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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第四章 マグスタ

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第953話 彼女は神国・海将を煽る

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第953話 彼女は神国・海将を煽る


聖王同盟艦隊即ち、対サラセン連合艦隊の規模は二百隻・戦闘員五万人で合意がなされていた。先年の百六十隻より数増えているのは、サラセン海軍の戦力が増強されているという情報を織り込んだためだ。


 船舶は海都国が多く、海兵は神国が多く出すという形になる。


 比率でいえば、兵士の半分は神国、三分の一を海都国、六分の一を教皇庁が負担する。また、船舶は海都国百十隻、神国は本国と神国国王領から五十一隻、ゼノビア傭兵艦隊が二十二隻、教皇庁と法国諸邦から二十二隻、これにマルス島騎士団の三隻が加わる。


 彼女は会議ですでに決まっていることということで、上記の内容を伝えられ、「これに、義勇軍一隻が加わるわけだな」とゼノビアの海将に嫌味のように言われる。


 彼女はやんわりと否定する。


「一隻ではありません」

「では、二隻か?」


 今回、王国が建造したあるいは所属する魔導船は四隻参加する予定となっている。二隻はリリアル所属の魔導船、一隻は聖エゼル海軍所属の魔導船。さらに、サボア大公の御座船として贈られる魔導船一隻がそこに加わるのだ。


「四隻でしょうか」

「たった四隻とはな」

「マルス島騎士団は三隻ですが」

「何か問題でもあるのかしらね。義勇軍なのだから、数ではなく気持ちの問題だと思うわ。流石、クロス島まで散歩して帰っただけの実績ある提督様は違うわね」

「そういっては失礼よ。自分の船は沈めたくないけれど、もらった金額、働いているふりをしなければならないのですもの」


 彼女と伯姪は、「雇われ」提督であるゼノビアの海将と、雇い主の配下である神国代表に向け思わせぶりな視線を送る。


「それに、先の神国国王陛下は、自ら先頭に立ちサラセンと戦われたのでしょう? 神のご加護がある今代の国王陛下は、どうされているのかしら」

「まさか、王宮から一歩も出ずに、サラセンとの戦いを声高に叫ぶだけの玉無しではないのでしょうね」


 神国国王の息子が「訳アリ王子」であるということは知られている。行動がおかしくおそらくは知能に問題があるということだ。加えて、それ以外の子に今のところ恵まれていない。彼女は伯姪の物言いをやんわり窘めるのだが、テヘペロでごまかされる。


 海将はともかく、神国代表は怒りで顔色がどす黒くなっている。


「き、貴国の国王や王太子も、戦場に出ないではないか!!」


 王国は今の国王が先代王のやらかしである、神国・帝国・連合王国との戦いに終止符を打ってのち、ここ十年ほど対外戦争を行っていない。そもそも国王が先頭に立たねばならないほどの状況に陥る方が問題である。あとは、趣味の問題か。


「ご存じないようですので、訂正させていただきます。今から四年ほど前、南都に出た『竜』討伐を指揮されたのは、当時南都に滞在されていた王太子殿下です。加えて、ランドルにある都市『ミアン』が万に余るアンデッドの大群に包囲された際も、王都から近衛騎士連隊を率いて討伐に向かわれたのも王太子殿下です」


 ついでに言えば、ヌーベ公討伐も指揮しているので、王太子の指揮官としての経験は少なくはない。


「それで、教皇猊下にご出陣いただくわけにはまいりませんので、この栄えあるサラセン懲罰艦隊の総司令官は、神国の国王陛下にになっていただかねばならないと思いますが。如何でしょうか皆様」


 海都国の代表も、聖騎士団長も、当然Mの字も深く強くうなずいている。


「それに私は国王陛下の名代として、海軍司令官代理として侯爵位を賜っております。確か、海都国の司令官閣下も」

「当然、総統代理としてバステア・ニエル殿を補任しております」


『バステア・ニエル』はジジマッチョ世代の海都国の重鎮中の重鎮であり、今回のサラセン討伐艦隊には、失敗は許されないとばかりに、現役を退いたベテラン船乗りを大動員している。つまり、海都国艦隊=超ジジマッチョ軍団というわけである。


 教皇庁艦隊を率いるのはMの字だが、その補佐役は華都国や教皇庁領周辺において名のある船乗りたちが参加しており、前回以上に充実した艦隊を編成している。


「それで、ゼノビアはドリア家の方が指揮するのでしょうが、神国艦隊を率いる方が国王陛下であれば……」

「我ら海都国も、その指揮下に入ることに否はありませんな」

「はは、教皇庁艦隊も同様。教皇猊下も、お喜びになるでしょう」


 彼女とMの字、海都国の代表が笑顔で「国王だせや」と圧をかける。


「いや、神国艦隊を含め、国王陛下の艦隊は我らゼノビアの……」

「黙りなさい」


 一転、口調を改め、ゼノビア海将の言葉を彼女が遮る。


「無礼」

「無礼なのはあなたですよ提督。そもそも、国王の雇人如きが、なぜ、王国侯爵である私や、教皇庁艦隊司令官、あるいは海都国総司令官の上に立とうと思えるのでしょう。不思議でなりません」

「ま、そういわないでやってほしい、リリアル侯爵。彼はこれでも、ゼノビアでは名のある海将なのだよ」

「名のある海将が引きいて、昨年はサラセン海軍に人あてもせず、同胞であるキュプロスの首都の住民が虐殺されるのも防げず、手ぶらで帰国したのですね。家名どころか、神国国王や教皇猊下の顔に泥を塗るような行いではないのでしょうか。考えられません」


 彼女は顔を背け、「ありえねー」とばかりに顔をしかめた。神国代表と海将には表情が伝わるようにだ。


「ちょっと言い過ぎよ。ゼノビアや神国ではそれで十分なんでしょ?」

「そうね。キュプロス救援のついでに一隻で十隻のサラセン海賊船を沈め、包囲を突破して補給物資を渡し、攻囲軍を後退させて魔物を討伐し、破壊された城壁を土魔術で補修しあと一年は籠城できると士気を挙げたことも、自分を基準にして考えれば『嘘偽り』だと考えても仕方ないわね」

「船を操り、損害無いように航海することも大事なのよ。船って高いんだからね」

「そうよね。借金で首が回らなかったり、破産したり大変そうですものねどこかの国王様は」

「「!!!!」」


 神国王家が借金まみれで、十年に一度は破産し、なおかつ、新大陸から持ち込む銀なども霧のように掻き消えるとは有名な話だ。金が無いのでネデルで増税したところ意識高い住民が反乱を起こし、その鎮圧のためにさらに金がかかるという悪循環がつづいている。阿保である。


 神国代表とゼノビアの海将は目が血走り、息も荒くなっている。怒りで頭がおかしくなりそうろいったところか。


「然様、今回は人も金も次がないほど注ぎ込んだ一大遠征。必ず成功させるためにも、国王陛下の名代に相応しい方をお願いしたい」


 Mの字が話を誘導し始める。それに乗る海都国代表。


「義勇軍とはいえ、一隻が十隻にも匹敵する魔導船四隻を率いる王国の国王陛下名代であるリリアル卿が『総督代理兼侯爵』ですからな。その上の御身分を持つ、王家の血筋の方がおられれば、その方を連合艦隊総司令官に頂くとおさまりが良いと思われますな」

「うむ、それは良い。教皇猊下も大いに賛同為されるだろう」


 神国国王に同腹の男子の兄弟はいない。父親に認知された庶子であれば、ジロラモがいる。


「た、確かに。東方公ジロラモ閣下であれば、国王陛下の名代に相応しい御身分であろう」


 餌に飛びつく神国代表。そして、忌々しそうなのはゼノビアの海将。


「あの方はお若い」

「それはそうだ。だが、聖王同盟艦隊の総司令官に相応しい唯一の身分をお持ちの方でもある。経験が足らない分は、その下につくものが補佐すれば良い」

「……それは……そうなんですが……」


 自分の上に素人の若造がいるのは面白くないのだろう。ゼノビア海将は否定したいのだがそれを公にすれば問題となるので、黙るしかない。


 そこで彼女は、ジロラモと旧知の仲であることを伝えることにする。


「私とニアス卿は、ジロラモ閣下と女王陛下の王宮でお会いしたことがあるのです。聡明で勇気に満ちた騎士であるとお見受けしました」

「リリアル侯爵のいう通りです。何やら本国に召還される事態となったようで、帰国する際には連合王国の女王陛下も大変残念がっておられたと聞き及んでいるわ」


「「「おおぉ」」」


 二人の発言に、海都国・教皇庁側の参加者が感嘆の声を上げる。


「竜殺しの騎士であるお二人が讃えるほどのお人柄。これは総司令官に頂くにふさわしい」

「ジロラモ閣下の名は教皇猊下もご存じでしょう。神国国王陛下に変わり、その名代を務められるにふさわしい逸材ですな」

「我ら聖騎士も、ジロラモ公の御前で戦いぶりを見せたいものですな」

「「「わはははは!!!」」」


 総司令官には神国国王の名代として東方公ジロラモ閣下を推戴する。頭に血を登らせた挙句、これ以上ない総司令官を告げられ、「だが断る」と言えなくなった神国代表と、雇い主の王弟の存在を否定できないゼノビア海将の立場を巧みに突いた三者の作戦勝ち……といったところであろうか。


 少なくとも、神国の王族が総司令官となるということを、神国代表に押しつけ、編成会議は終幕となったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 神国代表は早々に帰路に就き、ゼノビアの海将も『リカルド宮』を去った。教皇庁と聖ステフ騎士団はしばらく滞在し、様々な者との面談を望んだが、彼女は「私は王国の侯爵ではありますがあくまでも義勇軍を率いる一騎士でしかありません」といい、有力者との面会をすべて断った。


 非公式とはいえ、王国の海軍提督代理の侯爵が何らかの話し合いをし、約束したなどと後日王宮へ伝えられた場合、面倒なことにしかならないからだ。最初から会わなければどうということはない。


 ただし、海都国との会談には同意した。どうやら、展示した『人喰』の遺骸を買い取り、本国へ送り、マグスタの窮状とそれを助けた友邦の義勇軍により、物資の補給と一時的なサラセン軍の撃退が成功したと市民にアピールしたいとのこと。


 彼女は既にクロス島にて総督から対価を得ていると、無償での提供を申し出たが「ただより高くつくものはありません。それに、感謝の気持ちは形にするべきだと我々は考えます」と、救援の際に支払われた金額と同額を後日、リリアル宛に送金すると伝えられた。


 現金ではなく、手形で後日換金することになるだろう。


 つまり、金貨三千枚再び。もう、うはうはである。





 やがて、ニースへの帰還の日となる。彼女が次にここを訪れるのは、サラセン海軍に勝利してのことになるだろうか。


「侯爵閣下。次にお会いするのは、メッサーラで」

「はい。準備をし、合流します」


 三か月後、夏前には神国領メッサーラの港に集合することになっている。海都国は法国最南端の港である『レギオ』で待機し、メッサーラに集合した艦隊の出帆に合わせて移動を開始する。


 これまで、神国とその配下の艦隊は、集合に大いに遅れる。集合しても出航しない。しても時間をかけて移動し、進出しても「時期が悪い」と帰国しようとするを何度か重ねている。


 リリアルの役割は、ジロラモないしその配下の海将の尻を蹴り上げ、とっとと出撃させることにある。メッサーラに全艦隊を集結させないのは、海都国だけで百十隻もの軍船が指揮下にあるからだ。


 安全かつ速やかな出航には、二手に分かれる必要がある。


 その上で、神国の王族に文句が言える身分の『リリアル侯爵』が同行するという形で神国とゼノビアに圧をかけることにしたのだ。これも依頼のうち。


 



「船で帰りましょう!!」

「馬車は時間がかかる」

「ええぇぇぇ」


 馬車に乗って何日もかけて帰るのは「もう無理」という大多数の声。操舵手を務めるであろう黒目黒髪だけが激しく嫌そうである。


「先生、マリーヌも幾日も馬の振りをし続けるのは難しいようです」


 灰目藍髪の申告。水魔馬であるマリーヌは、馬に擬態したとしても本来は水の精霊に連なるもの。つまり、水辺で休息する必要があるのだが、馬房につながれていては精霊として弱まってしまうのだという。


「できれば、馬車ではなく船を曳きたいと言っているようです」


 今回、『リ・アトリエ』以外の二隻は、ニースに置いてきている。『聖ブレリア』はキュプロス島往復で傷んだ船体の修復。『聖フローチェ』ま魔熱球の習熟訓練のためにである。


「『リ・アトリエ』で川を下るのはともかく、海を進み続けるのはどうなのかしら」


 短い距離、大型船の間の連絡艇として使う程度ならともかく、海上を400㎞も移動するのはなかなかどうかと思うのだ。そもそも、『リ・アトリエ』の最大速度は5ノット。川船なら快速だが、海上であればガレー船の櫂走による巡航速度程度にしかならない。


「マリーヌが曳いてくれる分、少しは早くなるのでしょうけれど……」

「名前も覚えられないような貴族の歓待を受けて、毎晩、夜遅くまで付き合わないといけないのとどっちがましなのかしら」

「「「……」」」


 毎晩、話を聞き続ける彼女と伯姪も苦痛なのだが、そこに侍ることになる侍女・護衛騎士役のメンバーも大変なのだ。一週間は付き合い続けねばならない。


「船で帰りましょう」

「そうね、それがいいわ」

「英断です!!」


 魔物と間違えられるリスクを考え、川の流れと魔導外輪で十分速度の出る川下りの際は、マリーヌは船の周りで自由に過ごしてもらい、川の流れに乗って沖に出たのち、曳航を始めてもらうことにした。





「うわー早いです!!」

「ひゃぁ、波ですごく揺れるよぉ」


 その結果、10m足らずの小型船が『聖フローチェ号』波その速度で進んでいる。十ノット強といったところである。波は比較的穏やかだが川や湖のように全くないわけではない。故に、船体は激しく上下しているのだ。


 そんなこんなで、一日半ほどでニースへと戻るのであった。




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