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VS天門!!(1)

 まだ寒さの残る二月中旬。今日は朝早くから雨が少し降った影響もあり、昨日と比べてやけに寒かった。土曜日ということもあり町は閑散としていて、寒さと相まってどこか静けさを感じさせた。浅利高校も土曜日らしく部活や学校に用のある生徒だけが学校へと登校しているようだ。土曜日の学校には部活動らしい青春のようなものを感じさせるさわやかな活気があった。


 そんな爽やかな学校の中で、一つだけどす黒い殺気を放っている場所があった。もちろん、サッカーグラウンドである。練習試合を二時間後に控えた浅利高校の面々は早めに学校に来ていた。この一週間、天門高校に勝つために鬼軍曹と化した鮫島の下、猛練習に励んだ浅利高校。部員たちの一部からは不満も出たものの、天門高校の態度を聞くとさすがにムカついたのか、誰もボイコットすることなく練習についていった。すべては天門高校に一泡吹かせてやるため。すでに全員集合していた浅利高校の部員たちは部室でミーティングを行っていた。


「よし、じゃあミーティング始めるぞー。頼んだ、鮫島」


「はい。じゃあみなさん、ホワイトボードに注目してください」


 鮫島はホワイトボードにマグネットを配置し、今日の天門高校戦のフォーメーションから戦術までを解説する。


「まず、フォーメーションは4-3-3。基本的にブロックを作って守備をしますが、特に中央の守備には気を付けましょう。前半、天門はおそらくサブ中心、つまりこの前言っていた四本柱は出てこないと思います。新一年生の亜門弟はわかりませんけどね。

 攻撃はサイドに重点を置きます。これは練習で必死にやったパターンを活用しましょう。ハマれば天門相手でも得点できると思います。

 最後にスタメンですが、ゴールキーパーは平キャプテン。4バックは左から朝野、出野さん、島田さん、金本。ダブルボランチは俺と森本。トップ下は山口さん。3トップは左にツキ、真ん中は貴野、右は風切さんで行きます。スターティングメンバーじゃない人も、今日はどんどん変えていこうと思うんで準備しといてください」


 鮫島の説明も終わってミーティングが終了した。部員達は部室を出て練習試合の準備を始めた。しばらくすると、顧問の高島がやって来て、そろそろ到着する天門高校サッカー部のバスを正門まで迎えに行くとの報告を受けた。それを聞いた月無は鮫島に声をかける。


「ついに、だね」


「ああ。やれる事はやった。あとは結果だ」


「ふふ、それジュニア時代も言ってたよな。なーんか思い出しちゃうよなあ」


 ニヤニヤしながら言う月無の腰を軽く蹴り、「ニヤニヤしてんじゃねえ」と照れ隠しする鮫島。そこに今日のスターティングメンバーに選ばれた風切風助(かざきりふうすけ)がやってきた。


「いよお!お二人さん。準備は万端かい?」


「ああ、風切さん。今日は頑張りましょうね!」


 いつもの人懐こそうな笑顔で月無が風切に近寄る。鮫島は話し始めた二人を置いて正門の前へと向かった。




 * * *




 浅利高校の正門前にはすでに天門高校サッカー部専用のバスが止まっていた。鮫島が正門前に到着したのは、天門高校の面々がバスから降りてきていたところだった。その場にいた浅利高校の面々は顧問の高島と、キャプテンの平だった。


「ん?鮫島、お前も来たのか」


「はい。挨拶しておかなきゃなりませんからね」


 鮫島はそのセリフとともに口を歪ませる。正に宣戦布告をしに行くといった表情だ。


 天門高校の部員達は坊主頭のひょろっとした男を先頭にぞろぞろとバスから出てきた。その先頭の男が、鮫島を冬の選手権で苦しめた男、佐和だ。最後にバスから出てきた本吉監督に高島が挨拶をしに行く。鮫島はキャプテンの平とともに天門高校のキャプテンである佐和に挨拶をしに行った。


「今日はわざわざ来てくれてありがとうございます。キャプテンの平です」


「あー!これはわざわざどうも!佐和です。今日は楽しもう!」


 平の差し出した右手をがっしりと掴む佐和。鮫島は傍目に見ながらこの佐和という世代きってのボランチを観察する。佐和は近くで見ると思ったよりもがっしりとした印象があった。ひょろっとした印象を生み出していたのはおそらく彼の長い手足が起因している。鮫島は冬にこの長い手足にボールを奪われたのだ。


 そうしていると、平との挨拶を終えた佐和がくるっとこちらに向いた。そして、鮫島の方にも握手を求めて右手を差し出してきた。


「やあ。冬ぶりだねえ!鮫島くん!元気にしてたかな?」


 鮫島は佐和が自分のことを覚えていたことに少し驚く。とはいえ、驚いてばかりもいられないので差し出された右手をこちらも右手で握り、下手な愛想笑いを浮かべる。


「・・・どうも。覚えて頂いていたとは、光栄ですね」


「そりゃもちろん!君は僕の注目株だからねえ。今日は頑張って、僕を引きずり出してね」


 そう言って笑う佐和の目は正に狩人のそれだった。こちらを獲物としか見ていない。それがビシビシとこちらに伝わってくる。鮫島は「まあ必死こいて頑張りますよ」と精一杯の皮肉を混じえて佐和の言葉に答えた。


 軽い挨拶を終えると高島と監督も挨拶を終えたようで、本吉監督が天門高校の面々を集合させた。どうやら高島もその輪から少し離れたところにいるのを見るに、もうグラウンドの方へ行くようだ。


「俺らも戻るぞ、鮫島」


「はい。キャプテン」


 平と鮫島は天門高校よりも先にグラウンドへと戻って行った。


 グラウンドに戻ると、それから間髪入れずに天門高校の部員達が入ってきた。高島が先導していたらしく、高島が浅利高校と反対側のベンチに天門高校を誘導した。天門高校の部員達が自分たちの荷物を置いている中、佐和が平と話をしに来た。二人は試合の開始時間を決めたらしく、平が浅利高校の方のベンチに戻ってきて「30分後に試合開始だ!アップするぞ」と言い、両校ともウォーミングアップが始まった。




 * * *




 両校がそれぞれウォーミングアップに励む中、月無は用を足しにトイレに行っていた。用を足し終え、手を洗っていると丁度天門高校の監督、本吉秀和(もとよしひでかず)が入ってきた。


(うげっ!本吉監督じゃん!会いたくなかったなー)


 月無は心中でそう思いながらも、さすがに挨拶をしない訳には行かないため、軽く「お久しぶりです、監督」と頭を下げた。本吉は特に何も返答することは無く、そのままスルーしてトイレの個室に入っていった。


(・・・無視することないのになぁ!腹立つ!)


 月無は無視されたことに腹立たしさを覚え、さっさとトイレを出ていこうとした。その時、個室から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「月無」


「わっ!な、なんですか?」


 声の主、もちろん本吉は少し間を開けると、よく響く声で月無にこう言った。



「楽しみにしている。お前の選んだ約束とやらを」



 月無はその言葉に思わず口を歪める。挑発しているような笑顔で元恩師にこう返した。


「はい!楽しみにしててください!一泡吹く準備しててくださいね!」


 そう言った月無はそのままトイレから駆け出して行った。残された本吉はトイレの個室の中で先程の発言を鼻で笑い、「生意気な」とポツリ呟いた。


 月無がトイレから戻ると、すでにアップは終了しており、両校ベンチの前で試合前最後のミーティングをしていた。天門は監督不在のため、キャプテンの佐和が仕切っており、こちらは一応顧問の高島が仕切り始めた。


「じゃあみんな!今日は頑張ってね!私は見てますから!」


 高島はそれだけ言うと「あとよろしくキャプテン!」と言って平に振った。今の時間はなんだったのだと部員達全員が同じことを思ったが口には出さず、平の言葉を待った。


「みんな、今日の相手の天門は冬の選手権で負けた相手だ。でも前と俺達は違う。三年生がいないってこともそうだが、鮫島ができる限りの対策とその練習をしてくれたし、月無もいる。見せてやろうぜ、舐められっぱなしじゃいられないしな。・・・全力を尽くそう!行くぞ!浅利!」


『おおっ!!』


 平の言葉で浅利高校の部員たちは身が引き締まるような感覚になった。誰もが緊張感を感じながら、それ以上のやる気に満ち溢れていた。浅利高校の運命を変える戦いが今始まろうとしていた。

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