3話 風の魔術師 アーシャ
「........変わった武器ですね」
アーシャが取り出した武器はブンディ・ダガー。もしくはジャマダハルと呼ばれている武器である。
H型の取っ手を握り、殴るように突き出すこの武器は、普通にナイフで人を刺すよりも力を入れやすい為威力が増す。鎧の隙間を狙いやすく、使い手の腕が良ければ防具を貫通する攻撃を出来る武器だ。
「暗殺者っぽいでしょ?」
とアーシャはにこにこしながらそう言う。
「あー、準備はいいか?始め」
例のごとくレイの気の抜けた掛け声で戦闘が始まる。
「先手は譲るわ」
そう言われたらフィルは仕掛けるしかない。とりあえずジャマダハルは近接武器だ。フィルは様子見も兼ね距離をとったまま水刃を2つ放つ。
アーシャはあっさり最低限の動きで躱す。
「この距離じゃ何千発放っても当たらないわよ」
「やってみないと分からない事もありますよ」
今度は立て続けに水刃を7発放つ。数が増えても太刀筋が見えている為、アーシャが躱すのは余裕だった。
しかし、フィルの狙いは水刃を当てることではない。水刃が弾けた後の水により、アーシャの近くには水たまりが出来ている。そのフィルの魔力により出来た水を操り、アーシャの足を止めようとする。
(なるほどね、........でも)
『風歩』
アーシャは足に強力な魔力と共に風を纏わせる。
その風が水を弾く。そして、まさに風の如き速さでフィルへの距離を縮め、風の魔力を込めたジャマダハルを右手で突き刺す。
あまりの速さに避けきれないと判断したフィルは左手でジャマダハルを受け止める。
「ぐっ!」
いくらフィルが魔力を込めた左手でも、流石に左手をジャマダハルが貫通していた。
しかし、、
「捕まえました」
「え!?」
肉を切らせて骨を断つ。
フィルはジャマダハルに左手を貫通されたまま、武器を握り、アーシャの右手を水と血を融合させた血液魔術を発動し、アーシャの右手とジャマダハルを封じる。
血液魔術は血液を生み出して放つ訳ではなく、血液を魔力で生み出した水に混ぜる魔術で、普通の属性魔術として放つよりも威力や精度や速度が上がるというものである。
その為、アーシャは物凄い力で右手を封じられているのである。
さらにフィルは血液魔術で一瞬で血と水で出来た刀を5本生成し、宙に浮いた血水刀を一斉にアーシャに放つ。
動こうにもフィルに右手を封じられているアーシャは動けない。仕方なく風の防壁を張ってフィルの血水刀を防ごうとする。
しかしフィルの血水刀は、威力、精度、スピードが血液魔術の特性で段違いだった。容易く風の防壁を切り飛ばし、アーシャの身体付近に5本の血水刀が刺さる。
「まいった........私の負けね」
その言葉と共に、フィルは出ていた血液を身体にしまい、純水で傷口を洗い、Tシャツの下の方を破り加熱消毒した後止血する。
血の減りすぎから眠気が発生していて止血を早くしないと意識が途絶える所だった。
(なんとか勝てたけど、実際は引き分けって所ですね........)
アーシャが使用している、ジャマダハルといったダガー系の武器は、本来即効性の猛毒や麻痺毒や神経毒を塗る。
今回は模擬戦の為塗ってないが、実践なら引き分けだっただろう。
「んー、フィルが怪我もしちまったし、大体実力は分かってきたところで、今日の模擬戦はこれくらいにしとくか」
「アーシャにも勝つなんてフィルはすごいっす!」
「あー、ケリーもアーシャも全力だしてたら結果は色々違ったろうが、確かにフィルは強いな」
レイとケリーがフィルを褒めるが、フィルはそんなことよりも
(やはりケリーとアーシャは全力ではなかったんですね........)
使ってくる魔術が、魔装と原初魔術のみだった為だ。それでも二人ともかなりの実力があることは分かったし、充分強かった。
「フィルこっちっす!」
模擬戦を終えると、フィルは治療室に連れられる。
光属性の治癒魔術師のマリーが治療室にはいた。
マリーはセミロングのピンクの髪に、セクシーな体つきをしている、白衣を着ていておっとりした人だった。
「あらあら、あなたは新人さん? 怪我したの? すぐ治してあげるからね〜」
温かい魔力が傷口にあたり、心地良かったがあっという間に傷口がなくなり治療は終了した。
「怪我したらまた来てね〜」
「ありがとうございました」
お礼を言って治療室から出るとケリーが外で待っていた。
「マリーさんはイオニア国の天使と呼ばれてて、国宝魔術師の1人っす。マリーさんに会うために怪我をする輩もいるらしいっすよ」
「国宝魔術師?」
「国を代表する魔術師の称号っす! イオニア国のトップ10っすね、戦争とかで活躍すると貰える称号っす」
「その称号を持ってるってことはマリーさんは強いんです?」
「戦うとこみたことないっすけど、強い筈っすよ」
「国宝魔術師ってなにするんですか?」
「毎年魔術の研究費を貰えるから研究してる者もいれば、強力な魔道具やダンジョンの遺物を探す為って言って旅をする人もいるっす。
ある程度自由みたいっすけど戦争には強制参加、個人的にも国から仕事を色々依頼されてる筈っす!」
旅と聞いてフィルは反応する。
「旅ですか........国宝魔術師........悪くないかもですね」
クロエのことを思いそう呟くのであった........
その後、ケリーによりフィルの部屋に案内される。
「騎士団や暗殺部隊に所属するようになると、任務で報酬も貰えるっす。抹殺部隊や魔法騎士団の隊長クラスになると城に個室を用意されるんす! 休みの日は城から出て街に行くことも許されてるっすよ!」
「部屋に案内されるってことはうちの部隊は抹殺部隊なんですか?」
「そうっすよ、暗殺する時もあるっすけど、基本的にうちらの隊は抑止力なんす。イオニア国に不利益な事をした奴らは誰だろうと殺されるぞって事を分からせる為に、堂々と殺すっす」
そう説明するとケリーは部屋の鍵をフィルに渡す。
「今日はもうなんもないからゆっくり休めって隊長が言ってたっす! 明日の朝7時になったら任務があるから集合部屋に集合だそうっす!」
そう言うとケリーは去っていった。鍵を開けて部屋に入ると、光を照らす魔道具に、時計とベッドと小さいタンスがあり、小さいが浴室とトイレもあった。
魔術で清めていたとはいえ、何年かぶりの風呂に入り、ベッドで寝たフィルは、まだ18時にも関わらず翌朝まで爆睡するのであった。