終幕、そして夢と決意
長い試合が終わり、浅利と天門、両校の選手達がお互いに握手を交わしてベンチへと戻っていく。それぞれ相手に思うところはあったようで、例えば佐和はまず同じキャプテンである平と言葉を交わし、月無は天門の選手のほとんどと話をしていた。
この試合の武勲者である鮫島はと言うと、誰とも話をせず握手だけに収めていた。だが、それも最初だけですぐに天門の選手に捕まり、話をすることとなった。初めに鮫島を捕まえたのは築山だった。
「悪かったね〜。色々言っちゃって〜」
「ああ、いいんだ。俺もアンタの言う通り、役不足だと思ってたしな」
築山が謝罪したのは試合中に鮫島に言い放った「キミにツキの相棒は荷が重すぎるよ」という言葉だろう。築山は試合中には見せなかった爽やかな笑顔を浮かべた。その笑顔はどこか吹っ切れたような感じがした。
「あれは訂正するよ〜。君じゃないとツキはダメだね〜。日本一、応援してるよ〜。まあ僕らが立ち塞がるけどね〜」
「あれは・・・いや、ありがとう。また試合出来るように頑張るよ」
思ったよりもポジティブな鮫島の言葉に築山は一瞬目を丸くせたが、前向きな彼に安心したのか力の抜けた笑みを浮かべてその場から去っていった。鮫島もまた他の選手達と握手をしていき、最後にこの試合で最も苦しめられた男との握手だけが残った。
「佐和さんどこだ?」
「・・・ここだ!」
「うわっ!・・・佐和さん、お疲れ様です」
最後の握手の相手、佐和は鮫島の後ろから気配を消して曲者らしい近寄り方で鮫島を驚かせた。鮫島も大きな声を上げて驚いたが、振り返って佐和だと分かると呆れたような表情で佐和に右手を差し出した。佐和はその右手を両手で握って笑顔で鮫島を称賛した。
「んふ、中々に滾らせてくれる試合だったよ。ありがとう、君のおかげだ」
「それは何より。次やる時は死ぬほど苦しめますよ」
「んふふ、それは楽しみにしてるよ。君に興味はあるし、色々と話したいことはあるが、そろそろ監督がお呼びだ」
「ああ。ではまた後で」
軽い話を終えた佐和は鮫島との話を終えて、天門の選手たちを引き連れて天門側のベンチへと集まる。そして、彼らは暗い表情で待っていた本吉を囲んだ。本吉は表情を変えないまま、引き分けに終わった練習試合について総評した。
「まずはご苦労。総体的に見れば、完全にうちの勝利だ。だが、結果は引き分け。相手の攻撃への対応が遅れ過ぎだ。確かに奇策、奇襲は対応が難しい。だからこそ、普段からの準備が必要だ。相手の行動を自分の中で決めつけるな。どんなことにも対応できるようにこれからしていこう。以上だ」
厳しさと優しさの入り混じったような総評に選手たちが声を揃えて「はい!」と返事をする。本吉はその反応に満足そうにうなずくと、試合に出ていたメンバーにクールダウンを命じ、他の選手たちにはここを去る準備を進めさせた。そして、自分は岩見を引き連れて浅利の選手たちの下へと歩み寄っていった。
さて、浅利の選手たちはというと、未だに興奮冷めやらぬといった様子だった。まさか弱小校の自分たち浅利高校が、冬の選手権で負けた強豪・天門高校相手に引き分けるとは思わなかったのだろう。猛練習の甲斐があった。そんな顔でお互いを祝福しあっていた。
「うおおおお!さすが鮫島!そして月無!ほんとよくやったよ!」
いつもはクールな言動の目立つ平がこの試合で最高の活躍を見せた月無と鮫島の頭を乱雑に撫でまわしながら手放しで褒める。それに続くように他のチームメイトたちも彼らを褒め称えた。
「ホントホント!最高だったよ、二人とも!」
「最ッ高だったぜ!」
「…称賛しか…ない」
「結局二人でやってまうねんもんなぁ!このこの!」
藤田や島田、出野に森本、その他の仲間たちも平に加わって彼らを祝福する。その方法は興奮のあまり、どついたり叩いたりなどかなり乱暴ではあったため、次第に鮫島は不機嫌そうな顔になり月無も少し涙目になっていた。
「…そろそろ痛いっす」
「うぅ、やりすぎですよぉ」
そんな歓喜の輪から少し離れたところで、仲間たちの喧騒を遮るような咳払いが聞こえた。わざとらしい咳払いの主、朝野は緩みきった顔を隠しもせずに仲間たちに自分の存在を思い出させた。
「コホン!皆さん、忘れてないかなぁ?同点弾のボールを供給したスーパーサイドバックを」
もしこれが漫画ならきらっと光るようなマークが朝野の白い歯についていたのかもしれない。渾身のドヤ顔を受けたチームメイトたちはそれぞれ近場のものと顔を見合わせてニヤッと笑うと、すぐに朝野を押し倒した。
「そうや!すっかり忘れてたわー!最高のピンチメーカーのこと!」
「…………」
「貴野が『確かにいたな。勝手に前線へ上がってポカしたヤバいサイドバックが』だってさ。ていうか自分でしゃべりなよ、貴野」
「そ、そこまで言わんでもよくない!?俺、頑張ったよね!?」
「ギャハハ!朝野の癖に生意気なんだよ!」
「島田、お前は言えないっしょ」
「うぐっ!そ、そういうお前もだろが、一也!」
さすがはムードメーカーといったところか、朝野の登場でチームはさらに盛り上がりを増していった。だが、そんな中テンションの上がったチームメイトから解放された鮫島がこちらに近づいてくる人物に気付いた。
「あ、天門の本吉監督。平さん、監督さん来ましたよ」
「うおっ、ホントだ。お前ら!一旦集合だ!」
鮫島に気付かされた平が一声かけることで、大騒ぎしていた浅利の選手たちが集合して本吉を迎え入れた。そして、平が代表して本吉に感謝の言葉を告げて、他の選手たちがそれに続いた。
「本日は本当にありがとうございました!」
「「ありがとうございました!!」」
本吉は頭を下げた浅利の選手たちに手を軽く挙げて応えてから、対戦相手の選手たちに向けて話し始めた。
「こちらこそ、いい経験になった。今回の練習試合での浅利高校は、冬の選手権でぶつかった時とはまるで違うチームだったよ。まあ、月無がいるということもあるだろう。しかし、それ以上に気迫が違った。今年は地区予選が盛り上がりそうだ。君たちの成長を楽しみにしてます。それでは」
本吉は話し終えると、すぐに天門の方へ向けて歩き出していた。そして、その後ろでは天門の選手たち全員が整列しており、中央に一人前へ出ていた佐和がとんでもなく大きい声で礼を言った。
「本日はまことにありがとうございましたっ!」
「「したっ!!」」
礼を終えた彼らが頭を下げ、すぐに整列したままグラウンドを去っていった。天門は元々の予定通り、この練習試合を終えてすぐに他県で行われる合宿へと向かう。去っていく天門を最後まで見送ると、平が全員に向けて「よし、俺たちは後片付けだ」と命令し、浅利の選手たちはそのまま後片付けを始めた。
* * *
グラウンドをならしゴールを片付けてボールを直すと、浅利高校のいつも通りのグラウンドが戻ってきた。浅利の選手たちもそれぞれ後片付けを終えた後にクールダウンを行い、今は少し穏やかな時間となっていた。
すでに日は暮れてきており、真っ赤な夕日が選手たちをひたすらに照らしていた。それぞれ会話をする内容はサッカーのこと、今日の試合についてばかりだった。それほど、今日という一日が彼らに与えた影響は大きかった。この一週間ほどは浅利の選手たちのほとんどが自分のサッカー人生の中で、サッカーに最も真摯に取り組んできた。月無に乗せられ、鮫島のプランに則り、強豪相手に引き分けた。弱小と言われ続けてきた浅利高校の選手たちにとってこれほど嬉しいことはなかった。これまでのサッカー観が変わったと言えるだろう。
そんな仲間たちの変化を月無が見逃すはずはなかった。今日は試合で使ったベンチを台にして立ち、皆よりも少し高いところで話し始めた。
「皆さん、ちょっといいでしょうか?」
「…ああ、どうした?とは言わないぜ。もうお前の言いたいことはわかってるからな」
月無の呼びかけに応じた平がニヤッと笑う。他の仲間たちも皆、ほとんどが月無の言おうとしていることを理解していた。というより、月無が話すことなどアレ以外にはない。
「日本一、の話だろ?」
次に月無に問いかけたのは金本だった。その問いかけに月無は当然と言わんばかりに胸を張ってうなずく。そして、いつもの倍ぐらいに大きい声で自分の言いたいことをぶつけた。
「そうっです!今日の試合を終えて、僕は前よりも!ずっと!皆と日本一を目指したいと思いました!僕らならできる!足りないものはまだまだある!でも、それ以上に皆サッカーに情熱を捧げられる!だから天門相手に一歩も引かない戦いができたんです!だから、目指すなら頂点を目指しましょう!どうせ見るなら頂点の景色を見ましょう!僕と、サメが連れて行きます!いや、一緒に行きましょう!日本一に!」
月無の言葉には以前より説得力があった。天門との練習試合で見せた彼のパフォーマンスは、頂上に連れて行くという言葉を納得させるのに十分なものだった。浅利高校の選手たちは揺れた。この男についていけば、これまでと違う景色を見られるのかもしれない。そんな思いが彼らの脳裏に浮かんだ。だが、そこに水を差すのはやはりこの男だった。
「ツキ、ちょっといいか?」
「サメ…。ああ。なんだい?」
鮫島は揺れるチームメイトたちの中から一歩踏み出すと、月無の立つベンチに自分も上った。その行動に月無は驚愕の表情を見せるが、それに何の反応もすることなく鮫島はチームメイトに話し始めた。
「俺は正直、このアホの言うことは絵空事だとしか思ってないです。現実的じゃないし、今日の練習試合だって10回やれば9回は負けて、そのうちの1回を今日引いただけだ。今のままの浅利が日本一になるには1%にも満たない賭けをこれから何十回も続けていかなきゃならない。日本一になれる可能性は限りなく低い」
鮫島の言葉にドンドン浅利の選手たちは表情を暗くしていった。鮫島の言葉は彼らに現実を重く感じさせた。このままでは前回のスピーチと同じだ。反論しようと月無が何か言いかけるが、それを鮫島が手で遮った。鮫島の眼は月無に訴えていた。俺を信じろ、と。今日の天門との試合中、何度も見た鮫島のその眼に月無は黙った。
(信じていいんだな?相棒…。何を言うつもりなんだ?)
沈黙が一度その場を支配した。誰も何か言葉を発するでもなく押し黙った。皆、改めて現実を再認識したのだ。無理もなかった。天門との練習試合に引き分けたお祭りムードはすでに鳴りを潜め、天門と引き分けた浅利高校の選手たちではなく、弱小校である浅利高校の選手たちとなっていた。そんないつもの浅利高校の選手たちに向けて、鮫島は再び口を開いた。
「……皆は覚えてますか?今年の冬、引退を迎えたキャプテン…藤馬さんが言ったことを」
唐突な問いかけだった。それに答えたのは平だった。現キャプテンは自分が一番慕った男、藤馬大介の言葉をそのまま答えた。
「『お前らは夢を見てくれ』」
「そう、藤馬さんはそう言ってました。俺はいつもその言葉を心の奥にしまっていました。俺の夢は果てしなく壮大で険しすぎたから。皆を付き合わせるのは絶対に嫌でしたし、何より今でも俺の中には越えられないデカい障害がありますからね。
だけど、今は夢を表に出せる。このバカが浅利に転校してきて、俺の夢を勝手に語ってくれたから」
鮫島は言葉とともに隣の月無を親指で指差す。指さされた月無は驚きと喜びが入り混じったような顔で、差された指を見ていた。その様子を見ている選手たちも今まで秘めてきた鮫島の言葉に驚愕を隠せていない。鮫島はまだ言葉を紡ぎ続けた。言いたかったことを全て今解き放つように。
「俺は日本一になりたい。そう思ってこれまでサッカーを続けてきた。ツキ一人じゃ難しいかもしれない。でも、俺とツキなら、そこに皆の力が加われば。きっとできないことなんてない。だから、俺たちに力を貸してほしい。
日本一を目指しましょう」
最後は鮫島らしいしっかりとした力のある言葉だった。浅利の選手たちのほとんどが面食らったような表情だったが、次第に鮫島の言葉に興奮と動揺を感じていた。チームの司令塔であり、指揮官でもある男のあまりのも現実的ではない言葉は、浅利の選手たちを様々な感情にさせた。ある者は鮫島の言葉に燃え上がる情熱を感じ、またある者はまさか鮫島がこんな話をするとはと動揺し、そしてある者はこれからのチームの行く末に不安を感じていた。
それに気付かない鮫島ではない。彼はベンチから降りると、平に声をかけた。
「キャプテン、今日はもう解散にしましょう。皆疲れているでしょうし」
「あ、ああ。もういいのか?」
平も鮫島の真意に動揺していた。だが、それでもこのまま解散することには疑問を感じずにはいられなかった。今の状況で解散することは、ライブの途中でバンドが帰ってしまうようなものだ。戸惑う平に鮫島はいつもと変わらないテンションで答える。
「ええ。日本一を目指すことについて皆自分で考えた方がいいと思いまして。俺とツキはこれから何を言われようと日本一を目指します。練習内容も今よりもっと厳しくなるし、もし日本一になれなかっても次がある俺たち新二年と違って、平さんたち新三年は最後の年だ。……無茶は承知なんです。だからこそ、もう一度ゆっくり考えた方がいい。その答えが退部でも俺は止めません。偉そうですけど、これが俺の答えなんです。だから、今日は解散にしましょう」
鮫島の言うことは至極真っ当であり、浅利の選手たちはその言葉を真摯に受け止めるほかなかった。平も「…そうだな。よし、今日はもう解散しよう!」と納得して皆を解散させた。それぞれバラバラに帰路に着く中で、それぞれが思いつめた表情をしていた。そこには天門と引き分けて最高の気分に浸っていた彼らはもういなかった。浅利高校の選手たちは、これまでで最も難しい選択を迫られていた。




