2 売られた喧嘩は買うしかない
俺は城の裏庭に向かった。先生が裏庭に行けと言ったからだ。
裏庭には色とりどりの花が咲いている。悪印象しかない異世界の中で唯一心が落ち着く場所だ。
「さーて、先生は何処に。あれ、手紙がある」
(これを読んでいるころ、君は何者かに追われている筈だ。担任としてこんなことしかできず申し訳ないと思っている。この手紙の近くに宝石がある筈だ。その宝石は転移石と言って手に持つだけでどこか好きな場所にワープできる。今回は事前に『始まりの街』に繋げておいた。どの生徒がこれを使うか分からないが幸運を祈る)
担任らしいといえばらしいが何とも回りくどい助けかただ。まあ、文句を言おうにも先生はこの場に居ないし仕方がない。この転移石を使おう。
そう思って宝石を手に持った瞬間眠気に襲われた。耐えきれず膝をつく。そしてそのまま俺は倒れた。
転移石のなんと恐ろしいことか。俺は運が良かった。俺は道の真ん中で倒れていた。もし誰かが助けてくれなかったらそのまま攫われていたかもしれない。
倒れていた俺を見つけた人は宿屋を経営している女将さんだった。
「住むところがないなら少しの間だけ部屋を貸してあげるわ」
何処から来たのとか色々質問をされたが面倒なので記憶喪失と答えた。まさか異世界から来たと言っても信じないだろうし。
「記憶か暮らしのどちらかが安定するまでここに居てちょうだい」
女将さんは何と無料で部屋を提供してくれた。それだけじゃなく朝食と夜食もくれるらしい。
宿屋は木造の二階建てで一階に食堂とお風呂やトイレ、二階に部屋が三つある。今は時期的にお客は少ないらしく、部屋を使っているのは自分だけだ。
部屋の内装はいたってシンプルで、六畳ほどの広さがある。そして折り畳み式のベッドと椅子が設置されている。
窓から街の景色を見てみた。道路は石で舗装され、家は木やレンガできている。これが中世ヨーロッパの風景か。いや待てよ、日本人の想像する中世は本当は中世じゃないとか……、まあこまけーこたぁ良いんだ。重要な事じゃない。
歩いている人たちは髪の毛が赤や青や黄色をしている。実にカラフルだ。そういえば女将さんの髪の毛は黄色だったな。
それより、この世界には魔物が居ることが城での会話から分かっている。魔物を倒してはぎ取った時に得られる肉や皮、爪は「冒険者ギルド」で売れるらしい。なんともゲーム的だ。
まあなんにせよ、一先ずは冒険者ギルドに行こう。宿屋にずっと泊めて貰うわけにはいかないからな。
階段を降りてから食堂で本を読んでいる女将さんに声を掛ける。
「女将さん。俺は『冒険者ギルド』に行きたいんですけど道を教えてくれませんか」
「記憶を無くしても冒険者ギルドについて分かるの?」
「それは……」
女将さんはやれやれという風に首を振ると冒険者ギルドのことを教えてくれた。
言われたとおりに橋を超え、噴水を曲がると、そこには大きな建物があった。
でかい。駅前のスーパよりもずっとでかい。
「ハーイ。いらっしゃい。ようこそ冒険者ギルドへ」
ドアを開けた瞬間酒臭いにおい、生魚のにおい、その他もろもろの臭いがして驚いた。
女将さんの話では『冒険者ギルド』は何でも屋らしい。仕事内容は引っ越しの手伝いから、野草採取、狩りまでと幅広い。
さらにギルドは直通の野菜や魚、酒も買えるちょっとした雑貨屋にもなっているとか。
受け付け嬢の前に行くと顔がよく見えた。髪と目が青色だ。こんなところでも異世界に来たとしみじみと感じる。
「冒険者になりたいんです」
「分かりました。では手数料千エルいただきます」
げっ、困ったぞ。ギルドは何でも屋だから誰でもなれるんじゃないのか。身分証を出さなくても良いのはありがたいけど。あとエルってお金の単位かな?
「すいません忘れてました」
「あ、待ってください!」
俺がしょんぼりと帰ろうとしたのを見かねたのか受付嬢は一つの提案をしてきた。
「えっとですね、国の方針で何ですが『スキル』というものを持っている人は無料でギルドに登録できるんです。国も人手不足を何とかしたいんでしょう」
「本当ですか。どうやれば調べられるんです?」
「水晶の前に手を置いてください」
俺は水晶の前に手を置いた。これでドラゴンたちの正体が調べられるだろうか。
「うーん残念ですがスキルはないようですね」
「えっ、待ってください!! 俺には不思議な力があるんですよ」
「そうは言っても水晶の反応は有りませんし」
「証拠を見せますから」
受付嬢は面倒くさいって顔をしながらも一応俺の方を向いてくれた。
「行きますよ」
俺の右手からうっすらとした光が出てきた。このまま龍を出してやろうって時に声を掛けられた。
「ちょっと待った。この黒髪の坊主は冒険者になりたいのか?」
「何だよおじさん」
声を掛けてきたのは髭の濃いおじさんだった。腰には剣が下げられており、強そうなオーラがある。
「あれは、最近階級がCランクに上がったっていう『火剣のバルト』」
周りの人たちからざわざわとした声が聞こえる。さすがは冒険者ギルド。目立つ人は誰かが酒の勢いで解説してくれる。
「おい坊主。俺が力を試してやろう。俺はスキルも常人より上だと自負がある。遠慮はいらない。俺様が認めたら千エルでも二千エルでも払ってやろう」
「いやーちょっと不安が」
色々突っ込みたいこともあるがこんな所で挑発に乗る必要はない。こんなチンピラを相手にしたって時間の無――
「怖いか。腰抜けっ!」
「カチーンと来たぞこの野郎。絶対俺の実力を認めさせてやる。来いドラゴン!!」
右手を広げ、まっすぐと腕を伸ばす。そして左手で右手の肘あたりを掴む。
『火剣のバルト』と呼ばれた男は腰にある剣を鞘に入れたまま正面に構えた。
誰に言われるでもなく、冒険者ギルドの中は静かになった。
ちょこっと解説
バルト 始まりの街で一番の実力者。皮の鎧を信頼しており初心者によく勧めている。喧嘩好きなのがたまに傷。
スキル「火剣」
剣に炎の属性がつく。焚き火や実体のないモンスターを斬るときに役に立つぞ。