェネラルが指揮した場合、村塞から出た時点で待ち構える薄赤パーティーに数的な優位を確保して半包囲くらいはさせただろう。三分隊に分けているのはその辺りに意味があったと思われる。二隊を前に出し、一隊を自分の手元に置く形でだ。とはいえ、彼女が強襲して伯姪と討伐して前後から挟撃すれば済むことなのだが。


「村塞のおかげで、かえって討伐されやすくなってしまったようですね」

「柵を乗り越える能力を持つ魔術師たちにとっては、意味がないからな。高所を取られて釣瓶打ち。火を放たれて逃げ道は一か所。詰んでるな」


 正規の兵士や騎士団であればしばらく持ちこたえることも、見張櫓と魔狼を用いた反撃も可能だったろう。ジェネラル不在で機能していなかったのだが。


「平騎士では、そこまで細かな教育はしませんから。喰われた奴には可哀そうですが、ゴブリンのナイトに指揮能力がなかったのはそのおかげでしょうか」


 騎士は一人でも強力な戦力となる事から、集団戦というよりはある程度数をまとめて正面から敵の戦列を崩す役割を与えられる。崩せれば勝利、崩せなければそれでゲーム終了くらいの感覚なのだ。


「最近、帝国の一部には『市民兵』という者たちがおります。彼らは足元の悪い湿地などに布陣し、騎士が行動して疲れたところを狙って集団で襲いかかり、降伏を許さず首を取ります……」

「彼らにとっては、騎士とは聖地を争う関係なのでしょうな」


 薄赤野伏の言葉に分隊長はハッとする。『聖征』において、御神子教徒の騎士たちは降伏を認めず、サラセンの兵士のみならず市民も虐殺している。つまり、宗教的に相いれない者同士は許されず殺し合うことになるのだろう。


「最近は揉めることも減っていますが、またなにやらきな臭くはありますね」


 二百年ほど前、ランドル地方の総督であったものの苛政から、ランドルの商人を中心とする都市民が武装蜂起したことがある。当時、二千五百人もの騎士を動員して王国は討伐に乗り出したのだが、湿地に誘い込まれ、元帥・伯爵級の高位貴族高官が戦死、騎士も千人失う結果となった。


『おかげで、子爵家の縁戚だったランドル辺境伯家とも疎遠になっちまった。いまでは、連合王国との付き合いが優先なんだよな』


 ランドル地方は政治的な理由で王国に帰属していたのだが、言語は帝国、経済は羊毛織物の関係で連合王国との関係が深いのでそれは仕方がない。辺境伯家の庶子を迎えたのはもう数百年も前の事なのである。


「騎士を単独で運用するのは困難になってきていますね。兵士と騎士と……王国の場合は魔導騎士の組み合わせで、敵の弱点を突くのが今の運用です」

「その場合、ゴブリンの討伐は……」

「兵士を出せば数ばかり多く戦力としては物足りません。物資も無駄になりますしね。騎士は戦力としては問題ないのですが、ゴブリン相手には過剰戦力であり、かみ合わせが悪ければ損害ばかり増えます。魔導騎士は……論外ですね」


 分隊長の意見は王国・軍・騎士団の総意だろう。魔物討伐を専門とする治安維持の為の部隊が必要だというのが認識なのだそうだ。


「騎士はそういったことは名誉にならないと逃げ腰ですし、やりたがりません。兵士は魔物相手では冒険者の方の足元にも及ばないでしょう」

「結局、冒険者頼みだが、力のある奴は貴族のお抱えになるから、いざという時に討伐できる実力者がいない。ゴブリン討伐じゃ、普通は金にならんからな」

「……そこで『リリアル』を活かせ……という事なのでしょうね」


 『妖精騎士』と言っても、騎士はわずか二人しかいない集団だ。それに、主な戦力は全員未成年の孤児。ポーションを作り、薬草を栽培し、武具まで鍛冶師を育成して自給自足できる安価で投入しやすい戦力。


 その試金石が今回の依頼というわけであったのだろう。どうも条件が良いと思ってはいたのだが。


「王家も騎士団も宮中伯様も……今回の結果には満足されるでしょうな」


 いい笑顔で返す分隊長は、悪気はないのであろうが子供や自分が思惑にのってこの先利用され続けることが確定しているようで、彼女の心理はあまり

喜ばしいものではない。


「俺たちも、この程度の依頼あと二つくらいこなせば昇格するだろうし。そうなれば、王妃様からご指名依頼をいただける身分になるかもしれねえか」


 内心彼女は、「レンヌ以来、私たちとセットで考えられてますよ」と言いたかったのだが、黙っていることにした。野伏は商人や職人の真似が上手く、戦士は……御者としてもなかなかのものなのだ。剣士は……剣士である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「では、学院につくまでが依頼なのだから、気を引き締めて帰りましょう」

「「「はい!!」」」


 猪を見返りに、依頼を受けた村で馬車を出してもらうことにした。流石に歩いて帰らせるのはかわいそうに思えたからである。赤毛娘は伯姪・黒目黒髪の三人で癖毛の新境地について話をしている。いてもいなくても話題の中心なのは人気者だから……だよね。


「しっかし、意外だったよね。あいつのパンチはさ」

「う、うん。あんな大きな猪の顔を殴れるとか……凄いと思う」

「まあほら、あいつも必死だったんだよね。みんなに置いていかれそうだしさ。ミスリル糸を撚るだけってのも、なんだか寂しいじゃない」


 最近の癖毛の日課は、糸撚りをして魔力を通しつつミスリルを塗布するという見た目のんきな仕事なのだが……


「あれ、魔力一定でずっと保つの大変なんだよね」

「そうなんだ。苦手なのに、随分頑張るよね」

「暴走することないから、その面では心理的に楽なのと、じいちゃんについていて貰えるから……安定したのかもね」


 生意気で自信家であった癖毛は、最初いきがっていたのだが、魔力の大きさを制御できず、ある意味落ちこぼれていた。途端に意気消沈してしまい、本来の小心さが顔を見せていた。


 祖母がきて声を掛けてくれるようになり、可愛がられ、そして自分にしかできないとばかりに老土夫に目を掛けられ……やる気にならないわけがない。


『あいつは基本、お調子者だからな。俺に似ているし』

『否定できませんね。ともあれ、才能が活かせそうで何よりではありますな』


『魔剣』は自分に似た才能ある少年を心配していたようであり、『猫』はその成長が主の助けになると思い安堵している。


「でもさ、猪の使い魔ってどうなの?」

「豚は犬ほど賢いみたいだし、遠吠えもしないから良いっていうわね」

「でも、大きすぎませんか?」


 馬車ほどもある大猪……猪小屋が必要な気がする。さらに、あれはよく食べる。馬や牛と違い、反芻動物でもないので人間と同じようなものを食べるのである。


「団栗とか……たくさん食べる……」


 赤目銀髪も猪談議に加わる。豚は秋に冬を越させるために食べ溜をさせるのだが、許可を取って森の中で秋の味覚を採取させるのだそうだ。


「うーん、餌代かかりそう」

「森で自給自足かな」

「あいつも一緒にって?」


 あはははと笑う女の子って怖い。もう少し、癖毛に優しくしてあげて欲しいものだ。


 この馬車に乗っているのは討伐に参加した学院生だけであり、猪と使用人とバックアップの学院生は別の馬車に乗っている。御者は薄赤メンバーがこなしてくれている。馬車を返したら、預けてある馬で戻ってくる予定なのだ。


「先生……これがずっと続くんでしょうか……」


 碧目水髪が呟くように話をする。顔をこちらに向けはしないが、学院生がみな耳を傾けている気配がする。


「ええ、今回は楽なものね。数も少ないし、冒険者の方達の応援もあったでしょう。学院の生徒の将来は、王国を護るための仕事を担ってもらうことにあるのよ。今日のゴブリンだって、調べて見なければだけれども、飼われていたり仕向けられている可能性もあるのよ」

「……そうなんですか……」


 とはいえ、向き不向きもあるのでポーション作って生きていくことも立派な仕事なのだ。


「勿論、先になれば後輩も育ってくるでしょうし、いつも参加してもらうのは……ある程度決まってくると思うのよ」

「ぁたしは参加します……弓があったほうが……有利だから」

「も、勿論、あたしだって『あんた凹んでたじゃない』……そ、それはぶん殴り過ぎたの思い出して気持ち悪くなっただけだし……」

「最初は無我夢中なの。そのうち、戦っている自分とそれを横とか上から別の視点で見ている自分に分かれるようになるわ。そうすれば、もっとあなたは強くなる」


 視界の端で茶目栗毛が頷いているのが見える。伯姪も「そうなんだよねー」と賛同する。


「慣れでしょうか」

「いいえ。そうでなければ、死ぬからよ」

「……死ぬ……から……」


 自分たちが少数の時、視界の外から不意打ちを喰らう事もある。自分の感情を切り離して客観的にみることができなければ……


「今日のゴブリンたちもそうだったのでしょうね。指揮官が死んで誰も指示をだすことができなくなってたのがあいつらの敗因。最後まで自分自身を自分で指揮し続ける事が生き残る秘訣なのではないかと思うわ」


 とはいえ、彼女はまだまだ経験の浅い十三歳……もうすぐ十四才の女性なのではあるが。年端もいかない少年少女を指揮して魔物討伐とはと、彼女は小さく溜息をつくのである。




これにて第十幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆

第十一幕『レヴナント』は数日後に投稿開始いたします。



ブックマーク・評価をいただいた皆様、ありがとうございます。また、ブックマークやポイント評価で応援をしてくださると大変ありがたいです。m(_ _)m

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドワーフはやっぱり男?じいちゃんなの? だとしたら、彼女としていた回(イノシシのテイム回)を書き直すべきでは?
[一言] 連日の更新お疲れ様です。 いつも楽しく読ませていただいてます。 今回で100部分到達ですね。おめでとうございます。
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