第954話 彼女は魔導船に試作機を載せる
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第954話 彼女は魔導船に試作機を載せる
ニースに戻り一息つく。辺境伯とジジマッチョに、神国・ゼノビアとの交渉が上手くいったと報告し、その内容を王宮へと手紙で知らせることを伝える。
「王太子殿下経由で、あちらの宮廷にも手紙を出してもらってはどうだろう」
「わはは、さらに追撃をするのか。わが王太子殿下は、竜殺しであり、ミアン解放の英雄でもあるからな」
タラスクス討伐の指揮を執ったのは王太子殿下、ミアンがアンデッドの大群に包囲されたときに近衛連隊を指揮し解放に導いたのも王太子殿下。皇帝・国王の在位の間、西に東にサラセンや諸外国と戦い続けた父親と異なり、神国どころか王宮からも出ることのない君主である現在の神国国王は、『英雄』に対して強い劣等感を持っていると言われる。
王国の『英雄』から、「お前も戦争行けやポンコツ」と遠回しの煽りの入った王太子の嫌味満済の手紙を受け取れば、ブチ切れて弟ジロラモの出陣を
確実にするだろうという読みだ。
「神国代表とゼノビアの海将も相当腹を立てていたようですから」
「あ奴ら、見栄と金勘定ばかり達者で、戦う気概がないからの」
ゼノビアが動かしていた教皇庁艦隊の旗艦や神国の大型船をサラセンの海賊に拿捕され、海賊首領の座乗船にされたこともあるとか。サラセン海賊が法国西岸や神国領の内海の島々を襲撃するのも、ゼノビアの庭先であっても海賊の好きにさせているからでもある。
「神国国王も、いつまでも黙って金を払い続けるとも思えん」
「そうだな。ここいらでサラセン海賊に痛打の一つも与えんと、国王としての権威が失墜するだろう。良いタイミングで艦隊が編成される」
国王の代理として、血のつながった弟が総司令官を務める御神子教国の連合艦隊がサラセン海軍を撃滅する。成功すれば、実利は海都国が、名声は神国が得ることになる。サラセン海賊の少なくない人数が、西内海からサラセン海軍に編入され、戦力として活動するのであるから、神国に実利がないわけではない。
復興途中のマルス島騎士団ですら現状の全戦力に相当する三隻のガレー船を参加させることを考えれば、神国やゼノビアも片手間とはいかない。
「それで、儂らの魔導船はどの位置に配置されるのだアリー」
ジジマッチョは当然最前線を希望だが、相対的に小型となる魔導船が最前線に配置はされない。
「後備・予備艦隊に配置となります」
「なんじゃとぉ!!」
ジジマッチョは憤懣やるかたないといった表情だが、辺境伯は深く頷く。
「つまり、乱戦になった際の切り札であり、逃走する敵主力船を追撃し、あるいは見定めて鎮める役割をゆだねられたわけだね」
辺境伯の言葉に彼女は同意を示す。魔導船であれば、戦場から離脱する敵海将あるいは総司令官の座乗船を見定め、追撃し、護衛ともども討伐することも、船ごと沈めることも可能だ。
「ふむ。つまり、戦列ががっちりかみ合い消耗戦になったところで、横合いからぶん殴る役割というわけじゃな」
「はい」
「ははは、腕が鳴るのぉ」
ジジマッチョがいい笑顔で力こぶを作る。そして、彼女の心の中の赤毛娘が『あ、トゲトゲ君要ります?』と呟くのであった。
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二隻の魔導船、『聖ブレリア号』と『聖フローチェ号』。二隻の役割は同じではない。前者が戦闘を主目的とする『海上城塞』であるとすれば、後者は小型浅喫水でありやや寸胴な船体から、河川や運河を利用した内陸作戦や物資輸送まで想定する『多用途船』であると言える。
後者の魔導外輪は小さく、速度の優位性もガレー船の最大船速程度の十二ノット程度。戦闘も行える商船に近い。内海の海軍の多くは『聖フローチェ』に近いガレー船であり、ついでに海賊行為にも勤しむ。
彼女が『聖フローチェ』に乗り込むと、以前には見かけなかったものが据え付けたれている。その周りでは、老土夫とその知り合いであろうか、見知らぬ魔導職人が動き回ってる。
「おお、アリー戻ったのか」
老土夫はそう彼女に声をかけると、何やら説明をし始める。どうやら、王宮……王太子から『魔導支援船』について前向きに検討するので、リリアルでその実験をしてもらいたいということであった。
最終的な『魔導支援船』には、魔導騎士四機・一個小隊の配置となるが、今回は試験的に一基を配置して操作性、耐久性、船に与える重量の影響を確認しているのだという。
「王太子の承認を得ているのでな。なるべく早くということで、アリーの不在時に申し訳ないが、この船で設営試験をしている」
「……なるほど。専任騎士はどうなっているのでしょうか」
魔導騎士には専属の魔力持ちの騎士が宛てられる。専用機扱となり、魔導騎士に内蔵する魔石には、装着する騎士の魔力が事前に充当され仕様が初めて可能となる。騎士が変わる際には、魔石ごと交換となるため、先任者が必要となる。
「ああ、専任騎士か。それはリリアルの騎士に担当してもらえということなんだが……」
老土夫は知らなかったようだが、専任騎士は魔導騎士の戦略的な価値を鑑みて、その任につく際に国王陛下から『法衣男爵』の爵位を与えられることになっている。これは、騎士身分のままであると、高位貴族からの越権行為による命令に逆らえないからだ。
つまり、リリアル生の中から彼女が誰を『法衣男爵』に推薦するかということになる。ただの試験運用であれば、一線を退いた専任騎士でも派遣してくれればよいだけなのだ。
それに、魔導騎士を搭載するならば『聖ブレリア号』に配置してもらいたいとも考えていた。
サラセン海軍との戦闘において、敵船隊に衝角攻撃を仕掛けるのであれば、接近された船からの移乗攻撃も受ける可能性がある。『聖ブレリア』には魔装銃兵を配置し、拠点防衛の要領で敵中で射撃戦を行ってもらうつもりなのだが、薬師組・二期生や操舵手の黒目黒髪(残当)には近接戦で自衛できる能力に乏しい。
拠点防衛のために魔導騎士を配置し、移乗してくるサラセン兵に対応させたいということなのだ。
冒険者組はその後方に配置する『聖ブレリア号』から魔力壁を足場に敵船に移乗攻撃を遠距離から実行する予定である。操舵手はおそらく歩人となる。切込みに参加するか、操舵手として残るかの二択。その監視兼船の防衛戦力として三期制年長組(歩人に当たりが強い)の余人を配置。帆走要員にジジマッチョ団の魔力少な目の船員を配置してもらうつもりだ。
そうなると、正規の騎士であり、魔力の少ない今回の遠征参加者。その上で、『法衣男爵』となることに意味のある人物が一人いると彼女は気が付いたのである。
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「先生、お話とはどのような内容でしょうか」
彼女が呼び出したのは灰目藍髪。騎士の私生児として生まれ、母親には孤児院に預けられたまま捨てられた過去を持つ。その上で、生物学上の父親に対して見返してやりたいという意思を持っている。加えて、魔力壁を用いた切込みができる魔力に乏しい。おそらく、一度は可能だが、船から船へと移乗し続けるほどの魔力はない。剣技や騎士として戦う技術は十分であり、その実力はリンデの馬上槍試合において、吸血鬼傭兵と十分戦えたことでも証明されている。
「あなたに『魔導騎士』になってもらいたいの」
「つまり、リリアルから出ろとおっしゃるのですか?」
日頃はクール・ビューティ系である灰目藍髪の表情が崩れ、悲しみとも絶望とも思える表情が浮かんでいる。
「そうではないの。今回、王太子殿下からのご指示で、リリアルで魔導騎士の魔導船運用試験が行われるわ。その際、専任騎士はリリアルで選抜するようにとのことなの」
彼女は、今回のサラセン遠征での魔導船の運用と、魔装銃兵を守る存在が必要であること、魔導騎士であればそれが単独でも可能であり、適した人材が灰目藍髪であることを説明する。
「それにね。魔導騎士の専任騎士は、国王陛下から『法衣男爵』に任ぜられることになるわ」
既に、騎士学校を卒業し国王陛下から騎士に任ぜられているとはいえ、爵位持ちとなるのは本来容易ではない。伯姪が男爵・子爵へと陞爵した理由も、本人の功績もあるが長年彼女の相棒として副官格として活動してきたことも影響している。
法衣男爵は、王国に貢献した富裕な商人なども比較的容易に得られる爵位だが、それなりのタイミングでそれなりの資金を支払わねばならない。財政再建のため、法衣貴族へ支払う年金もばかにならないと、戦費調達のためにばらまかれた時代と異なり、法衣貴族に成る者は限られており、そういう意味では『法衣』とはいえ男爵に叙爵され年金までもらえるのはかなりおいしいのだ。
「よいのでしょうか」
「いいのよ。それに、男爵の方が代官や代理人としてで向かわせやすくなると思ってちょうだい」
彼女と伯姪以外、「貴族」出身の者がおらず、孤児出身の騎士ということは世間に知られていることもあり、貴族相手にリリアルの騎士を単独で向かわせることは難しい。それが、法衣とはいえ『男爵』となれば、リリアル伯爵の代理人を十分務められるとみなされる。
これは、灰目藍髪にとってだけではなく、彼女にとってもビック・チャンスなのである。自分自身のスローライフの為にも、ここは譲れない。
「専任騎士として任ぜられた法衣男爵は世襲できないの。それは理解しておいてもらえるかしら」
「……それは、はい。承知しております」
例えば、サラセン海軍との戦いで武勲を上げれば、おそらくはそのまま世襲可能な男爵に叙爵されることだろうとは思う。
「家名も考えなければね」
「……はい」
彼女は同意を得たと確認し、王宮に向け『専任騎士』と『法衣男爵叙爵』の件について手紙を書くのである。
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「あの、私の魔力で登録してしまってよろしいのでしょうか」
「勿論よ、ドゥリス《de lis》男爵」
灰目藍髪の加盟はドゥリスとした。リリアルに因んだ名であり、類語のような関係だ。家名を聞いてリリアルにかかわる女男爵であると直ぐに理解できるだろう。なんかあったら、リリアルと王太子が出てくると。
「魔導騎士なんて、間近で見るのは初めてだぜ」
「ミアンの時は、遠くで飛び跳ねているのしか見えませんでした!!」
「海に落ちたら沈む」
こら、最後の赤目銀髪!! 不吉なことを言うんじゃありません。
「魔導騎士の状態で、マリーヌに乗れれば大丈夫じゃない」
「海上でも魔導騎士は無敵」
グリンと掌返しである。
見た目は全身甲冑・板金鎧であるが、関節部分や胸鎧の背後には魔石を用いた魔道具が装備されており、これが人間の身体強化に似た効果を発揮し、ワイヤーなどで力を伝達し駆動する。
「身体強化じゃだめなんですか!!」
「全身甲冑着て、半日くらい戦い続けられるの?」
「できます!!」
「できるんだ……」
魔力大の領域に突入している赤毛娘。魔装衣を着て、身体強化したまま半日くらいなら戦い続けられる。らしい。
リリアル一期生で茶目栗毛と伯姪以外の冒険者組はおそらく全員がその領域に達している。二人も、三時間程度なら余裕であると思われる。勿論、回復アイテムを使用せずにである。
「院長先生なら、どうですか?」
「に、二時間くらいかしら」
薬師組の質問に、謙虚に答える彼女。だがしかし、全員から胡乱げな視線を送られる。食事に行ってサラダしか食べられない(山盛りではない)といった時くらいである。
「絶対嘘」
「……それ以上は働き過ぎだと思うわ」
「そこは同意」
騎士の戦いも半日くらい続くことがあるが、ずっと暴れまわっているわけではない。十五分から三十分くらい戦ったら引き上げ、二つ目の段列が突撃し戦う。繰り返しながら、戦列を整え幾度となくぶつかる。そのうち、消耗の激しい側が崩れ、包囲されたり後退するところを追撃されたりして勝負が決まる。
なので、魔導騎士が半日戦い続けること自体が、かなり異質なのだ。その代わり、損耗した魔力を補充するためと整備のために連続して二日戦えず、一日程度は整備と魔力の補充を行う。王国の場合、戦時でもなければ、数回分の出撃に耐えられる魔石に魔力を充填して確保しておくことになっている。
魔導船に搭載されるなら、戦地に移動する間はずっと戦場で魔石に予備魔力を注ぐことになるだろう。
背もたれが低い『玉座』のような堅牢な椅子に着座している『魔導騎士』を身に着けていくドゥリス男爵こと灰目藍髪。
やがて低い駆動音がしたのち、ゆっくりと魔導騎士が立ち上がる。
「こいつ……動くぞ」
「中に人が入ってるんだから当たり前でしょ!!」
三期生だんすぃの一人が女子に頭の後ろを叩かれ、思わず「いて」と声をあげる。立ち上がった魔導騎士は、音もたてずに甲板を一歩、二歩と進み。やがて星らに足をかけると、飛ぶように駆け上がる。
「むむ、負けられません!!」
「その勝負受けた」
魔導騎士の後を、赤毛娘と赤目銀髪が追いかけ、帆柱を駆け上がる。
「おい!! そんなにいっぺんに人が乗ったら!! 柱が折れるだろ!!」
魔導船の船大工の一人に怒鳴られ、三人はシュンとなるのであった。
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