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VS天門!!(6)

「ちょっといいかな」


 場面は戻ってハーフタイム。鮫島が終ろうとした話を月無が遮ったところである。月無はコホンと一つせき払いを挟んでから話を始めた。


「後半、岡町さんと秋山さんが入ってくると思うんだけど、僕はこの二人にあまりいい思い出がない」


「ん?なんだ、どういうことだよ」


 月無の話にすぐ反応したのは金本だ。月無はすぐにその疑問に答える。


「天門での練習で、何度かマッチアップしたことがあるんだ。岡町さん一人ならそこまで厄介じゃなかった。岡町さんは冷静なディフェンスリーダーだけど、ポジションから離れることはない。でも秋山さんがいると話は違う」


「そんだけでも厄介そうやのに、まだなんかあるんかよ」


「うん。秋山さんが後ろにいることで岡町さんは守備範囲を広げるんだ。ペナルティエリアの手前からサイドまで、果てには中盤にも出てくる。そうなったときの僕の勝率は一割に満たない」


「一割にも、か。中々厄介だな」


 話を聞いていた平が顎をさすりながらそういうと、それに出野も同調した。


「ああ…。月無で抜けない…となると…、うちで攻略は……難しいんじゃないか?」


「…僕は正直に言うと、無理だと思います」


「なっ、マジかよ!月無!」


「月無くんで無理だなんて、やっぱり天門に勝とうなんて無茶だったんだ…」


「白田さん、諦めるの速すぎますよ!まだなにか、何かあるはずだ!」


「あれだけ練習したのに…」


 はっきりと不可能だと断定した月無に浅利の面々に動揺が走った。月無の自信のない言葉にショックだったのか、皆思い思いの言葉を口にしざわつき始めた。だがざわつくだけでは打開策は生まれない。そのざわつきを初めに遮ったのは鮫島だった。


「ツキ、本当に無理なのか?」


 鮫島は月無にストレートに聞いた。鮫島には月無がそう簡単に諦めると思えなかったからだ。その考えは予想通りだった。月無はニヤッと笑うと、自分の考えた作戦を披露した。


「無理、ではないよ!まず後半始まってすぐはあまり僕にパスをしないようにして、風切先輩の速さで翻弄しよう!」


「お?俺か?」


 指名された風切が驚いた顔を見せる。月無はそれに構わず話を続けた。


「風切先輩のスピードを生かして右サイドを主戦場にしましょう。岡町さんは俺に近いポジションを取ってくると思います。だからこそ、僕と真逆のサイドで勝負する。右サイドは前半で風切さんの速さが効くのは証明済みですから、できる限り岡町さんとの真っ向勝負は避ける方向で」


「なるほどな。確かに同点弾は風切の速さから生まれたからな」


 月無の作戦の真っ当さに平が同意の意を込めてうなずく。他の選手たちも同じように「それなら…」という風な反応を見せた。しかし、その中で鮫島だけが納得のいっていない様子だった。


「らしくねえな。ツキ、お前なら勝負に行くと思ってたんだが」


「もちろん!負けたままではいられないからね」


「はあ?どういうことだ?」


 鮫島の言葉への月無の返答に鮫島は疑問符を浮かべる。それは周りのチームメイトも同様で、さっきまでの満足げな表情から一変して不安げな顔になっていた。チームメイトの顔を百面相させた当の本人は周りの反応を気にする様子もなく、ケロリとした表情で答えた。


「最初は風切先輩中心で行くんだ!それで、右右右と集中させたところで、いきなりサイドチェンジ!左の僕が隙をついてガガガーッと前線へ!最後はキーパーも躱してゴール!ってのが筋書なんだ」


 作戦の説明は擬音が多く頭の弱そうなものではあったが、浅利の皆がその考えを理解はできた。つまり、右サイドで集中攻撃を行うことで、相手の守備陣を右サイドの方に釘づけにさせ、その隙をついて月無が左サイドの脆くなった守備を突くという作戦だ。この説明を受けて、鮫島はようやく納得をしたような表情を見せた。


「…直接勝負せずに、上手く翻弄するってことか。ツキにしては頭を使ってるな」


「でしょ?あとは僕がどう岡町さんを攻略するかだけど、それに関しては任せてほしい!」


「分かった。その辺はお前に任せるよ。皆さん、攻撃は月無のアイデアにかけましょう。それまで何とか勝ち越されないように頑張りましょう」


「よし!行くぞ、皆!まずは後半への準備だ!」


 鮫島が戦術の話を終えて、最後は平が締めた。こうして、浅利高校は月無のプランで攻撃を進めることにした。そして、場面は今に戻る。




 * * *




(よし。次のチャンスは右サイドから攻めよう。僕は中央に入って行こうかな)


 自陣へと戻り終えた月無は天門の右サイドの選手のマークにつく。ボールは天門の岡町の前線へのフィードで、最後尾から前線への距離をゼロにし、すでにアタッキングサードまで侵入していた。ボールを保持していたのは築山。岡町のフィードをセンターフォワードの選手を経由してパスを受けていた。その築山は内心はらわたが煮えくり返っていた。


(まさかリードされて前半終了して、キャプテンや岡町さん、秋山さんまで投入されるなんてね〜。屈辱だな〜。アイツにこだわりすぎたな〜)


 築山は前半の結果に全くと言っていいほど満足していなかった。その理由は前半での自分のプレーにある。自分の敵対視していた鮫島太陽にこだわりすぎて、いいプレーを見せて月無を連れ戻そうと必死になっていた。だからこそいいプレーは見せることが出来た。先制弾の起点にもなれた。だが、それにこだわりすぎたためにリードを許した。そのことに対して屈辱を感じていたのだ。


 格上としてのプライド、強豪校としての誇りを汚してしまったという考えが築山の頭を支配していた。


(キャプテンたちの出場は予定よりずっと早まった。これは俺らが不甲斐ないからだよね〜)


 今の築山の脳裏には後悔しかなかった。できれば前半をやり直したいとまで思っていた。だが、それはもちろん出来ない。だからこそ、築山は思考を切り替える。そして、同じ考えを持っているはずの仲間にパスを送る。


「取り返そうぜ〜、春彦〜」


 ボールを取りに来た森本の出した足を通り抜けるように縦に早いパスが日浦へと出る。日浦はそれを出野を背負って受けた。


「・・・やらせん!」


「ぐっ!うっぜぇなぁ!」


 いくら『早撃ち』と言っても、相手ディフェンダーを背負ってシュートを打つことは出来ない。ボールを取られないように体を張る日浦。彼もまた、前半の内容に酷く屈辱を覚えていた。


(クソクソクソクソ!!なんで俺らが、天門が負けてんだ!?俺たち天門は最強のはずだ!その名を、俺が、この日浦春彦が汚してるってのか!?)


 日浦はこの試合に冬の選手権の全国の舞台で惜敗した試合をフラッシュバックしていた。その試合もリードされたまま後半を迎え、途中出場した日浦はその局面を打開できず、何も出来ないまま敗北した。日浦にとってその試合こそが人生で1番最悪の試合で、もうこれ以上ないほどに悔しい試合だった。それゆえに、今のこの状況が我慢ならなかった。


「ああクソ!!」


 誰かに文句を言うのではなく、ただ自分に悪態をついていた。そしてその自分への怒りは逆に日浦をこれまでなく冷静にさせた。自分を追い越そうと走り寄ってきていた佐和が見えているくらいには冷静になっていた。


「・・・!頼んます!」


「いただくねぇ!」


「・・・っ、やばいぞ」


 日浦は出野にあえて倒された。ファウルはなかった。何故か、倒れ込みながらも日浦はヒールパスをディフェンスラインの裏に出していたからだ。もちろんそのラインを抜け出したのは佐和。日浦の決死のパスを受け取った時、佐和はフリーになっていた。


「やばい!!打ってくるぞ!」


 佐和を追いかけていた鮫島が叫ぶように注意を促す。鮫島では佐和を止められなかった。何とかそのスピードを緩めようとシャツを掴んだが、佐和は全く意に介さず右足を振りかぶってシュートを放った。


「どっせえええい!!」


 独特な掛け声とともに打ち放たれたシュートは対角線上のゴール右上隅に飛んでいく。しかし、このシュートは平が読んでいた。なんとか左手1本でピッチ外へと弾いた。


「っあぁぁ!ダメかぁ!」


「くっ・・・ディフェンス集中しろ!コーナーだぞ!」


 ビッグセーブを見せた平が手を叩きながら守備陣にコーナーキックへの喚起をする。日浦にしてやられた出野を中心に「おうっ!」と声を上げて返事をし、やる気を見せた。とはいえ、完全に試合の流れは天門側にあった。佐和の連続シュートがそれを物語っている。鮫島はその流れを危惧し、自分も守備へと参加していく。


 コーナーキックに向けて浅利と天門の選手が入り交じってポジション争いを繰り広げる。ピッチの右コーナーフラッグにボールをセットしたのは築山だ。天門一の精度を誇る彼は、すでに狙う場所を決めていた。ピッチ外に並べられていた清涼飲料水のボトルを口にし、飲み終えるとボトルを乱暴に放り捨てた。


(よし、ここで決めないとな〜)


 主審の笛が鳴る。この笛でコーナーキックのキッカーはボールを蹴り入れていいことになる。築山もそれに倣って、右手を上げて合図をしてから助走に入る。そして、自身の利き足である左足で混沌としたゴール前にボールを蹴り込んだ。


 築山の放ったコーナーキックは、少し山なりのボールになり、()()()目掛けて飛んでいく。ターゲットされたあの男とはもちろん佐和だ。


「中央!佐和だ!!」


「任せろゴラァ!」


「ぬぅうん!!」


 独特な掛け声で飛び上がった佐和は、競り合うように飛び上がった島田よりも頭一つ分高く飛んだ。それはつまり簡単にコーナーキックからのクロスボールに触れさせたことを意味する。佐和は頭でクロスボールを地面にたたきつけた。頭で放たれたヘディングシュートは強烈な勢いで地面にたたきつけられたため、懸命に手を伸ばした平の眼前でバウンドし、ゴール上部に突き刺さった。


「っしゃあ!!き~めちゃった!」


 見事なヘディングシュートを決めた佐和が喜びを爆発させるようにコーナーフラッグへ駆け出す。天門の選手たちがそれを追いかけて彼を祝福した。


「さすがキャプテン!」


「最高っす!」


「ナイスヘッド~」


 祝福の声をかけられた佐和が寄ってきた日浦と築山を捕まえて彼らの頭をくしゃくしゃと撫でる。そして彼らにも称賛の言葉を与えた。


「お前らこそよくやった!日浦、ナイスパス!お前のパスがこの得点を作ったんだ!そんで築山!最高のコーナーキックだったぜ!さすがだお前ら!さすが俺たちの後継者!」


「いや~それほどでも~」


「フン!まあ満更でもねえ!」


 チームの要たる佐和から手放しにほめられ悪い気はしないのか、素直そうでない2人も単純に喜んでいた。


 同点弾を決められた浅利は今日二度目の失点にさすがに失望を隠せなかった。キャプテンの平でさえ腰に手を当て天を仰ぐしかないほどに落ち込んでいた。佐和との空中戦で敗れた島田も地面に膝をついて、何度も地面を叩いて悔しがっていた。


「クソッ。やられた」


「あぁああああ!チクショォ!!」


 その様子につられるように他の選手たちもみな一様に肩を落としていた。だが、それでも試合は進んでいく。選手たちがポジションへと戻り、改めて試合を再開する。浅利のボールから試合が始まったのだが、彼らは暗い雰囲気のまま試合に集中できなくなっていた。そのことが更なる悲劇を生む。


 センターサークルから蹴りだされたボールを山口が受け取り、すぐに最後尾までボールを戻す。攻め急ぐ必要はなかった。得点されたとはいえ、点差はない。慎重に攻めればいい。鮫島はそう考えていた。しかし、全員がそうではなかった。


「くそっ!攻めるしかねえだろ!ください出野さん!」


「…お、おう」


 ボールを出野に要求したのはムードメーカー朝野だ。出野からボールをもらった朝野はチームの雰囲気に反して攻め急いだ。前へ前へと突っかかっていく。意外とそのドリブルは効果的で、自陣を通り越し、さらに相手陣内へと侵入していく。鮫島はその姿に不安しか覚えなかった。


「おい!朝野!攻め急ぐな、ボールをよこせ!」


「鮫島!いけるって!今ならさ!」


 鮫島の静止の声を振り切って朝野はグングンスピードを上げていく。同じサイドの月無も不安を覚えながらも、思ったよりもいい効果を見せている朝野の攻め上がりに自分は中央に走り込みスペースを開けた。


「朝野くん!ガンガン行っちゃおう!」


「お!サンキュー!」


 その動きに翻弄されたのが太尊だ。どちらのマークに着けばいいのか一瞬判断が遅れ、動きに迷いが生じる。しかし、それを正気に戻したのが守備の要、岡町だ。岡町はいつもの大声で太尊に呼びかけた。


「タイソン!月無につけ!その元気な小僧は僕が行く!」


「は、はい!待てよ、ツッキー!」


「さて、僕が相手だね。元気くん」


「うっ、おらぁ!」


 朝野がスピードに任せて進むはずだったスペースに岡町が顔を出した。センターバックが引きずり出されたこの状況はもし岡町を抜ければチャンスになると朝野は思い、岡町に勝負を仕掛ける。だが、これは明らかに悪手だった。


「ほいっと。ちょっと軽率だったね」


「っあ!しまった!」


 フェイントで仕掛けようとした朝野の隙を突き、岡町は簡単にボールを奪った。そしてすぐさま前線へとロングボールを供給する。朝野の攻め上がりに呼応するようにディフェンスラインを上げていた浅利の守備陣、その裏を突くロングボールに急いで自陣へと戻る。だが、誰よりも早くロングボールに反応していた日浦が広大な誰もいない空間をボールめがけてトップスピードで駆けていく。


「ヤベエ!平!前出てくれ!」


「…いや!…来るな、平!!」


「ああもう!意見を合致させてくれよ!」


 浅利の守備の要である島田と出野がそれぞれの意見を叫ぶように平に訴える。しかし、対照的な二人は意見も対照的で、平は困り顔である。だが、日浦に島田が追いついたのを見るや否や、平は前に出るのを止めてゴール前で立ちふさがる。


 島田が追いついたのはいいものの、日浦はすでにペナルティエリアに入っていた。体を削り合いながらじりじりとゴールへと近づいていく。その時、島田の脳裏にフラッシュバックしたのは先ほどの失点シーンだ。もう失点を増やすわけにはいかない。その思いが強く島田の中で反響する。


「もうやらせるわけにゃあいかねえんだよッ!」


「っ!フン、単細胞だな」


「ああ?」


 島田はボールを奪おうと思いきったタックルを浴びせる。これが運命の分かれ道だった。タックルを受けた日浦はうまく倒れたのだ。その瞬間、主審の笛が鳴る。島田は大げさに両手を振り上げ、何もしていないというアピールを見せたが、主審が指をさしたのはペナルティエリア内、つまりペナルティキックの判定だった。


「ま、待ってくれよ!俺は何も…!」


 主審の判定に納得いかず、島田は抗議を申し出る。しかし、天門の選手から出た主審は「今のはダメですよ。僕が天門とかじゃなく、あれは危ないタックルです」と判定を覆すことはなかった。だが、島田はまだ食い下がり、倒すつもりはなかったと抗議を続けた。そんな島田を見てピッチに座り込んで靴ひもを結んでいた日浦は鼻で笑う。


「オイオイ、見苦しいぜ。ペナルティエリア内であんな危険なタックルかませばこうなるだろう?単細胞くん」


「テメエ!」


「落ち着け!島田!」


 日浦の煽るような言葉に反応しそうになった島田を出野が抑える。一触即発のような雰囲気が漂うが、そこに間に入ったのは佐和だった。


「まあまあまあまあお二人さーん!落ち着きなよ!日浦、お前も言い過ぎだよー。練習試合くらい楽しくやろうよ~」


「…すんませーん」


「チッ、覚えてろよテメエ」


 佐和が二人の間をとりなしたことで、何とか一触即発の危機を逃れた。しかし、浅利のピンチには変わらない。ペナルティキック―ここからはPKと表記する―のキッカーは佐和。佐和は緊張のようなものはまるでないように見え、柔軟運動のように体の様々な個所をふにゃふにゃとほぐしていた。平は絶対にやられてはいけない場面ゆえに、かなり緊張しているようで神妙な面持ちで前傾姿勢を保っていた。


(どっちに蹴ってくる…?佐和は精神力がずば抜けて高い。真ん中もありうるか?)


 平は心中で思案を巡らせながら、構えを取る。佐和も準備ができたようで、セットされたボールの前に仁王立ちしていた。あとは主審の笛を待つだけ、周りを固める選手たちも固唾を飲んで見守っていた。


 そして、ピーーッと主審の笛が鳴った。仁王立ちしていた佐和が助走に入る。ゆったりとした助走を待ちながら、平は心の中でどちらに飛ぶかを決めた。


(…右だ。もうよく分からん。とりあえず右に飛ぶ)


 佐和が右足を振りかぶった瞬間、平は右に飛んだ。しかし、それを見越していたかのように佐和はセットされたボールを掬うように蹴るチップキックで左に蹴った。ボールはもちろんそのままゴールに力なく転がっていき、PKは見事成功した。


「決めてやったよー!」


 佐和はまたもグラウンドをかけていく。その背中を見ながら平は地面に拳を叩きつけた。試合も終盤。浅利高校は思ってもいない窮地に追いやられていた。

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