天門高校の強さ
岩見に案内されたサッカーグラウンドでは天門高校サッカー部の面々が紅白戦を行っていた。鮫島が見る限り、見た事のある選手がゴロゴロ居た。つまり、彼らは天門高校の主力だ。そもそも天門高校はサッカーの名門であり、部員数もそれなりの人数がいる。練習時も一軍と二軍で練習メニューを分けているのは有名な話だ。このサッカーグラウンドで練習できるのは天門高校の中でも限られた選手だけなのだ。
だが、肝心のキャプテンがおらず、思わずキョロキョロと周りを見渡してしまった。すると、その様子に気づいた岩見が鮫島の疑問を解消してくれた。
「あ、本吉監督とキャプテンの佐和さんは再来週の合宿先に挨拶に行ってるので不在ですよ」
「合宿?」
鮫島は思わぬ返答に驚きそのまま聞き返した。そこに月無が石見の言うことに補足情報を付け足した。
「この時期、天門は合同合宿に行くんだ。多分、浅利との練習試合はその調整だと思う」
「なるほどな。勝って調子をつけたいってところか」
「そういうことですね・・・あはは」
鮫島の言葉に岩見は気まずそうに笑った。それもそうだろう。今この状況は対戦相手を前にして「あなた達を練習台にして、尚且つ踏み台にもさせてもらいます」と言っているようなものだからだ。それが気まずくないわけが無い。
鮫島は視線をピッチに戻した。一方は練習用のユニフォームの上からビブスを身につけており、こちらがBチームなのだろうと予測できる。
Aチームと思しきユニフォームの選手達は明らかに動きが違った。鮫島が紅白戦を見ていると、岩見が天門のAチームについて解説してくれた。
「鮫島さん。天門についてはどんな風な印象をお持ちですか?」
「え、そうっすね。去年までの天門は強力なセンターラインの選手たちを中心にした縦に早いサッカーを展開してましたよね」
「そうです!縦へ縦へと展開する私たち天門のサッカーではセンターラインの四本柱が重要選手になってきます。天門を攻略するおつもりでしたら、まず今の四本柱を研究してはいかがでしょうか」
「なるほど。今日もその四本柱出てるんすか」
鮫島が聞くと岩見はピッチを見つめて、どこからか取り出した黒縁メガネをつけて解説を始めた。彼女は形から入るタイプのようで、メガネをクイッと上げている様子は可愛くも馬鹿そうに見えた。
「一人を除いて全員出てますよ!まずは期待の新一年生、背番号11をつけている亜門将太くん。去年までキャプテン兼エースストライカーを務めた我が天門の王様、亜門将也先輩の弟さんです!」
岩見に言われて背番号11の選手を見る。その背格好は兄そっくりで、鮫島は冬の選手権で見た亜門兄の姿を思い出した。鮫島に恐怖を覚えさせるほど冷徹さを感じさせた兄とは違い、どこか野性味のある風貌をしていた。
「彼の魅力はなんといってもスピードです!裏への抜け出しはまだ中学生ながらすでに超高校級。課題はまだまだありますが、次代の天門を背負う逸材です」
「へえ、亜門先輩に弟なんていたんだ。似てるぅ」
「そっか。ツキは会ったこと無かったのね。顔は似てるけど性格は真逆よ」
「そうなんだ。で、次は?」
「次の四本柱は、新三年生のセンターバック。岡町優生先輩ね。精密機械のようなスライディングタックルはもちろん、一対一の強さはプロにも負けないわ。ちなみに背番号は2を付けてますよ」
背番号2を背負う選手は、今この場面でも見事なスライディングでビブス組のチャンスを潰していた。
「そしてその岡町先輩の更に後ろ、背番号1の天門最後の門番、秋山秀太先輩が今いる最後の四本柱ですね。ビッグセーブはあまりないですが、安定感は抜群です」
「その言い草からすると、最後の四本柱ってのはやっぱり佐和っすか」
背番号1のゴールキーパーの活躍を見ながら、鮫島は分かり切っていたことを岩見に確認した。すると、彼女は笑顔で頷き、最後の四本柱について詳しく教えてくれた。
「そうです!天門高校新体制の新キャプテン、U-18日本代表にも名を連ねる背番号7、新三年生のボランチ、佐和秀一郎。鮫島さんも、冬の選手権で対峙してますから説明しなくても分かっていると思いますが、豊富な運動量で攻守に顔を出し、時にはミドルシュートでゴールを脅かし、チームの危機には自陣のゴール前に戻ってチャンスを潰す。正にパーフェクト・インサイドハーフ。天門の象徴ですね」
岩見の説明に鮫島は冬の選手権のことを思い出していた。トップ下として出場した鮫島は、佐和に全てのゲームプランを崩された。佐和一人にチームのパスの供給源である自分を潰され、チームは機能不全に陥った。
(あの試合は屈辱的だった。俺は、チームを俺に依存させすぎていた。やはり、新チームではそこを変えないとな)
そんなことを思っていると、どうやら紅白戦が終わったらしく天門の選手たちは中央に集まってミーティングに入っていた。さすがにそこまで見る必要は無いと感じた鮫島は岩見に帰ることを告げた。
「今日はありがとうございました。練習試合では調整相手以上の力を見せられるよう頑張りますよ」
「あ、もう帰るんですね。分かりました!ツキがいるので帰り道も大丈夫ですかね?」
「さすがに忘れてないよー。一ヶ月くらいしか経ってないし」
「だそうなんで、ここで失礼します」
「分かりました。ではまた来週の練習試合で」
「はい。また」
「じゃあね〜」
岩見との挨拶を終え、鮫島は行き道と同じく月無の先導でバス停へと向かっていた。その時、後方から「月無ぃ!」という叫び声のような大声が聞こえ、二人はビクッと体を震わして後方へ振り向いた。
声の主は鮫島の知らない選手だった。だが、月無はもちろん知り合いのようで「おーっ、日浦!」と間の抜けた声で反応していた。
「おーっじゃねえよ。てめえ、何しに来てんだよ」
「えっと、偵察?かな」
「あぁ?浅利高校ごときが偵察かよ。意味なんてねえだろうよ」
「はぁ?そんなのわかんねえだろ、やってみなきゃさ」
日浦と呼ばれた男はどうやら浅利高校を舐め切っているらしく、鮫島は密かにこの男の態度に苛立っていた。しかし、それを表に出さないようにしていた。
「フン、分かるさ。まあ精々がんばれよ、無駄な努力をよォ」
「お前、何言いに来たんだ?そんなこと言いに来たんじゃねえよな」
さすがに月無も不快感を覚えていたのだろうか、言葉遣いが普段と違っていた。だが、日浦と呼ばれた男は全く気にせず、むしろ月無のその態度の変化を喜んでいるようにどんどん口を歪ませていた。
「俺はよォ、お前に感謝しに来たんだ」
「感謝?お前が、僕に?」
「ああ。お前のおかげで、俺は!レギュラーになれた!お前が、馬鹿げた約束を守るために、雑魚高校に行ってくれたおかげでさ!最っ高の気分だったね!お前が浅利高校に行くって言い出した時はさ!お前が、何よりも目障りだった!だからこそ、言いたかったんだよ!ありがとうってなァ!」
大げさな身振り手振りを交えた日浦と呼ばれた男の皮肉に、鮫島はぽかんと口を開けるしかなかった。ここまで大胆に、それも本人に煽るような悪口を浴びせるタイプと初めて会ったからだ。とはいえ、罵声を浴びせられた月無は特に気にしている様子はなかった。
「あーはいはい。どういたしまして。日浦もがんばれよー。ポジション安泰ってわけじゃないんだからさ」
「っ!……てめえのそのちょっと上から目線の態度が一番頭にくんぜ。俺が格下みてえじゃねえか!」
日浦と呼ばれた男は最後に「じゃあな。楽しみにしてるぜ、お前の負け姿」と皮肉じみた捨て台詞を言ってその場を去っていった。台風のように突如現れ大騒ぎして去っていた彼を見て、鮫島は月無に彼のことを聞かずにはいられなかった。
「あいつは?」
「えっとね、日浦春彦。僕らと同じ代で天門ミラクル4って呼ばれてた一人だよ。性格はアレだけど、実力は確かだ。多分、練習試合では左ウイングで出場すると思う」
ミラクル4に少し興味は湧いたが、鮫島はあえて聞かないことにした。月無はあまり他人に興味を強く持つ方ではないと知っていたからだ。普段は人懐っこく明るい性格で友達も多いが、サッカーにおいては自分の認めた選手のプレースタイルにはやけに詳しいが、興味のない選手は本当に知らない。とはいえ、ミラクル4などという名称がついているくらいなので、知らないということはないだろうが。
それ以上に鮫島にはやらなければならないことができた。
「ツキ」
「んん?なに?サメ」
「俺はまだ約束を、日本一を目指すとは言えない。だが俺らをなめきった態度の天門を倒すためなら、とりあえずは手を貸す」
鮫島はひそかに天門高校の態度や言動に苛立ちを覚えていた。元来冷静でありながらドのつく負けず嫌いな鮫島は、浅利高校において自分に課した無理を言わないというポリシーを捨ててでもこの舐めた態度を崩さない強豪に勝ちたいという気持ちになったのだ。
「にひっ、そうこなくちゃ!やってやろう!サメ!ツキサメコンビ、復活だ!」
「あだっ!おい、まだ復活ってわけじゃ…!」
相棒がやる気を出したのがかなり嬉しかったのか、月無は鮫島の肩に手を回して喜んだ。そのはしゃぎようは明らかに子どもと同じで、バス停に着くまで大騒ぎは続いた。
「ったく、子どもかよ」
「だってさぁ!小学生ぶりだぜ?うれしいよそりゃ!」
天門高校偵察が二人の関係良化に一役買ったのは言うまでもない。そして、この練習試合をきっかけに浅利高校の躍進は始まる。とはいえ、今はそんなことは知ることもない。もう薄暗くなったバス停で鮫島と月無は天門高校との練習試合に向けての猛練習を誓うのだった。