指揮官登場!
(去年のキャプテンもこんな気持ちだったのか。これは中々に緊張するな)
教卓に立つ平はいつもの二倍くらいは緊張していた。一年生と女子マネージャーを加えた新サッカー部の面々が自分のスピーチを聞くためだけに静まり返っている。この状況を前に平は完全にビビっていた。しかし、何も言わない訳には行かない。一度大きく深呼吸をして、平は自分の思っていることを言葉に変えて口に出していった。
「まずは一年生の皆、入部ありがとう。部活紹介で派手なパフォーマンスを見せて一年生がいっぱい集まって、でも練習のきつさでほとんどの一年生が去っていった時はどうしようかと思ったが、総勢8人の仲間が増えた。このことが俺は本当にうれしいし、ありがたく思う。皆、本当に入部してくれてありがとう。
さて、今年から俺たち浅利高校サッカー部は新しくそして大きな目標を持った。『日本一になる』。三年の俺たちからすれば、想像もつかない世界だ。でも、鮫島と月無を中心とした二年生たちが俺たちを引っ張ってくれた。俺たちをも変えたその二人のおかげでチームは大きく変わった。辛い別れもあって、新しい出会いもあった。『日本一になる』ためにはどちらも必要不可欠なものだ。これからもっと辛いこともあるだろうし、厳しい試練もある。『日本一になる』、そのためには各自どんな役割でも受け入れなきゃいけない。今までのように自分の好きなことだけしてサッカーをするなんて不可能になるだろう。それが『日本一になる』ための覚悟だと俺は思っている。だから俺は皆のためにいつでも相談に乗るし、愚痴があれば聞いてやる。だから、もちろん自分のために、日本一になりたいと誰よりも願っている鮫島と月無のために、覚悟を決めて頂点へ挑んでいこう。これが俺の言いたいことだ。俺の話はこれで終わりだ。じゃあ皆、これからよろしく頼む」
平の話が終ると、その内容の濃さ、そして覚悟の強さに皆圧倒されたのか、しばらくは拍手が起きなかった。皆一様に考え込んでおりしばしの沈黙が教室を支配した。
(…なんか俺、まずいこと言っちまったか?)
平がそう考えるのも無理はない。それほどにサッカー部の面々、そして女子マネージャーたちも彼の本気度に改めて考え直させられたのだ。今の浅利高校サッカー部に入部するということがどれほど険しく、厳しい道になるのかを。静まり返った教室、誰も何かを言い出すこともなくただ淡々と時間が流れていく。そのあまりの気まずさに耐え切れなくなった平がもう一言言って自分の座っていた席に戻ろうとしたその時、突然教室の後ろの扉が開いた。
「いやぁ、素晴らしい話だったぜ。見事な覚悟だ。正にキャプテン、強い責任感。立派だねぇ」
教室の後ろの扉から入ってきたのは平にとって見たこともない男だった。それは鮫島や、月無も同じだった。その男はどこか胡散臭い雰囲気を醸し出していた。くたびれたスーツ姿からまず生徒ではなく教師であることは分かるのだが、目つきの悪さや人を小馬鹿にしたような口元がやけに胡散臭さを主張していた。その胡散臭い男が軽くゆっくりと手を叩きながら先ほどのセリフを言って教室に入ってきたのだ。
この謎の男の登場にうろたえるサッカー部の面々だったが、一部はそうではなかった。それどころかその一部のメンバーたちは皆一様に驚くようなそぶりを見せていた。その一部とは一年生と顧問の高島だ。彼らは皆この男について何か知っているようだったが、特に言葉で反応を示すことはなく、ゆっくりと教卓の方に近づいていく男の動きを見守っていた。
「だ、誰ですか?貴方」
「ん?まあ座れよ、キャプテン。今から教えてやるからよ」
「はあ」
平の問いに対して男はニヤッと笑って、平に席に着くように促した。平は不審そうな表情を見せたが、さすがに不審者の行動に対して顧問の高島がリアクションを起こさないのは変だと思い、ひとまず彼の言うとおりに席に着いた。さて教卓の前に立った男はおもむろに備え付けのホワイトボードを引きずってきて、そのホワイトボードに文字を書き始めた。書き終えた男が少しホワイトボードから離れると、サッカー部の面々にもその文字が見えた。
「…宮部、友禅?」
鮫島がホワイトボードに書かれたその文字を口に出すと、待ってましたと言わんばかりに謎の男――宮部が話し始めた。
「そう。俺の名前は宮部友禅。今日からお前らの監督になる男だ」
「「え、ええーー!?」」
その一言にサッカー部の面々はひどく驚いた。誰もこんな展開になるとは全く思っていなかったからだ。宮部のことを知っていた風の一年生たちも驚いた様子だった。ただ一人動揺していなかったのは高島だけだった。彼女はこのサッカー部が驚く様に満足げな表情を浮かんでいた。そして皆口々に宮部への疑問を口にした。その口火を切ったのは一年生の森田だった。
「み、宮部先生がどうしてサッカー部の監督に!?アンタ、タダの体育教師じゃなかったんすか!?」
「そうですよー。担任ならなんか言ってほしかったんですけど」
森田に続いてそういったのは守屋だ。どうやら宮部を一年生が知っていたのは彼が一年生を担当している体育教師だったかららしい。加えて、守屋の言うことを聞くにA組の担任はこの宮部だったらしい。鮫島たちは彼らの言葉を聞いてようやく宮部がちゃんとしたこの高校の教師であることを信じる気になった。だが、サッカー部監督になるという言葉についてはまだ理解も納得も出来なかった。
「あの、この高校の教師なのはわかりましたけど、なぜあなたが監督になるんですか?」
「あー、その辺は俺を呼んだそこの高島先生に聞いてくれ」
「えー、自分で言ってくださいよ~」
「俺が言っても信用しねえよ、こいつら」
藤田の質問に対して宮部は面倒くさそうに高島に話を振った。それを高島も面倒くさそうにあしらおうとしたが、宮部の言うことももっともだったため高島はやれやれと言わんばかりに少し伸びをしてから話をし始めた。
「えっとね、この宮部先生は私の高校時代の先輩でねー。あ、高校時代は私サッカー部のマネージャーしてたんだ~。その時の先輩で、すごい上手い選手だったんだ。それで高卒でプロ入りして一瞬だけ活躍したんだけど、すぐ怪我でやめちゃったんだ。私残念だな~と思って連絡したら、もう俺は指導者になるんだって言っててね。せっかくだからうちのサッカー部の練習見てよってお願いしたの。それが二年前くらいかな?それがこの前いきなり連絡きたと思ったらいきなり練習見させろとか言ってきて、あれよあれよといううちに浅利高校の校長先生に直談判して監督になっちゃったんだよ」
「…つまり、要約していえば高島先生の高校時代の先輩で、元プロの指導者ってことですね?」
「さすが平くん!そゆこと~」
「「おお~」」
のんびりとした口調で話す高島の話はあまりに長く理解に苦しむものだったが、それを平が要約したことで他のメンバーも理解したようだった。とにかく宮部は元プロのサッカー選手で指導者歴もある人物で、高校時代の後輩である高島の願いを聞き入れて浅利高校の監督になったということが分かった。なんとなくこの人物のことがわかってきたサッカー部一同だが、その中で鮫島は一人何かを考え込んでいる様子だった。それに気づいた月無が考え込む鮫島に声をかけた。
「どうした?サメ。考えてる時の顔してるぞ?」
「んん、ああ。いや、ちょっと宮部先生に見覚えがあるなあと思って」
そういうと鮫島は宮部の顔を改めてじっと見つめた。見つめられた宮部は何故かニヤニヤとした笑みを浮かべて鮫島を見つめ返していた。そのにやけ面を目にした鮫島はその顔にやはり見覚えがあった。そしてそれは最近と少し昔のことだと思い出せた。そこで鮫島はそれら全てを直接宮部に確認しようと思い、彼に質問をした。
「あの、前に河川敷で高島先生の隣に座ってきたひげ面の男の人。あれは宮部先生ですよね?」
「…ふむ。バレたか。さすがは鮫島くんだな。聡明だ」
「どうも」
素直に褒められた鮫島は照れ臭そうにそっぽを向いたが、彼らの会話の内容は他のメンバーを驚かせるには十分なものだった。一年生以外のサッカー部の面々たちは驚きのあまり鮫島にまくし立てた。
「え、ええ!?あの汚いオッサンが、この宮部先生だっていうのかよ!太陽!」
「う、うそだろ!?俺らは遠目でしか見ていないとはいえ、まるで別人だぜ?」
「にわかには信じられへんなあ。宮部先生、ほんまなんですか?」
「んん?嘘をつく必要なんてねえだろうよ」
「し、信じられねえや」
驚愕の様相を見せる一同。確かに以前河川敷で練習をする浅利高校サッカー部の前に現れ、練習内容を聞いていった不審者のような男と宮部はまるで別人のような雰囲気だった。あの時の宮部は無精ひげだらけで髪の毛も無造作に伸ばしているズボラな印象だった。だが、目の前の宮部はズボラどころか清潔感まで感じさせる。聡明な鮫島でさえじっと見なければ気づかなかったほどの変わりようだ。皆が驚いて動揺するのも無理はなかった。まさかの展開にどよめきの絶えない教室。ざわざわと騒がしいサッカー部の面々に対し、ついに宮部が口を開いた。
「まあとにかくだ。今日からお前らの監督が俺になるってことは間違いねえよ。質問は以上か?そろそろ俺の話も聞いてもらうぜ」
宮部の言葉にようやくサッカー部一同は口を閉じた。そうして静まり返った教室に向けて宮部は語りかけるように話し始めた。
「いいか。お前らみたいな弱小チームに俺が校長に直談判してまで監督になったのは、お前等に砂の一粒みてぇな一縷の可能性を感じたからだ。お前ら全員がまだ誰の手も入ってねえダイヤの原石だと思っている。その原石を磨くのが俺だ。俺が磨けば、お前らの掲げる夢!『日本一』も0.1%くらいの可能性が出てくる!だからよぉ、俺の指導を素直に聞け!そして、俺が間違っていると思ったときは言え!どんな不平不満も俺に直接言ってこい!どんな意見でもいい!お前等全員が、一瞬一瞬のプレーについて深く考えろ。俺のフットボールは常に考えることが必要だ!覚悟しとけよ、脳みそ擦り切れるまでフットボールのことを考えさせてやるからよ」
そう言い終えると宮部は教室中を見渡した。そこには先ほどまで動揺を隠さずにざわめいていた高校生はいなかった。『日本一』という目標のための覚悟はできている。特に上級生の目にはそれが如実に表れていた。その様子に宮部は満足そうな顔をした。
「いいね。覚悟できてるじゃねえかよ。早速明日から俺流のフットボールを叩きこんでやる。今日は大人しく帰りやがれ。高島、後は頼むぞ」
宮部はそう言って「ちょ、待ってくださいよ~!」と立ち上がった高島の静止の声に振り返りもせずに教室を出て行った。突如として現れて場を荒らしまくって去っていく。まるで台風のような男だったが、彼の言葉は確かにサッカー部のメンバーに大きな覚悟と期待を残していった。
(ふっ、思ってもみなかった展開だが、タイミングとしては最高だな。ようやく練習メニューから解放されるってわけか。だが、考えると言って点だけで言えば今までとなんら変わらない。いや、今まで以上に頭を使うことになりそうだな。…楽しみだぜ)
鮫島は心の中でそう考え、これからどんな練習が待っているのかひそかにワクワクしていた。すると、他のメンバーも気持ちは同じだったようで、月無が武者震いかのように体を軽く震わせながら大声を出すと、他のメンバーも思ったことを口にし始めた。
「ぅううおおおお!!サッカーしたくなってきたぁ!!宮部監督ぅ!よろしくお願いしまぁぁぁす!!!!」
「宮部監督もういねえけどなー」
「嵐のような人だったね。これから楽しくなりそうだなー」
「やりがいあるよ。上手くなれそうよ~」
「ッシャァ!やってやんぜぇ!」
「…一年、これから頑張ろうな」
皆口々に好き放題言っている中で、出野が一年生たちに声をかけた。宮部登場からの嵐のような怒涛な展開についていけていなかったようだが、それでも高間や守屋なんかは上級生と同じ目で笑っていた。
「ウス!燃えてきたッス!」
「やりますか~」
少し出遅れていた一年生も上級生たちの喧騒の中に入り込み教室はよりうるさくなっていった。それほど皆が宮部監督の言葉に興奮していたのだ。ほとんど人が変わったかのような騒ぎ具合に、女子マネージャー三人はついていけていなかった。三人は教室の中心で騒ぐサッカー部員たちから少し距離を取って高島の座る教室の左上側に集まっていた。黒川と神田はサッカー部員たちの興奮度合に若干引き気味で開いた口がふさがらないといった感じだったが、ただ一人雨音は先ほどと同じように無関心そうな顔をしていた。そして雨音は、隣でのほほんとした顔で彼らを見守る高島に先ほどとほとんど変わらない声と表情で質問していた。
「皆さん、いつもこうなんですか?」
「う~ん。最近は結構こんな感じ~。去年とかはもっと静かで大人しい感じだったんだけどねー。今の二年生が入部してからは皆サッカーに夢中って感じになっちゃったんだよね~。まあこの方が私も好きだけど。雨音さんはどう?これからやっていけそう?」
そう聞かれた雨音はもう一度視線を教室の中央で盛り上がるサッカー部一同に戻して、こう返した。
「わかりません。…けど、興味は出てきました」
そういった雨音は少し笑っていた。




