5 いつの間にか少女を押し付けられたんですけど
俺たちは倒れていた女性を病院に届けた。即興の回復魔法では肉体の損傷までは治せなかったため本格的な治療をするそうだ。
俺は依頼にあった薬草を使ってしまったため規定量に届かなかった。そのため報酬はなし。余った薬草は俺のものにした。
アーノルドたちは俺が女性の保護をしたお礼として何かを奢ってくれるらしい。
「僕たちの依頼はこの女性が持つ手紙をギルドに届ける事なんだ」
ギルドの中にあるテーブルに着いたあと、アーノルドは俺に依頼内容を教えてくれた。
今回の依頼は王都から役人が手紙を届けに来るので護衛して欲しいというものだった。
俺は一人の少女を除いて打ち解けた。冒険者どうし敬語は要らないらしい。年功序列が当たり前の日本人である俺には違和感があるけど。
「ところであの茶髪の女性は何故倒れてたんだ?」
「ああ、そこがわからん」
「えっ、わかんないのか」
難しい顔をしながらアーノルドは答える。
「俺たちはてっきりあの人の護衛をするもんだと思っていた。だがあの人はとっくに出発していた。あっちでは『あの方なら護衛が来たと我々に伝えてそのまま行きましたよ』何て言われた」
「どういう事だ」
「あくまでも想像なんだが」
アーノルドは前置きをしてから考えを述べた。
「よほど重大な内容だったのかもしれん。『始まりの街』は基本的に魔物の数が少ない。何故かは知らないが森の中ならなお少ない。おそらく自分一人でも踏破できると思ったんだろう」
「その結果があれか」
「私たちは悩む必要ない。それより料理を食べよう」
唐突に割って入った声の主はあの眠たげな目をした金髪の少女だった。
「そうだな。もう料理は届いていたな。『ロロ』」
「……リーダーは話好きだから誰かが止めないと」
気が付いたらふかしたじゃがいもがテーブルの上にあった。周りを見るとウエイターが厨房のほうに行くのが見えた。やっぱ冒険者ギルドってすげーな。動きがまったく見えなかった。
「いただきまーす」
「それって君の故郷の言葉かい?」
「なんだよ急に」
アーノルドが突然変なことを聞いてきた。『ロロ』って少女の言うとおりこいつは余程の話好きだな。
「この街っていうかこの国ではか。食べる前に何か言葉を出す人は居ない。右手と左手でバッテンを作るんだ」
「へーそうなんだ」
文化の違いって面倒だな。俺は両手をクロスさせるとじゃがいもにかじりつく。
この世界ではスプーンとフォークを合わせたような食器を使う。慣れるとかなり便利な道具だ。
「ククク……」
「君、騙されているよ」
食べていたら突然アーノルドが笑いだしロロが騙されていると言ってきた。
「騙されているって?」
「この国にそもそも食べ始める前に動作も言葉も要らない」
「いやー君って黒髪だしこの辺の出身じゃないとは思ったけどまさかここまで騙されるとはなあ」
「おうこら、騙したな」
「そういや名前を聞いてなかったな」
「聞けや! ああ、あー『リュート』って言うんだ。いい名前だろ」
「胡散臭ぇ」
「なんだと!」
久々に、本当に久々に楽しく会話した気がする。
(そういえばこの世界に来てから友達と全然話してないな。たまにはあって話をしたいな。)
このとき俺は凄く楽しんでいた。途中から斧使いの筋肉と女神官が酒の飲み比べを始めたり、弓使いが一発芸をしたり、眠そうな少女も何だかんだで笑ったり。
そう、あの時までは。
「ああ、そうだぁリュートぉ~~。話が有るんだけどぉ」
すっかり酔った女神官が絡み酒をしてきた。そういえばこの人名乗ってないな。何て思いながら一応話を聞いてみる。
「ロロのことなんだけどぉ。ちょっとあんたが面倒見てくんない」
「ふぇっ!?」
今驚いたのは俺じゃない。ロロだ。
ふぇって何だよこっちが言いたい。ロロの奴驚きすぎだろ。女神官の言葉じゃなくてお前の高い声にビックリしたよ。
「いや待ってくださいよ。さすがにそれは困るんですけど。私にも一応恥じらいというものがあるんですけど」
「関係ない~。だいじょうぶだいじょうぶリュートはお人好しそうだしなんとかなるって」
今まで見たことないロロの慌てっぷりが奇妙すぎて俺は重要なことを聞き逃していた。
「ああ、それがいい。このパーティは君だけが未成年だったしどうしようか悩んでたんだよね。ちょうど良い機会だし一度フリーになれって」
「……ここ以上のパーティなんてそうそうない」
「言いにくいんだが君は強すぎる。こんな弱小パーティにいていい存在じゃない。もっと大きな場所へ飛び出すんだ。心配要らない。しばらく僕たちもこの街にいるし相談はいつでも受けよう」
「えっまって。ねえアイラもガフェインもなんとか言ってよ」
おお、何か涙目になってるロロがかわいそうになってきた。いたたまれないしそろそろ宿に帰ろう。
「そろそろ暗くなってきたし俺は帰るよ。もし依頼であったときは宜しくな」
俺は逃げるようにその場から去ろうとした。が、できなかった。
「まってまってリュートにも関係あるから!」
酔っぱらい特有の高いテンションになった女神官が急に詠唱を唱える。
「『病めるときも健やかな時も二人で何とかするよう誓いたまえ。』これでよし」
「おい、何がよしなんだよ」
「えー、せっかく詠唱したのにぃ~?」
「まあまあ。あとは若いものたちに任せようじゃないか」
「アーノルドって俺とそんなに変わんねえよな!?」
俺の突っ込みを無視してアーノルドたちは去っていった。ひとりすごいショックを受けている娘を残して。
「あ、あ、あ……」
「おい、どうしたんだ?」
「私、捨てられたんだ~!! うわーん!!」
「捨てられたって大袈裟な」
「……貴方の家に泊めさせて貰うからよろしく」
「いや、あんだけ泣いたあとにクールぶっても遅いよ! というか泊めるわけねーだろ!」
「……あまいよ。私とあなたはもう運命の赤い糸で繋がっている」
ロロは泣き止んだかと思ったらすぐに声を今までの口調と高さに戻した。そして勝ち誇ったように左手の小指を見せてくる。
「なっ! それは運命の赤い糸」
ロロの手には赤い糸が見えた。
「右手を見てみて」
「なにー!?」
糸があったのはロロの手だけではなかった。俺の右手の小指にも、赤い糸が結ばれていた。
そう、赤い糸は俺たちを繋げていたのだった。
人間側の重要人物
龍之介、バルト、アーノルド、ロロ
序盤の仲間集め終了です
次回から話が動きます