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約束

 月無の入部から翌日、早速月無は天門高校に認められた才能の片鱗を浅利高校の土のグラウンドで見せ付けていた。


「パスください!」


 実戦練習の最中、ビブスをつけた月無がパスを要求する。


「お、見せてみろや!アマコー!」


 二年生のミッドフィールダー、山口一也(やまぐちかずや)から左サイドハーフで出場する月無に長いボールがいった。月無は二年生でディフェンダーの出野海斗(でのかいと)の操るディフェンスラインを絶妙なタイミングで飛び出し、山口からのパスを受けた。


「よっと!行きますよぉー!」


「よっし、来いよ!月無!」


 対峙するのは右サイドバックの一年生、金本聖(かねもときよし)だ。この金本は1年生ながら冬の選手権でレギュラーメンバーに選出された新チームの主要選手だ。一対一に自信がありデュエルの勝率も高い。


「股、がら空きだよ!」


「うっ!な、何今の・・・」


 しかし、ここは月無に軍配が上がった。月無はドリブルテクニックの一つであるエラシコでボールを金本の股に通し、金本を簡単に抜き去った。抜かれた金本も呆然とするしかないくらい、鮮やかだった。


「す、すげえ。これが天門のレギュラークラスか…」


 抜かれた金本もそう言うしかないほどにスキルの差を見せつけられた。更に月無は中央に切り込む。今度はディフェンスリーダーも務める出野が相対する。


「そう簡単にはいかせない…ぞ」


「僕もそう簡単には止まりませんよ!」


 出野が月無に体を寄せる。しかし、月無はそれをものともしなかった。小柄な体格にも関わらずだ。


「ど、どうなってんだ?」


「ッラアァ!!」


 出野を押しのけ、月無が右足を振りかぶる。素早い右足の振りでボールを打ち抜き、見事にコントロールされたボールはゴール右上隅に飛んだが、ここはゴールバーを叩いた。しかし、浅利高校サッカー部員たちを驚愕させるには十分な動きだった。そんな姿を見ていた朝野は鮫島に月無の話題を振った。


「やっぱすげえな、月無」


「……相変わらず、な」


「やっぱり知ってたのか!月無のこと」


「ああ。幼馴染だよ。小学生のころ同じチームでサッカーしてたんだよ」


「ふーん。そのころから上手かったのか?」


「まあ、そうだな」


 鮫島は朝野との話で、昔のことを思い出した。自分がまだ小学生で、地元のジュニアサッカーチームでプレーしていたころだ。




 * * *




 鮫島太陽は浅利高校のある浅利町に昔から住んでいた。幼稚園に入るころにはスポーツ好きの両親の影響もあって様々なスポーツを経験し、その中でも特にサッカーに夢中になっていた。手ではなく足でボールを扱うという理解できない難しさを地道に解いていく魅力に惹かれたのだ。


 小学生になるころには地元のジュニアチームに参加した。アサリFCというチームで、鮫島は加入すぐにチームの中心になった。そして、月無と出会ったのは彼らが小学三年生になったころだった。


「おーい。今日はみんなに新しい友達がやってきたぞー。月無大貴くんだ!みんな仲良くしろよー」


「つきなしだいきです!よろしくおねがいします!」


 新しい仲間を温かく迎え入れるアサリFCの子どもたち。鮫島もその一人で、月無と友情をはぐくんでいった。その仲がより深まったのは全日本のジュニアサッカーチーム選手権の時だった。お互い四年生ながらレギュラー入りし、天才コンビとして名高くなっていた。それゆえ激しいマークにあい、何も結果が残せないまま大会をベスト16で終えたのだった。試合後、六年生がチームからの卒業に泣きじゃくる中、二人はスタジアムでまだ行われていた試合を観戦していた。


「なあ、サメ。おれたち、弱いな」


「うん。ツッキーは特にね」


「ええっ!?まじかあ。僕、小さいもんなあ」


 二人は冗談を言い合いながらも、その眼には少し暗い影が落ちていた。アサリFCが負けたのは自分たちが抑えられたせいだ。そのことは明らかだった。だからこそ、六年生に合わす顔もなくただ二人で話していたのだろう。


「ツッキー」


「んん?」


「おれさ、もっとうまくなるよ」


「おれも。もっとデカくなって、うまくなってやる」


「おれたちが六年生になったときにはさ、一番になろうよ」


「……いいじゃん、それ」


 この一番という言葉は二人の中で深く刻み込まれた。二人の求めるものに一番という言葉がぴったりと、パズルのピースがハマるときのようにはまったのだ。そして、この時に例の()()を交わした。


「よおし!じゃあさ、二人で日本一になろうよ!サメ!」


「日本一か。いやいや、目指すなら世界一になろうよ。ツッキー」


「世界!そうしよう!二人で――」



「「一番になろう!!」」



 こうして、鮫島と月無の約束は交わされた。しかし、この約束は六年生で果たされることはなかった。月無が両親の都合でこの浅利町を離れたからだ。鮫島は約束を覚えてはいた。しかし、中学である選手との試合で挫折し、地元の浅利高校に進学した鮫島はもう日本一を願うような人物ではなくなっていた…。




 * * *




「……昔の話はしたくない」


「ええーっ!聞かせろよ!約束ってなんだよぉ!」


 朝野がしつこく鮫島に食い下がるが、鮫島は相手をするのがめんどくさくなったのか、その場を去って練習へと戻っていった。だが、朝野も負けじとついていき、しつこく聞くのだった。


(やっぱりサメは約束に否定的みたいだ)


 月無はその様子を密かに眺めていた。入部して1日しか経っていなかったが、持ち前の明るいキャラクターを活かしてサッカー部に溶け込み始めていた。言動はおかしな人なのだが、そのほとんどが冗談だと捉えられているおかげでそこまで浮くことは無かった。


 だが、月無自身は本気だった。浅利高校サッカー部の中で一番本気で練習に取り組んでいたし、言動に嘘偽りは全くなかった。だからこそ、どう鮫島を説得するかをひたすら考えていた。


(僕は浅利でサメとともに一番になる。そのためにはまずサメを本気にさせなきゃだよな。・・・でもサメだけが本気になっても浅利サッカー部の気持ちは変わらないのか。それなら・・・!)


 月無は一つの言葉を思い出した。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』。

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