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死後に、殺す

作者: 爾

 






死後に、殺す





僕は妹を殺した。

 殺した理由は特に無かった。僕と妹は世間一般的な兄妹としては、他人が見たら怖気が走る程度には仲が良かった。妹が生まれて十六年ばかり経つが、妹に何か感情らしい感情を抱いたこともないので、積年の恨みなんてもんは持ち合わせたことはない。すると、故意の殺人かと言われれば、またそれも違う。殺意を持たず、ただ偶発的に殺せる機会を与えられた結果、そうだ、殺してしまったんだ。

 衝動的でも、計画的でもない。ただ、偶然ではない。

 玄関の框を上がって直ぐの床に首が明後日に向かって曲がり倒れている妹を見下ろしながら、その時の僕は警察や救急車を呼ぶでもなく思案していた。

 妹はどうやら階段から転げ落ちた際に首を折ったことが、その死因の様であるが、果たしてこの場合蘇生させることは可能なのだろうか。いや、『させる』というより、何かの間違いで『生き返る』なんてことはないだろうかと心配したのだ。首が折れたのだから、万が一にも蘇ることもないとは思うが、もしもこれで息を吹き返したら面倒だ。だって、そうだろう。首が折れた以上は脊椎だって損傷している。首から下が不随の妹の世話をするのは寧ろ望む所ではあるが、生憎僕にも大学生としての本分があるので完遂するのは困難だろう。こんなことで両親に面倒をかけるのも申し訳ないしね。

 故に僕は警察にしても、救急車にしても、この場に呼び出す前に『もう一度』を行うべきだと結論したわけだ。

 倒れ伏した妹の頭、うつ伏せに倒れているので僕にはどんな死に顔をしているのか認められない。僕はスリッパと靴下を脱いでからその後頭部に足を乗せた。死んだ、殺した直後だからか妹のくすんだ茶髪越しに体温を感じられる。足裏から伝わる生温さが、徐々に生きていた事実が妹から抜け出ている証拠なんだろう。

 一度足を上げる。膝を鳩尾くらいの高さまで上げて、後は力の限り踏み抜くだけという時に玄関のインターフォンが鳴った。来客を告げる音。振り上げた足を降ろし、僕は玄関扉に近づく。妹の死体もそのままに僕は玄関を開けた。

 居留守を使おうとか、リビングに戻って玄関カメラで来訪者を確認しようとも思わなかった。僕個人としては別段疚しい事をしているつもりは毛頭なかったので、そんな瑣末なことを気にする事もなかった。

もしこの日訪れた来訪者がまともな人間であったのなら、僕のそこからの苦労は起きず、両親を悲しませるだけで済んだ。ある種のよくある話で終わったのかもしれない。ついでに僕のささやかな幸せに溢れた人生も終わったのかもしれない。

 扉の向こうに立っていた人物は、妹にとって不幸だったのか、僕にとって幸運だったのか、まともな人間ではなかった。常識的にまともではなかった。

「やぁ」

 僕の数少ない友人、人生唯一人の幼馴染である暮雨がミスタードーナツの箱を携え立っていた。外は蝉の鳴き声も五月蝿い夏真っ盛りで、扉を開けただけで僕は薄らと汗ばむくらいだった。嗚呼、本当に夏は嫌いだなぁ。

 僕は彼を何時も通りに迎えたが、彼はすぐに僕の背後で死んでいる妹の姿を捉えたようだったが、特に驚きもせずにミスタードーナツを僕に手渡し、僕の後ろをついてリビングに上がってきた。暮雨は玄関扉を閉める際に極々自然な動作で施錠をしていた。そういう気遣いの出来る奴なのだ。まぁ、その行為には感謝を感じることはなかったが。

 向かい合うように腰掛けて、平生なら妹を含めた三人で楽しむ三時のオヤツを始めた。



 最後のフレンチクルーラーを食べ終えて、口の中で咀嚼されるそれをカフェオレで流し込んでから暮雨は切り出した。

「埋めに行こうか」

 既に食べ終えて、テレビのワイドショーに意識を向けていた僕は頷いた。

「そうだね」

いつまでも妹を玄関に放置している訳にもいかない。子供を放置して旅行に出ている両親も明日には帰ってくる。両親は昔から旅行が好きで、僕ら兄妹が幼い頃は問答無用で連れ出されたものだったが、留守番できる年頃になってからは付いて行く事は殆どなかった。

「今、四時前だから。七時回ったら行こう」

 夕方では周辺住民に目撃される心配があるからと暮雨は冷蔵庫の中を確認しながら付け足した。

 確かに僕の家は住宅街の中にある。左右向かいのお宅の住人とも挨拶したり、両親のお土産を渡しに行ったりと付き合いがある。明るい内に不審な行動をしていれば、どうしても目に付くだろう。隣のご主人は定年退職後は日が沈むまで庭弄りに執心しているのは周知の事実だ。それ故、少なくとも日が沈むまでは妹を持ち出すのは難しいだろう。

 それならと僕は暮雨に時間潰しとして映画でも見ようと提案してみた。一瞬、暮雨は少し顔を顰めたが直ぐに、僕の提案を断った。

「毛布か、何でも良いんだけど、家の中にあるもので包まないと。車は家の前まで寄せるけど、誰に見られるか解らないんだからちゃんをそのまま担いで運ぶわけに行かないよ」

 成程、道理である。僕は漠然と宵闇が全てを隠してくれると思っていたが、埋めることよりも誰にも見つからずに運び出さなくては話にならないではないか。暮雨は時間を浪費せず、万全の準備を持って、妹を遺棄しようじゃないかと言ってくれているのだ。

 妹を包み隠す毛布、最初に頭を過ぎったのは妹が愛用しているくまモンの毛布だった。今は夏場のために仕舞ってあるが、物持ちの悪い妹がかれこれ数年も使い続けている一品だ。だが、それを求めて物置部屋の前に立った時、思いとどまった。

 妹が行方不明になったとして、短期間であれば両親は家出だと思うだろう。今は夏休みだし、ここ数年の妹は思春期故か素行不良が目立っていた。家出紛いの事も侭あった。しかし、夏休みが終わろうが、新学期になろうが妹はもう帰ってこない。まぁ、そのために埋めに行くのだから。そうなると最終的に両親は捜索願を警察に提出するだろう、自然な流れだ。そうなった時に、母はくまモンの毛布がないことに気付くだろうか。例え気付いたとして、それを妹の失踪に結びつけて考えるだろうか。恐らくは杞憂なんだろう。杞憂だとは思うが、僕という人間は一度気になり出すと、駄目なのだ。それが頭を出した時点で、既に代案を考えることに奔走する。

 万が一という事がある。というか、どうにも保身に走るような方向にシフトしているが、少なくとも僕自身の率直な意見を申し上げるのなら、今すぐにでも警察に自首をしても構わない。暮雨が全面的に協力してくれているから、言い出せずにいるが、僕にしてみればどっちでもいいのだ。両親が悲しもうが、どうしようが、僕は良かった。けれど、暮雨が協力を申し出てくれて、こうして二人して他人様に隠れて善からぬ事を企んでいると、童心に返ったような気分になる。それが楽しいから、思わず僕は殺人に加えて、死体遺棄を企てているのだ。

 さて、くまモンの毛布を持ち出せないのならどうすべきか。代わりに僕の毛布も持ち出した所で母が不審に思うのは変わらない。毛布を出してくれるのも仕舞うのも、おまけに洗濯してくれるのだって母なんだから。

 物置部屋の前で悶々としていると、庭先に出ていた暮雨が戻ってきていた。僕が毛布の調達に出てすぐに、暮雨も我が家の庭に出て、庭の隅に設置された倉庫からシャベルを取りに行ってもらっていたのだ。

「どうした?」

「毛布さ、どれを持ち出しても母親にバレるんじゃないかと思ってさ。いっそ、バラバラにしてゴミ袋に詰めたほうが良いのかなって?」

「バラバラにしたいなら付き合うよ。うん、吝かじゃない。でも、どう考えてもそっちのほうが面倒だよ。それに一緒に埋めなくても良いんだから。穴掘って、その後中身だけ捨てれば済む話だ」

 嫌悪感とか忌避はなく、本当に効率だけを視野に入れて暮雨は言った。バラバラに人体を分解する理由は猟奇的な人間性というか、人間的な猟奇性というか、言い得て妙な話だがある種の性的嗜好か、若しくは理詰めの理屈しかないと僕は思う。人間一人をそのままの形で運ぶとなると、それが女だろうが、老人だろうが関係なしに結構重い。先ほど試しに妹を二人で持ち上げてみたが、四十キロそこそこしかないはずなのに男二人でも難儀した。確かに俗に言う死体は生きてる時よりも重く感じるようだ。身体自身がバランスやなんかを保とうとしないからなのだろう。つまり人間そのままの姿かたちでは運搬に適していないのだ。だから細かく解体した方が運ぶのは容易になる。が、常識的に考えれば死体を運ぶよりも、死体を解体する方が肉体的にも、精神的に負担が多い。何しろ経験がないので手古摺るかも知れない。鋸でバラバラに出来るのだろうか、骨はどうするか。と、独りで且つ妹の隠蔽に積極的だったら運搬と解体を天秤に掛けた後に、解体を僕は選択しただろう。こんな経験は人生でそうそう出来るものではないから、折角なので体験しておこうと前向きな気持ちで。

 しかし、僕には協力者の暮雨が居てくれるので、態々細かくする必要もなく妹を持ち出せる。それに毛布も妹一緒に埋めちまう訳ではないのならどれを使っても良いじゃないか。

 僕は物置部屋に入り、僕がこれから夏が終わった後、秋の真ん中頃からお世話になるだろう僕の毛布を持ち出した。

 腐っても肉親の死体なので嫌悪感はない。それを包んだ毛布でこれからの秋と冬を過ごすことに関しても悪い気はしない。まぁ、まだ死んだばかりだから腐ってはいないけど。

 暮雨を連れ立って玄関に降り立ち、毛布を床に敷く。その上に妹を乗せて包み込む。

「ガムテープか何かで縛ったほうが良いかな?」

「別にいいよ、毛布の意味は玄関から外の車まで運ぶまでしかないから。あっちに着いたら、人なんていないからさ」

「ねぇ、任せきりになってるから申し訳ないんだけどさ、暮雨はうーちゃんを何処に埋める気なの?」

 僕は未だに、妹が死んでも尚子供の頃から愛称で妹を呼ぶ。最近じゃ、その呼称で呼んでも返事どころか拳が返ってくる有様だったが、それでも僕はうーちゃんと呼ぶ。嫌がらせだとかではなく、習慣というか刷り込みというか。余りにもそうやって呼んだり、呼ばれるのを聴き続けたせいで妹の本名がとんと抜けちまってるせいなのかも知れない。忘れたわけじゃなく、咄嗟に出てくるのがこっちというだけなのだ。

 嗚呼、でも本人に呼びかける機会は残念ながらもうないのか。

「此処から車で三時間位掛かるんだけど、母方の実家がある。その近くに爺さんが所有している山がある。山って言ってもそこまでデカくも高くもない。爺さんが時折散歩がてらに彷徨う位しか、人が入らない。他人に見られたくはないが、自分の手元に置いておくのは耐えられない、そんなどうしようもないものを隠すのに最適な場所さ」

 まるで実体験のような口振りだったから、僕は考えなしに『お前は何を埋めたんだ?』なんて訊いてしまいそうになったけど、それを訊いたら根拠はないが妹と一緒に埋められる気がしたから、僕としては珍しく好奇心を押し殺して口を噤んだ。



 結果だけを述べると僕と暮雨は妹である空簿を片田舎の山中に埋めて、朝方に帰宅した。田舎の道は街灯も少なく、件の山に着いてみると月明かりしか無かった。加えて整備もされていない山肌と暗闇、その中をシャベルと女子高生一人分の荷物を抱えて登山するのは難儀した。どの位登ったのか定かではないが、暮雨が妹を降ろしたので、二人で穴を掘り始めた。深さがざっと四メートル程、妹が狭い思いをしないように広めのスペースで掘っていたら妹を穴の底に落とす頃には、日付を跨いでしまっていた。そこからまた三時間かけて家に戻ってきた僕らは、徹夜での肉体労働のせいかテンションが極点に達していた。暮雨の家に車を置いた後、暮雨の部屋で飲み会を始めた。そのせいって訳じゃないが、母からの連絡に気付いたのは午前九時を回ってからだった。妹を車のトランクルームに積載させた後、暮雨の指示で携帯の電源を切っていた。電源を入れ直すのをその時まで忘れていたのだ。だから電源を入れた直後に、母の怒声を喰らった。狼狽した母の要領の得ない説明は冗長だったが、その内容に僕の酔いは醒めてしまった。母曰く、昨日の夜十時頃、雲雀空簿は自宅から百メートルばかり離れた路上で、轢き逃げにあって死んでしまったらしい。

 それじゃあ、僕は一体誰を殺したっていうんだ。僕らは一体全体何を埋めたんだ。僕が隠したどうしようもないものって、何だ?



 妹の葬儀は悲壮感に満たされた痛ましいものだった。参列者は多く、親族は勿論、中学時代の同級生や、高校のクラスメイトに担任教師、誰も彼もが悲しんでいるようだった。少女の早すぎる死を悼んでいた。そんな中で僕の胸中を占めていたのはまったく別の気持ちだった。

 知りたいと思う。病院でも、自宅でも、この葬祭会館に運び込まれた時も、何度も見た。頭蓋が陥没し垂れ下がった皮膚、その弛んだ皮膚を抉る様な裂傷。中々悍ましい顔になったそれは間違いなく、僕の妹だった。殺して埋めたのも妹だが、轢かれて路上に真っ赤に咲いたのも妹。もしかしたら僕には妹が二人いたのかもしれないな。なんてこった、死ぬまで気付かなかった。

「んな訳ないか」

 両親も近しい親族達も既に親族控室に下がってしまい、葬儀会場に残っているのは僕と暮雨、それと従妹の伊呂波ちゃんだけだ。会場照明は落とされ、祭壇だけが照明を浴びている。

 僕と暮雨は示し合わせて、祭壇に近づく。供物が並べられた机を退けて、柩を乗せた台車を祭壇から引き出す。椅子に腰掛けた伊呂波ちゃんはそれを面白そうに眺めている。妹と同い年だったはずだが、どこからちょろまかしたのか手にはビール瓶。それを飲んだくれの如く、喇叭飲みしている。

 柩の蓋を外し、納棺師の処理のお陰か多少は見れるようになった顔を眺めてみる。伊呂波ちゃんも僕の隣に並んで、妹の死に顔を覗いている。顔から首筋、その下は仏衣。棺桶の中腹に両手を組んでいる。組まれた手の上に真っ白な手紙が置いてあった。こんなものあっただろうか。納棺の際に副葬品を一緒に棺桶に入れるように納棺師に勧められた。そのタイミングで誰かこんなものを入れていただろうか。妹の好きだったスポンジボブのヌイグルミを副葬品として入れたのは憶えている。しかし、ボブは妹の足元に置いてある。死んだような目で僕を凝視している。

 こんな手紙、誰が入れたんだ。

「故人に手向けとして手紙を書くらしい。葬儀屋のおっさんがお袋さんに渡してたぞ。つっても、渡してたのは通夜が終わった後だったから、その手紙はお袋さんが書いたものじゃないだろうけどね」

 僕の手元の手紙に視線をやりながら、暮雨は呟いた。納棺の際に暮雨は席を外していたが、その後は一瞬たりとも柩から目を離さなかったそうだ。暮雨は信用するなら、それなら誰が何時、これを棺桶の中に捩じ込んだのだろう。納棺する時だって雑多に遺品を入れていたが、手紙の類は一つもなかったはずだ。

 躊躇う必要なんてない。僕は手紙の封を切った。中には便箋が一枚、三つ折で入っていた。開いて文面に視線を走らせてみる。隣で覗き込んでいた伊呂波ちゃんが軽妙な、軽薄な、講談のように流れるように音読した。

「アタシを殺したクソ兄貴へ。兄貴殺す、マジで殺す。賽の目切りで殺す。空簿より」

 語尾はビール瓶を咥え込んだのでゴボゴボと耳障りな音が混じった。

「お前、短冊切りも出来ないのに」

 両親が不在の時に料理を作ってたのは何時も僕だったじゃないか。お前が僕に作ってくれた料理なんて、僕が割った卵を使った目玉焼きと僕が事前に分量を測って置いたフルーチェぐらいじゃないか。なんで死んでから賽の目切りとか新しいことに挑戦しようと思い至ったんだよ。せめて、殺す前にやってくれよ。

「空簿ちゃんからの手紙?」

「死んでも、字が汚いのは変わらないなぁ」

 この手紙、どうやら妹が僕に殺された後にしたためた物らしい。何しろ文面に妹を殺したお兄様と僕を指し示しているし。殺されてから、車に轢かれる前に書いたのか、それとも轢かれて死んでから書いたのか知らないが。自分の棺桶に突っ込んでおくくらいなら、自宅のポストに入れておけよ。折角書いたのに火葬場で一緒に燃やされたら話にならないだろう。

「手紙なんて、似合わない事するくらいなら、メールで済ませればいいのに」

「それじゃ、趣が無くて駄目よ、無言くん」

 飲みきったビール瓶を無造作に放り投げる伊呂波ちゃんは、外連に嗤う。嗚呼、どうにもこの娘の嗤い方は昔から苦手だ。無性に興奮するんだよな。伊呂波ちゃんが妹じゃなくて本当に幸いだった。いや、不幸だったのかも。少なくとも日常的に殺し殺されるような事がない、人間として適切な関係性と距離感を保てる間柄でこの世に生まれたのは幸いだった。

 神様、僕と鶯谷伊呂波を程々の他人で産み落としてくれて感謝します。兄妹として生まれていたら、畜生街道驀地でした。お陰様で、僕はまだまだ躊躇して生きていれます。

「まぁ、無言くんはうーちゃんを殺してるから、恨まれても仕方ないよね。狭い狭いトランクルームに、冷たい土の中、悍ましい隠し事とご一緒だもんね。それなのになんで、うーちゃんも死んじゃうのかな」

 何気なく伊呂波ちゃんは零した。本当にナチュラルに言ったから、思わず『そうだね』と返してしまいそうになった。

 僕と暮雨以外にそれを知っている人間はいない。なにせ、我らが妹は卑劣な轢き逃げ犯に殺されたのであり、この葬儀もそういう体で行われている。それ以前に僕が殺して、轢かれた時間にはトランクルームに仕舞われてた事を何故知っているんだ。

 暮雨を見やる。暮雨も僕を見ていて、視線が交わるとすぐに首を振った。そしてその目は、僕の返事を待っている。暮雨は僕が自ら伊呂波ちゃんに、ちょっとした雑談として自らの殺人と死体遺棄した話を、または摩訶不思議にも殺した妹が見知らぬ誰かに時間差で殺されるというイカした冗談を言ったのではないかと勘ぐっているのだ。

「言わなくても解るよ、無言くん。だって、今日はそんな顔してたから」

 妹を殺して埋めた。埋めたはずの妹が事故で死んだ。そんな時の兄の顔っていうのは、一体どんな表情なんだろう。

「それじゃ、乾杯しようよ」

 言いながら何時の間に取り寄せたのか、僕と暮雨に缶ビールを手渡してくる。伊呂波ちゃんは自分の分のプルタブを開けて、缶ビールを高々と掲げた。僕らもそれに倣う。

「我らが同胞、雲雀空簿の二度目の死に。それに伴う無言くんの完全犯罪に、ね」

 蠱惑にウィンクしてみせる伊呂波ちゃんに、僕はどうしようもなく劣情を掻き立てられるのだった。彼女が言った意味深な言葉。いや、核心を抉る様な言い様がどうでも良くなるくらいに。



 二度死んだ妹が火葬されて、二ヶ月ばかり経過していた。四十九日の法要は簡易的に自宅の祭壇で坊主が念仏を唱えるだけだった。

 時折妹から僕宛に手紙が届いていた。手紙は何時の間にか僕の鞄の中に入っていたり、大学図書館で何気なく開いた本に挟まっていたり、マクドナルドのテイクアウトの紙袋の中に入っていた。流石にイライラした。

 内容は何時も変わらず、本気で殺す五秒前、MK5って奴だ。まぁ、幾ら脅されても、相手は死んでいる上に、妹だから恐れる必要なんて何処にもないんだ。

 しかし、最近気配を感じるんだ。妹に見られている気がする。他人とは違う妹独特の気配がするんだ。ヒタヒタと近づいてきている。日に日に気配が色濃くなって来ている。何処に居ても、何をしていても、強く視線を感じる。あざといくらい殺意に満ちている。

「で、それで居ても経っても居られないの?」

「まさか、僕は寧ろ心地いいくらいだよ。だって、こんなにも人に見られて生活する機会なんて滅多にないよ。興奮しちゃうね」

 例えそれが妹であったとしても、だ。

「俺も最近感じるよ。見られている感じがする。それどころか気づいたたんだ。視界の端にさ、空簿ちゃんが居るんよ」

 埋められたことに相当憤おっているのか、妹の恨みは暮雨にも向いているらしい。

「手紙は来ないけれど、俺にも恨みは向いている様だよ。共感できなくもないけどね」

 恨んで死ねば、これくらいやれるなら、轢き逃げ犯だって今頃は憑り殺されているだろうけど。

「近づいてきているようではあるけど、だからってどうしようもないんだよな」

 大学の学食で一緒に昼食を摂りながら僕らは妹の気配について話し合っていた。話した所でそんなのは近況報告にしかならないんだけけど。

「まぁ、現実問題気にしようが、気にしまいがどうにもならないだろうね。勘違いや自意識過剰なんかじゃ、断じてないけど」

 どうしようもないんだよね。学食のこの脂っこいメニューくらいどうしようもないんだよね。

 暮雨とは昼休み終了時に別れた。午後からの講義もないし、伊呂波ちゃんに会いに行くことにした。同じ街に住んでいるとは言え、僕らの生活圏内は交わることはない。だから、僕は切望して約束を取り付けない限り、会うことなんてなかった。

 連絡を取り、伊呂波ちゃんが通っている女子高の前で授業が終わるのを待っていた。校門を次々に抜けていくき乙女を尻目に、伊呂波ちゃんの姿を探した。

「待ったかな、無言くん」

「いや、生まれる前から待ってたから問題ないよ」

 伊呂波ちゃんと過ごす時間は至高のもので、何をしたとかどうとかまったく記憶にも、印象にも残ってない。もしかしたら只々公園で立ちんぼをしていたのかもしれない。

 気付くと、僕は自宅近所の公園に独りでブランコに揺られていた。近くに伊呂波ちゃんは居ない。

 この公園は日中だろうが、休日だろうが子供が寄り付かない場所だ。

 時刻は既に夜の十時過ぎ。二十歳も過ぎて、夢中に成り過ぎていたのか。公園内に一個だけの街灯の明かりの下に、見覚えのある女子高生がいた。くすんだ茶髪、僕に少し似た可愛らしい顔。

 円く縁どられた光の中に僕の妹、雲雀空簿が立っていた。僕が首をへし折ったそれでもない。ましてや轢き逃げされた無残な姿ではない。生前の姿のままだ。どうせなら、髪を染める前の中学生の姿で来てくれれば良いのに。

 妹は何を言うでもなく、襲いかかってくるわけでもなく、唯恨みがましそうに睨みつけてくる。

 その目が生意気だったから、僕は全力で助走をつけてその顔をぶん殴った。倒れ込んだ妹に伸し掛かり、顔面を殴打し続けた。無心で何度も何度も殴りつけた。顔全体が腫れあがり、前歯は全部へし折れた。轢殺された時よりも、醜悪な面にしてから、僕は止めを刺すつもりで首に両手を持っていった。人間を絞め殺すに当たっては、気管ではなく動脈を絞めるのが望ましいらしい。気管を絞めるのでは殺すまでに時間が掛かり、殺す側も手間で、殺される側も苦痛をより長く味わう事になる。

 どう絞めれば頚動脈を上手く絞めることが出来るのか知らないので、力の限りで動かなくなるまで絞め続けた。妹はまるで生きてるみたいにバタバタと手足を暴れさせていたが、一分もせずに動かなくなった。どうやら上手に絞殺出来たようだった。

 二回目だ。二回目の妹の死体の上で、一息付いていると携帯が鳴った。相手は暮雨だった。

「今さ、車に積んだ所なんだけど、無言。何処にいる?」

 それだけで暮雨が、僕と同じ所業を完遂したことは伝わった。あいつも僕同様に今し方妹を殺して、手際よく車に積んだ所なんだろう。

「近所の公園。ほら、昔一緒に出水くんに毒蜂実験した公園」

「了解、車廻すから待ってて」

 通話を終了して、妹の腹に座り直す。すぐに暮雨は来てくれる。それまでゆっくり待とう。街灯の下では目立つかもしれないが、なんせ此処は僕の人生の悪事の宝庫。此処での悪事は絶対にバレない。発覚しない。

「今度は何処に埋めに行くの?」

 背中から伊呂波ちゃんの声がする。

「今度は、海が良いな。結局、今年も泳ぎに行ってないもんな」

 振り返ってみると、伊呂波ちゃんの後ろにまた妹の影が見えた。

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