ボクとボクとボクのカノジョ
僕はこうなるなんて望んではいなかったし、これまでには間に合うなんて考えていた。だけど、自分の体調を考えてどう考えても間に合わないことが明確になってきた。
そのことがわかってしまえばもう研究を急ピッチで進めるしかない。
何としても間に合う事が出来ないのか。
舞も彼の研究にできるだけ手を貸し足になった。
しかし、舞は彼の体調のことは何1つ知らされてはいなかった。
彼の研究は彼の父が盲目に立ったことから全てが始まった。
彼の父は目が見えないことで周りに迷惑をかけたくないという思いから自殺へと自分を追い込んだ。
そこで彼はもう父のような盲目で命を絶つような人が二度と出ないように目が見えなくてもその人の足になる方法を考え探った。
そこで思いついたのが安定性の高い車椅子だ。
そしてその車椅子にAIを組み込み脳と連動する。
その為自分で考えた場所へ自動でこの車椅子が連れて行ってくれるというものだった。
しかしこの研究には難点が存在した。
それは脳とAIの連携を試す研究での被験体の脳への影響の大きさだ。
AI単体はほぼ完成し、あとは脳と連携が取れればこの車椅子は完成だった。
しかし、この実験で誰の脳を使うのかでこの研究は難航した。
「ダメよ」
舞はいつもに増して否定する。これからの研究を進めていくには誰かが犠牲にならなくてはいけない。
チンパンジーで一度試したことはあったがチンパンジーでは人間の脳との違いが思った他大きく研究には適さないとのことだった。
では僕が被験体になる他この研究を進める方法はないではないか。
「僕が始めた研究なんだ。僕以外の人には迷惑はかけたくないしあまりにも危険だ。」
だからと言ってあなたが犠牲になること・・・
そんな顔で舞はこっちを睨む。
舞が被験体になるという提案は常に却下してきた。
僕が影響を受けるならまだしも彼女には危険な真似はさせたくない。
きっとここで彼女に何かあった時、僕は父のように路頭に迷うだろう。そして父と同じ道をたどるかもしれない。
それだけは避けなければならないことであったし、彼女も望んではいないだろう。
しかしこの研究の全てを台無しにもしたくはなかった。
この研究をするために大学へ入ったようなものだからだ。
幾度なく僕が被験体になることを舞に説得したが一向に聞いてはくれない。
彼女が僕のことを大切にしてくれている気持ちは嬉しいのだがこの研究が進まないと僕は生きた心地がしなかった。
「私はこの研究で何一つ役に立てなかった、全てあなたが一人で進めてきたようなものじゃない。
最後くらいは私が役に立ちたいの。私はこんなことでしかあなたの役には立てない」
僕は初めて彼女に殺意が湧いた。
彼女は僕の研究を常に支えてくれ助手としては優秀だった。
しかし僕が全てこの研究を作り上げてきたようなことをわざというような真似は彼女らしくはない。
常に二人三脚でやってきたではないか。なぜ今さらこんなことを言うのだろうか。
彼女の存在を認めていただけにこの発言は見逃せない。
「どう言っても君がこの研究の被験体になることはゆるさない、もしも同じようなことを再び言ったならその時はこの研究所から出て行ってもらうよ」
僕としては珍しく熱が入った。
僕らしくない。
しかし流石に今の言葉には彼女もショックをうけたのだろう。彼女はその後被験体になりたいとは言わなくなった。
そして心なしか僕らの関係も少し溝ができてしまったようだった。
結局その後は僕が被験体になることに決まった。
本来大学ではこのように人体に影響を及ぼしかねないと判断されることは研究を止められてしまう。
しかしこの研究が完成すればこの大学の名がこれまで以上に上ると判断され、この研究には資金が出るなどむしろ大学側としては援助してくれていた。
そんなこともあって僕が被験体になっても大学は何も言っては来なかった。
第一回目脳内連動実験
僕は椅子にもなれかかり力を抜く。
この椅子の後ろには大きなパネルが置かれており、すでにプログラミングは終えている状態だ。
あとはこのパネルのボタンを押せば自動的に連動が開始する。
もし成功すればいいのだがここでエラーが発生すれば僕の命の危ないことになる。
もし命は助かったとしても脳にはダメージが少しずつ残っていくだろう。
しかし僕はそんなことはどうでもよかった。
この先の人生なんか高が知れている。
この研究は僕の人生そのものなんだ。
舞には悪いが正直僕はこの実験で死んでもいいなんて思っていた。
僕は意思を固める。
「じゃあ実験開始を頼むよ」
うんと舞は頷くがまだ納得はしていないのだろう。表情には迷いが見える。
指先は震えており、なかなか始めようとしない。
もしここであなたが死んでしまった時、私は自分の手であなたを殺したことになる。
それだけは私自身が許さなかった。
しかし彼は殺されるなら君の手で殺して欲しいのだと実験前に言われたのだ。
彼の決意は本物だった。そして私は彼を愛していたがために押さざるを追えなかった。
舞は一度深くため息をつくとパネルの実験開始ボタンを押す。
無音で研究は進んでいく。パネルには彼の脳とAIとの連動率が映し出されている。
90パーセントまで行けば成功だと彼は言っていた。
現在30パーセント・・・40・・・・50・・・55・・・56
・・・57・ ・ ・ ・58。
そこで一度パーセンテージは止まる。
どうやら失敗のようだ。
しかしエラーが出たと言うわけではなかったので舞は一安心ではある。
その後第二回第三回と数をこなしていきついには78パーセントまでの連携を取れるようになった。
あと2回ほどプログラムを改良すれば90へは辿り着くはずだ。
彼への影響も全く出ている様子はなく舞は安心していた。
このままいけば何も失わずに研究を終えることができる。
もう少しの辛抱だ。
どうか彼の身体がもってください。お願いしま
す・・・・。
第4回目、予想以上に急ピッチで研究は進んでいく。
2日前に3回目をしたと言うのに驚くべき間隔である。
彼は早くこの研究を完成させて余裕を持って卒業したいのだろう。
私はいつものように彼がプログラムし直したものをパネルへと貼り付ける。
もしかしたら今回で90パーセントまで行けるかもしれない。
不思議と私の気持ちは興奮していた。
彼はいつものように椅子に座るが体調はあまり優れないと言っていた。
昨日飲み過ぎてしまったのだと言う。私は止めたのだが彼の威勢に押されて今日行うことになった。
プログラムが貼り付け読み込み終わったようだ。
これであとは開始のボタンを押すだけだ。
私は緊張していたが以前ほど影響が身体にないと言うことがわかってからはボタンを押すのも幾分楽になった。
私はボタンを押した。
その瞬間
彼は口から血を吐いた。口の周りは真っ赤に染まる。
そして体は痙攣を始める。
目は白目を剥き、普通の人間の動きとは思えないほど暴れ出した。
声は出ないが助けを求めているように口をパクパクしている。
私はその瞬間鳥肌が止まらなかった。そして頭の中が真っ白になる。
今私は何をすればいいのだろうか。
いけない、体がビクとも動かない。
この時が来るかもしれないことは承知していた。
いつか彼のもとに何かがあることは。
しかしこうなってしまった今私は何もできなくなっていた。涙さえ出ない。
ただただ彼がおかしくなっていく様を私は何もできずに呆然と立ち尽くして見ていた。
精一杯の力を振り絞り私はパソコンの電源を落とす。
こうすれば連動が止まり、彼の意識は戻ると思ったからだ。
電源を落としても彼の痙攣は数分続いたがやがては完全に止まった。
しかし彼の意識は戻ろうとはしなかった。
今回の実験は失敗だった。
エラーが出た。
しかし、正確に言うならばエラーはボタンを押す前から出ていた。
しかし私はそのことに気づかずに開始してしまったのだ。
本当に私は私の手で彼を殺めてしまったのかもしれない。
私は必死の思いで彼をできるだけ大きい病院へと連れ込んだ。病院側は非常事態として優先して彼を見てくれた。一刻一刻が命に関わる。
幾らか経って病院の待合室に先生が来た。
その顔を見る限りうまく行っていないようだった。
「彼の今の状況を見る限り私たちが手を加えることは何もできません、脳の記憶中枢が完全に狂ってしまっていて今の医療の力では何もできません」
的確にそして冷静に続けて言う。
「もしも、彼に何かあった時はすぐに脳の機能自体を失ってしまう状態です」
今はっきりとわかった。
私は一番大切な人の人生を奪ってしまったんだ。
彼の意識が戻る見込みは全くないと言うことだった。
分かっていたのに彼に被験体をさせてしまったんだ、私がこうなれば良かったんだ。
彼女は自分を責め続ける。
事実彼の人生は無意味になってしまったのだ。私の手によって。
彼からの言葉はすでに全く頭にはなく、自分を攻め立て続けた。
彼女はついに死にたいと思うようになった。
それも彼と同じ方法で同じプログラムで彼と同じように意識が飛べばいい。
そうすれば楽になれる。もう当たり前のようにいきられる時間は終わりを告げようとしていたのだ。
私はもう足を運ぶことのないと思っていた研究室へ来ていた。
すでに彼のあの時と同じように私は決心している。
私は自分の頭に連携に必要な装置を付ける。
そして以前彼がおかしくなってしまったあの時と全く同じパネル画面を見つめる。
彼と出会わなければ私は当たり前のようにいきれていたのだろうか。
それとも私はもともと当たり前のようには生きられない人生だったのだろうか。今までの自分のしてきた事が無駄に思えてくる。
しかし彼とのかけがえのない時間を思い出し、彼のせいにすることを止める。
私は彼に全てを託すつもりであの時自分の気持ちを伝えたのだ。
ここでそのことを否定すれば彼の人生は本当に無駄になってしまう。
しかし、せめて私は償いたい。
償ったところで何も変わらないのは分かってる。
もしかしたら償うと言う形の逃げの理由なのかもしれない。
しかし、今となっては私を止める人は誰もいないのだ。
許してほしい。
私はパネルのボタンを押す。
またしても装置は無音で連携を始める。
30・・・40・・・・50・・・60・・・70・・・・
私は目を閉じて静かに待つ。
しかし、彼女は気づく。彼はすでに始まった時にはすでに痙攣が始まっていたはず。
80・・・85・・・・・87・・・・89・・・・・・
私は必死に祈る。
ダメだよ、成功したらダメだよ。
私だけ助かるなんて、、、
こんなこと許されないよ。
ダメだよ・・・・・・。
お願いエラーになって・・・。
・・・・・・・・・・90。
成功した。成功してしまった。こんなに嬉しいはずのことが酷く悲しいことがあるだろうか。
彼をおかしくしてしまったこの装置は私を無慈悲に責め立てるのか。
彼が正気だったらきっとここで二人は歓喜の念をこぼしただろう。
しかし独りで死ぬためにきたこの身にはあまりにも辛い現実だった。
彼の母の元を出てからかれこれ1週間が経った。
もうすでに車椅子のタイヤはすり減りいつパンクをしてもおかしくない状態だ。
出た時には立てていなかった奇妙な擦れる音が定期的になりながらも順調に最後の目的地へ向かっている。
彼が握っている薔薇は少し開いてきているものの、しっかりと花弁をつけ形を保っている。
しっかりと彼の母が固定してつけてくれたからだろう。
髪の白いあの子は彼が自分に気が向いていないと言うことは知っていた。
もう何年も会っていないのだ、当たり前の話だ。
しかし最後に会いにきてくれたことは本当に嬉しかったのだ。
せめて彼がこれからいくであろう人に薔薇を捧げたいと思った。
だから彼女は彼の懐に薔薇を入れたのだ。
そしてその薔薇はしっかりと彼の拳に握られている。
彼女の望む形で薔薇は届けられるのを待っている。
彼のいく先に一人の姿が映る。
舞だった。
舞は彼を迎えに近づこうとするものの足がふらついてうまく動けない。
薔薇を持った彼の姿が見えてしまったのだ。
舞は静かに彼が自分の元へ向かってくるのを待っていた。
彼はすでにボロボロだった。
ボロボロの身体にボロボロの車椅子。
ギコギコと音を鳴らす。
そして車椅子は止まった。
最終目的地についた。
この長い長い月日をえてようやくたどり着いた。
彼女は声を漏らしながらぽろぽろと涙を流す。
そして、彼の持つ薔薇を丁寧に取った。
「・・・・ありがとう。」
「帰ってきちゃったんだね・・・
もう私の元には戻ってこないかと思ってたよ。
貴方の大切な人たちには会えた?
・・・そっか、良かった。
なんで帰ってきちゃうんだろうね・・・」
「こんな私の元に」
AIが音声を鳴らす。
自動制御システムが作動しました。
彼の脈拍は停止しています。
脈拍が停止した時点でこの場所、〇〇××に向かうようにプログラムされています。
非常に残念ですが、彼は25時間前に心肺停止を確認しました。
「・・・・。」
彼はもうすでに死んでいたのか。
生きていても死んでいても区別がつかなくなってしまっていたほど彼の命はギリギリだった。
そして最後は誰の元でもなく移動しながら息を引き取ったのだ。
この気持ちをどこにぶつければ。
私は死んだ彼をどう迎えればいいのだろうか。
笑顔で迎えるのが正解なのだろうか。
しかし今の音声を察するに、彼は死んでもなお私の元に帰って来るつもりだったのだ。
大切な人に会い、そして最後には私の元へ帰ってこれるように彼は最初から自分が乗ることを考えてプログラムに組み込んでいたのだ。
そんな彼を私は台無しにしたのだ。
なおさら許しがたいことである。
私は薔薇を力一杯握る。
薔薇の棘が手のひらに刺さり血が滲む。
しかし身体の痛みなど、心の痛みに比べればわずかなものだ。
私は何も言えないままあの時と同じように立ち尽くしているので精一杯だった。
連携が成功してしまった今、この研究を最後まで完成させることができる。
しかし完成させたところで何も得るものがないように感じた。もう研究は99パーセントが完成したのだ。
しかしなんだろうこの気持ちは。
しかし何も知らない大学側は研究を最後まで完成されるように促してきた。
もしそのままで止めるなら、私たちの手で最後は完成させると。
ここまでできて最後に大学側が完成させる・・・。
それだけは許されないことだと思った。
彼に失礼だと思った。
彼にせめてもの償いの思いで、自動制御車椅子システムを完成させる。
私は必死の思いで完成させた。
これがあれば盲目の人でも自由に移動ができる。
車椅子自体がその場所の状況を判断し移動する。
その移動する命令信号は人間の意識、もしくはプログラムによって成り立つ。
彼が彼の父のために作ったこの装置。
大学側はすぐにでも持ってくるように促してきたが少しだけ猶予をもらった。
彼の努力の結晶を簡単に渡したくなかった。
もう少し一緒にいたかった。
全てが完成した今研究室の意味はなくなる。
研究の場としてはもう機能しないし、居場所としての機能ももちろん持ち合わせてはいなかった。
彼女は研究室を他の研究班へと譲ることにした。
一人で研究室のものを処理する。
何年も使った場所だ。
思い入れはあるが、今となっては苦しいだけだった。
彼がプログラムをいじっていた部屋に足を踏み入れる。
この場所で一度腰を落としてみる。
沢山の書類が散らかっている。
彼は掃除や整理が苦手だった。
よくこの場所に片付けにきたものだ。
以前と同じように書類を片付けていく。
すると彼の母宛の手紙のやり直しが何枚も散らかっている。
きっと彼はうまく自分の伝えたいように書けなくて何度も書き直したのだろう。
きっと今頃はその手紙は彼の母の元に届いてるに違いない。
手紙には今度会いにいくよ、というような内容が綴られていた。
冷や汗が出た。
もしかして、彼はまだ母の元へ行けてないのではないか。
私は彼の母の話もよく聞いていた。
鬱の話も聞いていた。家庭事情があまり良くなかったことも。
そして私は決心した。
彼にその母の元へ行かせてあげたい。
彼は自分の足で行って伝えたいことがあったのだと私は察した。
彼の意志で彼の行きたい場所へ行かせてあげたい。
そう思った。
そして書類の中に1つ書きかけの手紙が置いてある。
私はその手紙に続きを綴る。
その手紙を私は彼の懐に入れた。
彼は意識はなくともかれの意志で行きたいところに行くことができる。
私ができることは彼に自由に行かせてあげることだと思った。
そのために私は車椅子を完成させたのだ、と自分に言い聞かせるためにも。
そして私は車椅子を大学には渡さずに彼の最後の人生に使うことを決めた。
出来るだけ交通量の少ない場所を選び彼を車椅子に乗せて連れてきた。
この場所でレバーを引けば彼は自分の意思で行きたいところに行くことができる。
もう戻ってこないかもしれないが、それは彼の自由であり彼女が口出しできることではなかった。
私は意思を固めた。
レバーを押し、彼を離した。
彼はゆっくりと私から離れていく。
しっかりと道に沿って移動していくのが不思議だが、きっと行きたいところにたどり着けるだろう。
そう思ってもう彼とはお別れをした。
さようなら。
私は棘の刺さった手を眺める。
彼は最後に私を選んで戻ってきてくれた。
どんな場所に行ったのか私は知らないけどそれだけで彼女にとっては充分だった。
彼はたしかに彼女にとって最も大切な存在であった。
恋人であったのだから。
しかし、彼はもう息をしていなかった。
車椅子は墓だった。
墓という名の車椅子になっていた。
死してなお彼女の元に戻ってきた。
今更、なんでだろう。
再び愛情が湧き上がってくる。
あの時の好きで好きでたまらなくて二人で過ごした日々が蘇ってくる。
私が彼を愛してしまった。
彼の居場所は私の元になってしまっていた。
それ故に彼は戻ってきたのかもしれない。
それが良かったのか、よくなかったのか、答えは出るはずがないが私は彼を強制してしまっていたのかもしれない。
しかし、もし仮に彼が本心から私のもとに戻りたい、私の元で最後を過ごしたいと望んだのなら私は生きている彼に再び会って、愛してると伝えたい。
事実、いま、この瞬間、私はあなたを愛しているのだから。
私はあなたの唇にそっと唇を重ねた。
今日はやけに心が穏やかです。
きっと貴方が見守ってくれているのでしょう。




