2話 雷の魔術師 ケリー
牢屋で寝る時に周りの子達に避けられるようになった。教官を殺したからだろう。恐れられたのだ。
フィルは特に気にしない。
クロエと2人で水を飲んでる時や、身体を温水で洗ってる時に、羨ましそうな視線が飛んできてたのだが、それが無くなった為むしろ都合がよかった。
フィルは教官を殺したことにより教官からも特別鍛えられるようになっていく。それはフィルにとっては有難かった。この世は弱肉強食だと今までの人生で痛感していたからである。その為、強くなる為に訓練、座学に積極的に取り組んだ。まぁそれしかやることがなかったからでもある。
フィルはもう1人、教官を実験台にして殺した。お湯の逆で、熱エネルギーを下げるイメージをもって魔力を込めると氷が生まれる。
魔力を込めれば込めるほど自分以外の周囲の温度も下げられ氷の温度も下がったが、ある一定のところまで行くとどんなに魔力を込めても温度を下げられなくなったと感じた。
フィルは1人の教官にその事について聞くと『絶対零度』について教わる。試しにその教官にフィルは『絶対零度』を放つと一瞬で広範囲に氷が生まれ、教官は生命活動を終えた。
それを見た他の教官が念の為、すぐに火の魔術で氷を溶かし、治療魔術師を呼び心拍停止からの蘇生を試みた。
しかし細胞が壊死してしまっていて治療は行えず、
治療魔術師はただ死亡確認だけを行うのだった。
氷を放つのは水の応用魔術だ。
フィルはそれ以外に、世界樹の雫、水蒸気、雪、過酸化水素、高濃度酸素、純水、重水、3重水素etc.の水を変換して放つ応用魔術を習得した。
世界樹の雫とは何かと言うと、化学的にまだよく判明されてない神秘のアイテムである。再生の魔力が込められた水で、使用すると重傷が治り、魔力と体力を回復出来る。
そんな水があることを座学で知り、とにかく再生のイメージを持って魔力を込めて生成してみたら出来てしまったのだ。
魔力を多く持ってかれた感覚があったが、水属性の魔術師が治療魔術を使えるようになったのは世界でフィルが初めてである。
フィルの馬鹿げた魔力があったから出来た芸当であった。
魔力操作の訓練で、魔力で身体を覆うことで身体能力を向上させる『魔装』を覚えてからは、フィルに走り込みや模擬戦で勝てる者がいなくなった。
魂を食べるほど強くなるフィルは、上級魔術師の20倍近くの魔力をその時点で持っていた為、それは必然である。
魔装の力は魔力の量で変わる。フィルは魔装を展開するだけで大抵の者は殺せるようになっていた。
そして7歳から14歳までの間、訓練生として戦闘の教育を受けたフィルは、14歳の春、訓練生を卒業し、ある部隊に所属させられるのだった。
教官に連れられた配属先の集合部屋は、牢屋や訓練所と違い壁紙があるちゃんとした部屋だった。
「ほら、お前は今日からこの部隊に配属されたんだ、挨拶しろ。では私はこれで失礼します」
そう言うと教官は足早に部屋から出ていく。
「フィルです、よろしくお願いします」
そう短く挨拶をすまし部屋を見渡してみると、自分以外に4人いる。
気だるそうにしている赤髪のサングラスの男。
ニコニコしながらこちらを見る20代前半くらいにみえる金髪のポニーテイルの女。
緑髪でパルチザンを持ち、ニヤニヤしている10代後半くらい?の青年。
頬や目の付近に傷がある、煙草を吸っている茶髪のいかついおっさん。
フィル以外は黒いスーツを着ていた。戦闘の時に動きづらくないのだろうか?とフィルは思ったが口には出さなかった。
ちなみにフィルは薄い青色の髪に緑色の眼をしていて、ボロボロのTシャツと長ズボンに靴という外見だ。見た目は悪いが動きやすい格好をしている。
「あー、一応この部隊のリーダーやってるレイだ。
早速で悪いが、お前は何が出来る?」
サングラスの男が気だるそうにそう言った。
「人を殺せます」
フィルは簡潔にそう言う。
それを聞き、ピクっと部屋にいる者達が反応す。男性陣は薄ら笑いを浮かべ、金髪の女はハァと溜め息を吐いた。
「あー、自分の能力をすぐに言わない点はいいぞ、それにわかりやすい返答だな。よろしくな」
レイが眠そうにそう言う。
「やっぱりうちの部隊に来る人間に普通の人はいないのね........」
溜め息を吐いた金髪ポニーテイルの女が言う。
「フィルは若いのに強そうっすね! おれと戦ってみませんすか?」
パルチザンの男が嬉しそうに言う。
「あー、実力も見たいしな、模擬戦ならやってもいいぞケリー」
「マジっすかレイ隊長!? フィルよろしくっす!」
「はぁ、よろしくお願いします........」
(いきなり戦うことになった........)
模擬戦を行うにあたり、訓練所に移動する。
「フィルは武器は何使うっす?」
「剣を下さい」
「ほいほい〜これでいいっす?」
渡されたのは模擬戦なのに木刀ではなく普通に人を殺せる剣だ。バスタードソードと言われる軍用の剣で、片手でも両手でも使え、突くことも切ることも出来る無難な剣だ。
14歳のフィルには少し重かったが、魔力を身に纏えば重さを感じない。
「問題ないです」
フィルはそう答える。
フィルが魔装を発動した瞬間他の隊員は目の色を変える。フィルが身に纏った魔力が異常に強力な上に、フィルは限りなく自然体だった為だ。
「あー、準備は良さそうだな、殺す気でやってもいいが殺すなよ、始め」
レイの気の乗ってない掛け声で戦闘が始まる。
「凄い魔力っすね! でも魔装だけで戦闘の勝ち負けは決まらないっす!」
最初に仕掛けたのはパルチザンのケリー。
ケリーも魔装を発動し、猛スピードでフィルに近づき、パルチザンに雷の属性魔術を込めて突きを放つ。
フィルはパルチザンに触れるのは不味いと考え、回避しカウンターを仕掛けようとするが........
「甘いっすよ!」
ケリーが身体を捻り、横薙ぎを放つ。
フィルはそれをバスタードソードで受け止めてしまった。
その瞬間ケリーの雷魔術がフィルを襲う。
「くっ」
パルチザンは切ることも出来る槍だ。槍の中では比較的軽い為、連続攻撃にも繋げやすくリーチもある。
本来なら受け止めてガードをしたいところだが雷を纏っている為、ガードしてもダメージを負う。
フィルも魔装を発動している為致命的なダメージにはならないが、ケリーもそれなりに強力な魔力を纏っている。そんな攻撃を何発も喰らう訳にはいかなかった。
「厄介ですね........」
フィルはそう言うのだった。
(受けが駄目なら攻めるしかないですね)
フィルはそう思い攻撃に出る。
「そうなるっすよね、かかってこいっす!」
フィルはバスタードソードに水を纏わせる。
「あちゃー、フィルは水属性の魔術使いだったっすかー、それじゃ俺には勝てないっすよ」
ケリーの雷は防御の時もパルチザンに纏っている。
普通に防御をしてもフィルにダメージを負わせることが出来る上に、水では雷は相殺することも出来ない。
ケリーはそう考えたからだ。
しかし、
「多分大丈夫ですよ」
フィルは動じずにそう言った。
「へぇ?」
ケリーはそんなフィルの態度にニヤニヤしながら動向を伺う。
『水刃』
フィルはバスタードソードに水を纏わせ、魔装により身体能力を向上させ斬撃を放つ。衝撃波と共に鋭い水の斬撃を飛ばし、水の飛ぶ斬撃を放つのだった。
ケリーは本能で水刃をパルチザンで防いだら不味いと察し、回避する。
それは正解で、フィルの水の斬撃はケリーの身体を通り過ぎると、訓練所の石壁を深々と切り裂くのだった。なまじパルチザンで防いでたらパルチザンごとケリーの身体を切断していただろう。
フィルの攻撃はそれで終わりではなく、一気に間合いを詰め、追撃を放つ。
ケリーも水刃をまともに受けたらパルチザンごと切られることが分かった以上、出来ることは1つだった。
自身も巻き添えにして周りに雷を放つ。
ケリー自身が雷に耐性がある為出来る芸当だ。
しかしフィルには全く効かなかった。
フィルは身体に水を纏っているが、それはただの水ではない。純水である。イオンや不純物を限りなく含まない水は電気をほとんど通さない。そうフィルは座学で学んでいたのだ。
完璧に雷を通さない訳では無いが、魔装を発動して魔力でも自身を守っている状態の中では、雷によるダメージは皆無だった。
「終わりです」
フィルのバスタードソードがケリーの首元に当てられる。
「........まいったっす。おれの負けっす........くそー、今度やる時はおれが勝ってみせるっす!」
勝った人間が何かを言うと嫌味っぽくなると思った為、とりあえずフィルは頷くのだった。
フィルは魔装を解くとバスタードソードの重さを感じる。
(いつか魔装がなくてもこれくらいの長剣を片手で扱えるようになりたいですね........)
そんなことをフィルは考えていたら........
「あー、じゃあ次は誰行く?」
レイがそんなことを言う。
「まだやるんですか?」
フィルは思わずレイに聞く。
「あー?当たり前だろ、お互いのことを分かる為には戦うのが1番だ。はーぁ」
レイが欠伸をしながら言う。
「じゃあ次は私が相手になるわ。私はアーシャよ、よろしくね」
金髪ポニーテイルのアーシャは、にこにこしながらそうフィルに言うのだった。