VS天門!!(2)
遂に浅利高校と天門高校の練習試合が始まった。互いにセンターサークルを境に睨み合う両校のスターティングメンバー。浅利高校がピリピリしているのは当然だが、天門高校もどこか独特の緊張感があった。それもそのはず、この試合は今日天門のスターティングメンバーを飾った部員達にとっては新チームに選ばれるラストチャンスのようなものだ。浅利高校とはまた違った雰囲気をまとい、この試合に挑んでいた。
この練習試合で審判を務めるのは天門高校の二軍選手だ。彼らの元に両校のキャプテンが集まり、コイントスでボールか陣地かを決める。今回は表に賭けた平がボール、つまり先攻を勝ち取った。
「よし、気張っていくぞ!」
『おおっ!』
平の声掛けで気合いを入れ直す浅利高校。あとは主審の笛を待つだけだった。自陣中央からそれぞれのポジションにバラける。すでに天門高校は準備万端の様相を呈しており、月無の目の前にはすでに天門高校の右ウイングでスターティングメンバー入りした日浦がいた。
「ヒヒッ!会えて嬉しいぜ、月無ぃ・・・。テメェも、テメェのチームも天門高校を恐れるほどにズタズタに撃ち滅ぼしてやるよ!!」
「あーはいはい。まあがんばりなよ」
「クソが!見下しやがって!」
天門高校に偵察に行った日のように噛み付く日浦だが、月無はそれを相手にしない。彼らの関係はおそらく転校前から変わっていないのだろう。二人の様子に天門高校の選手達は同じものを繰り返し見させられたかのような目で見ていた。
主審の長い笛が鳴って試合が始まった。ボールを自陣に蹴ったのは貴野甲信。浅利高校の新二年生の中でも実力のある選手だが、ピッチ外ではあまりにも無口ではっきりいって目立たない。しかし、ピッチでの彼は非常に雄弁になる。浅利の狂犬、島田をも黙らせる騒がしさだ。
「さあさあさあ張り切っていこうぜ!」
そんな貴野から試合はスタートし、ボールは右ウイングの風切を経由して山口に渡る。山口はボールをもらって直ぐに後方の鮫島にパスを送る。
「・・・先手必勝」
鮫島はパスを貰うと、ボールをダイレクトで前線へ蹴りこんだ。もちろん狙うのは左サイド。浅利最高の飛び道具、月無の元へピンポイントのロングボールが飛ぶ。
「はっ!いいねえ!サメ!」
このロングボールに月無もしっかりと反応していた。鮫島のロングパスを追ってディフェンスラインの裏に抜ける。試合開始してすぐのチャンスに呼応するように浅利高校の選手達もグイグイディフェンスラインを上げて相手陣地へと侵入する。
しかし、いきなりチャンスを迎えたはずの月無だったが、胸でのトラップのため振り返ったその瞬間に、ロングパスを頭でクリアされてしまう。チャンスを棒に振り「ああっ!くそっ!」と声に出して悔しがる月無に、チャンスを潰した選手は決め顔で自慢してみせた。
「どうだ、ツッキー。この俺を日浦みたいに舐めてもらっちゃ困るぜ」
「やっぱりお前かぁ、タイソン!みてろよ〜」
タイソンと呼ばれたこのサイドバックは、試合前に月無が浅利高校の部員達に危険な選手として紹介したミラクル4の一人、太田太尊だ。上背がありフィジカルの強いサイドバックで、月無は天門高校時代に最も苦手とした相手だった。
(タイソンを超えなきゃ、ゴールに近づけない。くそっ、面倒だな)
(今日もお前には眠っててもらうぜ?ツッキー)
互いに思考をめぐらしながらも、試合は進みスローインで再開する。月無のスローインでピッチに戻されたボールは山口に渡される。山口は今度は逆サイドにロングパスを蹴りだし、人の少ない方への攻撃の展開を試みるが、このパスは大きくサイドラインを超えてしまった。
「あちゃあ。今日はパスはダメな日かぁ?」
山口はかなりムラのある選手だ。一日一日で調子の移り変わりが激しい。ただ、その分なんでも出来る選手でもある。パス、ドリブル、キープ、走ることなど現代的なトップ下に必要な能力は平均的に兼ね揃えている。ただ、日によってその能力の調子にムラがあるのだ。この日はどうやらパスはダメらしく、あまり精度のいいパスは出せないようだった。
試合はまたもや中断され、スローインとなる。今度は天門高校側のスローイン、太尊と逆側のサイドバックがボールをピッチに入れる。そのままボールは中盤へと渡っていく。そこから更にボールは前線へと運ばれていき、サイドの日浦へと渡る。相対するのは左サイドバックの朝野だ。
「来いや!」
朝野は威勢よく声を上げ日浦との距離をとる。その様子を遠目で見ていた月無が焦った様子で大声を上げた。
「ダメだ!11番に距離を開けるな!」
その大声に浅利高校の選手達は一様に驚き、朝野もビクッと体を震わせて一瞬動きを止める。その時だった。日浦は俊敏な動きで中に切り込み、朝野がそれに反応してマークを外さないようにした。しかし、それも遅かった。
「らあっ!」
日浦は朝野がマークに着く前に右足を振り抜いたのだ。日浦の右足から強烈なシュートが放たれ、弧を描いてゴールへと飛んでいく。平はいきなりのミドルシュートに虚を突かれはしたものの反応は良く、右手をなんとかシュートにあてた。そのこぼれ球を出野がピッチ外へと蹴り飛ばし、なんとか事なきを得た。
しかし、浅利イレブンは完全に気が気ではなくなっていた。日浦の素早い動きからの恐ろしい精度のミドルシュートを見せられ、戸惑いを覚えていた。天下の天門は、サブの選手でさえこんなにも凄いのかと。
そんな中、ベンチでは日浦や太尊についてその存在を覚えていた新二年生の酒井隆太や他玉井透たちがベンチにいる仲間たちと話しながら解説をしていた。
「あのウィング、日浦だ。東京第一で全国に行った日浦だよ!『早撃ち』で有名なアイツだよ!」
「ああ、あの!えげつないスピードで打ってくるやつな。中学時代、アイツ嫌いだったわー」
「それと、あの人、太田太尊だよね。富岡学園の。静岡の名門で三年間唯一レギュラーを誇った名サイドバック。月無くん、大丈夫かな」
太尊のことを話しながら月無への心配をするのは新二年生の藤田和弘だ。彼は癖の強い浅利高校新二年生の良心的存在で、次期副キャプテンにつくことを新二年生から推されている。
ベンチで話をしている合間に試合は最初の速攻的なペースも落ち着いて、スローペースな展開になっていた。ボールを持つのは天門高校。天門は縦に早くドンドン展開していこうとしているが、中盤のパスの精度があまり良くないのもあるが、それ以上に浅利高校の守備がうまくいっていた。ブロックを作って縦へのパスコースを遮断することで、天門のパスワークを阻害していた。ベンチで見ていた選手たちも自分たちが猛練習してきた結果が目に見えて分かった。
「よし、いいぞ!守備ブロックがうまく機能している!」
ベンチから歓喜の声が上がる。そして、猛練習の結果は攻撃にも出ていた。だが、最後のフィニッシュの部分で月無や貴野が精細さを欠いていた。特に月無が太尊に抑えられているのが大きかった。鮫島の正確なロングフィードは月無にたどり着く前に太尊にカットされていたのだ。今の場面でも、天門高校の縦パスをカットした森本晋介がロングパスを狙ったが、またも太尊に弾かれボールがピッチ外に出てしまった。
「くそっ。あのサイドバック厄介すぎやろ。なあサメちゃん」
関西出身で関西弁を扱う朗らかな男、森本でも今の展開はなかなかにキツイものらしく珍しく曇り顔を見せていた。話しかけられた鮫島は少し考えるそぶりを見せ、すぐにこの展開を変える答えを出した。
「攻め方を変える。ウイングにボールを集中させるのは変えないが、ショートパスで地上から攻めよう。俺は少し前目に出る。晋介は少し後ろ目にポジションをとってくれ」
「分かった。俺もそれには賛成や。山口さんは多分今日はドリブルの日や。中央で運んでもらって、中と思わせて外とかどうや」
「それもいいな。風切さんのサイドも使っていこう。あの人の速さならぶっちぎれるはずだ」
「よしゃ、そろそろ試合も再開する。気張って行こうや」
森本が鮫島の近くから離れていき、自分のポジションへと戻っていく。そして試合が再開した。だが、先手を取ったのは天門高校の方だった。
「そろそろ変え時だよね~」
天門高校の戦い方を変えたのはスローインからボールを受けたトップ下の選手だった。先ほどまで縦パスで攻めることに固執していたチームの戦術をガラリと変える唐突なロングフィードを出したのだ。浅利高校を驚かせたのはその急な戦術転換に即座に反応した天門高校の動きだ。ロングフィードを受けたセンターフォワードがポストプレイで反応の遅れた島田に空中戦で打ち勝ち、走りこんできたボランチの選手がスルーパス一本を日浦に通すと、日浦はダイレクトで強烈なシュートを放った。ニア、つまり日浦から見て近いゴール左隅に放たれたシュートに、平は反応しきれず先制を許してしまった。
「っしゃあ!!どうだ月無!」
「やるじゃ~ん。春彦~。また外すかと思ったよ~」
「やりゃあ出来んじゃねえか!春彦!」
月無の転校した浅利高校から先制点を奪えたのがよほど嬉しかったのか、喜びを爆発させる日浦。そこにロングフィードを上げた選手、ミラクル4最後の一人にして新チームの中核を担うトップ下、築山泰助だ。今のチームの中で唯一月無と同じく冬の選手権で主力を担った選手で、戦局を読むのに長けており長短のパスを使いこなす。厄介な選手の本領発揮によって失点を許してしまった浅利高校。しかし、選手たちは存外落ち着いていた。
「気にすんな!気にすんな!決められて当たり前だ!切り替えていくぞ!」
「事前に…わかってたこと…。同点にすれば…いいだけ!」
「よっしゃオラァ!取り返すぞゴラァ!」
「いいっすねえ!逆境どんと来いっすよ!」
キャプテン、副キャプテンを中心に声を出して即座に切り替える。この切り替えの早さは猛練習で培ったものだ。自分たちは弱い。点を獲られてもしょうがないということではなく、失点にこだわらない。鮫島は守備戦術の練習と一緒にこのメンタリティを浅利高校の面々に反復させたのだった。猛練習の結果はしっかりと出ている。だが、まだそれは守備面だけに限られている。攻撃面でも結果を残すことができるのか。
「……僕が点を獲らなきゃな」
皆の期待を一身に背負う月無は、自陣に戻る最中でそうつぶやくのだった。