VS天門!!(7)
天門の劇的な勝ち越しから数分が経ち、浅利高校と天門高校の練習試合は終始天門のペースで進んでいた。天門が岡町を中心に大きな声を出して追加点を狙いに行くのに対して、浅利高校は暗い雰囲気の中、なんとか天門の猛攻を凌いでいた。
「出野!11番頼む!」
「・・・了解・・・!」
「白田!クロス入れさせんな!詰めろ詰めろ!」
「う、うん!」
交代で入った白田がサイドでボールを持つ選手を追うが、ワンツーでかわされてクロスを打たれてしまう。
「オーケー!俺が取る!」
「ちっ。ダメか」
サイドの選手が放ったクロスボールは平が空中でがっしりとキャッチし、事なきを得る。だが、ここ数分はこういった危ない場面が続いていた。守備の要である平、出野の二人がしっかりとしたブロックを作っていたためどうにか追加点を入れられずに済んでいたが、失点するのは時間の問題だった。また、両校の選手たちがひどく疲弊していることも関与しているだろう。どの選手も疲労感が顔に出ており、動きも緩やかになってきていた。
「よし!上がれ上がれ!慎重に攻めていこう!」
平が声を上げて浅利の選手たちを前へ上げさせる。セットしたボールを前線めがけて蹴り飛ばし、浅利は攻撃に転じる。貴野に変わって入った藤田が相手ディフェンスと競り合い、何とかボールを収める。
「松野さん!」
「ああ!」
「プレスかけてけ!」
藤田からボールを受けたのは山口に変わって入った新三年生、松野幹人。フリーの状態でボールをもらったはずだったが、そこにすぐに天門の選手がプレスをかけに行く。ここまでの長い試合を戦ってきたとは思えない疲労感を感じさせないプレスに、たまらず松野はボールを後ろに戻してしまう。ボールを受けたのは森本。森本はプレスを受けながらもパスの出しどころを探そうとする。
「クソッ!出しどころがない!」
森本の言うとおり、天門の選手たちは相手選手に一番近いものがプレスに行き、他の選手はしっかりとパスコースを切るという守備で浅利の攻撃を滞らせていた。森本はこの守備を前にどうにか打開しようとドリブルを試みるが、相手選手の足に当たってボールがこぼれる。
「やらかした!誰かフォロー頼むわ!」
「任せろ」
こぼれ球にいち早く反応したのは森本と距離が近かった鮫島だ。浅利の司令塔であり、浅利の選手たちの誰よりもパスセンスと精度に秀でた鮫島だが、ここまでの数分間では全くと言っていいほど活躍できずにいた。その理由はもちろん佐和の粘着質なマークに合っていたからだ。
この場面でもこぼれ球を拾うことは出来たものの、すぐに後ろからついてきている佐和にタックルを食らう。タックルで鮫島の態勢が崩れたところを狙われ、ボールを奪われてしまった。
「んふふふふ!甘いよ、鮫島くぅん!」
「くっ、うざったいな!」
ボールを奪った佐和はこれぞ天門流と言わんばかりに縦に速く展開する。素早い縦パスを受けたのは日浦。最終ラインで出野を背負いながらだったが、日浦は本骨頂を発揮するように背負いながらも振り向きざまにシュートを打つ。『早撃ち』のあだ名通り、スピードのあるシュートはキーパー正面に飛び平は簡単にキャッチする。
「ふぅ。なんつうシュートだ」
このように何度も何度もシュートを浴びせられながら、攻撃はうまくいかずにいた。そんな中、浅利の頼みの綱、月無は何をしているかというと。
「ああもう!何してんだ!皆、声出していこうよ!」
太尊ではなく岡町の厳しいマークにあっていながらも、たった一人勝つ可能性をあきらめずに声を出し続けていた。ところで、なぜマークが変わっているのかというと、風切プランをあきらめた浅利が月無を中心とした攻めへと転換した際に、岡町と太尊の場所が入れ替わったのだ。その岡町相手に月無は苦戦し、鮫島のところでは佐和のマークでパスが出せない。つまり浅利は攻撃の要の二人が使えない状態にあった。そのせいで、月無以外は意気消沈となっていたのだ。
「ヘイヘイ!僕にパスくれ!」
月無が両手を上げてぶんぶんと振りながらボールを要求する。今は中盤と最後尾でパス回しをしており、少しでも前へパスを出そうとすれば天門の猛プレスが待っていた。何とか同点弾を上げようとする浅利もこのプレスの前にはタジタジであり、前線までボールをつなげることができずにいた。
「とりあえず前へ飛ばそう!島田さん!」
「了解!オラ!」
最後尾でパスを回していた朝野が島田に声をかけながらパスを送る。島田は朝野の言うとおりにやけくそ気味にロングボールを前線へ送る。このロングボールにいち早く反応した月無は何とかボールをトラップするが、すぐに岡町に距離を詰められてしまう。
先ほどまでならそのまま月無が岡町に勝負を仕掛けるか、後ろへパスを戻すかだった。しかし、今の月無はその二つのどっちも仕掛ける様子はなかった。
「ん!?ちょっ、月無。お前どこに行くんだよ」
「岡町さんには関係ないです!ちょっと放っておいてください!」
月無は岡町に背中を向け、そのまま自陣の方向へとドリブルし始めたのだ。この突発的な謎の行動に浅利の選手だけでなく天門の選手も驚いた表情をしていた。ベンチにいた本吉や岩見も目を丸くさせている。それでも月無は周りの目など気にせずに、自陣へとドリブルで進んでいきながら大声でチームメイトへと声をかけて言った。
「みんな!何もう無理だみたいな顔をしてんだよ!あの猛練習はなんだったんだ!?最後まであきらめんなよ!」
ただひたすら自陣へと戻っていく月無についていく天門の選手たちはいなかった。そして、彼の言葉に浅利の選手たちは顔を落としていく。やはり弱小である所以なのか、浅利の選手たちは精神的な弱さを露呈し、もうすでに勝つ可能性を諦めていた選手がほとんどだったのだ。それを分かっていた月無は浅利の選手たちを鼓舞する言葉を浴びせていく。望まれていなくても、それを気にする月無ではなかった。
「僕達がこの日のために練習してきたのは、負けるためじゃないでしょ!?勝つためだ!勝たなければ、練習なんて何も残らないよ!僕らは結果を出さなきゃならないんだ!
天門に勝とう!努力を無駄にするな!諦めるな!下を向くな!今はただ、前を向いてボールを蹴るんだ!」
ただ自分たちの努力を裏切らないため、その為だけに前を向いてボールを蹴る。それが月無の言いたいことだった。頑張れとか諦めるなのようなただ励ますための言葉ではなく、浅利の選手達にボールを蹴ることだけを考えさせるような言葉だ。月無はきっと皆を鼓舞するためにこの言葉を使ったのだろう。だが、効果はまるで違う形で出た。
「お前・・・そこまで言うかよ!」
「考えてるのがあほらしくなったわ!」
「全く、それで励ましてるつもりなのか」
「あぁ!やるっきゃねえな!諦めてたまっかよォ!」
浅利の選手達が呆れたような、それでいてふっ切れたような口調で月無に文句を言い始めたのだ。まさか文句を言われるとは思っていなかった月無は「あれっ?感謝されるつもりだったんですけど」と冗談を口にしながら平へとバックパスを送った。それを受けた平はニヤッと笑って、「あれは励ますというより煽ってる感じだったぞ。特に最後がな」と月無の疑問を解消した。
月無の鼓舞のような煽りで浅利の選手達は息を吹き返し、チームには活気が戻った。その様子に佐和は楽しそうに笑い、日浦は苛立ちを隠さず、岡町は空気を締めるのだった。
「んふ、面白いねぇ全く。君たちの相手をするのは滾るねえ」
「ふん、くだらねぇ。雰囲気が戻ろうと、結果は同じなんだよ」
「お前ら!気を引き締めろ!迂闊なミスはするなよ!」
* * *
活気が戻ったとはいえ、負けている状況は変わらない。そして、過ぎ去った時間も戻らない。試合時間は残り数分。浅利はいい雰囲気の代償に時間を失った。最悪の事態の中、鮫島はただ一人、場の空気に流されず思考を編んでいた。
(・・・ダメだ。あと少し、あと少しでゴールに繋がる策が思いつきそうなのに。まだ足りない。思考が足りない。幸いボールは平さんまで戻ったし、形を作る時間もあと少しはある。プレーの中でどうにか見つけるしかないか?)
鮫島は最後尾で好機を伺うようなパス回しをする守備陣の方に目をやりながら、ただひたすら脳で思考を繰り返す。どうにか天門の守備網をかいくぐり、同点弾をぶち込むためのプランを想定し、シュミレーションしては穴を見つけてそれを埋める作業を行い続けていた。鮫島のプランの穴はあと一つだった。佐和のマークに合いながらも、打開策を練り続ける。
(結局、天門のゴールを破るためには岡町をどうにかしないといけない。ツキが突破するには、何が必要だ?)
その時だった。ふと最後尾のパス回しに参加している朝野が目に入った。その姿で鮫島は三失点目のピンチを思い出したが、その過去が今鮫島に稲妻のような閃きを与えた。
「……よし、これで行こう」
「んん?何がぁ?」
佐和の言うことなど気にせずに鮫島は一瞬だけ目線を月島にやった。本当に一瞬のアイコンタクトだったが、月無は相棒の鮫島が何かをしようとしているのには気づいたらしく親指を突きだすハンドサインを見せて前線へと上がっていった。
アイコンタクトを済ませた鮫島は自陣最後尾へと近づいていく。そして朝野に目線を送り、自分は右手を上げてパスを要求した。
「・・・鮫島!」
「ナイスパスです。出野さん」
「何もやらせないってばぁ!」
ボールを持っていた出野が鮫島に縦パスを送る。パスのスピードは速く、パスカットされる心配もなく鮫島の方に転がっていく。佐和の密着マークを受けながらも鮫島はボールを待つ。
「何をするつもりかは知らないけど、滾るね!何をするのかな?鮫島くぅん!」
「まあ見てればわかりますよ」
佐和の疑問には答えずに鮫島はひたすらボールを待っていた。体を寄せてくる佐和をどうにか手を使って距離を開ける。
「行くぞ、反撃開始だ!ツキ!」
そしてようやく届いたパスを、鮫島はトラップすることなくそのままのスピードを活かして、相手のゴールに背を向けた自身の右斜め後ろにいる月無へと右足のアウトサイドを使ったワンタッチのスルーパスを出した。
文言そのまま、月無へのスルーパスは反撃ののろしとなった。少し距離を開けられた佐和はパスに足を出すも届かなかったため、しっかりとパスは月無の足元に収まった。
「いいねサメ!決めるぞぉ!!」
月無は鮫島の言葉に刺激されたのか、後半も終盤とは思えないスピードでサイドを駆け上がっていく。中盤でそれを見届けながら、鮫島は後ろを振り向いて仲間たちに呼び掛けた。
「上がるぞ!最後の攻撃だ!」
鮫島の呼び掛けに浅利の選手達がそれぞれ反応を示して前線へと上がっていく。そして鮫島自身も佐和を背負いながら前へと進んでいく。
「っしゃあ!カチコミじゃあ!」
「やったるぞぉ!」
どんどん前へ進んでくる浅利の選手達に天門の選手達は動揺していた。先程まで沈んでいた彼らがまさかここまで活気を取り戻すとは思わなかったのだろう。ベンチに座っていた本吉も立ち上がって大声で「絶対にやられるな!勝ちで終わるぞ!」と指示を出した。
次々と浅利の選手達が前線へ入り込む中、ボールを持つ月無はついに左サイドの最奥まで来ていた。もちろん相対するのは岡町だ。岡町は絶妙な距離感を保って月無の仕掛けを完全に無視していた。この距離感と完璧な姿勢が岡町を一対一に強いディフェンダーにしていた。
月無はこの岡町を前にボールをまたいだり、中に切り込む仕草を見せていた。だが、何かを待っているかのように仕掛けはしなかった。
(何が狙いだ?時間をかける必要はあるか?)
岡町に疑問が生まれた瞬間にその答えは出た。それは後ろから猛スピードで走ってきた男の存在だった。その存在こそ三失点目の原因を作った男、朝野照だ。岡町が朝野の登場に一瞬気を取られるも、朝野は岡町と対峙する月無を追い抜いた。
(・・・ブラフだ!気にするな、俺。月無から目を離すな)
岡町は朝野のフリーランニングをブラフと思い込み、改めて月無と向き合った。だが、その判断と行動は少し遅かったと言わざるを得ない。向き直した岡町を嘲笑うかのように月無が自分を追い抜いた朝野にノールックでスルーパスを出したのだから。
「っ!くそ!」
岡町は思わず普段言わないような悪態を口にし、少し遅れながらも太尊に「月無を頼む!」とお願いし、自身は朝野を追いかけた。ここまでで分かるように天門の守備陣は後手を踏んでいた。月無の唐突な自陣へのドリブル、そして急な早い展開の攻撃に対応が遅れ続けていた。このことが浅利にとって最大のチャンスとなる。
岡町がもうすぐに追いつこうとしていることに朝野は気づかないわけがなかった。後半の失点に繋がる自分のミスはこの天門の守備の要の素早い対応で生まれたのだから。
(ボールに追いついたらすぐクロス、ボールに追いついたらすぐクロス)
朝野は自分の中で繰り返しこの言葉を言い続けた。そして心中で言い続けた言葉通り、岡町が追いつく前に朝野はボールをダイレクトで蹴り込む。朝野の蹴ったクロスにまた岡町は驚くこととなった。そのクロスはボールを浮かせる普通のクロスボールではなく、ピッチのラインギリギリを地を這うように転がるグラウンダーのクロスだったからだ。
「何っ!?」
「へへ、してやったりだ!あとは頼むぜ、太陽!」
朝野が呼びかけるように親友の名前を呼ぶ。ペナルティエリア内は大混戦となっていたが、朝野のグラウンダーのクロスに反応していたのは彼の言うように鮫島だった。
中盤から月無へのスルーパスを出した鮫島には、パスを出した瞬間からこのビジョンが見えていた。何度も脳内でシュミレーションし、この攻撃のプランなら天門の守備を混乱に陥れるという自負があったからだ。そして、彼はそのプラン通り、自分がシュートを撃つまでの道筋を整えるために動いたのだ。この試合で一度も侵入しなかったペナルティエリア内に入って。
「ゴールは、いただく!」
朝野のクロスボールを鮫島はフリーの状態でゴールに蹴り込もうとする。左足を振りかぶり、シュート体勢を整えた。あとはもう打つだけだった。
「やらせないってばぁ!」
だが、最後にまた天門の王である潰し屋が立ち塞がった。粘着質なマークを続けていた佐和はこの攻撃の間もずっと鮫島を追い掛けていた。このシュートのシーンでも、この試合で何度も行われた佐和と鮫島のバトルが始まる。後ろから佐和が体を寄せることでそのゴングは鳴ったように思われた。二人のバトルが始まるはずだった。そう、鮫島が佐和のタックルで倒れるまでは。
「っあ!ヤバっ!」
思わず佐和は驚きの言葉を零した。ペナルティエリアでのファウルと思しきタックルのため、選手全員の動きが止まる。主審も首からかけている笛を取ろうと手を伸ばした。
だが――、
「かかったぞ、ツキ」
主審のその動きは止まった。なぜなら、鮫島が零した、いや鮫島が残したと言うべきか、空白地帯にあったボール目掛けて猛ダッシュで近づく人物がいたからだ。
その選手こそ、浅利のエース、月無大貴である。
彼の走る音で我に返った選手達ももう遅かった。気づいていたのは鮫島と、ゴールを守る秋山、そしてその選手を追い掛けていた太尊だった。
「誰か!誰か止めろ!ツッキーを止めろぉ!」
悲痛な叫びを上げながら、太尊は月無のシャツを引っ張る。だが、そんな事で彼は止まらなかった。ゴールの近くにあるスペースにポツンと置き去りにされたボールを、月無は渾身の力を込めた右足で振り抜いた。強烈な音とともに撃ち放たれたシュートはゴール右上隅に向かって飛んでいく。
「うおおおお!」
秋山が雄叫びとともにボールに手を伸ばす。なんとか右手がボールを捉えるが、月無が放った渾身のシュートは触れた手を弾き飛ばしてゴールへと吸い込まれていった。
「っ、うっしゃぁあ!!」
まさに勝利の咆哮、とはいえ点数差がなくなっただけなのだが、待望のゴーだっただけに月無は喜びを爆発させて、このチャンスを作った鮫島の元へと駆け寄って行った。そして、まだ立ち上がっていなかった鮫島を押しつぶすように抱きついた。
「サメェ!!最高だよ!相棒!」
「痛てぇ!落ち着け、ツキ!」
潰された鮫島が悲痛な声を上げながらどうにか月無をどかそうとするが、そこへ朝野や藤田たちも加わって完全に鮫島は潰された。
その様子を見てハッとしたような表情を見せたのが日浦だ。前線から走って戻ってきて、まさかの失点に呆然とするチームメイトたちを鼓舞するように、ゴールに残されたボールを持って叫んだ。
「まだだ!まだ終わってない!笛はまだ・・・」
そんな日浦の期待を裏切るような、そして浅利の選手達を祝福するように主審が試合終了を告げる長い笛を吹いた。前後半40分ずつの長い試合が今終了し、浅利高校と天門高校の練習試合は3-3というスコアで引き分けという結果となった。




