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VS天門!!(5)

 浅利と天門の練習試合、後半が始まろうとした頃、浅利高校のグラウンドに急ぎ足で駆け付けた人物がいた。


「はあ、はあ。まだ…試合終わってないかしら」


 その人物は天門高校のバスに帯同していなかった二年生マネージャーの岩見だった。彼女はかなり急いで浅利高校に来たようで、息を切らして疲れ切った様子だった。滴る汗を拭いながらゆっくりとサッカーグラウンドへ歩いていき、まず浅利高校側のベンチに挨拶をしに行く。岩見が浅利高校のベンチを見ると、ベンチに座っているお茶を飲んでのほほんとした女性がいた。この人が浅利高校の顧問で間違いないと確信した岩見は近寄っていき、彼女に頭を下げて挨拶をした。


「こんにちは!遅れて申し訳ありません!天門高校の女子マネージャーの岩見莉奈です」


「あら?礼儀正しいのね~、浅利高校サッカー部顧問の高橋雪よ~。遠くはないけどご苦労様」


「ありがとうございます!では、私はこれで失礼します」


 丁寧に挨拶を終えた岩見はそのままスタスタと早足で天門高校側のベンチへと歩いて行った。その後姿を眺めながら、高橋は「いいわね~女子マネージャー。うちもほしいなあ」とつぶやくのだった。


 天門のベンチにつくと、一目散に監督である本吉の下に向かった。そして、ずっと手に持っていたファイルを手渡しながら話し始めた。


「監督!遅れてすいません!これ、頼まれていたファイルです」


「おお、岩見。ありがとう。大変だっただろう」


 岩見が手渡したファイルは天門高校に来年度からサッカー推薦枠で入学する選手のデータのまとめだった。基本的に監督がデータを収集し、スカウトしてサッカー推薦枠として入学させるため、データは監督の本吉の頭の中とパソコンの中にあるのだが、それを本吉がまとめるのが苦手なため、岩見に頼んでいたのだ。とはいえ、人手不足感は否めないがさすがは強豪校といったところである。


「まあ結構大変でしたけど、いい勉強になりました。ところで、試合はどうなってるんですか?」


「試合か?1対2で負けている」


「1対2ですね…。って、ホントですか!?それ!」


 本吉に試合の途中経過を聞いた岩見はかなり驚いたようで、準備しようとしていた清涼飲料水のボトルを地面に落としてしまった。我に返った岩見は急いで落としたボトルを拾って、本吉に詰め寄ってまくし立てる。


「何があったんですか!日浦くんがすっぽかしまくったとか!?田中くんがオウンゴールしたとか!?それとも、まさか築山くんが一発レッドで退場したとかですか!?」


「落ち着け。どれも違う。ただ単にしてやられた。まあ日浦のシュートミスは多いがな」


「え、ええぇ!?信じられませんよ!全員レギュラーじゃないとはいっても、天下の天門が弱小の浅利にリードされてるなんて…!」


 そこまで言ったところで岩見は口をふさいだ。本吉は慢心した発言を最も嫌うからだ。普段から強豪としてではなく、挑戦者であることを好む本吉は油断や慢心といったものを全くしない。今回の浅利高校との練習試合で、浅利高校の偵察を許したのも慢心ではなく、月無という天門にとっての次世代のエース候補に天門をもう一度見て、転校を考え直してもらうためだった。


 だから岩見は自分の今の発言を怒られるのではないかと口をふさいだのだが、本吉は特に怒る様子もなく「慢心はよくないぞ、岩見」と少し注意するくらいだった。怒る代わりに本吉は今リードされている状況についての自分の見解を岩見に説明してくれた。


「リードされている要因はな、俺が浅利高校の司令塔を甘く見ていたからだ。いつもお前らに油断するなと言っているのに、俺自身が油断してしまっていたよ」


「い、いえ!監督は悪くありませんよ!相手は冬の選手権で圧倒したチームですもんね。私もかなり見下してましたもの」


「ああ。本当に驚くべきことだよ。あの指揮官は相当優秀だ」


 本吉の言葉に岩見はハッとした顔を見せる。指揮官という言葉に反応したのか、相手側のベンチを1度見て、恐る恐る本吉にその指揮官について聞くのだった。


「ま、まさかあののほほんとしてそうな女性が、とんでもない指揮官だったということですか・・・?」


「いや、違う。彼女はサッカーのサの字も知らん」


 自分の考えが即座に否定され、コケるような仕草を見せる岩見。すぐに座り直して、岩見は本吉に指揮官とは誰のことなのか聞いた。


「ええっ、じゃあ誰なんですか?指揮官って」


「浅利の7番を背負ってる子だ。鮫島太陽くん。彼が浅利高校の頭脳であり、司令塔なんだよ」


「・・・!では先程言っていた司令塔が指揮官をも兼任しているということですか!?」


「うむ。そうなるな」


 まさかの答えに岩見は戸惑いを覚えた。鮫島太陽については先日の偵察の時に顔を合わせたことがあったため覚えていた。だが、まさかあの人物が指揮官まで兼任しているとは思わなかった。自分と同年齢の少年がピッチでも、ピッチ外でも戦術を考えチームを指揮しているということは考えられなかった。


 岩見が鮫島について考え込んでいると、本吉は「まあしかしだ」と話を変えた。そして彼は自慢げな顔を見せた。


「佐和が出たからにはもう好きにはさせんさ。後半は天門のペースになるだろう。ほらもう始まるぞ、後半が」


「・・・そうですね。キャプテンに任せれば一安心ですね」


 岩見は考えるのをやめ、もう試合が始まろうとしているピッチへと目を向ける。その視線の先にはキャプテンたる佐和ではなく、浅利の司令塔たる鮫島がいた。


(本吉監督が手放しで褒めて佐和先輩をあてがうなんて・・・。あなた何者なの?鮫島くん)


 岩見は鮫島太陽に大きな興味を持ち始めていた。鮫島太陽は彼女の最も信頼する指揮官が、キャプテンが認めるほどの器なのか。それを見極めようとしていた。そして、激闘の練習試合、その後半が主審の笛で始まった。




 * * *




 後半は天門からのボールで始まった。キャプテンの佐和、四本柱の岡町と秋山を投入してきた天門に対し、浅利の交代はゼロだった。とはいえ、これは今の浅利のメンバーがベストであるという判断から交代しなかったので、実質ほぼベストメンバーの天門VSベストメンバーの浅利が後半でようやく実現した。


 天門のセンターフォワードの選手がボールを後ろに戻して、築山、佐和と繋いでいって、そこからはゆったりと自陣でパスを回し始めた。その様子をボランチの位置から見ていた鮫島はあることに気づいた。


(前半とフォーメーションが変わっている。これは2トップだな。中盤は10番(つきやま)がトップ下に入るダイヤモンド型か。だが、戦い方を変える必要はなさそうだな)


 天門は監督の指示からではなく、佐和の判断でフォーメーションを4-3-3から4-4-2に変えていた。おそらく佐和は戦術的な翻弄を考えたのだろうと鮫島は予想した。浅利の選手達も無理にプレスに行かずに、縦へのパスコースを切り続けていた。


 ボールは築山が今持っていた。その築山からまた佐和にボールが渡る。浅利の中盤の選手達が佐和が縦に出しそうなパスコースを切る。


「整備されてるねぇ!中々にやるではないか・・・。んふ、滾るなあ!」


 すると、佐和はあろうことか、その場でゆったりと前進し始めた。この謎の行動に浅利の選手達は一瞬動きが固まる。人は予測できない行動を前にするとどうにも身体が動かなくなるものだ。その習性をつく奇行を起こした佐和はそのままドリブルで、山口、森本を躱して中盤を突破していく。


「っ!6番(さわ)止めろ!」


「分かってるよ!」


 築山を見ていた鮫島が叫ぶように訴えると、それに反応したのは島田だった。自分のポジションを離れてでも佐和を止めようとした。しかし、島田のポジションをカバーしようとした選手はいなかった。つまり、一人選手がフリーになったということだ。


「ほい悪手」


「あっ!ヤベぇ!」


 フリーになったのは島田がマークについていた日浦だった。佐和はフリーでディフェンスラインの裏に抜け出す動きを見せた日浦に、迫ってきた島田を嘲笑うかのような浮き玉のパスを送る。


「ドラァ!!」


 日浦は佐和の浮き玉のパスをダイレクトでシュートする。『早撃ち』のあだ名をつけられている日浦らしい振りの早い良いシュートになったが、このシュートは惜しくもゴールバーを直撃し、跳ね返ってしまう。


「っクソ!!」


「・・・!セカンド!」


 平は弾丸のようなシュートに動けずにいたが、それが跳ね返ったのを見て、ディフェンスの選手達にセカンドボール、つまりこぼれ球を拾うように大声でアピールする。


「OK!」


 このセカンドボールに真っ先に反応したのは金本---、


「いただきっ!」


 ではなく、佐和だ。佐和はいつの間にか金本より先に跳ね返ってきたボールの落下地点に現れ、しかもそれをダイレクトでシュートした。このミドルシュートは唸りを上げながら強烈な勢いでゴール左上隅へと飛んだが、惜しくもポストに直撃しガゴンという大きな音を立ててピッチ外へ出てしまった。


「っ、あーー。やっちゃったなぁーあと数センチだったのに!あ、日浦ちゃん、ナイスシュート!でも今度は枠内に飛ばそうね!」


「ウス!すんません!」


 先程の佐和のプレーを見て、全く動じない天門の選手達に対し、浅利の選手達のほとんどは未だに呆然としていた。動じていないのは佐和をよく知る月無、冬の選手権で天門にシュートの雨を降らされた平、そして鮫島くらいだった。


「こ、これが全国トップクラスの実力かよ」


 朝野がポツリと呟く。その呟きは恐れのようなはたまた尊敬のようなニュアンスを含んでいた。たった一人で浅利高校が猛練習してきたプランを攻略し、そしてシュートまで打った佐和に対して、恐怖を覚えまた同時に同じサッカープレイヤーとして尊敬をしてしまっていたのだ。浅利の他の選手達も同様だ。声には出していないものの、明らかに佐和のプレーに萎縮していた。


 試合は平のゴールキックから試合が再開する。


(さて、どう攻めるか…)


 平はもちろんチームの動揺に気付いていた。だが、それと同時にこの局面に対して自分のできることが何もないこともわかっていた。だからこそ、この場面はあえて長く時間を使った。できる限りゆっくりとボールをセットし、何度か助走を繰り返してからボールを蹴り飛ばした。


「ヘイ!俺が行く!」


「よっしゃ相手してやる!」


 中盤でゴールキックのボールを競り合うのは森本と佐和。身長では佐和の方が高かったが、ここは森本が素早く佐和の前に体を入れたため、ボールを鮫島に落とすことができた。鮫島はボールを右足の内側、インサイドで受ける。


「よし、ナイスだ。晋介」


「っとぉ、君には好きにはさせないゾ?鮫島く~ん!」


 ボールを受けた鮫島の眼前にはすでに佐和がいた。先ほどの競り合いからすぐに切り替えるそのスピードに鮫島は思わず舌打ちを打った。


「っ…相変わらず早いっすね」


「んふふ。君との対戦を心待ちにしていたからじゃないかな?いやはや滾る」


(相変わらず気持ち悪いな。分が悪いし、ここは勝負を避けるか)


 目を爛々と輝かせながら前傾姿勢で鮫島を見据える佐和、そんな彼に君の悪さを感じながらも鮫島は勝負を選ばずにパスを選択した。単純に右方面に戻ってきていた森本へ横パスを送る。これで佐和も離れていくだろうと思い、鮫島は前へと進んでいく。しかし、鮫島の予想に反し佐和は鮫島を追いすがっていく。


「なっ!?俺にマンマークかよ!」


「もちろん!今日の俺の仕事は君を封じ込むことだ」


 鮫島の後を佐和は相変わらず目を爛々とさせながらぴったりとついてきた。鮫島はどこか認められたような嬉しさを覚えながらも、それ以上の不安を覚えていた。


(つまり、この人をどうにか攻略しねえと俺は自由にプレーできないってことか!くそっ、厄介だな)


 鮫島の不安をよそに試合は進んでいた。森本が前へと送ったパスを山口が受け、山口は簡単に右斜め前にいる月無へ流した。月無は足元でそのボールを受けたが、それは太尊を背負う結果となってしまった。


「後半こそ!お前の好きにはさせないぜ!ツッキー!」


「後半も同じ結果にしてあげるよ!タイソン!」


 太尊を腕を使ってボールから遠ざける月無。太尊は懸命に足を延ばし、ボールに触れようとしていた。だが、そこに後ろから大声が飛んでくる。


「太田!無理して取りに行くな!距離をとって相手しろ!」


 声の主は後半から出場してきた岡町だった。線の細そうな見た目の何処から出したのか、と思うようなよく通る大声で、太尊も月無も動きが止まる。その二人以外も一瞬ビクッと体を震わすほどの大声だった。しかし、天門の選手たちは普段から岡町の大声に慣れていたからか、すぐに動き出した。だが、それは月無も同じだ。


「ひっさしぶりに聞いたな、岡町さんの喝!っと!」


「っあ!ちっ、やらかした!」


 ほんの一か月ほど前まで天門高校にいた月無が岡町の大声に慣れていないはずはなく、距離を取ろうとした太尊の股にボールを通して、自分は太尊をよけて後ろのスペースへと走りこんだ。


「読めてるんだよね」


「うわっ!岡町さん!」


 しかし、その空いたスペースは岡町が潰していた。岡町は先ほどの大声を上げてすぐに太尊の後ろのスペースへと移動していた。そして、月無が太尊の股を通したボールを簡単に奪って前線へとフィードを上げた。簡単に好機をつぶされた月無は悔しそうに顔を歪めて、守備のために自陣へ戻る。


(やっぱり岡町さんは強敵だ!ハーフタイムにああ言っててよかったよ)


 必死に自陣へと急ぎながら、月無は心中でそう呟く。そして、自身がハーフタイムで言ったことを反芻するように思い出すのだった。

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