河川敷の出会い
浅利高校サッカー部が日本一を目指すための決断の儀式を終えて数週間が経った。新生・浅利高校サッカー部のメンバー達は今日は河川敷で練習を行っていた。何故、学校のグラウンドではないかと言うと、簡単に言えば学校が春休みに突入したからである。浅利高校では春休みや夏休みといった長期休暇期間中の運動部の部活動のグラウンド使用の日にちが生徒会によって決められるのだ。グラウンドを使うのはサッカー部の他に野球部、ラグビー部、陸上部がおり、一日ごとに二つの部活がグラウンドの半分ずつ使うことになっている。という訳もあり、今日のサッカー部は河川敷のグラウンドで練習を行っているのだ。
閑話休題。三月になってようやく季節は春を迎えた。河川敷の草木が生い茂り、花も咲き始めていた。河川敷のグラウンドは浅利高校と同じく土のピッチだ。慣れ親しんだ環境の中で浅利のメンバー達は今日も激しい練習を行っていた。
「一本、行きますよ!」
グラウンドの左コーナーから声を上げたのは鮫島だ。ペナルティエリア前にはビブスを着た選手達が集まっており、この練習がコーナーキックでのセットプレーでいかに得点をするかの実戦練習だと分かる。おそらく赤のビブスを着た方が守備側なのだろう。なぜなら、守備の中心メンバーたちが赤ビブスだからだ。
この練習に望んでいる選手達の様子はどこか虚ろだった。ポジションを取る動き、ディフェンスとのせめぎあい、その全ての動きにキレがなかった。彼らの動きから感じ取れるのは疲労感だけだ。
鮫島が少しの助走からボールを蹴る。ボールは鮮やかなカーブを描いて、ゴール前へと飛び込んだ。ボールにいち早く反応したのは貴野だったが、疲労からかボールを捉えきれない。ボールは逆サイドに流れる。
「セカンド奪え!」
平が大声で注意喚起をするが、ボールを拾ったのはゴール前から離れたところにいた黄色のビブスをつけた月無だった。
「もう一本入れます!」
「させるかよ!」
月無からボールを奪おうと赤ビブスの金本が距離を詰めた。しかし、月無は構わずクロスを打ちに行く。が、振りかぶった右足をボールよりも少し前で止め、金本をひるませてから月無はボールを金本の股に通し、ペナルティエリアに侵入した。
「ああクソっ!またやられた!」
「大丈夫!僕がケアに行ってる!」
ドリブルを始めようとした月無のボールを刈り取ったのは藤田だった。ペナルティエリア内でも躊躇しないスライディングタックルは綺麗にボールだけを刈り取り、ボールをゴールラインの外に出した。
「ああっ!クソっ、やるな藤田くん」
月無が悔しがりながらも藤田を賞賛すると、藤田は膝に手を付き肩で息をしながらも「当然・・・」と親指を突き出すハンドサインを見せた。
「次行きます!全員ゴール前に戻って!」
間髪入れずに鮫島が声をかける。選手達はほとんどが息を荒げたままだったが、逆らわずに「おうっ!」と返事をしてゴール前に戻った。
* * *
「あれか・・・」
浅利高校サッカー部が鮫島のスパルタ練習に取り組む中、河川敷の傍の道路からそれを見つめる男がいた。男はサングラスをして棒付きキャンディを咥えていて、かなり怪しく見えた。服装はスーツ姿だが、妙にだらしない着方をしており、それも彼の怪しさを増長させていた。
「・・・なるほどな。ただのセットプレーの練習って訳じゃなさそうだ」
男子高校生が運動をしている様子を見ながらブツブツと呟いているその様は不審者にしか見えなかった。その男はそのままブツブツと呟きながら道路から河川敷に通じる階段を降りて行った。そして河川敷のグラウンドの傍のベンチへと近づいて行く。ベンチにはすでに彼ら浅利高校サッカー部の責任者である高島が座っていた。男はそのベンチに腰を下ろした。高島はいきなり現れた不審者のような男にびくっと身体を震わせたが、その顔を見るとほっと安堵のため息をついた。どうやら知り合いらしい。
「び、びっくりしたぁ・・・。来るんなら一声くださいよほんと」
「すんませんね、高島先生。ケータイ持ってないんで」
「ほんとに現代人なんです?まあしっかり見てあげてください。宮部先生」
男ーー宮部友善はどうやら高島と同じ教師らしい。見た目的にはそうは見えないが、高島にも信頼されているようであり不審者では無いようだ。彼はぼんやりとしているように見えながらも視線は常に選手達に向けていた。
「どうなんです?宮部先生から見て、うちの子達は」
宮部におそるおそる聞く高島。高島の様子からすると宮部の賞賛する言葉を待っていたのだろうが、宮部はその期待をバッサリと切り捨てた。
「はっきり言ってカスですね。正に弱小校って感じっすわ」
「そ、そんなはっきり言わなくても!私の可愛い教え子たちに優しくしてくださいよ〜」
「教え子って・・・、高島先生サッカー知らないって言ってたじゃないすか」
「うっ!で、でも教え子は教え子です!」
食い下がる高島だったが、宮部は特に気遣う様子を見せずに自分が気になったことを尋ねた。その事はもちろん彼らがやけに疲れた顔でプレーしている点だ。
「先生、なんでこの子達はあんなに疲れてるんですか?」
「あー!学校からここまで走ってきて、さらにグラウンドでも走ってましたよ。一時間くらいかな?それからすぐにあんな感じで色々してましたよ」
宮部は高島の言葉に納得し「なるほどね」と呟いて、この練習の意味を理解した。
(実際の試合を想定した練習だな。実戦じゃまず体力万全なんてことは無い。より試合に近づけた実戦練習をしているのか。練習を考えているのはキャプテンか?中々やるじゃねえか。弱小校にしちゃあ、いいブレインだ)
宮部はニヤッと笑うと、高島にキャプテンを呼んでもらうよう頼んだ。高島は宮部の頼みを快諾し、キャプテンの平を呼んでくれた。
「平くーん、ちょっといい?」
「ん?あ、はい」
練習中に高島から呼ばれたことなどほとんどない平は一瞬驚きながらも、ベンチの方へと駆け寄ってきた。いつの間にか高島の隣に座っていた不審な男に平は特に反応は見せずに高島の前に立った。
「何かありましたか?先生」
「用があるのは俺だ」
「・・・失礼ですが、どなたですか?」
平の疑問はもっともだった。高島が宮部のことを先生という敬称で呼んではいるものの、平にとってはいきなり現れた不審者だ。このまま話しても信用してもらえないと感じた宮部は自分の立場を偽ることにした。
「あー、この高島センセの昔馴染みだよ。昔サッカーをやってたこともあってな、それもあって練習を一度見てくれって頼まれたんだよ」
「えっ?いやいや、何言っ――モガッ!」
宮部は余計なことを言おうとした高島の口を塞ぎ、目で訴えた。ちょっと黙ってろと。その様子を眺めていた平はどうやら宮部の言うことを信じたらしく「わかりました」と言って、鮫島を呼んだ。
「鮫島!ちょっと来てくれ!」
先ほどと同じように左コーナー付近でコーナーキックを蹴ろうとしていた鮫島が、平の声に反応して練習を中断してこちらに向かってくる。それを見て宮部はなぜキャプテンが説明しないのか不思議に思った。それがわかっていたのだろう。平は宮部にきちんと説明をしてくれた。
「聞きたいのは練習のことですよね?それなら鮫島が一番わかってますから。なんせこの練習メニューを考えてるのはやつですからね」
「・・・なるほどな。じゃあ聞かせてもらおうかね」
宮部は平の聡明さに感心し素直に彼の言うことをききいれる。そうしているうちに鮫島がベンチに辿り着いた。
「どうしたんすか、平さん」
「高島先生のご友人の・・・すいません、お名前お伺いしていませんでした」
「あぁ、宮部だ。よろしく」
「よろしくお願いします、宮部さん。宮部さんが練習について聞きたいことがあるらしい」
「はあ。分かりました」
「あー、鮫島くんと言ったか。この練習メニューを考えたのは君だそうだな」
宮部に問われた鮫島は特に隠すことも無く「はい、そうですけど」と答えた。控え目そうな受け答えだったが、宮部はあまりそこを気にせずに質問を重ねた。
「この練習の前に何キロか走っていたと聞いたが、どれくらい走ってから練習に入ったんだ?」
「とりあえず基礎体力作りのために学校からここまで走ったのを抜いて、河川敷に着いてからは40分ずつ走りました」
「40分ね。で、その40分の間は休憩か?」
そう繰り返した宮部はにやっとわらった。40分というのは高校サッカーの試合時間の半分の数字、つまり高校サッカーの試合は前半後半40分ずつで行われるのだ。それを意識した走る時間の長さに宮部は気づいて、にやっと笑ったのだ。
「いえ、合間合間に基礎練習を挟んで、それからは走ってから実戦練習に移行してます」
「ほお、なんでだ」
「サッカーは走るスポーツです。どんな場面であっても体力万全のままパス出来たり、シュートを打てるとは限らない。だからある程度体力を消費してから練習を行う方が効率がいいと考えました。より実戦に近づけるにはこれが一番いいと思って」
「・・・フッ、中々面白いな。お前」
宮部は鮫島の答えに満足したようで、ニヤニヤと笑みを浮かべてベンチから立ち上がった。
「鮫島だっけか。フルネームは?」
「鮫島太陽です」
「フッ、また会える時を楽しみにしてるぜ。鮫島」
そう言うと宮部は河川敷のグラウンドからまた道路に上がって行った。その様子を見守っていた鮫島と平はまるで宇宙人にでも遭遇したかのように呆然としていた。
「なんだったんだろうな、あの人」
「・・・なんか見た事あるんですけどね」
今はまだ彼らは知らないことだが、その場を去った宮部とはすぐに再会することとなる。だが、今はまだその時ではない。鮫島は平を連れて練習を再開するのだった。




