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季節外れの転校生

「はあ?転校生?お前の組にか?」


「そうなんだよ!しかも、しかもだぜ?その転校生ってのがさ、あの天門高校(あまかどこうこう)から来たんだってよ!」


 浅利高校(あさりこうこう)の一年生・鮫島太陽(さめじまたいよう)は、親友の朝野照(あさのてる)の言葉に嫌な予感がした。天門高校はサッカーの名門校だ。サッカー部に所属するものにとって聞いたことのないはずがなかった。そして何より浅利高校にとっては因縁深い高校だった。鮫島は目の前の男がその因縁を忘れていることに呆れていたが、面倒なことになりそうなのであまり突っ込まないことにした。


「しかもサッカー部だったらしいんだよなー。レギュラーかどうかは聞いてないんだけど、天門って言ったら西東京地区最強だもんな!上手いんだろなぁ。あれ?そう言えばウチがこの前負けた相手って・・・」


「へえ。で、そいつサッカー部にくるの」


 スパイクの靴ひもを結びながら鮫島は朝野に尋ねた。何かを思い出しそうになっていた朝野は、鮫島の質問に思い出しそうになった何かを忘れ、サッカー部室のロッカーに自分のエナメルバッグを突っ込みながら質問に答えた。


「らしいぜ!今さっき入部届を出しに行ったよ!」


 その答えに鮫島は深いため息をついた。そして特に何か言うことはなく、ジャージをスポーツウェアの上から着てだるそうに部室を出て行った。


「?……アイツ、なんでため息なんかついたんだ?」




 * * *




 浅利高校サッカー部は弱小サッカー部だ。とはいえ、どの部員も練習には真面目である。この日もいつものウォーミングアップからの練習メニューを始めていた。二月中旬の寒さを肌身に感じながら、鮫島と朝野もその中に混じってアップをしていた。今の浅利高校サッカー部は一年生と二年生だけのメンバーである。冬の選手権で一回戦負けした浅利高校ではすでに三年生が引退しており、他の高校よりも早く新しいチーム作りを始めていた。


 アップがそろそろ終わりだ、という時にグラウンドに顧問の先生である高島雪(たかしまゆき)と一人の男子生徒がやってきた。顧問の姿を見ると、新キャプテンである二年生の平雄一郎(たいらゆういちろう)が部員たちに「集合!」と号令をかけて顧問の下へと集まっていった。


「みんなお疲れ様!練習中のところ悪いんだけど、みんなにいい報告があるから聞いてね!」


 高島はのほほんとした口調で部員たちに話し始めた。高島はサッカーを詳しく知らなかった。だが、美人で生徒に優しく、面倒見がいいことから多くの生徒に慕われていた。サッカー部にとっては癒しである反面、サッカーの戦術については期待できないというもどかしさがあったが、ここは閑話休題とする。


「なんと、わがサッカー部に入部したいという子が来てくれたのです!じゃあ、月無くん。自己紹介よろしくね」


 高島の後ろについてきていた生徒が前に出る。その少年にサッカー部の面々のほとんどが見覚えがあった。小柄な体格にもじゃもじゃとした鳥の巣のようなパーマ頭、そして何よりその笑顔は彼らにトラウマを思い出させるのに十分なものだった。


「みなさん!初めまして!天門高校から転校してきました。月無大貴(つきなしだいき)です!これからよろしくおねがいします!」


「つっ、月無だと!?」


「なんでお前がここに!!」


 二年生の部員のほとんどが次々と大きな声で小柄な新入部員に疑問をぶつける。一年生の部員たちも大きな声は出さなかったが、みな一様に疑問の表情をしていた。その中で、鮫島は部活前にも見せた呆れた表情をしており、朝野はみんなの反応にぽかんとした顔をしていた。


「え、みなさんこいつのこと知ってるんすか?」


 朝野がぽかんとした間抜け面のまま、声を荒げた先輩部員たちに尋ねた。その間抜けっぷりが我慢ならなかったのか、二年生の一人である島田虎雄(しまだとらお)が朝野の頭を掴んだ。そして脅すように顔を近づけて、まだぽかんとしている朝野に解説を始めた。


「いいかぁ?アホ照。このガキンチョはな、俺ら浅利高校が冬の選手権の一回戦で戦った天門高校の一年で、俺らDF陣をものの見事にちんちんにしてくれた化け物ウィングなんだよォ!!」


「えっ、えええええ!?!?」


 頭を掴まれたまま、驚きのあまり大声を上げる朝野。その声に近くにいた部員全員が耳を抑えたが、そんなものは気にも留めず朝野は自己紹介を終えた月無に詰め寄った。


「え!?つ、月無!今の話本当か!?」


「う、うん。本当だよ?」


「マジかよ……。じゃ、じゃあなんでお前みたいな天才が!この弱小浅利高校サッカー部に来たんだよ!?」


 朝野の疑問はもっともだった。天門高校は先述した通り、名門校だ。サッカー部専用グラウンドがあり、プロ選手は何人も輩出している。今の新体制でも世代別代表選手を抱えている。そんな高校で一年生からスターティングメンバー入りしていたのにも関わらず、弱小でありサッカーをする環境も整っていない浅利高校に転校するというのは不可解極まりないことだった。しかし、月無は特に後悔を感じさせない表情できっぱりとこう言った。


「約束を守るためだよ」


「約束?どんなだよ」


 未来の名門校のエースが、その将来を捨ててまで守る約束とは何なのか。その場にいる全員が彼に注目した。月無は注目に慣れているのか、やけに堂々とした態度だった。


「僕はね、サメと約束したんだ。()()()()で、日本一になるってね」


「日本一・・・?え?マジ?」


「おいおい、なんだよコイツはよォ」


「冗談だよね?」


「冗談に決まってるだろ」


「に、日本一ィ!?んなこと教室じゃん言ってなかったろうがよ!ってサメ・・・?おいおい、そりゃまさか・・・太陽!お前のことかよ!?」


 月無の日本一という爆弾発言に部員全員がどよめいた。皆口々に月無の言う日本一という言葉を否定していた。わざわざ弱小サッカー部に意味のわからない理由で転校してきて、日本一になるという戯言を言い出した目の前の人物を理解できるはずがなかった。彼らにできたのはただひたすら冗談だと思うことだけだった。


そして朝野が名指ししたため、次に鮫島に注目が集まった。朝野の予想は正しかったようで、鮫島はただ一人月無の言葉に動揺している様子はなく、真顔で注目を浴びていた。


「ああ。そのアホの言うサメは俺の事だ」


「まっ、マジかよ・・・。お前も、本気なのか?」


 朝野は弱々しくそう聞いた。他の部員達も示し合わせたかのように暗い表情をしていた。当の鮫島も俯いて深刻そうな表情だった。皆が見守る中、少しの間を開けてから鮫島は朝野の問いかけに返答をした。


「んなわけないだろ」


「ええっ!?」


「だよなぁー。さ、練習しましょ」


「おめェが仕切んじゃねえよ」


 鮫島のあっさりとした否定の言葉に驚いたのは月無だけだった。他の部員達はみな朝野のようにホッとした表情を浮かべ、浅野と島田のやり取りに笑いながら練習を再開した。高島も特に反応は見せずにキャプテンの平に「じゃああとはよろしくね!」と言ってその場を去っていった。


 未だぽかんとした表情で何が起こったか分かっていないような月無に、その場に残っていた鮫島が話しかけた。その表情は先ほどと同じように深刻そうで、怒っているようにも見えた。


「っとによ。なんで転校してきたんだよ、ツキ」


「なんでって、約束を果たすためだよ!二人で日本一になろうって、約束しただろ?」


「忘れてただろうが。地区予選一回戦で試合に出るまでよ」


「うっ・・・忘れてたわけじゃない!僕には選択肢がなかっ」


「もういいんだよ、ツキ」


 月無の言葉を遮って鮫島は言う。これまでで一番悲痛な表情を浮かべて。


「この浅利は大した高校じゃない。ほとんどの部員が趣味程度にサッカーをしている連中だ。中には試合が嫌いなんてやつもいる。そんなところにお前みたいなのが来たらどうなると思う?今まで楽しくサッカーできてた連中がサッカーを楽しく出来なくなる」


「ど、どんな人だって目指したいのは一番だろ!?」


「ああ。でもみんながお前みたいに強いわけじゃない。お前というイレギュラーはきっと皆のサッカー人生を台無しにするんだよ。もう、遅いんだよ。ツキ、悪いことは言わない。転校は取り消した方がいいよ」


 それだけ言うと鮫島は練習に戻って行った。一人残された月無に堪えた様子はなく、拳を握り締めて呟く。


「もう覚悟は決まったんだ・・・。サメ、僕は諦めないぜ」


 月無はまだ冷たい二月の風に吹かれながら、すでにあった覚悟に情熱の火を灯した。決して諦めないという覚悟に。

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