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月無のスピーチ

 月無大貴の入部から数日が経ち、すっかり浅利イレブンの一員として受け入れられ始めた月無。今日も練習中はミニゲームで圧倒的な実力を見せ、練習外は明るく人懐っこい性格と突拍子のない発言でチームの輪に溶け込んでいた。


「月無!さっきのテク、どうやんだよー。教えろー」


「あれはですねー、こう足をーー」


 練習メニューを一通り終え、部室へと向かうサッカー部員達。練習中に見せた技術について聞かれながらも、月無はある行動に出ることを決めていた。


(よし!今日言うぞぉ!)


 部室に月無を除いて部員総勢15名が集まってきた。各々が練習用のユニフォームを脱いだり、世間話などに花を咲かせている中、月無は一人注目されやすい場所を作るため、部室の奥にベンチを移動させていた。もちろん、そんな行動は目立つため、着替えたり話していたりしていた部員達も自然と月無に注目していた。月無は気付かれていないと思い込んでいたので、注目されていることに気付かないままだった。そして、ベンチにスパイクを脱いで立った瞬間、注目に気づくのだった。


「うわっ!なんでみんな僕を見てるんですか!?」


「いや、そりゃこんな狭い部室でガタガタベンチ動かしてたら見るだろ」


 朝野の的確なツッコミに部員達が笑う。月無は少し照れながらも、咳払いで場を鎮めると、部員全員に話を始めた。


「皆さん!今日も練習お疲れ様です!」


「あ、お疲れ様ですぅ」


「こうして僕が皆さんに見てもらうため、聞いてもらうために、ベンチに立ってまで話をしているのは皆さんに是非聴いてもらいたい話があるからです!」


「おっ、なんだなんだあ?」


 ムードメーカーの朝野の合いの手が入り、月無の話の掴みは完璧だった。そんな中、鮫島は月無の行動を静観していた。彼が話す内容を分かっていたからだ。


「ごほん。僕が入部する時、皆さんに言った言葉は覚えているでしょうか?僕は皆さんにこう言いました。


『サメと日本一になるという約束を守りに来た』と。


 最初はサメを説得すれば日本一を目指すことが出来るだなんて考えていました。でも、よく考えると日本一を目指すって僕とサメだけが言ってたとしても、皆がその気持ちじゃなければ実現不可能なんですよね。

 だから、だからこそ!僕は皆さんに今一度問いたい!僕と一緒に、日本一を目指しませんか!?」


 月無の話が終わり、部員達は一気に静まり返った。月無の言葉に戸惑っていたからだ。そんな中、沈黙を破ったのは二年生の白田良太(はくたりょうた)だった。


「・・・・・・無理だよ。月無くん。君は天門から来たから分からないかもしれない。けど、僕らは、少なくとも僕は!日本一なんか目指してないんだ。ただ楽しく、サッカーがしたい。そんな気持ちなんだよ・・・。だから、君の目標は一緒に目指せない」


 白田の勇気ある言葉に何人かが賛同するような素振りを見せる。月無はそれに対して発言しようとするが、それを遮って先に別の人物が発言した。


「いや!俺は月無に賛成だ!」


 その人物は二年生の島田だった。彼は熱の篭った声色で話し始めた。


「俺は高校に入って出野に誘われるまでずっと格闘技をやってきた。まあ中学最後の一年で挫折して、やんちゃしてた頃もあったがよ。だからこそ、こんなに熱中できるサッカーに出会えてよかったと思ってる。

 だがよ、俺はやっぱりやるからには上を目指してえ。こうして本気で上を目指すことを口にする馬鹿もよくわかんねぇ理由で来たしよ。上を目指すにはいいきっかけだろ。それに、俺ら二年は四月で三年生だ。最後の一年、一番上を目指してもバチは当たんねえと思うぜ」


 島田の言葉に二年生の何人かが「確かにな」などと同意の言葉を呟いた。月無は島田の熱い気持ちに何度も頷きながら、嬉しそうに「一緒にやりましょう!」と言った。


 チーム一気性が荒いが、それゆえ熱いところもあり、なんだかんだ面倒見のいい島田の言葉に全体の気持ちが賛同に傾いていく。その流れを許さなかったのは鮫島だ。


「日本一を目指すなんて言うだけならタダです。でも、もう一度よく考えてください。きっと、正しいのは白田さんの方だ」


「鮫島・・・。それは分かってんだよ。でもよ、最後の夏くらい上を目指してみたいんだよ!」


「日本一の道は、そんなに容易いものじゃないですよ。島田先輩。今のチームには日本一に行くために必要なものが全てないんですから」


「これから補っていけばいいじゃないか!」


 鮫島の冷静な判断に、島田ではなく今度は月無が反論した。どんどん部室内での口論は熱くなっていく。


「これから?たった半年で何を補える。半年で全国に行けるほど上手くなれると思うのか?それに必要な練習量や質がどれだけ大変なのかわかるのか?俺たちの今までの練習メニューは見ただろう?それでも変われると思うのか?」


「変われる!無理なことなんてひとつもない!全国区の練習メニューなら僕が知ってる!天門を参考にすれば上手くなれるさ!」


「天門の練習量と質をいきなりやって、ついていけると思うか?お前の言ってるのはただの理想論だ。確証もないのに、日本一になろうなんてよく言えるな」


「理想を語って何が悪いんだよ!始まりはみんな理想だろ!?僕と君の約束だって、夢で始まったじゃないか。理想に足りない現実は努力で補えばいい!」


「努力か。努力はいつも才能の前に散る。才能のないものは理想を語ることも許されないんだ。俺達には日本一は無理だ」


「そんなことない!!!!努力は才能をも打ち勝つ!僕は、このチームなら日本一になれる!そう思ったんだよ!努力をすれば、きっと!」


 月無の熱い言葉に鮫島は我慢の限界が来たのか、月無の胸ぐらを掴んで激しく責めたてた。月無もその激しさに応えるかのように胸ぐらを掴む手を掴んで叫ぶように熱意を訴える。だが、もう二人のそれはほとんど口喧嘩の領域となっていた。


「バカ言うな!その努力がどれだけ難しいと思ってるんだよ!簡単に言うな!楽天家が!」


「なんだよ!楽天的で何が悪いんだ!サメはネガティブだよ!暗いんだよ!もっと前向きに考えられないのかよ!」


「なっ!俺は慎重なだけだ!」


「くそっ!離せよ!」


「あっ!おい、やめろ!お前ら抑えろ、この二人!」


 月無の発言にすでに堪忍袋の緒が切れていた鮫島が怒りのあまり右腕を振り被ろうとした。しかし、すぐにキャプテンの平がその腕を掴んで、部員全員に二人を抑えるように命令した。二人の口喧嘩を呆然と聞いていた部員達もキャプテンの大声に我に返ったようで、すぐに二人を押さえつけた。


 一触即発の状況(もう触れてはいたが)、ピリピリとした雰囲気に終わりを告げたのは部室への急な来訪だった。


「入るわよ〜」


 突然部室の扉を開けて入ってきたのは顧問の高島だった。彼女は急な来訪に驚愕しきっている部員達の様子に特に気づくことはなく、いつもの優しい笑顔で話し始めた。


「えっとね、みんなに報告があるんだけど、聞いてね!」


「は、はい」


「実はねー。なんと!練習試合が決まったのです!はい、みんな拍手〜」


 部員同士の激しい口喧嘩と、唐突でのほほんとした来訪と報告とのギャップに部員達は全くついていけていなかったが、部員達は高島の言葉に従うようにぽかんとしたまま乾いた拍手をした。


「いや〜、私はサッカー知らないし、人脈もないから皆の力になれてないなあって思ってたけど、今回の練習試合はいい刺激になると思うんだ!練習試合は今週の土曜日のお昼からだから、それまで頑張って練習していこ!えいえいおー!」


『おー・・・』


 のほほんとした号令に部員達も間延びした声を上げるしかなかったが、高島は満足したように部室を去っていった。しばらく呆然としかけた部員達だったが、キャプテンの平があることに気づき、急いで部室から飛び出し、廊下にいた高島に大声で声をかけた。


「せ、先生!その、練習試合の相手って、誰なんすか!?」


 平の真っ当な問いに高島は振り返って答えてくれた。


「天門高校さん、だよー」


 大声でも相変わらずのんびりとした声だったが、その声は部室にも届いた。ぽかんとしていた部員達はその相手高校の名前で一気に現実へと引き戻された。そして、声を揃えてその驚愕の事実を反芻した。


『あ、天門ぉ!?!?』


 口喧嘩で熱くなっていた鮫島と月無もすっかり冷静さを取り戻した。そして鮫島は自分の発言を省みたのか、サーっと顔の血の気がひいていった。月無は天門高校との練習試合に何か思うところがあるようで俯きがちに考えをめぐらせていた。


 そんな混沌とした部室をまとめたのは、最初から最後まで客観的だったキャプテン平だった。彼は手をパンパンと叩いて注目を集めてこう言った。


「とにかく!もう時間も遅いから今日は解散にしよう!今日のことはまた後日話し合おう。サメも月無も言いたいことはまだあるだろうけど、明日にしよう。さあ、早く帰る準備して」


 平の言葉に部員全員が『はい!』と答え、帰宅準備を急ぐ。鮫島は気まずそうな顔でいち早くその場を去っていった。それを追うように朝野が素早く部室を抜け出していき、しばらくして他の部員達も皆出ていった後、部室に残されたのは平と月無、そして副キャプテンを務める出野だった。


 二人は全員が去った部室でマイペースに帰る準備を始めていた。月無は自分の仕出かしたことを謝るために残っていたので、彼ら二人に頭を下げた。


「キャプテン、副キャプテン、さっきは勝手なことしてすいませんでした!」


 月無の謝罪に二人は顔を合わせて笑った。そして、自分たちの本音を部室の片付けをしながら語ってくれた。


「お前が謝ることは無いさ。月無、僕と出野はなお前の日本一宣言に賛成側の人間だからね」


「えっ?そうなんですか?」


「いや・・・どちらと言うと、どちらでもない・・・だな」


「そうだな。まあ迷ってるという表現が正しいな。白田みたいに不可能だなって気持ちもわかるし、島田が最後の一年に燃える気持ちもわかるんだ」


「だが・・・俺達は責任ある立場だ・・・。それに・・・部員全員の気持ちが同じ方向に向くのは難しい」


「やっぱり、難しい、ですかね」


 月無の顔に陰りが落ちる。今頃になって鮫島に言われた言葉が彼の脳裏を何度も過っていた。鮫島の言葉は正論であり、月無の言うことの方が現実味はない。月無は自分の気持ちに自信をもてなくなっていた。しかし、キャプテンはそんな月無を見て、アドバイスを与えてくれた。


「ただまあ俺たち浅利高校サッカー部はな、結局は鮫島太陽のチームなんだよ」


「サメのですか?」


「ああ・・・アイツが・・・エースだからな・・・。浅利は・・・鮫島次第のワンマンチームだ・・・。あいつは凄いやつだ・・・。チームのエースで司令塔でありながらも・・・監督としての戦術もアイツだよりだ・・・」


「えっ!そうなんですか!?」


 月無は改めて驚いていた。ここ数日の練習で、鮫島がチームの中心であることには気づいていたが、彼が監督のような業務もこなしていることはさすがに気づけなかったからだ。そう思うと、彼の態度にも納得がいった。監督としてチームの何もかもを客観的に眺めていたからこそ、月無の発言に食ってかかっていたのだ。


「だからさ、俺達は鮫島が日本一を目指したいっていえば従う。アイツには大きな借りばかりだしな。月無、お前が口説き落とさなきゃいけないのは俺らじゃない。鮫島だ」


 平が月無の肩を叩く。「まあ頑張れよ!」と言い、彼はそのまま職員室へと部室の鍵を返しに行った。一人残された月無は改めてこの約束を果たすことの難しさに気づくのだった。

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