約束は誓いに
怒涛の展開が続いたミーティングの翌日、新部員に女子マネージャー、更には指揮官も新しく加わった浅利高校サッカー部は早速河川敷にて練習を行っていた。もちろん昨日サッカー部全員に大きな印象を残した新監督、宮部も河川敷に来ている。
「いいかー。どんな局面でも感覚でプレーするなー。結果を出すまでの過程が今は重要だからなー」
選手たちに向けてそう言う宮部。その言葉は昨日の話に出てきた考えるサッカーをするという宮部の考えを改めて選手たちに意識させるようだった。この日の練習は以前とは違ってまず走ってからすぐに基礎練習を行うという鮫島の考えたメニューをささっと終わらせてから始まった。鮫島の考案したメニューはこれから基礎、ウォーミングアップとして扱うということは練習前に宮部からお達しがあった。鮫島は特別な反応は見せずにこれに素直に従ったが、内心宮部に認められたようで少しうれしかった。
今は何をしているかというと、鮫島達が放課後に行っていた5対5のミニゲームだ。もちろん彼らの自主練習で行われていたものとは少し違っていて、今回はGKを除いての五人編成で構成されたチーム同士で実戦形式を行っていた。二つのチームは練習用のユニフォーム姿のものと、その上からビブスをつけたものに分かれていた。練習用ユニフォームのチームは金本、朝野、風切、高間、月無。ビブスのチームは島田、皆藤、森本、貴野、酒井だ。GKは練習用ユニフォーム側が平、ビブス側に守屋が配置された。
鮫島は最初のミニゲームには選ばれず、河川敷のグラウンド脇でピッチを眺めていた。彼の他にも出野や藤田、一年生の森田と澤上も選ばれていなかったが彼らはグラウンドの近くにあるスペースで基礎の練習を続けていた。ピッチでは正にミニゲームが行われている最中でボールはビブス組の酒井がキープしていた。だが、ボールをキープして攻める道筋を探しているようだが彼の動きはどことなくぎこちない。というのも、ミニゲーム開始前に宮部が両チームにそれぞれ決め事を作ったのが彼らの動きに制約を与えていた。その決め事はユニフォーム組には『二秒以上のボールキープの禁止』、ビブス組は『ワンタッチプレーの禁止』というものだ。
この決め事に両チーム大苦戦していた。ユニフォーム組はドリブルで打開出来る人物が多く、パスで攻撃を構成していくタイプではない。そのため、ボールキープが出来なくなると一気に攻撃が停滞した。逆にビブス組はワンタッチプレーで隙をつくことが出来ないため、パス能力の高いメンバーではあったがゴールを奪えずにいた。また、守備でも両チーム別々の戦術を与えられていた。ユニフォーム組は金本と朝野を中心にブロックを作って守っており、ビブス組はプレスを前からかけていく守り方をしていた。
(なるほど。あの決め事は両チームの良さを消された時にどうするかってことを考えさせてるんだな?守備戦術を決めたことにも意味がある。パスで繋げたいビブス組に対してはブロックを作って引き気味に対処して、逆にほとんどワンタッチで判断を求められているユニフォーム組にはプレスをかけて時間を与えない。考えてプレーしないとゴールは奪えないなこれは。俺なら・・・)
鮫島が自分ならこの局面をどう打開するかを考えていると、ちょうどピッチにも動きがあった。攻撃を仕掛けたのはビブス組だ。ボールを持っていた森本が相手守備に焦れたのか、それとも貴野の動きに合わせたのかは分からないが絶妙のロングパスを出したのだ。
「っしゃ!いったれや、甲信!」
「了解!久しぶりの出番だ!!暴れるぜぇ!」
「やらせるな!朝野、金本!追いかけろ!」
ピッチで変わる性格が幸をなしたのか勢いのいいプレーを見せた貴野。ディフェンスラインを上手く抜け出した彼を追いかけるように平のコーチングが飛ぶ。彼の指示通り朝野が貴野を追いかけ、金本が貴野に並走してパスを受けようとする酒井との間を走った。
「止められてたまるかよォ!」
貴野が朝野との距離を突き放そうとボールを大きく蹴って前へ出た。しかし、それが悪手となって飛び出してきたキーパー平にボールを奪われてしまった。
「よっし!ボール貰うぜ!貴野!」
「ッ!クソッ!」
「カウンター!速攻で決めろ!」
ボールを奪った平は素早くスローインでボールを左サイドにいた金本に渡す。金本は受けたボールをワンタッチで前に送った。彼の前には風切がいた。
「へっ!キープしなきゃいいんだろ!?じゃあこうだ!」
風切は金本のワンタッチパスを左足でトラップした。そして、皆藤がプレスをかけに来るより前にボールを大きく前に蹴り出した。このプレーに皆藤は一瞬選択肢を迷った。
(うお!どうすりゃいいんだ?)
だが、風切の方は既に決断していたのだろう。自分が前へ蹴り出したボールを猛ダッシュして追いかけた。
「ラン・ウィズ・ザ・ボール!そうか。これならボールキープ二秒以内には引っかからない」
「なに?そのランイズザボールって」
風切の機転の利いたプレーに思わず声を上げて驚いた鮫島に、雨音が彼の言うラン・ウィズ・ザ・ボールについて質問した。鮫島はいつの間にか隣でピッチを見ていた雨音に驚いてビクッとしたが、直ぐに持ち直して質問の回答をした。
「ラン・ウィズ・ザ・ボール。サッカーのスキルの一つだ。ボールをワンタッチで大きく前へ蹴り出して、相手との純粋なスピード勝負に持っていく。英語で言ったら分かりやすいかな?『run with the ball』。ボールと一緒に走るって意味だな」
「それくらい分かるわ。なんでそれだと宮部先生が出したルールに引っかからないの?」
「ボールを大きく蹴り出した瞬間、ボールは誰のものでもなくなる。細かいドリブルとかだとドリブルをしている本人がボールをキープしていることになるけど、ラン・ウィズ・ザ・ボールなら持ち主から大きく離れるからボールをキープしてるってことにはならないんだ」
鮫島の詳しい解説にようやく雨音も納得したようで、「ふぅん。ありがと」と言って鮫島に向けていた目をピッチに向け直していた。
ピッチでは既にゴールが決まっていた。あのまま走り勝ちした風切がボールをゴール前に蹴りこみ、それを走り込んだ酒井が頭で狙ったがこれが空振り。しかし、ワンバウンドしたボールを高間が右足でボレーシュートでゴールに蹴り、意表をつかれた形になった守屋は為す術もなかった。
ようやくゴールが決まると、ベンチで座っていた宮部が立ちあがり、それぞれ選手達に質問を始めた。
「よーし、ナイスゴールだ。高間。今のはどう考えてボレーシュートを選択したんだ?」
「えーっと、こぼれ球を狙おうとは思ってました。それで酒井さんが空振りしてくれたおかげで割と余裕が出来たので威力の強いシュートを蹴ろうと思ってボレーシュートを選びました」
「ナイス判断だな。ボレーシュートは外す可能性も高い。だが、直接蹴り込むことによって相手の反応は遅れる。得点する可能性が高いってことだ。これからも狙っていけ」
「は、はい!」
「次、出野。今の場面、酒井に競り負けたな。どうしてだ?」
「ウス。・・・後ろからスプリントで近寄られたので反応が遅れました・・・。もっと気をつけておくべきだったと思います」
「そうだな。ディフェンスの際に最も気をつけなきゃならないのが相手との距離だ。あまりにも離れていてもダメだし、近すぎてもダメだ。お前らディフェンダーは守備のスペシャリストなんだ。もっと距離を意識しろ」
「うす!」
と言った具合で、ミニゲームで得点が入る度にこの質疑応答は続いた。今日の練習が終わってクールダウンに入る頃には、皆虚ろな目をして疲労困憊といった様子だった。練習終わりのミニミーティングでも宮部は全員を前にこう言った。
「今日一日で俺の目指すサッカーってものがよく分かったと思う。どんな局面においても様々な対応ができる戦術的に柔軟なチーム。そうなるにはどんな局面においても一瞬で最善の判断ができることが必要だ。今日みたいにミニゲームを繰り返して、いずれは練習試合をドンドン組んでいく。まあ、楽しみにしてな」
宮部のこの言葉に選手たちは期待半分怖さ半分といった風な表情を見せた。どちらかというと期待の方が大きいかもしれない。練習後は皆それぞれゆったりと準備をして帰路についた。その中で鮫島と月無の二人は余裕があったのか、二人で河川敷に残って練習を続けていた。
「宮部監督、面白そうな人だね!結構いい練習になったよ」
「そうだな。考え続けてると頭は疲れるが、自分のプレーを言葉にするのは面白い」
鮫島と月無は今日の練習を振り返って話をしながら軽いパス練習をしていた。二人はこうやって居残りして練習をする時、多くの場合は他の選手とともに実戦練習を行うのだが、今日はゆったりとした基礎練習に励んでいた。練習よりも話がメインといった感じだ。
「ねえサメ。改めて少し残ってもらったのは、大事な話があったからなんだ」
「なんだよ。急に改まって」
どうやら今日の居残り練習を提案したのは月無らしい。月無は鮫島が出したパスを足の裏でピタッと止めて、ボールをつま先で浮かせると頭でボールをトラップしてリフティングを始めた。鮫島はリフティングしながら呟くようにぽつぽつと話し始めた月無の言葉を腕を組んで聞いていた。
「僕が転校してきて、数か月たったけどさ。浅利サッカー部はホントにいいとこだよね」
「ああ。自慢のチームだよ」
「敵だった僕を受け入れてくれたし、皆優しい奴らばっかりだ」
「そうだな」
「一年生も増えて、女子マネージャーも協力してくれて、ついには監督までチームの力になってくれる。これも全部僕らの夢がきっかけだよね」
「…ああ。そうだな。確かに俺たちの、っていうかお前のわがままから始まったようなもんだけどな」
そう鮫島が言うと、月無は「確かに」と返してハハハと笑った。そしてまたゆっくりと話し始めた。もちろんリフティングは続けたままでだ。
「それもこれも全てさ。サメ、君が僕の強引な夢を受け入れてくれて、そしてそれをみんなに伝播させてくれた。そのおかげなんだよ」
「えっ?」
月無の唐突な言葉に鮫島は思わず声を漏らした。だが、月無は構わず続けた。
「サメがいなきゃこんな楽しいサッカー生活は送れなかった。天門では順風満帆だったけど、やっぱり何か足りなかったんだ。それは僕が頂上へもっと遠いところから登りたかったからなんだ。君と一緒にね。だから、何度でもいう。サメ。僕と一緒に日本一を目指してくれてありがとう」
月無の心の底からの感謝の言葉に鮫島は少し面食らった。そして鮫島は月無の言葉に嬉しさと照れを感じていた。だが、こうも思った。そう言いたいのはこっちの方だと。
(お前の強引さに至極感謝してるのはこっちなんだ。日本一を目指すっていう小さなころからの夢。一度は諦めかけたその夢。それにもう一度挑んでみようと思えたのはお前がうちの高校に来てくれたからなんだ!それを、言葉にするのは今しかないんじゃないか?)
そう思った鮫島は自分の気持ちを素直に言葉にしようとした。しかし口ごもる。照れ屋な性格が邪魔をして言葉を口に出すことができなかった。そうして言い淀んでいるうちに月無が話を続けていった。
「これからまた感謝することになるだろうけどさ、一度言っておきたかったんだよ!改めてね!」
ニカッと笑ってそういった月無がやけにまぶしく感じた。そしてその爽やかな笑顔にほだされたのか、鮫島は何か決意した顔になった。そして、言いたかったことを口にできた。
「ふっ、俺もツキには感謝しかないよ。夢に破れた俺をもう一度奮い立たせてくれた。…本当にお前は月みたいな男だよ。深い闇にいた俺を照らしてくれた。お前には本当に感謝しかない。ありがとうな」
やっと言いたいことが言えた。そんな気持ちで鮫島はどこかすっきりしたような顔をしていた。鮫島の真意に月無は素直な気持ちで彼に応えた。
「君にとって僕が月なら、僕にとって君は太陽だね!君の光に照らされてようやく僕は光ることができる。プレーでもそうだ。君のパスがあってこそ僕は生きる。まあ、なんか違う話みたいになっちゃったけどさ、君とサッカーができて本当に幸せだよ。これからもよろしくね!」
「ああ。俺もだよ。…そろそろ帰ろうぜ。明日もサッカーだ」
「おう!楽しみだな~」
こうして友情を確認し合った二人は夜の河川敷を後にした。太陽と月。正反対でありながら、相互関係でもある。太陽がいない夜は月が世界を照らし、月は太陽の光を受けて光を放つ。どちらか一つが欠けているだけで世界は回らない。浅利高校サッカー部にとっても彼らはそんな太陽と月なのだ。そして、二人にとってもお互いがいなければいけないのだ。彼らは今長年の時を経て最高の関係となったのだ。
そんな二人の夢はまだ始まったばかりだ。




