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VS天門!!(3)

 天門高校に先制を許した浅利高校。しかし、キャプテン平や新三年生守備陣を中心に早く切り替えることで、気落ちせずに再度キックオフを迎えることが出来た。


 キックオフ後の浅利高校は中盤の選手を中心にパスを繋げて様子を伺う慎重な出方をした。天門高校はそんな浅利にトドメを刺さんと果敢なプレスを掛けてくる。


「カモンカモン!パスプリーズ!」


「やまぐっさん!もらうわ!」


「お、頼むわ、晋助」


 山口から森本へとパスが繋がり、貴野や最後尾の守備陣を混じえながらパスワークを構築していく。そこへ日浦や築山が高い位置からプレスをかけていく。


「オラオラァ!ちんたらパス回してんじゃねえぞ雑魚!」


「回させないよ〜」


 ピッチは一進一退となっていた。だが、鮫島はこの状況に危機感を感じていた。鮫島が見るに、浅利高校の元気は空元気だった。守備が上手くいっていただけに失点のダメージは大きく、ベンチはかなり静かになっているし、守備陣も先程より声は出ているがどこか気が抜けている。つまり、はっきり言って次に先に失点すれば浅利高校は後半まで猛攻に晒されるだろうことは明らかだった。


(・・・後半に入るまでに一点取る。そのための最善策はなんだ?)


 鮫島は考えをめぐらせた。だが、そこまでの時間は必要なかった。その答えはすぐに出た。


(よし、決まりだな)


 鮫島が決断を下すと、丁度よく右サイドでボールが外に出た。そこに鮫島がスローインを風切と変わろうと近づく。


「風切さん。変わります」


「おう、頼んだ!」


 すれ違う時に鮫島は風切に何かボソリと呟いた。風切はそれに応える様に右手の親指を突き立てる。鮫島は近くに寄ってきた金本に目配せし、ボールを投げる。


 その金本がボールを貰った瞬間だった。風切が前線へ向けて走り出したのは。


「カネ!前だ!」


「あいあい!」


 風切の動きに気づいた金本は鮫島の声を聞くまでもなく、前線へのロングボールを出す。油断していた天門高校のディフェンスラインが前線へのアーチを描くロングパスとともに下がっていく。左サイドバックの選手はパスを受けようとする風切に追いすがる。しかしーー。


「な、なんだよこの速さは!!」


「はっ!おせえぞ小僧!」



 風切の速さは悠々に左サイドバックを置き去りにしていく。ロングパスをどフリーでトラップし、更にゴールラインギリギリまで進んでいく。


「っとぉ!出るとこだった」


 ゴールラインまで進んだ風切はペナルティエリアを見据える。もうそこには浅利高校の選手も天門高校の選手も集まってきていた。風切は特にどこか狙う訳ではなく、ボールを放り込む。


「ほらよ!誰か決めてくれ!」


「クロス!注意しろ!」


 天門のゴールキーパーの大声が轟く。風切のクロスボールは本当に放り込んだだけだったが、存外いい位置に飛んだ。ちょうどゴールキーパーとフィールドプレーヤーの間の空間だった。つまり、ラッキーなことに素晴らしいクロスボールとなっていたのだ。そして、そのクロスボールに飛び込んだのは誰よりも早くペナルティエリアに入ることが出来た貴野だった。


「だらぁっ!」


「っ!届け!」


 ボールに飛び込んだ貴野は頭でクロスをミートした。ゴールに押し込むようなヘディングシュートに天門のキーパーも懸命に手を伸ばすが、しかし惜しくも届かずボールはゴールに勢いなく吸い込まれた。


「っ・・・!!しゃぁあ!!」


「甲信!!ようやったで!」


「ナイスヘッドォ!」


 値千金の同点弾を決めた貴野の元に浅利高校の選手達が駆け寄る。鮫島や月無もその輪に入り、貴野の頭をくしゃくしゃにする。


「流石だ!甲信!最高だぜ!」


「貴野くん!良いヘディングだったよ!」


「・・・・・・っ!っ!っ!」


「言葉を失ってやがる・・・」


「そんなに嬉しかったんだね!」


 言葉を失うほどに喜んだ貴野を浅利高校の攻撃陣全員がその功績を褒め称える。ポジションに戻った時には髪型が崩れるほどに賞賛されていた。それほどにこの一点の価値は大きかった。


 一失点を喫した雰囲気は暗かった。先程の浅利高校とは違い、今の天門にはサブメンバー、もしくは新二年生しかいない。つまりリーダーシップをとれる人間がいないのだ。何とかゴールキーパーの選手が「取り返せばいい!」と励まそうとするも、生返事ばかりで声は届いていないようだった。


 そんな天門の選手達の雰囲気を変えたのは、監督の本吉だった。本吉は自校の選手達になにか言った訳ではなく、ベンチから立ち上がり佐和を呼んで指示を出す素振りを見せた。その動きを見るや否や、天門の選手達の表情が一気に凍りついた。そして先程までの暗い雰囲気が嘘のように緊迫した様相を見せた。


 これで彼らに隙はなくなった。鮫島はその雰囲気の変化にすぐ気づき、気を引き締めるよう仲間たちに声をかけようとした。しかし、タイミングよく試合が始まるキックオフの笛が鳴ってしまい、試合は開始してしまった。


 鮫島は「気を引き締めろ!」ととりあえず声に出してみるも、仲間たちからは生返事しか帰って来なかった。値千金の同点弾に気が緩んでしまっていた。その気の緩みが最悪の結果に繋がることは目に見えてわかった。


 鮫島が不安を覚える中、この試合三度目のキックオフを迎えた。天門高校からのボールで再開した試合は最初はゆったりとした展開で始まった。天門高校がパスを回し、好機をうかがう。浅利高校はそこにガンガン圧力をかけに行った。


「オラオラ!ボールよこせえ!」


 山口が中盤でボールを持った築山に強引なプレスをかけに行く。後ろからそれを見ていた鮫島は不安で仕方がなかった。


(クソッ。同点にしたのはいいが、イケイケムードでプラン完全無視だ。なんとか雰囲気を戻したいが…)


 このイケイケムードから落ち着きを取り戻す方法を試案する鮫島だが、そうする暇もなく天門高校にチャンスを作られしまう。鮫島の少し前方で山口や貴野が果敢なプレッシングをかけていたが、その山口が築山に猛烈なプレッシングを逆に利用されてしまい、勢いを流され築山をフリーにさせてしまう。


「っと、やべ!」


「さっきの方が怖かったよ~」


 山口を躱した築山と次に対峙するのは鮫島だ。築山の動きをよく見てマッチアップに臨む。しかし、築山はそこで勝負を選ばず、右に並走してきた選手に横パスを出した。そして築山も鮫島を通り越して前線へと走っていく。そのすれ違う時に、築山は鮫島に向けてぼそりと呟いた。


「…君にツキの相棒の荷は重すぎるよ~」


 そう呟いた築山の顔は嫉妬に燃えていた。彼は月無の元相棒といったところなのだろう。追い抜かれた鮫島は顔を悔しそうに歪ませながらポツリと言葉をこぼした。


「俺だってそう思ってるさ」




 * * *




 場面は再び前線に移る。浅利高校はボールを未だ奪えておらず、前線でのパス回しを可能にさせていた。今も前線でボールを持つフォワードの選手からボールを奪おうと森本がプレスをかけていた。


「くそ!やらせてたまるか!」


「ぐぅ!」


 センターサークル付近とペナルティエリアの間、いわゆるアタッキングサードの部分で天門高校は攻めあぐねていた。同点弾を奪って調子に乗っていた攻撃陣とは異なり、守備陣は緊張感を持ってプレイできていた。おかげで、勝ち越し弾はまだ奪わせずにいることができた。しかし、ボールを奪うことができない。天門の選手一人一人のレベルが高く、ボールをキープする力があった。


 中央でのせめぎ合いを終え、ボールは右サイドへと渡った。右サイドには月無も戻ってきていた。右サイドのウィングの選手を金本とともにサイドラインへと追い込んでいた。


「大貴!もっと追い込め!」


「うん!」


「くっそぉ…っ!オラ!」


 二人からの重圧に耐え切れなくなったのか、強引に右ウィングの選手は縦パスを出した。追い込んでいた2人は占めたと思っただろう。しかし、それは無謀な策などではなかった。


「オウ!最高だぜお前!」


「なっ!タイソン!?」


 ピッチの外から彼らを追い越し、強引に出された縦パスを掻っ攫ったのは太田太尊だった。前線へ上がっていく大胆なオーバーラップを見せ、金本の後ろをとった。太尊はペナルティエリアを見据え、地面を這うようなグラウンダーのクロスを打った。


「いっ、ちまいな!!」


「通すか…!!」


 しかし、ここは出野がグラウンダーのボールを思いっきり蹴り飛ばし、事なきを得た。とはいえ、攻撃陣、特に中盤のミスが生んだピンチに守備陣の中心人物は怒りをあらわにしていた。その人物とはいつもは温厚なキャプテン、平だ。


「おい!中途半端なプレスかけてんじゃねえぞ中盤!プラン思い出せ!まず縦切ってからプレスかけえろや!」


「す、すまん。平」


 責任を感じていたのか、山口は素直に謝った。頼れるキャプテンの檄が入ったおかげで浅利高校の選手たちは落ち着きを取り戻した。その様子を見ていた本吉は、佐和を相手に素直に敵チームを褒めていた。


「いいキャプテンだな。一度の檄でチームに落着きを与えた。一言でチームに不安を与えるうちとは大違いだ。そうは思わんか、佐和」


「ははっ、耳が痛いや。…僕はそういうタイプじゃないですよぉ」


「フン。もうすぐ後半になる。アップを開始しろ、佐和」


「了解です、んっふ。滾るなあ」


 最後に奇妙な笑みを見せてベンチを去る佐和。他の部員たちは、監督を相手にしても軽口を絶やさない佐和にベンチにいる選手たちは尊敬というよりは異物を見るような目で見ていた。自分の出番を待つ四本柱の二人、岡町と秋山はそんな佐和を見送りながら話をしていた。


「冬よりも手ごわいね、浅利は」


「フン。あいつ等が情けねえだけだろ」


「まあそれもあるだろうけど。実際うちのサッカーは縦を切られただけでも威力が半減する。それがわかる構図だよね」


「…まあ、確かにな。弱点をうまく潰すサッカーをしてやがる。浅利にいいブレインがいる証拠だな」


「ほお。中々いい分析だな」


 その会話を聴いていたのか、二人の前にいつの間にか本吉が立っていた。それに気づいた二人は一瞬ビクッと体を震わして、恐る恐る監督の方を見た。本吉に怒っているような雰囲気は感じられなかったが、二人は自然と丁寧な口調で「な、なんでしょうか。監督」と口に出していた。


「二人とも、後半から出ろ。奴らをサポートしてやれ」


「「了解しました!」」


 口を揃えて返事をした二人は急いでベンチから去り、佐和とともにウォームアップを開始した。天門高校のベンチが慌ただしくなるその一方で、ピッチでは相変わらずゆったりとした展開が続いていた。平の檄によって落ち着きを取り戻した浅利高校の守備が元通りになり、更に守備陣の奮闘もあって天門の攻撃を跳ね返し続けていた。


「ッラア!舐めんじゃねえぞ、ゴラァッ!」


「ちっ!うぜえなぁ」


 アタッキングサードからシュートを打とうとした日浦へ島田が見事なスライディングタックルでボールを刈り取る。こぼれ球をクリアしようとした出野は、中盤で鮫島がボールを呼んでいることに気付いた。そして天門の選手のほとんどが自陣から浅利側の陣地に侵入していることにも気づき、すぐに縦に速いパスを入れる。


(よし。ナイスパスです、出野さん!)


 鮫島はそのパスを上手く足元でもらい、右足でボールをタッチしてゴールに背を向ける自分の右側に出した。鮫島の脳裏には天門が自陣に戻る前にカウンターを決めてやろうという考えしかなかった。そして、それと同時に一つのイメージが浮かんだ。()()()()がオフサイドラインギリギリを抜け出しているイメージだ。


「……お前ならわかるだろ!ツキ!」


 鮫島は相手ゴールに背を向けた態勢ではあったが、振り向く回転の遠心力でそのままボールを蹴りだす。渾身の力で蹴られたはずのボールは虹のようなアーチを描いて、天門陣地の左サイドに弾むように落ちた。そのボールを追いかけていたのは、もちろん月無大貴だ。他の誰でもない。カウンターを意識していた月無は、あらかじめオフサイドラインギリギリに残って好機をうかがっていた。そして、正にそのカウンターが始まるとき、つまり鮫島がボールを蹴った瞬間、天門守備陣よりも早く動きだし、ディフェンスラインの裏に抜け出したのだった。


「サメなら!気づくと思ってたよ、僕の動き!」


 お互いに同じイメージを持ち、そのイメージ通りに動くことを信じることができる。これこそ相棒のなせる業といえる見事な形だった。とはいえ、天門もそこまで甘くはない。抜け出してボールをトラップした月無を太尊が猛スピードで追いすがっていた。


「ツッキィィ!お前だけにゃやらせねえんだよ!」


「クソッ!太尊か!早すぎなんだよ、君!」


 追いすがる太尊を突き放すため、月無はボールを大きく蹴りだした。とはいえ、スピード勝負では太尊には勝てない。太尊に勝つためには月無のアイデアとテクニックがどこまで優れているかがカギとなる。だが、言うまでもなく、ここからは月無の独壇場となる。


(ここを決めさせちゃならねえ!ファウルしてでも止める!)


 この決定機に焦る太尊はファウルを覚悟してでも止めることを決意する。大きく蹴りだしたボールを月無がトラップする時に後ろからボールを刈り取ろうとした。しかし、そこは月無の方が一枚上手だった。


「っ!ッラア!」


「っとぉ!危ないなあ!」


「なにっ!?」


 月無は動くボールを止めた瞬間、その場でボールを右足に乗せ、太尊のスライディングタックルを飛んで躱したのだ。太尊を躱した月無はそのままの勢いを維持し、中へと切れ込みペナルティエリアに侵入した。


「やらせねえぞ、月無!」


 そこに体を寄せてきたセンターバックの選手に、月無はいつもよりも重心を低くした。ペナルティエリア故にファウルができないセンターバックの選手はどうにかしてボールを奪おうとするが、自分より小さい月無の態勢を崩すことすらできない。


「なっ、なんだよ!この強さ!」


「ごめんね、田中君。甘いよ!」


 月無は体を寄せてきた相手の力が自分にかかっていることを逆に利用し、一瞬だけ力を抜いて相手の体制が崩れたところで、ボールを股の間に通し、相手と場所を入れ替わった。そして、フリーになった月無の前にはもうキーパーしかいなかった。


「クソッ!どうにでもなりやがれ!」


 やけくそ気味に飛び出してきたキーパーをあざ笑うかのように、月無はキーパーの上空に弧を描くループシュートを放ち、高速カウンターの終止符を打った。


 華麗な3人抜きからの冷静なループシュートでゴールを決めた月無。見事としか言いようのないテクニックに浅利高校の部員たちは呆然としたが、すぐに勝ち越し弾に歓喜の雄たけびを上げた。月無の祝福に駆け寄ろうとしたところで、審判の笛が鳴り前半が終了した。浅利高校と天門高校の練習試合は2対1という誰も想像しなかったスコアで後半を迎えるのだった。

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