こんなはずじゃなかった
ド派手な部活紹介を終えた翌日、サッカー部な活動するグラウンドにはたくさんの新入生が殺到していた。新入生たちには事前に部活情報誌が配られており、そこには平によって部活に必要な用具が一通り書かれていたため、新入生たちは皆運動着姿でグラウンドに群がっていた。彼らは皆、これから始まるサッカー部の練習を体験することに期待しており、いてもたってもいられないという様子だった。
そんな新入生たちの様子を浅利高校サッカー部の面々たちはサッカー部室の方から遠巻きに眺めていた。弱小校で人数も20人以上になったことの無いかれらにとって新入生がこれほど練習見学しに来たのは初めての体験だった。彼らはこの想定外の新入生の多さに嬉しさ半分ではあるものの完全に怖気付いており、遠巻きに眺めて全員揃うのを待っていたのだ。
「めちゃくちゃいますね」
「あぁ、完全に想定より多いな。三、四倍くらい多い」
新入生たちの多さに面食らった金本と平はポカーンと呆然とした様子で新入生たちを眺めている。他の部員も似たようなもので、いつもうるさい朝野や冷静沈着な鮫島でさえも部室へと向かう途中で殺到する新入生を見て驚きを隠せずにいた。
「おいおいおい、こりゃなかなかやべぇことになってんなぁ!太陽!ちょっと見に行かね?」
「・・・何をだよ。てかここから見えてるだろうが。めちゃくちゃ多い新入生」
「近く行ったら絶対ザワザワするぜ。階段降りていくだけで歓声上がりそう」
「はぁ、そんなわけあるかよ。さっさと練習始めたいんだけどな」
朝野と鮫島はそんなことを話しながら部室へと到着した。部室前に集まって全員の集合を待つ平たちに挨拶して、二人は部室へと入っていく。そこで鮫島はあることに気づいた。
「・・・照、お前ツキと同じクラスなのに今日は一緒じゃなかったんだな。あいつ休みか?」
そのあることとは月無が不在であることだ。朝野のクラスに転校してきた彼は、これまで平日の練習の際は必ずと言っていいほど朝野とともに部室へと向かうのが習慣になっていた。今日はその月無がいないのだ。鮫島に月無のことを問われた朝野は何かを思い出したように答えた。
「いや、日直だよ。日直の仕事終わったら直接グラウンドに行くって言ってたぜ」
「そうか。じゃあもうグラウンドについてる頃か」
「月無ってホントにサッカー馬鹿だよなぁ。アイツ転校してきてしばらくしてからも日直やってたけど、そん時も今日と同じように着替えてから来るって言ってたんだよ。その日は俺もちょうど用事があって遅れそうだったから部室で待ってたらなーんか遅いんだよ。んで、心配になったから覗きに行ったらアイツなんでか先生に叱られてたんだよ!いや、何怒られてんのコイツ!と思って教室の外から見てたけど、理由はすぐわかったよ。アイツ、スパイクで日直の仕事してたんだよ!そりゃ怒られるわな!」
「ハッ、アホだな」
「脳みそん中、サッカーのことしかないんじゃねえの?アイツ」
「それはありうるな」
鮫島と朝野が喋りながらも着々と準備を済ませて部室を出た。部室の前には先ほどと変わらず平たちが集まっていた。だが、彼らの様子は皆先ほどとはまるで違っていた。さっきまでグラウンドを眺めていただけの彼らは、何か困ったことがあったのかそれぞれ近くにいるものと話し込んでいた。
「何かあったのか?」
皆の様子の変化を心配した鮫島は近くにいた酒井にそう尋ねた。すると、酒井は「グラウンドを見ればわかるよ」と答えたので、鮫島は朝野と一度顔を見合わせてグラウンドの方へと歩いていった。
* * *
「日本一にぃ、なりたいかァァァ!!」
「「おおおお!!」」
グラウンドへの階段を降りて行った鮫島が最初に見たのは、烏合の衆だった一年生が一箇所に集まって見覚えのある一人を囲んでいるところだった。そしてその一人、月無が一年生を喚起させる言葉でよびかけていた。
「テッペンでサッカーを、したいかァァァ!!」
「「おおおお!!」」
「あいつは何をやってんだ?」
「ぶはははは!ホントすげぇわ月無!」
拳を突き上げて一年生たちを盛り上げる月無を見て、呆れる鮫島と笑う朝野。二人はどんどん月無へと近づいていったが、彼は全く気が付かない。
「ぃよし!じゃあ今から日本一になる夢を叶えるために!夢のために走り出そう!」
「勝手なことをするな、アホ」
熱弁もしめくくりに入り、より一層熱の篭ったセリフで一年生に呼びかける月無。その背後をとった鮫島は走り出すため振り返ろうとした月無の頭を軽く叩いた。月無は叩かれたことでようやく自分を叩いた鮫島とその後ろで笑いをこらえる朝野の存在に気づいた。
「あいたっ!誰・・・って、サメか!ようやく来たんだね!さあ走ろう!」
痛がりながらも月無は夢見る少女のようなキラキラした目を更に輝かせて鮫島を謎のランニングに勧誘した。しかし、月無の誘いに鮫島は呆れたように溜息を零すだけだ。
「走らねえよまだ。さすがに説明もなしに走らせるのは意味わかんねえよ」
「っ、ふは、ぶは。ダメだ、ツボった」
「もう説明とか面倒くさいじゃん!僕は今すぐに走り出したいんだよ!」
「ダメだっつってんだろ!キャプテンたちを待て!」
「ぶはははは!」
走ろうとする月無を必死に止める鮫島。そしてそれを見て笑い転げる朝野。三人の姿に呆然とする一年生たち。そんな混沌とし始めた場へようやく部室前でビビっていたサッカー部一同がやってきた。
「ちょ、落ち着いて!太陽!イラッとしたのはわかるけど!」
「っ、すまん。なんか無性に腹立った」
「月無もそれ以上やめとくよ!もう練習始めようよ!」
「え、もうそんな時間?じゃあ早く始めよう!」
「アイツらすげえけどアホだよなぁ」
「ほんまそれやわ。朝野、はよ復活せえ」
「ぶふっ、はほ・・・ま、まって、ぶはっ」
すぐに藤田と酒井が鮫島と月無の二人を引き離し、金本と森本が朝野を回収し、平と出野が一年生たちの前に立った。
「えー、お騒がせして申し訳なかった。改めて、三年でキャプテンの平だ」
「三年、副キャプ・・・出野だ」
「こんなにも多くの一年生が来てくれて嬉しく思う!じゃあ早速練習を始めようか。体験入部の子はこのまま残ってくれ。見学の子は出野について行ってくれ」
平がそう言うと出野が「こっちだ」と短く言ってかなりの一年生を引き連れて行った。その場には半分の十人程度が残り、まずは残った彼らの名前がわかるようにビニールテープを二年生がそれぞれ渡していった。一年生はそれにペンで名前を書いていった。これで準備は完了した。
「よし、じゃあ練習始めようか。いつものメニュー、まずはアップと行こう。軽くグラウンドの周りを走るぞ」
平の掛け声でようやく練習が始まる。この日も一年生がいるからと言って練習メニューは何も変わらず、鮫島考案のひたすら走る内容だ。最初こそ新しい環境に目を輝かせていた一年生たちも、自分たちは陸上部に体験入部しに来たんじゃないかと疑い始めた。
やっと走り込みが終わると、次は長短のパスを交わすだけの基礎練習。そしてまた走り込み。この頃には既に見学していた一年生は何人かその場を離れ帰宅しようとしていた。だが、それでも練習は続いた。鮫島は一年生の初めての部活体験日だからといってメニューを変えるつもりはなかったらしく、いつもの走り込み中心の猛練習でこの日を終えた。練習が終わる頃には見学に来ていた一年生は誰一人いなかった。皆途中でこの場をあとにしていた。
* * *
「じゃあこれで練習を終わります。お疲れ様でした」
「おし。一年生のみんな、参加ありがとう。一日目だって言うのにほとんどボールに触れなくてすまなかったな。もし良ければまた明日も参加してくれ。じゃあここで解散だ」
「「お疲れ様でした!」」
平が一年生たちに解散を告げると彼らは皆着替えの置いてある部室棟の方へと向かった。上級生たちは何人かが残ってそれぞれ練習を始めた。鮫島もその一人で月無とともに自主練習に向かった。
「ツキ、パス練したいから付き合ってくれ。平さんと出野さん、虎さんには許可とってるから」
「おう!もちろん!」
「あ、あの!」
自主練習を始めようとした鮫島と月無は後ろから呼びかけられて振り返った。そこには二人の一年生がいた。そこそこ背の高いつんつん頭と、童顔で人懐っこそうな少年だ。二人を呼び掛けたのはつんつん頭の方、高間だった。
「お、お久しぶりです!鮫島先輩!アサリFCで一緒だった高間涼馬です!俺の事、覚えてます?」
「涼馬?・・・ああ!一つ下のちびリョーマか!」
「覚えていただいて光栄っす!鮫島先輩!」
「・・・誰だっけ?サメ」
鮫島は久しぶりに会った後輩にすぐ気づいたようだったが、月無は覚えがないようだった。引越しでチームから離れたとはいえ、同じチームでプレーしていたはずなのだが月無には目の前の男に見覚えすらなかった。
「ツキはそんなに絡んだこと無かったか?まあお前が引越しする少し前までトップチームじゃなかったしな」
「俺は覚えてますよ。月無先輩、お久しぶりです」
高間の方は月無を覚えていたらしい。しかし、先程の鮫島に対する尊敬の眼差しとは真反対の敵意丸出しの目を向けていた。当の本人は全く気づく様子はなく、「おお!宜しくね!」と言って高間が差し出した手を固く握って握手を交わした。
「ところで、そっちの子は・・・守屋でいいのか?鮫島だ。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。守屋英次です」
「僕もよろしく!月無大貴だよ!」
「よろしくお願いします。月無先輩」
高間についてきた守屋と鮫島たち二人の邂逅も終わり、話は本題に入った。
「鮫島先輩!俺ら二人も居残り練習に参加してもいいっすか!」
「あ、ああ。もちろん構わないが、涼馬はともかく守屋もいいのか?」
「ええ。僕もこいつと同じで入部するつもりなんで、全然いいっすよ」
どうやら二人は自主練習への参加を申し出に来たらしい。鮫島はそれを軽く受け入れて、待機していた平たちに話を通した。
「ということなんで、この一年生二人も自主練に参加します」
「おお!それは嬉しいな。えーと、高間と守屋だな。ポジションはどこだ?」
「FWです!」
「僕はキーパーです」
「よし、分かった。じゃあまずは実戦練習に加わってみよう。最初は俺と貴野は見てるからそれぞれポジションに入ってくれ」
「ウス!」
「はーい」
平たちが自主練習しようとしていたのは5対5の攻撃練習だ。鮫島、月無、風切、森本、貴野に代わって高間の五人が攻撃側で出野、島田、金本、藤田の四人が守備側。ゴールキーパーは平の代わりに一年生の守屋が入った。
「さて、お手並み拝見と行こうか。行くぞ!」
「「おう!」」
(鮫島先輩の号令!なんか小っちゃいころを思い出すぜ!)
「皆さん!締まって行きましょう!」
「…よろしく」
「ラァ!行くぞ!」
攻撃組と守備組、どちらも声を上げて気合を入れる。ボールは攻撃組の鮫島からのスタートだ。開始位置はいわゆるアタッキングサードだ。これはサッカーのピッチを自陣ゴール、センターサークル、敵陣ゴールの三つに分割したときに敵陣ゴールにあたる場所だ。サッカーの攻撃において勝利するのに最も必要なゴールを奪うためにはこのアタッキングサードで相手を出し抜かねばならない。だからこそ、実戦練習ではここから攻撃を開始するのだ。
閑話休題。一年生二人を交えた実戦練習が鮫島のパスで今始まった。鮫島が横パスを出したのは高間だ。高間はボールを受けるとすぐに右サイドの風切に強めのパスを出す。
「よっしゃあ!ガンガン行くぞ!」
「やらせませんよ!」
パスを受けた風切に相対したのは藤田だ。どんなポジションでもプレー可能な彼が風切とマッチアップする。風切は無理に勝負にはいかずにここは近づいてきた鮫島に戻す。鮫島もまずは横への揺さぶりをかけるため高間、月無とパスを交わす。
「無理に行かないでいいっすよー!じわじわ距離詰めてパスコース切っていきましょー」
じっくりと攻撃を構築しようとしている攻撃組に対して守備組は守屋の指示通り急いでボールを奪おうとせず、パスコースを切るような動きでサイドへと追い詰めて行った。
「風切さん、ボール戻して!」
「おう!」
風切からボールを受けた森本はパスコースを探す。しかし守屋の指示で動く出野たちが機敏な動きで月無や高間をマークしていた。
(なかなかいい動きになってきたな。先輩らも)
森本はここは無理に前へのパスを出さずに、下がってきた鮫島にパスを出す。鮫島はボールを貰うと、すぐに反転して前を見る。やはり守備組は奪いには来ずに各選手をマークしていた。完璧な守備に見えたが、それでも鮫島から見て苦戦している場所があった。左サイド、月無と金本のマッチアップだ。
「ヘイヘイヘイ!僕貰えるよ!金本くんなんかドリブルで突破しちゃうよ!サメ!聞いてる!?」
「くそっ、ちょこまかと!うるせえし!」
いつものように、いやいつも以上に騒がしい月無は金本のマークを剥がそうとちょこまかと動き回り金本を翻弄していた。おそらく、鮫島がここで浮き玉で彼らの少し前にボールを出すだけで月無はサイドを突破してみせるだろう。彼ら二人の黄金パターンではあるが、それではこの練習に一年生を加えた意味が無い。
「悪ぃな、ツキ。今日はコイツの動きが見てえんだよ」
鮫島はそう零すと、ディフェンスラインの真ん中をスパッと切り裂くようなスルーパスを出した。このパスにすぐさま反応したのが高間だった。先程まで島田としのぎを削りあっていたのにも関わらず、鮫島がパスを出す体勢に入った瞬間、パスに気を取られた島田の後ろへと回り込み裏へと抜け出していた。
「はぁッ!?待てこら!」
「おっしゃ!!喰らえ、守屋!」
簡単に抜け出した高間は追いかけてきた島田に体を寄せられながらも、スルーパスをトラップすることなく直接ゴールに蹴りこんだ。ゴール右隅を狙ったシュートは何の障害もなくゴールネットに吸い込まれるかと思われたが、このシュートに守屋は反応していた。更に驚くべきことに守屋はシュートを左手一本で弾いてみせたのだ。
「だァっ、くそっ!やっぱやるなお前」
「なはは。お前もねー。高間。流石の抜け出しにえげつないシュートだよ」
一年生二人がその才能を見せ付けたことで、共にプレーしていた上級生たちだけでなく、周りでその様子を見ていたものたちも唖然としていた。
「フッ。これはすごいヤツらが入ってきたもんだな」
「即戦力じゃねえか!なんだお前ら!何者だよ!」
「・・・・・・幻?」
「そんなわけないよ!何言い出すんだよ、甲信!」
周りが騒ぎ立てる中、鮫島は高間と守屋に近づいてこう言った。
「涼馬。そして、守屋。俺達の夢のためにお前らには是非力を貸してほしい。サッカー部に入部してくれないか?頼む!日本一になるにはお前達の力が必要だ」
鮫島の真剣な願いを高間、そして守屋もすぐさま受けいれた。こうして浅利高校に期待の新戦力が加わったのである。
* * *
それから二時間ほどが経った。太陽は既に東の空へと沈んでいき、もう辺りは暗くなっていた。グラウンドに備え付けられた照明の光だけがサッカー部の面々たちを照らしていた。時計の短針は既に六時を指しており、それに気づいた平が自主練習を行っていたメンバーに声をかけた。
「今日はこれくらいにしておこう。片付けするぞー!」
「「うーす」」
平の一声でサッカー部は練習を終わり備品の片付けやグラウンドの整理を始めた。初参加の一年生、高間と守屋も鮫島について片付けの流れを教えてもらっていた。
「・・・っていう流れで片付ける。もう皆がやってるから今日はいいが、明日からはお前達も参加してくれ」
「了解です!鮫島先輩!」
「了解でーす」
食い気味に返事をした高間は余程鮫島とサッカーが出来たことが嬉しかったようで、普段の無愛想な彼が嘘のように高いテンションを保っていた。守屋はその様子を面白がっているようで、まだ入学して少ししか経っていなかったが高間とは上手くやれそうだと感じていた。また、鮫島も高間との再会を喜んでいるようで、いつもより多くのことを話していた。他愛ない世間話からサッカーの話まで、本当に多くの話をしていた。そして話題は今日の練習の話になった。
「ところで、どうだった?今日の練習」
「キツかったっす!ただ日本一を狙うっていうのが本気なんだなとは思いました。本当に基礎から肉付けしていくんだなって」
「そう言われると考えたかいがあるよ」
「あの、鮫島先輩。ちょっといいっすか」
とここで、それまであまり会話に参加してこなかった守屋が二人の話に割って入った。彼は少し心配そうな表情だった。
「今日の練習でたぶん一年生のほとんどが入部を諦めると思いますよ」
「え」
守屋のまさかの発言に鮫島が固まる。だが守屋はそんな先輩の様子を気にせず続けた。
「初心者にはキツすぎるし、楽しくはなかったですしね。僕とか高間とかはキツイ練習には慣れてるんで苦ではなかったですけど」
「え」
鮫島は守屋の忠告にポカンとしていた。確かに初参加の新入生たちにひたすら走らせてボールを触るのはちょっとだけというのはやりすぎだったかもしれない。鮫島は結局この日が終わるまで守屋に言われたことを考え続けていた。
そして守屋の忠告は的中した。翌日、鮫島は授業が終わり部活に向かうと、昨日と同じように部室前でサッカー部が呆然と立ちつくしていた。
(あれ?デジャヴか?)
不思議に思って彼らが呆然と見つめるグラウンドに目を向けると、ようやく彼らが立ち尽くしていた理由がわかった。昨日あれほど部活に参加しに来ていた新入生が、今日は高間と守屋の二人しかいなかったのだ。鮫島は皆と同様に呆然とした。そして冷や汗を垂らしながらぽつりと呟いた。
「・・・こんなはずじゃなかった」




