新しい仲間たち
入学式が終わって一週間がすぎた浅利高校はようやく落ち着きを取り戻していた。毎日のように行われていた部活勧誘期間も終わり、上級生たちは新たな仲間との親交を深め、新入生たちも新しい環境に順応し始めていた。
この日の授業の終わりを告げる鐘の音が響いて、生徒達が皆口々に授業や教師への不平不満を言ったり、この後のことを話し始めていた。どんどん騒がしくなる教室、その隅の方で鮫島はイヤホンで音楽を聴きながらペンを片手に考え事をしていた。
(いよいよ今日か・・・。新入生がどれだけ入るかでうちの今後は決まると言っても過言じゃない。ここ一週間、涼馬と守屋以外にも何人か練習に参加してくれたがあの中から何人が入部してくれるだろうな)
鮫島はそう考えながら机の上のノートに目を落とす。そのノートは鮫島が個人でつけているサッカーノートで、少しの隙間もないほどに文字と図で埋められていた。その一部分には今のサッカー部の選手達の名前、新入生で入部しそうな人物達の名前、そしてそれらの名前を様々なフォーメーションに当て嵌めたものがいくつも書かれていた。
(新入生次第で俺のプランも色々とバリエーションを増やせる。とはいえ、俺一人じゃしんどくなってくるなぁ。人も増えるし本格的な指導ができる監督が欲しいな)
鮫島はある種の限界を感じていた。この約二年間、自分でサッカー部全員の練習を考え、試合で使う戦術や攻撃と守備の決め事を決め、練習での細かなミスへの指導に気を使ってきたが、鮫島自身の成長には時間を使えていなかった。技術的にはチーム練習で反復することで衰えはしなかったが、成長や進化といった自分の変化については何も手をつけられていなかった。その事はいつも鮫島の懸念事項であった。このままではいずれ皆に追い抜かれていくのではないか。そうなる前に指揮官を見つけ出し、自分も一選手に戻ることが早急な課題であった。
そうして考えているうちにいつの間にか担任の教師が教室に戻ってきていたようで、ノートから教卓に目を向けると担任の教師が終礼を始めていた。それに気づいた鮫島は急いで耳に着けていたイヤホンを外して、連絡事項を生徒たちに伝える教師の言葉に耳を傾けた。しかし、それほど大したものではなかったので教師の話が終るのをひたすら待っていた。担任の教師の話が終わると生徒たちは一斉に掃除の準備をし始めた。鮫島もそれに倣って机の上のものを片付けて、机を後ろに下げてエナメルバッグを肩に担いで教室を後にした。
「お、大将が出てきたぜ。月無」
「ツキ!遅いよ!何してたのさ!」
「おお、悪い。待たせたか?」
鮫島が教室の扉から出るとそこにはすでに隣のクラスの月無と朝野がいた。今日は部活前にサッカー部に入部することになった新入生たちの自己紹介が行われるミーティングがあり、鮫島達は一緒にそのミーティングが行われる教室へ行くことを先に決めていたのだ。だから二人は教室の前で鮫島を待っていたのだ。
「さて、さっさと行こうぜ。一年より早く着くぞ!」
「おおー!」
「…ゆっくり行こうぜ?」
いつも通り元気いっぱい、常にハイテンションといった様子の月無・朝野の後ろについて鮫島はミーティングの行われる教室へと向かっていった。
* * *
「ウィース!」
「お、鮫島達か。早かったな」
鮫島達が教室に着くとすでに何人かの上級生が集まっていた。朝野と月無についていって鮫島も適当な机に着いた。そこで世間話をしているとほとんど間もないうちに上級生が先に集まった。それに続いてまず高間と守屋の二人が入ってきた。
「お疲れ様でーす。どうもでーす」
「お疲れ様っす!」
「お、一年坊主ども!ようやく登場だな!前に座れや!」
教室に入ってきた二人に気付いた島田が元気よく反応し、二人に前の席へ座ることを促した。そのあとも三人の一年生が教室に入ってきて二人に続いて前の席へ座った。今日のミーティングは学校から指定されたもののため、顧問の教師が教室に来るまでは始められない。高島が教室に来るまでは皆それぞれ適当な会話をしていた。
「サメー。もう練習しにいかない?退屈だよー」
「ツキ。もうすぐ高島先生も来るよ。今日くらい高島先生も遅れてこないだろ」
サッカー以外で集中力が続かない性質の月無は、高島を待つこの退屈な時間に飽き飽きしているようで机に項垂れていた。それを相手にしている鮫島も暇を持て余しているらしくサッカーノートをひたすらに眺めていた。二人と一緒に座っていた朝野はただ待っているだけが退屈だったのか、教室の扉に耳をつけて高島が来るのを待っていた。
「お、足音が近づいてきたぞぉ…ん?あれ?足音多いな」
朝野がそう言っているともう間近に近づいてきていたらしく朝野は急いで机に戻った。そして、ようやく教室の扉が開いた。
「ごめん、お待たせ~!ちょっと皆を集めてたら遅くなっちゃった~」
朝野が聞いた足音は間違いではなかったらしく、教室に入ってきたのは申し訳なさそうにしている高島だけでなく、その後ろに三人の女子生徒がいた。この突然の女子生徒の登場に皆驚きざわめいた。サッカー部の面々にとって謎でしかないこの状況に真っ先に声を上げたのは朝野だった。そして平や島田、風切が彼に続いた。
「お、おいおい雪ちゃん先生!何その子達!」
「説明してくれぇ!高島先生よォ!はっ・・・。ま、まさかとは思うがよ・・・」
「まさかまさかまさかの女子マネージャーか!?なんとか言ってくださいよ!高島先生!」
「・・・何も聞いてないんだが」
えらく興奮して高島先生を問いつめる三年生たちだが、高島は特に反応はしなかった。そんな騒がしくなってきたサッカー部の中でも高間と守屋はぽかーんと口を開けて驚いていた。それもそのはず、高島が連れてきた三人の最後の一人は彼ら二人の見知った人物、守屋の幼馴染の黒川亜美だったからだ。
「「あ、亜美!?」」
「驚いてんじゃないわよ。サッカー馬鹿ども」
「おいおい、亜美!サッカーやるのか?本気か?運動音痴のお前には無理だと思うぞ?」
「そんなわけないでしょ!マネージャーに決まってるじゃない!」
「そう!それじゃあ皆!静粛に!」
守屋と黒川の夫婦漫才のような会話に割って入った高島の言葉に皆が静まり返る。いつもはぼんやりとして抜けている印象のある高島だが、意外と張りがあって聞き取りやすい声をしているため生徒を静かにするのは得意分野だった。そんな高島の一声で静まり返った教室に向けて、彼女はサッカー部の面々が抱いている疑問に答えた。
「じゃあ今年度のサッカー部第一回定例ミーティングを始めまーす!じゃあまず最初に私から皆に報告ね。今日ここに集まってくれたこの女子たち!実はサッカー部初の女子マネージャー希望者なのです!じゃあ、雨音さんからおねがいね!」
高島の仕切りで始まったサッカー部の定例ミーティングは、誰もが予想していなかった展開で始まった。未だにこの勢いについていけてないメンバーもいたが、そんなものは全く意に介さず高島に指定された女子生徒、雨音雫が口を開いた。
「はい。二年B組の雨音雫です。サッカーには特に興味はありませんが、よろしくお願いします」
雨音の自己紹介は物静かな口調であったが、雨の日の静けさを感じさせるような美しい声とは裏腹に凛とした佇まいは風格のようなものを感じさせた。腰まで伸ばした真っ黒な髪は天露を受けたかのように艶があり、女子にしては高い身長と北欧人かのような色白の肌に細長い手足がその黒髪を映えさせていた。つまり一言で言えば絵に描いたような美人ということだ。彼女の一挙手一投足にサッカー部の一部を除いたメンバーたちはぽかんとした表情で見とれていた。
(なんでこんなサッカーとは縁遠そうな美人が女子マネージャーに!?とりあえず、高島先生グッジョブ!!)
「ありがとう!はい、皆呆けてないで拍手~」
それがほとんどのサッカー部のメンバーたちが思ったことだった。そして高島の一言で我に返り激しく手を叩いた。さながらオーケストラの素晴らしい演奏を聞いた時のような拍手だった。決して朝の朝礼で行われる他の部活が得た表彰に対するやる気のない拍手ではない。拍手が止むと高島が続けて隣の女子生徒に自己紹介するように目で促した。それに気づいた女子生徒は緊張しているのか、ソワソワした様子で自己紹介を始めた。
「わ、私!一年C組の神田希穂です!さ、サッカーを見るのが大好きで!高校ではサッカー部のマネージャーになりたいと思ってました!皆さんの手助けができればと思っております!よろしくお願いします!」
緊張していたのがこっちに伝わってくるほど熱のこもった自己紹介だった。小柄で目はくりっとしたたれ目で愛嬌のある可愛らしい女子生徒だ。髪型は栗色の髪の毛を後頭部でお団子状に結んでおりスポーティな印象を感じさせる。先ほどの雨音とは正反対のタイプだ。そんな彼女に対するサッカー部の反応は温かいもので、先ほどの激しい拍手とはまた一風変わってゆっくりと大きく音を立てる拍手で彼女の自己紹介を讃えた。そして彼らの拍手が止んですぐ間髪入れずに最後の女子マネージャー希望者の黒川が、高島の司会を待たずに自己紹介を始めた。
「黒川亜美です!一年A組、女子マネージャー希望です!よろしくお願いします!」
最後に自己紹介した黒川は他の誰よりも元気と勢いのある自己紹介でこの場を締めた。彼女の容姿については特にここで語ることもないだろう。先ほどと同じように自己紹介を終えた彼女に対して温かい拍手が浴びせられ、女子マネージャーの自己紹介は終わった。進行役である高島が彼女たちに適当に席に着くことを促し、女子マネージャ―三人がそれぞれ自由に席に着いた。雨音は少し離れた端っこの席へ、黒川はよく見知った高間と守屋の近くに、神田も黒川の近くに座った。すでにこの二人は顔を合わせたことがあるようで中は良好のようだった。彼女たちが席に着いたことを確認し、高島は話を次に進めた。
「じゃあ次はサッカー部入部者の子たちに出てきてもらおうかな!前の君たちがそうだよね~?前に出てきてー」
ようやく今日の本題に話が入った。高島の呼びかけに答えて最前列に座っていた五人の1年生が前に出る。そして一番左のものから簡単な自己紹介を始めていった。一番左は鮫島を慕って浅利高校に入学した高間だ。そして彼に続いて守屋が自己紹介をした。
「一年A組、高間涼馬っす。ポジションはFW。憧れの先輩である鮫島先輩のお力になるため、この高校に来ました。レギュラーを狙っていくんでよろしくお願いします!」
「同じくA組の守屋英次でーす。ポジションはGKやってます。この高校に来た理由は家が近かったからっす。よろしくお願いしまーす」
二人の自己紹介が終わり、その合間の拍手も止んで次はやけに背の高いくせっ毛の一年生の番になった。サッカー部の面々はその男に見覚えがあった。と言うのも彼と、その隣に立つ背は低いが気の強そうな目つきの一年生は体験入部期間に練習に参加していたからだ。その二人が続けて自己紹介をした。
「一年B組、皆藤大吾です!自分は中学ではバスケをしていたのでポジションは特にありませんが、皆さんの高い目標について行けるようにがんばります!よろしくお願いします!」
「同じくB組の森田正一です。中学では陸上部に所属していたので持久力には自信があります!よろしくお願いします!」
皆藤、森田の自己紹介が終わると温かい拍手が教室を包んだ。二人ともサッカーの経験は乏しいが、運動神経が良いためすんなりとサッカー部に溶け込んだ。特に同じく別競技の陸上からサッカーに転向した風切が二人を気に入ったらしく、何かと面倒を見ている。皆藤と森田の自己紹介も終わって一年生は最後の一人となった。その一年生には誰も見覚えがなかった。見た目だけの印象でいえば黒髪を七三分けにして縁のない眼鏡をかけている。いかにも優等生といった感じだが、こんな一年生が練習に参加していた覚えはなかった。
「初めまして、一年C組の澤上基臣です。体験入部期間はクラブの方で練習していたので皆さんとは顔合わせしておりませんが、本日よりサッカー部に入部したいと思います。よろしくお願いします。あ、ポジションは中盤ならどこでもしたことがあります」
「クラブ?この辺に高校生の入れるチームなんてあったか?」
澤上の自己紹介が終わると拍手より先に質問が飛んできた。質問をしたのは二年生の金本だ。彼は元々地元のクラブチームでサッカーをしていたが、途中でそのクラブチームから浅利高校サッカー部に入部してきた過去があるため、クラブチームに詳しいのだ。だからこそ澤上の言うクラブチームのことが気になったのだろう。この金本の問いに澤上は直ぐに返答してくれた。
「僕が入ってたのはサッカークラブじゃなくて、フットサルのチームなんですよ。でもやっぱり高校ではサッカーをしたいと思いまして」
「なるほどなぁ。あ、ごめん。拍手しようぜ、みんな」
金本がそう言うと、静かに待機していたサッカー部の面々が澤上の自己紹介に拍手をした。高島の「はい、これからよろしくね〜。じゃあ座っていいよー」という軽い言葉で一年生たちは席につき、そこからは既に在籍している三年生と二年生の自己紹介が緩い感じで行われた。そして最後にキャプテンの平が皆に向けて一言言うことになり、平が教卓の前に出てスピーチが始まった。




