8 罠ごとかみ砕け
パンッという乾いた音がした。恐らく相手の骨が砕けた音だろう。恐らく、というのは俺が今まで骨が折れる音を聞いたことがないからだ。
魔王軍幹部ってもしかして雑魚? 俺もなんだかんだチート転移者だった?
俺が思案していると、「油断しないで」とロロが凄くはっきりとした口調で忠告してきた。
確かに、相手の骨は砕いたけどまだ赤黒い何かがうごめいている。正直気持ち悪い。俺が夏休みの間にスプラッター映画やゾンビ映画、サメ映画を20本見るような変わり者じゃなきゃ耐えられなかった。
あ、でも意外と臭いは気にならないな。映画の登場人物はよく鼻を抑えていたけどただの動物の臭いしかしない。
「私が止めを刺す」
ふと横を見たらロロが物凄い形相で赤黒い何かを見つめていた。
「魔王軍幹部、その存在は確認されているけど実態を知る人はほとんどいない」
ロロは手からビームを出して赤黒い物体を焼いていく。
「接触した人はほとんど殺されるか、逆に駆け出しにあっさり殺されるなどして情報はほとんどない」
やたら念入りに焼き切るとロロはまたいつもの表情と口調に戻った。
「……私たちは運がいい方。お金もらって引退でもしよう? 田舎で別荘買うのもいいよ」
「その計画に俺も入ってません?」
「……当然。私たち、コンビ。地獄から天国までずっと一緒」
……怖ぇぇ。え、なんなの、プロポーズと前向きに受け取っていいのか? それともヤンデレ的な何か?
「……冗談。これぐらい余裕で返してほしい」
うん分かってる。俺はわかってる。これは現実逃避だ。認めたくないから珍しく冗談言っているんだよね。
ロロが冗談言うとか命の危機ぐらいだろしっかりしろよ俺!
「しゅー、ろろろろ。ぐるぐぐるるるるる」
「ぐいぇらー、ごごごごごおおおお」
「かはははかは」
ネズミ、鳥、虫、鹿、犬、ありとあらゆる動物が魔物化していた。
俺たちは魔王軍幹部、特に魔物使いという言葉に注目するべきだった。魔物使いが一人で冒険者に挑むはずがなかったんだ。あいつは最悪だった。『アーニー』の体は人間でできていた。
魔物の発生条件はざっくり分けると三つ。
一つ目、魔王が作り出す。__これは納得。魔王は手下を増やして世界征服を狙っているから。
二つ目、魔物同士の生殖行動。__生物の基本だな。
三つ目、これが単純にして最悪。人間以外の生物が人間を食うこと。__怖いよ。
『アーニー』は最初から俺たちと戦うつもりなんてなかった。最初から自分の体を誰かに破壊させて魔物を増やすきだったんだ。
「気づいた時にはもう遅い。自分のやったことで死ぬ気分はどうだ、フハハハハ」
「もう遅い、お前の運命は死だ」
「武士道は死ぬことと見つけたりだよ、だから死ね!!」
な、なんて気持ち悪い野郎なんだ。
「うるせぇ黙ってろ!! なんで魔物に食われてもしゃべることができるんだクソ野郎!! というか本体はいねーのかよ!?」
俺の疑問は速攻で解決した。
「僕達は増えるのみ」
「お前の知識も食ってやろうか? フハハハハ」
「群体の素晴らしさが理解できぬとは所詮人間か」
俺たちは赤黒い肉を焼いてこれ以上魔物を増やさないようにしている。
三匹の龍さんもそろそろ喰い終わる頃だろう。龍さんの消化後、龍が体に戻ったとき俺自身が魔物化するかどうかはわからない。まあ、龍に喰わせなきゃ俺はどっちみち死ぬけど。
「ふーむ。思った以上に僕の天敵だな君は」
「あん?」
「そのドラゴン。あまり見ない形だが私の体がもうなくなったようだ」
気が付けば赤黒い何かは消滅していた。これでやっと本体をぶっ飛ばせる。
俺は炎の龍を相手に向かわせる。次々と魔物は焼き払われているが、思った以上に数が多い。特に虫とか。しかも相手の目はいっぱいあるからか死角がない。攻撃がほとんど当たらない。
もしかして__いや倒せッ!! 余計なことは考えるな。いまやれることをやり切れ。俺はまだ傷ついていない。ロロだって無事だ。俺はまだ生きていたい。もっと大きなことを成し遂げたいッ!!
「ロロ、何とか虫たちを集めてくれ」
「何とかっていわれても」
「動物型の魔物なら俺の龍で倒せる。だが虫たちは小さすぎて無理なんだ。何とか頼む」
「そんなこと言われても……」
「俺はお前を信じてる」
「なッ!?」
ロロは目を見開いた。だが、いつもの表情(よりちょっとキリッとした感じ)になると「任せて」と言葉を発した。
俺はそれを聞いて動物たちに突進する。
「なにっ!! 同じ魔物使いのくせに突っ込んでくるのか!?」
「ああ、時間がないんだ。死にたくなかったら死ぬ気で頑張るしかないんだよ」
俺は一匹の鹿に向かって飛び蹴りをかます。そのとき鹿は俺の攻撃を避けた。
だが、続いて現れた龍の攻撃を避けきれず食べられた。いくら群体になって相手の攻撃タイミングがわかろうと、所詮身体能力は動物並み、俺と龍の時間差攻撃に勝てるはずがない!!
「ああ、凄くいいね。君。僕の体にしたいよ。君の記憶と思考が欲しい」
「生憎だが俺は筋肉や表情を捨てるつもりはないぞ?」
俺の言葉とともにまた一体の魔物が敗れた。もう強そうなやつはわずかだ。
そしてどうやらロロの方は決着がついたみたいだ。ロロは手から赤外線みたいのを出してそれで虫を呼び寄せ殺したらしい。ロロの足元には死骸がバラバラと転がっている。
動物も虫もすべてやられて残ったのは人型の魔物のみ。背格好は大人の女性ぐらい。こころなしか森で倒れていた女性に似ている。
「お前で最後だ。何か言い残すことはあるか?」
「君、強いなぁ。それにあの人間みたいに綺麗なあの娘と仲が良い。君も魔物になって魔王軍に入らないか? 君ならすぐに幹部になれる」
「悪いが興味ない。それより俺はすぐに帰りたいんだ。お前たちを倒した後に」
俺は龍で『アーニー』の体を貫く。口からごぼっと大量の血を吐き出したがいい気味だ。
魔王に勝てば召喚された人たちがこの世界にいる意味がなくなる。俺も学校のみんなも、ついでに知らない誰かさんも日本に帰れるってわけだな。
「それは残念、だ……。人じゃないものと仲良くできる君なら……。魔物使いじゃなくて、憑依霊になれば、……良かっ……た……」
出会って僅か数十分。だけど、俺と魔王軍幹部にとって長い戦いが終わった。最後の方は憑依してでも俺の体が欲しかったのかな? 恐ろしい奴だった。
「……お疲れ。あいつ何か言ってた?」
「いや、何も……」
「……そう」
ロロはそれ以上追及しなかった。俺ももちろん答えない。今はまだ、そっとしておこう。
ロロが人間じゃない可能性について。