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偵察

「昨日は出過ぎたことを言ってしまい、すいませんでした」


 月無と鮫島の口喧嘩の翌日の部活は鮫島の謝罪から始まった。練習前のミーティングに入る前、部員が集まってすぐに鮫島は頭を下げたのだ。それほど、彼は昨日の口論において自分の発言に罪悪感を感じていたのだろう。浅利高校サッカー部はこういう場面に出くわすのは初めての経験だった。鮫島太陽は浅利にとって絶対的な存在であり、彼に頭を下げることはあれど、彼がサッカー部で頭を下げているところは誰も見たことがなかったのだ。とはいえ、この状況に陥ったからには、誰かが鮫島を許してあげなければならない。その先陣を切ったのはもちろんキャプテンの平だった。


「いや、いいんだ。鮫島。お前の言葉は全部が俺たちを思ってのことだ。気にするな」


 平はそう言って深く頭を下げる鮫島の肩を叩いた。鮫島は許されたことで募っていた罪悪感が晴れたのか顔を上げる。他の部員たちも特に怒ることもなく、鮫島に優しい言葉をかける。


「平の言うとおり…だ。お前が気にする…ことではない」


「謝る必要なんてねえよ!暗い顔すんなよな!」


 出野や島田に励まされ、鮫島はようやく普段の仏頂面に戻った。こうしてこの日の部活も平和にスタートするかと思われた。しかし、そこに顧問の高島が来たことで普段通りとはいかなくなった。


「みんなお疲れ!いやー今日も部活日和だねえ」


「あ、高島先生。お疲れ様です、どうしたんすか」


 普段はあまり練習を見にこない高島が、練習前から部活の方にきたことを少し不思議に思い、平はすぐさまそのことを尋ねた。すると、案の定高島はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに大ぶりのジェスチャーとともに話し始めた。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたー!実はね、あれから先生も天門高校のこと調べてみたの!この前の冬の選手権で負けちゃった相手ってことくらいしか知らなかったんだけど、すごい高校だったんだねえ!

 最高成績インターハイと選手権の二冠!今年は夏のインターハイは全国ベスト8、冬の選手権は全国ベスト4の超エリート!こーんな強い相手がおなじ西東京って言うのはちょっと酷いよね〜。

 それでね、先生から一つ提案があるんだけど、いいかな?」


「はい。どんな提案ですか?」


「むふふ、それはねえ〜、なんと!偵察です!」


 いつもののほほんとした微笑を浮かべながら、何やら不穏なことを口走る高島に、もちろん部員達は全員時が止まったように固まった。だが、それも束の間で、すぐに正気を取り戻した。表情と言葉とのギャップに少し戸惑っただけで、提案自体はそう悪くなかったからだ。


「・・・高島先生にしてはいい提案ですね」


「でしょでしょ!?やっぱり生で見るのは違うと思うのよね」


「雪ちゃん先生が割りとまともなこと言ってて、なんか不思議だな」


「ちょっとー、朝野くんそれどういう意味?」


「誰を行かせるかが問題ですね」


 平は少し考えた素振りを見せたが、おそらくもう心の中では誰を行かせるか決まっていた。そのため、平はすぐにその二人を指名した。


「よし、じゃあ昨日大騒ぎをしてくれた二人に任せようかな」


「えっ、僕ですか?」


「なっ、キャプテン!?」


 驚きの声をあげる月無と鮫島の二人だったが、平は最もらしい理由をつけて二人の逃げ場をなくした。


「うん。月無は元天門だし、鮫島はうちの頭脳だ。これ以外に理由がいるか?」


 これにはどちらも言い返すことがなく、素直に了解の意を伝えた。こうして、月無と鮫島はまだ喧嘩の熱も冷めやらぬ気まずい空気で天門高校へ偵察へ行くこととなった。




 * * *




 浅利高校の正門から少し離れたところにあるバス停は、多くの生徒が登下校に使っており、朝のラッシュの時間になると浅利高校の生徒で溢れかえるほどになる。帰りは部活や寄り道の影響もあってそこまで混んでいるということは無い。


 月無と鮫島は練習着から制服に着替えて、同じ西東京にある天門高校へと向かうためのバスを待つのだった。


「・・・・・・」


「・・・」


 部室からこのバス停まで二人は事務的な会話以外ほとんど何も話さなかった。昨日の出来事の影響は思ったよりも大きかった。とはいえそれも当然のように思える。月無は昨日の口喧嘩など気にもとめていなかったが、どう鮫島をやる気にさせようかと悩みに悩んでいた。鮫島はその逆、月無への言葉が無神経すぎたことに反省し、それをどう切り出すかに悩んでいた。


 とはいえ黙っていても時間は過ぎるばかりである。そう考えたのか、先に話を切り出したのは鮫島だった。


「なあ、ツキ」


「んん?なに?」


「昨日は、その、悪かったよ。俺も熱くなって、言いすぎた」


 素直な謝罪を受けた月無は、鮫島が思っているよりも気にしていなかったので、にかっとした爽やかな笑顔になって鮫島の肩をバンバンと叩いた。


「なーんだ。そんなことか!気にしてないって。僕はサメが本心を言ってくれた事の方が嬉しかったんだぜ?」


「はあ?ドMなのか?」


「なんでそうなるのさ!転校してきてから、サメと前みたいに話せてなかったからね。ジュニア時代みたいで嬉しかったんだ」


 月無の思わぬ発言に鮫島は少し戸惑いながらも、そういえば月無が浅利高校に来てからまともに話していなかったことに気づいた。


「・・・悪い。お前がめちゃくちゃなことを言い出すから、戸惑ってた」


「いいよ!あ、バス来た。続きはバスの中で話そう」


 月無の言う通り、バスのエンジンの音が徐々にこちらに近づいてきていた。二人はバスへと乗り込んだが、バスの中はかなり混んでいたため、特に何も話すことも出来ずに、四つ先の天門高校前へと向かうのだった。




 * * *




 バス停の天門高校前駅は本当に天門高校の正門前にあり、普段ならこのバス停から多くの学生が直接学校内へと入っていくのだろうが、今は下校時間を少しすぎた頃だったのでここで降りたのは月無と鮫島の二人だけだった。


「とーうちゃーく!いやぁー久しぶりだなぁ、天門」


「久しぶりってほど時間は経ってないだろうよ。まずは練習の見学を頼みに行くぞ。高島先生が電話で許可はとってるらしい」


 偵察とはいえ先に高島が許可を取ってたらしく、二人は周りの目を特に気にすることなく、サッカー部の練習場所に向かう。サッカーグラウンドへの道は月無が先導して行った。


「あーもうすぐなんだけど、あんまり行きたくないなあ」


「まあだろうな。てか転校なんてよく学校も親も許してくれたな」


 鮫島はずっと疑問だったことを月無に尋ねた。すると、月無は困り顔で「そうだよ!大変だったんだよ!」とこれまでの過程を話してくれた。


「学校には猛反対されるし、監督は何度も話したのに納得してくれないし!親は二人とも好きにしていいって言ってくれて、やったーって思ったら手続き全部自分でしろって・・・ひどくない!?」


「いや、それが普通の反応だろ」


 鮫島の至極真っ当なツッコミを受け、月無が「うぐっ確かに」と的を得られたような反応を見せた。そうしているうちにサッカーグラウンドにたどり着いた。


「よし、まずは監督さんに挨拶を・・・」


 鮫島がそう言った時だった。こちらへ向けられた強烈な視線に気づいたのは。視線を感じる方を見てみると、そこにはジャージ姿の美少女がいた。何故かは分からないがものすごい形相でこちらを睨んでいる。


「おい、ツキ・・・あの子、知り合いだろって何隠れてんだよ」


「俺、あの子、苦手」


 月無は美少女の物凄い視線にいち早く気づいていたのか、鮫島の後ろに隠れて怯えきっていた。視線の凄さ以外はどう見ても茶髪のポニーテールのキリッとした美少女なので、鮫島は怯える理由がわからなかった。そうしているうちに視線の彼女はこちらへと近づいてきた。


「どうも!浅利高校の方ですか?」


「あぁ、はいそうです。本日は偵察という無遠慮なお願いにも関わらず、快諾していただきありがとうございます。浅利高校二年の鮫島です」


「これはどうもご丁寧に。天門高校の二年生でサッカー部マネージャーの岩見莉奈(いわみりな)です」


 二人が自己紹介を終え、挨拶がわりに頭を下げた。もちろん、そうなれば鮫島の後ろに月無が隠れていることなど丸わかりだった。


「・・・あっ」


「やっぱり来てたのねツキ」


「ば、バレてた?」


「見え見えよ!」


「あ、あはは。岩見がまだ怒ってるかと思って、さ」


 やはり二人は仲が良かったのだろう。月無が転校する際には岩見はひどく怒ったようだ。月無がそう問いかけることがその証拠だ。


「別にもう怒ってないわよ。ツキ、言っても聞くようなやつじゃないし」


「あ、なら良かった」


 岩見の言葉に安心したようにほっと息を漏らす月無だったが、その安心しきった顔に岩見は詰め寄った


「納得したわけじゃないし、許してもない。浅利高校で価値を示さないとホントに絶好だから」


「・・・うん、分かってる」


 その二人のやり取りに鮫島は月無が本当に無理に転校してきたことを確信する。そして、その理由が自分であることに不思議な感覚を覚えた。


 月無との会話を終えた岩見はサッカーグラウンドのそばに連れて行ってくれた。そして自信満々な表情でこう宣言した。


「では、鮫島さん。本吉監督曰く、好きに見ていってくれて構わないとのことです。どうぞご自由にご見学ください」


「・・・ふん、では遠慮なく」


 完全に舐められている浅利高校だが、この偵察で何か掴めるのか。浅利の頭脳に全ては任された。

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