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15/22

決断の日

 その日はやけに日が照っており、まだ冬だとは到底思えないほど暖かい陽気に包まれた。とはいえ、まだ風は冷たく、街ゆく人たちも薄手のコートにマフラーといったような服装が多い。だが、いつもより暖かいのでマフラーを外して手に持っている人もいた。


 浅利高校の学生達は春が近いことを知らせるようなこの陽気に気分良く登校し、授業を受けながらも眠気に襲われてしまっている生徒も多かった。


 さて、そんな穏やかな日の授業は終わり、浅利高校サッカー部の面々達は徐々にグラウンドへと集まっていた。だが、彼らは今日一日ほのぼのとした雰囲気だった他の生徒達とは一線を画していた。ずっと何かを考えるように突っ伏し、友達と話していても上の空だったりした。それもそのはず、今日彼らはひとつの決断をしなければならない。


 日本一を目指すか、諦めて日常に戻るか、だ。


 グラウンドにいるメンバー達はピリピリとした緊張感を持っていた。まるで試合前のようだ。彼らは待っていた。キャプテンの平と日本一の主導者である月無と鮫島の二人を。


「にしてもあたたけえな。二月っていうのが嘘みたいだなー」


 そんなピリピリした空気をぶち壊すようなのん気なことを言っているのは朝野だ。彼は周りの空気を全く気にせず、楽しそうにリフティングをしていた。


「今日の最高温度は17度らしいね。もう春が来るのかな」


「うれしいよ。僕は寒いのは苦手だよ。早く冬が過ぎてほしいよ」


「……春眠…暁を覚え…ぐう」


 朝野の相手をする藤田、酒井。彼らもこの雰囲気に緊張している様子はなく、貴野に至っては眠っている始末だ。そんな彼らの会話を聞いていた金本と森本は呆れた顔で話しかけてきた。


「お前ら緊張感なさすぎじゃね?もう覚悟は出来たのかよ」


「ほんまそれな。俺、昨日寝られんかったわ」


 二人は言葉通りあまり眠れなかったようで、目の下にクマができていた。眠たそうな二人に朝野は高いテンションのまま対応する。


「オイオイ!お前らこそそんなパンダみたいな目になっちゃって!覚悟はできたのかよぉ!」


「まあな。ちょっと悩んだけど、俺と晋介は鮫島たちについていくぜ」


「俺は鮫島に恩義もあるしな、止める理由はないで。俺らより自分らはどうなん?」


 どうやら金本・森本の二人は日本一を目指す覚悟を決めたらしく、決意を決めた目は眠たそうではあるものの強い意志を感じさせた。逆に二人に意思を問われた同じ中学四人組は顔を見合わせてニヤッと笑い、声を揃えてこう返した。


「「もちろん、日本一になる」」


「…ハッ、そりゃそうか」


「さすがは鮫島親衛隊やな」


「その言い方やめてくれない?」


「ハッハッハッ!いいな、それ!」


「まあ言い得て妙っていうやつよ。否定できんよ」


「いや否定してよ。照はテンション上げないで?」


 森本の言葉に反応した朝野と酒井の二人にツッコミを入れる藤田だったが、彼もそこまでまんざらではないようだった。そんなやりとりをしていると、ようやく平と月無と鮫島が部室からグラウンドへとやってきていた。メンバーが全員揃っているわけではないが、もう話を始めるようだ。まず口火を切ったのは平だった。


「集まってるな。じゃあミーティング始めるぞ。まず今日はこの前の天門高校との練習試合の後に話した日本一を目指すか、否かの話をする。俺も一部員として参加する。進行は任せたぞ、鮫島」


「はい」


 平に指名された鮫島が浅利高校サッカー部のメンバーの前に立ち、平はそのままメンバーの中に加わった。鮫島は一つ深呼吸をして話し始めた。


「まず、この場にいない白田さん、松野さん。この二人は今日の朝に連絡をもらいました。二人ともに退部するそうです」


 いきなり鮫島が出したとんでもない情報にその場にいた全員が驚愕する仕草を見せた。それもそうだろう。これまで共に歩んできた仲間が突然部活をやめたのだ。驚くのも当然である。だが、部員達が驚いているのを見ても鮫島は話すのを止めなかった。


「白田さんは覚悟ができなかったと悔しそうに言っていました。松野さんは受験勉強に専念するそうです」


 鮫島の追加情報に皆納得したようなしていないようなそんな複雑な表情だった。特に二人と過ごした時間の長い三年生達はどこか暗い雰囲気を醸し出していた。


 少しの間、沈黙が場の空気を支配したが、すぐに鮫島は話の続きをし始めた。


「二人の意見を俺は尊重します。それだけ日本一を目指すということは覚悟がいる。他人に流されて目指すようなもんじゃない。何よりも自分が目指したいという意思が必要です。だからこそ、日本一を目指すか否かはそれぞれに決めてもらいたかったんだ」


 その言葉は鮫島の過去を知っている朝野たちには重く響いた。過去に日本一を目指し、その夢を粉々に砕かれた鮫島の言葉だからこそ、部員達に納得させるものがあった。また場の空気は重くなる。それでも鮫島は話し続けた。


「じゃあ、一人ずつ日本一を目指すか否かを言ってもらいたいと思います。最初は月無と俺が言うんで、そのあとは挙手制でお願いします。ツキ、頼むぞ」


「うん!」


 鮫島に指名された月無が前に出て、鮫島が少し後ろに下がる。月無は話を始める前に深呼吸をした。そして、この重苦しい雰囲気を全く気にしない満面の笑みで決意表明をした。


「浅利高校サッカー部二年、月無大貴!僕は、ここにいる鮫島太陽とサッカー部のみんなで日本一を目指す!そう誓います!」


 勢いのある決意表明を終え、月無は一歩下がった。特に他のメンバーたちは拍手などすることもなく月無の決意を静かに受け止めた。おそらくこの緊張感のある空気にほだされて、拍手をするような余裕はなかったのだろう。朝野が拍手をしようとはしていたが、その手を藤田が恐ろしい速度で止めていた。


 続いて鮫島が一歩前に出た。鮫島は一つせき払いを入れてから少しの間だけ目を閉じた。彼は日本一を目指して奮闘し、成し遂げるために努力し、そして挫折した過去を思い起こしていた。


(全てを失った。相棒も夢も目指すための心も。だが、日本一を目指すきっかけとなったツキが転校してきて、先輩もチームメイトも多分決意をしてここに来てくれた。なら、俺がすることは一つだ。もう一度、立ち上がること!)


 鮫島は今ここで過去と決別した。そして、心の中で決めた自分の意志を仲間たちにぶつけた。



「俺は過去に一度、日本一を目指しました。中学三年間を費やしたが、それでも日本一には及ばなかった。だからこそ、高校では特に何も目標もなくサッカーを続けてきた。だが、ツキが転校してきて俺の心は揺さぶられた。俺の夢にまた火をつけられたからだ。そして、天門との試合で俺の夢の炎は再び燃え上がったんだ。


 だからこそ、俺はどうしても日本一になりたい。そして、何より浅利高校の皆と日本一になりたい。だから協力してほしい。共に日本一の夢を見てくれ!!」



 鮫島太陽という人物はいつもクールで冷静で、取り乱すことはほとんどないし、あまり感情を表に出さないタイプ。それが中学時代を知らない浅利高校の面々の印象だった。それは中学時代を知らない月無も同様で、鮫島の熱い部分を見たのは初めてだった。鮫島が秘めてきた熱い思いをぶつけられた浅利の面々たちは、初めて見る鮫島の姿に驚き、そして彼の真っ直ぐな思いに感動した。


 決意表明を済ませた鮫島は安堵したかのようなため息をついて一歩下がる。そして「じゃあ後は挙手制で進行しますね」と少し恥ずかしそうに言った。そして間髪入れずに朝野が元気よく手を上げた。


「はい!先生!」


「…俺は先生じゃねえ」


 二人のやり取りにメンバーの中に小さな笑いが起こる。緊張感のある空気でもどうにかしてしまうのが朝野だ。彼の能天気さには皆が救われていることだろう。とはいえ、さすがに話し始めるといつもはしないキリッとした真面目な顔になった。


「俺、朝野照は鮫島太陽についていくことを誓うぜ!なんてたって、俺は諦めない男だからな!」


 漫画ならドン!と効果音が出るだろう堂々とした態度で朝野は言い放った。そして彼に続いて藤田、貴野、酒井が手を挙げ、日本一を目指す誓いを口にした。


「右に同じく、藤田和弘も日本一を目指します。負けてばかりじゃいられないもんね、太陽」


「・・・・・・貴野甲信、日本一目指す」


「酒井隆太、俺も中学みたいに頑張ろうと思うよ。日本一を勝ち取るためによ」


 中学時代から自分を慕い、着いてきてくれた仲間の決意に鮫島は感動で少し泣きそうになった。だが、そこはぐっと涙を堪えて「ありがとう」と感謝の意を彼らに告げた。


 朝野たちが鮫島への忠誠心というか友情を見せつけたその後に手を挙げたのは森本だった。


「俺、森本晋助も日本一を目指すで。俺には大阪に借りを返さないとあかんやつがおる。もう無理やと思てたけど、鮫島と月無を見てると諦めたらあかん気がしてくるんや。だから、協力させてもらう」


 彼も彼なりの理由があって日本一を目指すことを誓ってくれた。森本に続いて金本が手を挙げる。鮫島は金本の目の下のクマを見て、どれだけ悩んできたのかを察した。悩みに悩み抜いた答えを鮫島は緊張して見守った。


「金本聖。サッカーなんて内申のためにやってたはずなんだけどな。お前らともっと上を目指したくなっちまった。俺も月無みたいな超一流を止めてみたい。そのために日本一を目指す!もっと上の世界で強い相手と試合してみたい!だから俺は日本一を目指すぜ」


 上昇志向の強い金本らしい言葉は彼という人間をそのまま表現していた。ただただ上へ目指したいという意欲はきっとチームにいい影響をもたらす。鮫島はそう感じた。


 次に手を挙げたのは玉井だった。ここまであまり存在感のなかった彼は、少し躊躇しながら話し始めた。


「昨夜何度も考えた。でも、やっぱり!俺は・・・俺には日本一を目指す覚悟はできない!皆には悪いが、俺はここで降りる。鮫島、月無。お前らとサッカー出来て嬉しかったよ。日本一になれる事を祈ってる」


 玉井の決断はそれまでの流れを断ち切るようなものだったが、鮫島は静かに頷いてその決断を受け入れた。月無も「ありがとう、玉井くん」と言って彼と握手をした。握手を終えた玉井はバツが悪そうにその場を去っていった。玉井の決断により雰囲気は暗くなりそうだったが、すぐに次のメンバーが手を挙げた。その手の主は平だ。


「俺、平雄二郎は日本一を目指すぞ。キャプテンとして・・・いや鮫島と月無に全てを任せた男だ。キャプテンとは言えないな。・・・全責任を投げたからこそ、俺は最後まで見届ける義務がある。俺は絶対にその責任から逃げたくない。だから日本一を目指す。鮫島、月無、二人の挑戦を最後まで支え抜くよ」


 平にとってのキャプテンシーが垣間見えた瞬間だった。鮫島と月無に日本一を目指すリーダーとしての責任を与えてしまったからこそ、それを後ろから支える。それが平の探し出した答えなのだろう。


 このキャプテンの決断にほかのメンバーから拍手が起こり、誰よりも大きく手を叩いた人物が次に手を挙げた。浅利の副キャプテン、出野だ。


「・・・平の決断、素晴らしいと思う。・・・そして・・・俺も平と同じように・・・・・・後ろからチームを支えたい。・・・・・・日本一を目指す・・・それが俺の答えだ」


 物静かな出野も平と同じように日本一を目指すことを決めたようだ。三年生の中心人物二人が日本一を目指す決断をしたことで、ほかの三年も続いて手を挙げて決断を口にした。


「三年、島田虎雄。出野に同じく、日本一を目指すぜ!最後の一年だ。日本一っていうでけぇ花火を咲かそうぜ!」


「風切風助!日本一を目指すことに全くもって異論無しだ!よろしくな!」


 三年生が次々と日本一を目指すことを決意し、最初は緊張のせいかこわばっていた鮫島と月無の顔も次第に柔らかくなっていた。それはやはり仲間が増えたことからくる安堵だろう。それと残すは山口一人となったことも安堵の理由なのかもしれない。大雑把で楽しいことを好む山口なら、日本一を目指してくれると感じていたのだ。だが、その期待は裏目に出る。


「・・・山口さん?あとは山口さんだけっすよ」


 朝野が隣にいた山口に聞くと、彼は「あ、ああ」と生返事をし少し前に出て話し始めた。


「・・・俺は降りる」


「はっ?マジかよ、グチ」


 山口の言葉にすぐさま反応したのは島田だ。同じ3年生の二人は仲がいいため山口の言葉を聞いた瞬間に即座に反応したのだろう。だが、山口の意思は固いようで、島田の言葉を意に介さずに話を続けた。


「悪いが、俺は日本一になれるとは到底思えないんだよ。それに俺は10番だ。日本一を目指すチームのエースになるなんてそんな責任は負えない。本当に悪いと思ってる?。でも、でもよ・・・俺には無理だ」


 本当に苦しそうに言葉を紡ぐ山口。その姿に彼の出した答えが何度も何度も考えて出した答えだと分かった。もう話すことはなくなったのか、山口はそのままその場を離れていった。誰も彼を止めようとはしなかった。止めても無駄だとわかっていたからだ。


「…マジかよ」


 島田がポツリとつぶやいた。それでも島田は山口を無理やり説得しようとはしなかった。彼も強引にとめても無駄だと感じていたからだ。長くチームに貢献してきた山口が去っていく。その後姿を浅利高校サッカー部の面々は静かに見届けた。



 これで全員の決意表明が終った。その場に残ったのは12名だ。三年生はキャプテンの平雄二郎、副キャプテンの出野海斗に加え、島田虎雄と風切風助が残った。二年生は朝野照をはじめとする鮫島と同じ中学校の藤田和弘、酒井隆太、貴野甲信が当然残り、それに森本晋介と金本聖が追随した。日本一を目指す中心人物となる鮫島太陽と月無大貴を加えての12名である。


 その場に残った仲間たちの前に立つ鮫島は深呼吸をしてから最後に演説を始めた。


「ここに残ったメンバー、そして新学期に加わってくる一年生とともに俺たちは日本一を目指します。まだ足りないものはたくさんある。だからこそ、ここにいる全員で協力して頑張っていきたいと思っている。皆!これからもよろしく頼む!」


「「おおっ!」」


 鮫島の言葉に選手全員が声を上げた。この日、新生・浅利高校サッカー部がスタートした。道のりは厳しく険しいが、彼らはここから決死の努力を積み、新たな出会いを重ねていく。序章は終わった。本当の物語はここから始まる。

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