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H.512  作者: HAL
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■されてたまるものか。



九十九年法が制定されてから、どのくらい経ったのか。


立ち並ぶ巨大なビル達。その窓ガラスの横一列が、一斉に砕けて道路に降り注ぐ。もしも住人がいたのなら、通りは悲鳴で溢れていただろう。ここに人はいない。ただ甲高い音が響くだけだ。

『俺はー!!我が主人と世界中の芝を刈り尽くすと決めた男!!邪魔をすんなあ!!』

ガラスを飛び散らせた張本人、巨大な芝刈り機がぶおんぶおんと唸っている。折角の啖呵も、彼自身の騒音であまり聞こえなかった。車両の両端にあるタイヤの中にはぎょろぎょろと蠢く目玉が飛び出ている。その下の口、せり出した金属の端にはぼろぼろになった布と肉片がこびりついていた。おそらくは、それがその主人だ。

「その主人を殺してちゃ仕方ねぇよな」


資源が本格的に不足し、理由無く物を廃棄したら極刑。廃棄する場合、「九十九年」以上使用した場合のみ許可する。


機械が身体を左右にしならせる度、ぎざぎざの刃が空中を飛び回った。新しい破片が生まれる音、イヤホンを通して聞こえる面接官の声。

『君、そろそろ居住区に被害が及ぶぞ。早く片付けないと、私は君の採用を祈ることになってしまう』

「はいっ!!もうあと少しなんで!!」

しまった。見せ場を作ろうとして、溜め過ぎたか。芝刈り機の構造を思い出す。エンジンの位置、それはもうなんとなく想像がついた。

「くたばれ!!」

腰のホルスターから拳銃を取り出す。エンジンに数発穴が開けばいい、それならこれで十分だ。

フロントサイト、リアサイト、照準...この場合、黒い装甲の中のエンジン。それが一直線になったことを確認し、引き金を引く。

『主人、主人はどこだ!!俺はまだ使える、捨てないでくれ、まだ一緒に』

エンジンに見事着弾し、そこが火を噴き煙を吐くまで、その付喪神は喚き散らしていた。その声もしなくなり、燃え残ったプラスチックが溶ける音が残る。それを見届けると、青年が胸の前で手をばちんと合わせた。

「成仏してください!」


平成五百十二年、春。人々は付喪神たちに悩まされていた。


少しだけぱちぱちと残っていた火も消え、しん、と周囲が静まり返る。ゆっくりと上昇する防護壁に、遅せぇよ、と苦言を呈した。

「よし、」

合わせていた手を離す。拳銃は安全装置を確認後、ゆっくりとホルスターに戻した。

「気を抜くのが早すぎるんじゃないか」

黙祷を終え、目を開けた瞬間。

そいつはそこにいた。この一角に自分以外がいることに、初めて気づいた。

「え」

薄紫の睫毛が縁取る長い目。瞳孔がなんでか虹彩よりも薄い色で、それが間近にある。状況が読めず、そいつに頭を掴まれても一瞬反応できなかった。

「ぐえ!!」

そのまま、顔面から地面に叩きつけられる。頭のあった所を刃が通り抜けた。おそらく、最後の一撃が弧を描いてここまで戻ってきたのだろう。まとめた後ろ髪が幾本か千切られる。向かいのビルは斬撃を受けてびりびりと震えた。流石の耐震構造、五百年前の技術。設計士の爺ちゃんに育てられた彼は、場にそぐわずぐっと親指を立てる。

「現代まで生きる耐震機構...流石だぜ...」

「行くぞ。トノコが待っている」

彼女は振り返りもせず歩いて行った。立ち上がって初めて、その背が彼女と呼ぶには高すぎることに気づく。

「トノコさんって、今回の採用担当の...」

さっさと来い、そんな視線を受けて今度こそ彼は歩き出した。


廃ビル郡の一角、辛うじて人の気配がする最上階。廊下は先程の刃で穴が空き空を拝めるものの、この部屋はヒビ程度で持ちこたえている。

「初仕事終了!無傷!俺は最強!!」

うおお、と青年は両の手を上に突き出した。案内役の彼女はそれをしらじらとした様子で見ている。机の奥、にっこりと微笑んでいるのが今回の面接官だ。

「現人シンシュくん、話の通り、まあ...一体を、一人で倒した君は正式に煤祓いの一員と認められた訳だが...」

「はい!!」

「はっはっは、威勢がいいな。そしてうるさい」

神宮司トノコ、年齢不詳、女性。彼の面接官兼これからの上司。鈍く赤みがかったブロンドが良く似合う。それに女らしい体つきも彼の好みだった。美人と話すのは楽しい。そんな単純な思考は、周囲の人間にもだだ漏れである。

「君を、煤祓い『と』の十一番に任命する。ここ、第七ブロックは君の縄張りだ。そこに面する居住区も好きに利用していい。いやあ今回の新人は君以外不採用になったからねえ、よかったよかった」

「いやあ...へへへ」

褒められたことを素直に喜んで、犬歯の目立つがたがたの歯を隠しもせず笑った。煤祓い、つまりは付喪神専用のハンターに志願したのは成り行きだったが、思ったよりも待遇がいいらしい。爺ちゃんに今までの借りを返さねば、少年は呑気に腕を組み鼻歌を歌っている。

「でもね、君はまだまだ半人前だ。だから私の方で勝手にバディを組ませてもらったよ」

「聞いてませんでした」

「言ってなかったからね」

当然のようにトノコが笑顔を見せる。まあそんなのどうでもいい。バディのひとりやふたり、犬猫と変わらないだろう、シンシュはそう思った。彼は細かいことは気にしない性格である。

「先程君を助けただろう。ハトバだよ。仲良くしてね」

上司は笑顔のまま、彼の真横を指さした。こいつか。さっき顔面を強打した要因、というか元凶。少しだけ彼の表情筋がひくついたが、考え直そうと努める。考えようによっては、こいつもけっこうな美人だ。ちょっと顔は怖いけど、それは目つきの悪い自分が言えた話ではない。

背はすらりと高く、無駄な肉はひとつもついておらず、モデル体型、そんな言葉がハトバにはぴったり当てはまった。ただひとつ残念なのは胸だけだ。何も無い。まるでもって何も。

「ん、よろしく」

つまり、まるで好みではないな。彼はそう思ったので、一ミクロンの下心もなく手を差し伸ばした。

「...」

ぱし、とその手を振り払われたことに気づいた頃には、そいつはもう角を曲がっている。そっかバディってこんなもんなんだな、彼は深く考える性質ではなかった。

「じゃーなハトバ!また仕事で!」

ぶんぶんと手を振って見送る。ははは、とまたトノコが笑った。

「気に病まないでくれないか。あいつはついこの前、バディを失ったばかりなんだ」

「...そいつも、新人だったんすか」

「いいや?私も一目おいていたベテランさ」

教育係なんだろうか、その予想は外れたようだ。むしろこれは自分の命の危険を考えるべきかもしれない。バディが死神なんて、そんなのは御免こうむりたい。

「あれの手前、君にバディが必要、という言い方をしてしまったが、本当にバディが必要なのはあいつの方なんだ」

なんでですか、そんな疑問が喉を通る前に。薄い唇が頬に落ちた。後れ毛がさらりと触れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


あまりにも唐突で、かつそんなことをしてくる人なんて人生の中でいなかったので、彼は完全にフリーズした。

「頼りにしてるよ」

シンシュ君、と彼女は言って、去っていった。きっとまだ他にも仕事があるのだろう。区分が違うだけで、他にも煤祓いはいるはずだから。

「...おとなって、こえぇな...」

鼻粘膜に触れた甘さを忘れられず、ぶんぶんと首を振って彼は歩き始めた。


動揺を抑えきれず、コンクリートのひびに脚を突っ込むこと三回、コンクリートのクレバスに落っこちること二回、倒れた電柱につまづくことは五回を越えたあたりでもうよく分からなくなった。煤祓いは居住区の近く、けれどもその外側に社宅がある。そこを縄張りとして地形を把握することで、付喪神をおびき出して戦えるようにだ。

ぼんやりしたままドアノブに手をかける。閉まっていた。当たり前か、と先程受け取ったばかりの鍵をポケットから探り出す。

『この鍵は二つあるけど、それでも無くさないようにね』

ひょっとして。ひょっとしてだけど、そのもう片方はトノコさんが持ってたり。するのだろうか。うひひ、と唇が弧を描く。淡い期待を抱いて鍵を開けると、そこには、背の高く胸のないバディ――ハトバの姿があった。

「なんでお前が俺の社宅にいるんだ!?」

「説明されてないのか。同室だぞ私たちは」

「な、なんというかその、流石に、ほぼ初対面の男女が同じ部屋っていうのは、」

眉間にしわを寄せ、彼女は幾分か考える素振りを見せた。しばらくの後、ああ大丈夫だぞと声をかける。

「安心しろ。私の部屋には鍵がかかる」

「いや俺の部屋にはついてないのかよ」

それは嘘ではないらしい。目の前には扉がいくつかあるが、一つだけ鍵のかかるものがあった。

ハトバは、先程見たスーツに手袋もブーツも脱がないまま、股を開きソファーでくつろいでいる。やることも無いのか、その辺に散らばっていた雑誌を読んでいた。

「...」

俺は騙されたのかもしれない。なんとも言えない表情で唇を噛むシンシュを、何だとハトバが一蹴する。てっきりひとり部屋が手に入ると思っていたのに、どうやら自分が居候の形に近いようだった。


ため息を呑み込んで、今日も世話になった自分の銃の点検を始める。もう作れない角張った黒いフォルムに、暇そうにページを捲っていたハトバも目を寄越した。

「お前その、ガバメントをどこで手に入れた!?」

銃身にブラシを通す。煤を引っ張り出すと、ガンオイルをその中に垂らした。細く切った布でそれも拭いとると、本格的な分解に入る。

「がば...?かっこいいだろ、爺ちゃんから譲り受けたんだぜ」

名前は覚えていなかったが、作られたのが二百年前だと言う話は聞いていた。先祖が皆大切に扱ってくれていたから、今日でもちゃんと動くのだと。爺ちゃんは設計士兼煤祓いだった。

「馬鹿なのか!?それ、もう半分付喪神に...」

大人しく分解されていく機械は、端々まで妖気に満ちていた。それに、エンジン、もしくはモーターのついていない付喪神は手強い。完全に破壊するまで、倒したことにはならないからだ。煤祓いとしてのキャリアで、ハトバはそのことを知っていた。だから、煤祓い達は武器を半年使えば捨ててしまうのだ。

「ん?ああ違えよ。『神格化』って爺ちゃんは呼んでた。別に俺はこれを捨てないし、恨みは持ってねえだろ」

「そ...そういうものなのか...?」

口径の小さな銃。確かに、彼の撃つ姿を観察していたのだが、あれは当たらないだろう、そんな軌道を描いていた。にも関わらずその弾は全弾命中。まぐれかとも思っていたが、それはこの銃が必死になって軌道を変えてくれていたのだろう。銃ながら健気なやつだ。

「恨みさえなければ付喪神は生まれないし、捨てるにしろ祓ってやれば恨まれない。そうじゃなく適当に捨てるから付喪神が出来るんだ」

綿棒と布を駆使し、銃は隅々まで磨かれていく。これ以上の分解はまた今度。そう呟いて、元あった通りに組み立てていった。二百年経てなおこんなにも滑らかに動くのだ、この銃はきっと色々な人に愛されていたのだろう。

「それに、こいつみたいに...恨まなくても、存在していけるっていうか...神格化できるやつもいるんだぜ」

内部の清掃を終え、またパーツを組み立てた。仕上げに表面を布で満遍なく拭く。ハトバには不思議と分かった。その銃は、愛されることが嬉しくて、きらきらと光っていた。

「そーかあお前、がばって名前だったのか!これからもよろしくな!」

ちゅっと音を立て、彼は軽くその外装に唇を何度か落とす。ぴかぴかの表面に軽く跡がついた。

「おい、嫌がられてるぞ」

「嘘だろ!?ごめんな!?」

「冗談だ」

なんだよー、とシンシュが口を開く。ハトバはそれきり黙って自分の部屋に入った。彼も大してそのことを気にせず、備え付けてあった冷蔵庫を漁り出す。

ハムだのソーセージだの、加工肉にはしゃぐ声が外側から聞こえた。あの女は何を考えてるんだ、そう独りごちる。トノコの目的は今や明白だった。舌打ちし、裏口からひとりパトロールへ向かう。たかだか七十メートル歩いたところに、見慣れない物体が落ちている。

少し背を折り曲げて気づく。行きには無かった、半壊したラジオだ。年代から見て八十年前のものだろう。おそらく夕暮れになってから居住区の住民が投げ捨てたのだ。念の為、と踏み潰しておく。基盤がぐしゃりと割れスピーカーの磁石が弾け飛んだ。砕けたアルミの外装には黄ばんだシールが貼ってある。

「これだから」

何度も何度も踏み潰す。ついに金属片の塊となったラジオを見て、ふんと息を吐いた。居住区の明かりがいやに眩しい夜だった。

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