11話 黒炎の魔術師 レイ
拘束したレイ隊長の妹さんと屋敷の捜査を調査隊に任せ、ゼンとフィルは王都に帰還する。
王城に戻ったのは朝の4時過ぎで眠かったが、
フィルとしては今回の任務はゼンの力の一端を見る事が出来、緋月も実戦で試すことが出来、魂を食べることも出来て満足する内容だった。
おまけに暗殺報酬は1人金貨20枚と高額であり、
フィルの貯金は金貨34枚ほどになった為、もう王都でもそれなりの家を買えてしまう金額である。
フィルは要らないから買わないけれども。
フィルはマジックバックが欲しいと考えている。
その為、しばらくは必要な物が出てこない限り、任務の報酬は貯金に回す考えだった。
マジックバックは金があっても巡り会えなければ買うことは出来ないが........いざと言う時の為に貯めておいて損はない。
そんなことを考えているうちに自室に着く。
部屋のポストには1枚の紙が入っていて、それはレイ隊長からのメッセージだった。
翌日........いや、もう今日だ。今日の夜21時にSランクの賞金首を狩るために同行しろという内容と、レイ隊長の部屋の場所が書いてある。
それを読んだフィルは、夜の任務に備えて今度こそ寝るのであった。
目を覚ますと、顔を洗い、着替えをすます。下着、肌着、長袖の白いTシャツを着て、黒のズボンと靴下を履く。
今日の任務は制服でなくても良いそうだ。
ズボンにベルトを巻き、レザーポーチを右の腰に装着させる。
その後 レザーブーツを履き、レザーアーマーを着け、闇のローブを上から着る。
帯刀ベルトは闇夜のローブの上から着け、緋月を左腰に装着した。
闇夜のローブは緋月での戦闘の際に少しだけ動きづらいが、それを上回る程強力な為、装備する。
闇夜のローブがある分、今日の装備は死の涙の制服よりも強力な装備になっていた。
その代わりって訳では無いが、死の涙の制服は温度調節の魔術がかかっている為、夏場は闇夜のローブよりも重宝するであろう。
グレートスパイダーのマントは購入したものの、冒険者の変装の時くらいしか装備する機会がないかもしれない。
現時刻は15時。レイ隊長の部屋には21時に行けば良い為、久しぶりに地下の図書室で本を読む。
特に闇属性についての本を読み、それから闇夜のローブを試すために訓練所へ向かう。
結果的に闇夜のローブは強すぎた、フィルが闇属性の魔術を使えるようになったら出来ることが極端に増えたのだ。
調べた結果闇魔術には色々な術がある。
魂魄魔術や精神干渉魔術、毒魔術、影魔術、瘴気魔術、ベクトル魔術等........etc.
闇魔術は使い手が少ない為、あまり資料となる本自体が無かったが、それでもこれだけの術がある。
きっとこの他にも色々な術があるだろうが、闇夜のローブで得られる術はどれか1つだ。
まずは自分の使える術がどれにあたるかを調べなくてはならない。
色々試した結果、闇夜のローブを纏った時に使用出来るようになった魔術はベクトル魔術だと思われた。
石に向かって魔力を込めると、石が浮いて自分の思った方向に動かせた。最初は念動力に当たる魔術かと思った。
しかしその割には操作性が悪く、魔力を込めた分だけ一方向に強いエネルギーを生む。
結果的に、重力、斥力、引力、圧力等を発生させるベクトル魔術だと考えたからだ。
ベクトル魔術だけでもかなり強力で便利なのだが、重力操作に緋月の白炎とフィルの水の応用魔術を組み合わせると、フィルが前々からやろうとして出来なかった魔術も完成出来ることを確信する。
その魔術は危険すぎて城の訓練所では実験することは出来なかったが........。
兎にも角にも、しばらくは闇魔術の特訓と緋月を使用した特訓が必要だと改めて実感したところで、時刻が21時近くになっている。
フィルは特訓を辞めレイ隊長の部屋へと向かうのだった。
隊長の部屋をノックをすると、
「あー、フィルか。じゃあ行くか」
レイは胸元を少し開けた黒Yシャツ、黒スーツのズボンにコートを羽織っており、ほとんど制服を着崩しただけの格好だった。
恐らく着替えもめんどくさいから制服を着崩して寝ていたのだろう。しかもそのまんま行くみたいだ。
「隊長は武器は要らないんです?」
「あー、大丈夫だぁ、問題ない。ふぁー」
レイは欠伸をしながら言う。人は死ぬまでにおよそ24万回欠伸をするという供述をフィルは本で読んだことがあるが、レイはおそらくその10倍はするのではないかと思った。
しかし欠伸をすると、空気を体に多くいれ、頭を覚醒させる効果があるとも言われている。
人に悪印象を与えてしまう時や周りに眠気を伝染させることもあるかもしれないが、悪いことばかりではない........のかもしれない。
「はぁ、なら行きますか」
「あー、移動しながら説明するぞ。向かうのはサテナって街だ。『人喰い』ハーバーという賞金首がサテナで昨日目撃されている」
レイはそう言うとハーバーの賞金首リストをフィルに渡す。人相は普通の細身の男といった感じであった。
「わかりました」
「あー、サテナへは1時間くらいだから例のごとく走るぞ、人喰いハーバーはよく22時〜0時に街中を徘徊し獲物を探すらしい」
「Sランクってことは強いんです?」
「あー、SランクはAランクより強いってランクでな、、ピンキリなんだが基本的に強いぞぉ、だから一応フィルを誘ってやったんだ、感謝しろ」
「はい........お誘いありがとうございます」
強い相手と戦えるのは有難い。フィルはもっと強い相手との戦闘経験をしたいと思っていた。
それこそ闇夜のローブや緋月の力を充分に振るえる相手を........。
そうこうするうちにサテナへと着く。
例のごとく門番に黒時計を見せると驚かれる。
驚かれついでに時刻を確認すると22時過ぎだった。
サテナの街は周りは壁や結界で守られているが、森が近くにある関係からか街の中は木造建築が多めの街である。
光の魔道具で照らされる木の家々は、どことなく暖かい雰囲気を感じられた。
「こっからどうするんです?」
「あー、人喰いハーバーは若い人間を優先的に襲うんだ」
「........」
そしてレイはフィルをじっと見る。
フィルは囮の為にこの任務に誘われたことをこの時になって悟るのだった........。
フィルはかれこれ1時間一通りの少ない所を歩き回った。レイは離れた位置でフィルを追跡している。
チンピラに絡まれたりはしたが、人喰いハーバーはフィルを襲ってこない。
しかし、それから20分後........街の中で女性の悲鳴が上がる。
人喰いハーバーは一通りの少ない所ではなく、堂々と大通りで人を襲ったのだ。
自分の努力が無意味だったことに少しだけイラッとしたフィルだったが、すぐに悲鳴が聞こえた方向へ向かう。
すると、女性の足に齧り付いているハーバーを発見する。ハーバーは顔は賞金首リストのまま、普通の人間だったが、爪が人間とは思えない長さをしており、まるで獣のような存在だった。
女性は腸を先に食い散らかされており、既に事切れていた。
フィルは魔装を展開し、水刃を10発ハーバーに放つ。ハーバーは人間とは思えない四足歩行のような動きをし、素早く回避する。
フィルが驚いたのは、ハーバーは魔装も使わずにその動きをしてみせたことだ。
「人の食事を邪魔するなんて無粋じゃないか」
「........人は普通人を食べたりしないですよ」
「美味しいのに........僕は人肉とは言わずに焼肉パーティーを開いたことがある。みんな美味いって言って食べてたよ、ちなみに僕は眼の周りが一番旨いと思う、視神経は珍味中の珍味でね、食感が面白いんだ」
「........そんな話は聞いてないですよ」
フィルは緋月に白炎を纏わせハーバーを仕留めにいく。ハーバーも魔装を展開し、フィルの斬撃を爪で止める。
しかし、緋月を受け止めても白炎がハーバーを襲う。それを危機一髪のところでそれをハーバーは躱す。
「君強いね........僕は食べた人の分だけ少しだけ強くなる。普通の者の攻撃ならもう当たってもダメージを受けないくらいにはもう私は強いよ。
........にも関わらず君の攻撃はどれも脅威だと本能が囁いてる」
食べる分だけ強くなる........確かにハーバーの魔装は他人の魔装では初めて見るくらいに強力であった。
それでもフィルと同じくらいであった為、「今は」まだ殺せると思った。
しかし食べた分強くなるなら........いずれ殺せない存在になることを意味している。
フィルも魂を食べれば強くなれるが、フィルの場合誰でもいい訳ではなく、綺麗な魂でないといけない。
その為、ハーバーの方がより強くなりやすい能力だと思われた。
フィルは魔装を全開にし、緋月にもかなりの魔力を込める。すると白炎は少し深い青色の炎に変化した。
白い炎は5000℃〜7000℃で太陽の炎と同等の温度である。青色の炎とはそれ以上に高い温度の炎だ。
フィルは『蒼炎』と呼ぶことにした。
「死んで下さい」
フィルは魔装を維持しつつ蒼炎を纏わせた緋月でハーバーを切断、灰にするつもりで刀を振るう。
ハーバーは爪で防げないと察し、フィルの攻撃を回避する。
フィルは追撃に突きを繰り出す、ハーバーは後ろに下がり回避をするが、そこでフィルは緋月の刀身を伸ばす。
「な!?」
思わぬ攻撃にハーバーは回避しきれずに、肩に突きと蒼炎のダメージを負う。ハーバーも魔装により防御をしていてもフィルの攻撃は防ぎきれない。
フィルはさらに追撃! と言わんばかりに緋月の能力で斬撃を飛ばし、それに蒼炎を乗せる。
『蒼炎飛斬』
シンプルにそう呼ぶことにした。
ハーバーは足に魔力を集中し、なんとか蒼炎飛斬を躱す。
「くっ........恐ろしい少年ですね........貴方は美味しそうですが、ここは逃げさせてもらいま」
すと言いかけたところで、攻撃を察知し言い淀む。
しかしハーバーは避けきれずに黒い光を胸に浴びてしまう。するとハーバーが黒い炎に包まれる。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!」
ハーバーが絶叫する。魔装を展開し、転がって火を消そうとするが黒炎はそんなことでは消えない。
「あー、フィルご苦労だった。おかげで楽に対象を仕留められた」
そう言い現れたレイの右手には拳銃が握られており、硝煙を放っていた。
「それが隊長の武器ですか?」
「あー、魔術を込めた弾を放つ銃って武器だ。おれの黒炎を弾丸に詰め込んである」
炎魔術の欠点の1つに、攻撃の範囲が広すぎるのと、相手に放つスピードが風魔術や雷魔術と比べると遅いことがある。
どんなに強力な魔術でも使用できる環境でなければ意味ないし、当たらなければ意味が無い。それを補ったのがこの銃だった。
「黒い炎って初めて見ましたし聞きましたけど........」
「あー、本来ならこの世界に実在しない炎だからな」
「なんでそんな炎が使えるんです?」
「あー、ちょっと呪われててな、その副産物だ」
そんなことを話しながらもハーバーは魔装で炎に抵抗していたが燃えていた。
「あー、おれの黒炎を浴びてここまで耐えるとはな........褒美だ」
そう言うと今度は魔術銃に魔力を込め一撃でハーバーの首を飛ばす。その後魔術銃を使わずに黒炎をハーバーに放つ。
さっきよりも遥かに高い威力の黒炎がハーバーを襲い一瞬で跡形もなくなってしまった。
(恐らく魔術銃で放つと威力は多少下がるんですね........)
そうフィルは推測した。
魔術銃に加え、恐らく蒼炎と同レベル、もしくはそれ以上の炎を使うレイ。
フィルが追い込み、隙を着いたとはいえ、あっさりとハーバーの魔装を上回る攻撃をして倒して見せた物理攻撃力。
(これが隊長の実力ですか........)
フィルはそう思うのであった。
ハーバーはイオニア国で生まれたが忍術の適正をもつ者だった。最初は飢餓に負け人を食べた。人を食べると力がみなぎる感覚があり、人を食べる欲求が高まっていく。
フィルやレイにとって幸運だったのは、様々な者を食べ、強くなっていったハーバーだったが、師匠もいないハーバーは爪や足を強化するくらいの忍術と魔装しか使えなかった。
ハーバーが忍術に精通していたらフィルやレイはもっと苦戦していただろう........。
ちなみに言うまでもないが、ハーバーの魂は禍々しい黒だった。
「あー、疲れたし帰って寝るか........」
レイはハーバーの首を回収しつつそう言う。フィルも主に囮と移動で地味に疲れていた為、「そうですね」とすぐに同意するのだった。