VS天門!!(4)
ハーフタイムに入り、ベンチへともどる選手達。その様子は対照的で、勝ち越し弾を決めた浅利側は見事なゴラッソ(サッカーにおけるスーパーゴール)を決めた月無を皆で賞賛する明るいムードに対し、決められた天門側はまるでお通夜のような暗い雰囲気だった。
まさかの勝ち越し弾に失意に耽ける選手達を本吉が厳しい表情で迎えた。選手達はこれから怒られるのだろうかと内心ビクビクしながら本吉の周りに集まる。しかし、そんな彼らの心中を知ってか知らずか、本吉は表情をガラッと変え、柔和な表情で話し始めた。
「・・・まず、前半を振り返ってだ。全体的によく出来ていた。特に先制弾はオプションの使い方というものをよく分かっていたな。築山、前半のMVPはお前だ。よくやった」
思わぬ褒め言葉に驚いた様子の選手達。名指しされた築山はどこか納得のいっていない表情のまま、「・・・ありがとうございます」と返答した。築山以外の他の選手達はホッとしたような顔を見せていた。だが、話はここで終わりではなかった。本吉は再び厳しい表情へと様変わりし、選手達への話を再開した。
「だが、失点は余計なものだったな。勝ち越し弾については仕方ない。あれは想定済みの失点だ。しかし同点弾、あれはダメだ。完全に崩されている。スローインから早い展開でゴールを奪いに来る、こんなもの強豪相手なら普通にしてくるぞ。いいか、相手をなめてかかるな。決して油断も慢心もしてはならない。天門高校のレギュラーになりたいならよく覚えておけよ」
『はい!』
本吉の説教に選手達は声を揃えて返事をした。本吉の最後の一言に言いたいことが全て集約していた。強豪校ならどんな相手に対しても本気で挑まなければならない。それを教えたくて本吉は浅利高校との練習試合を決めたのかもしれない。
本吉は続けて、後半からの交代を告げて、交代する選手達に一言ずつアドバイスをしていった。
「よし、後半は佐和、岡町、秋山が入る。田中、荒木、鈴野。お前達は交代だ。田中、月無を止められなかったな。だが、あまり気を落とすな」
「は、はい」
「荒木もよくやってくれた。キーパーとして結果は残念だが、全体を見ればいい動きだったぞ。それと声を出すというのもキーパーの重要な仕事だ。次はチームをまとめられるようにな」
「ウス!」
「鈴野、上手くバランスが取れていたな。後半は佐和の動きをよく見ておけ。参考になるはずだ」
「はい!」
「よし、後半は佐和、岡町、秋山を中心にまずは守備を固めろ。相手の攻撃をはね返したあとで、縦に早く展開するんだ。ただ攻撃の仕方はピッチのお前らに任せる。どうすれば相手を翻弄できるか、どうすれば相手の隙をつけるかをよく考えて動いてくれ。後半開始まで水分を取っておけよ、解散!」
戦術の確認を終え、選手は給水にいったりストレッチで体をほぐしたりしていた。本吉はベンチへと座りに戻った。各々後半に向けての準備をする天門の選手たち、その中で田中はある疑問を解決するために監督の下へと助言を求めに来ていた。
「監督、さっきの場面なんですけど、俺が月無を抑え込めなかったのはどこに要因があるとお思いですか?」
「ん?ああ、そうだな。田中、お前は月無相手にフィジカルで戦おうとしたな」
「はい。体格的に俺の方が有利でしたし、テクニックで勝負に来る前に力でねじ伏せたくて」
「それが悪手だったのは自分でもわかっているな?」
「はい。かけた体重を逆に利用されて、力を抜かれた瞬間に体を入れ替わられましたから」
「それが月無の強さだ。アイツは自分の身長の低さを逆に長所にした。体幹を鍛え抜き、安定した重心を手に入れた。その安定感が月無太陽を全国でも活躍できるドリブラーへと進化させた。低い重心でフィジカル勝負にも強く、加えて強烈なテクニックで相手も翻弄できる。全国に出てもそうそういない実力者だ」
「なるほど…。それで、アイツを抑えるにはどうすれば?」
その疑問に本吉が答えを出すことはなかった。本吉は「後半、岡町の動きをよく見ていろ」とだけ言い残して、会話を終わらせた。田中は答えをくれない本吉に釈然としない気持ちになったが、これも自分の成長のためだと自分に言い聞かせて、クールダウンへと向かった。
* * *
浅利高校の選手たちは皆一様に月無の離れ業をほめたたえていた。
「ほんまようやったで!月無!」
「最高だぜてめえ!」
「ナイスゴール!」
「わっわっ、ちょっと痛いですよ!」
森本や島田、貴たちに揉みくちゃにされ、痛がりながらも喜びの笑顔を見せる月無。ベンチではすでに戻っていた平や出野、そして鮫島もが月無に称賛の言葉を与える。
「本当によくやってくれた。ありがとうな、月無」
「……ナイス突破…だったぞ…」
「ありがとうございます!お二方!…サメ!ナイスパス!」
「あ?まず俺に褒めさせろよ」
冗談を言いながらも、鮫島は月無に右拳を突きだした。その拳に月無も右拳をコツンとぶつけて応える。相棒だった二人の切れかけた絆がようやくまたつながり始めた。
「よし、後半のミーティング始めましょう。みんな集まって!」
鮫島の呼びかけに浅利高校の選手全員が集まる。そして鮫島の主導のもとミーティングが始まった。
「とりあえず、前半は良い出来でした。まあ同点直後にプランも忘れてプレスかけに行ったのだけは許さないっすけど」
「その節は本当にすまなんだ!」
鮫島の指摘に山口が両手を合わせる謝罪のポーズで皆に謝る。その必死な姿に浅利の選手たちに笑いが起こる。この和やかな雰囲気も一点差をつけているという余裕からだろう。だが、鮫島はその空気を引き締めるように先ほどよりずっと真面目な顔で続きを話し始めた。
「前半の点数は忘れましょう。うちが今リードしているってことも全部忘れましょう。後半からはおそらくミーティングで何度も言った四本柱、佐和と岡町と秋山が出てくると思います。彼らは守備的なポジションですが、その存在感は明らかに脅威です。縦のパスコースを切る守備は続けますが、臨機応変に行きましょう。攻撃の仕方もカウンター主体で行きますが、こちらも臨機応変に。ツキの個人技は通用するとは思いますが、頼りすぎないようにしましょう」
「ちょっといいかな」
そこで月無が鮫島が終ろうとした話をさえぎって話し始めた。そして、その話を聞いているうちに時間は過ぎ、浅利高校と天門高校の練習試合は後半を迎えることとなった。